マコチンが乞食を好きになったのは、六つの時だ。
「マコ、乞食になりたい」
と母に相談した。母はおかしそうに、
「なんで、また」
マコチンは、なぜ、自分が乞食になりたいか考えてみた。
「なんでも出来て、どこへでもゆけて」
この答は、いっそう母をおかしがらせた。
「神様みたいね」
「神様でもいいの」
「おや、乞食になるのを、神様になって、まけておくつもり」
母はこたえられなそうに笑いだした。私ははずかしくなって、
「やっぱり、乞食がいい」
「みんなにきいといで」
マコチンは、姉兄の勉強室に走った。
「マコ、乞食になるの」
一ばん小さい兄は、いきなり、
「乞食ッ、きたない、あっちへ行け」
中の兄は、
「ほう、乞食マコチン?」
目をくるくるまわした。上の兄は、だまってみむきもしなかった。手帳をみて、あみものをしていた姉は、
「上手な乞食になっといで、お点をつけてあげるから」
マコチンはものたりなかった。祖母がつぎものをしている縁側へ行った。
「おばァさま、マコ、乞食になるの」
もう、泣き声になっていた。
「ならなくってもいいよ」
勉強室で、からかわれてきたと思ったのだろう。祖母はひざから、つぎものをおろして、マコチンをだいた。マコチンはベソになり、
「なりたいの」
「マコチンが、そんなに乞食になりたきゃね、乞食になるときは、おばァさまもなろうね」
マコチンはうれしくなった。たまっていた涙をポトポトふらしてしまって、うなずいた。
雨のあとの目ざしのようにほほえんだマコは
「あのう、これ」
あわせと、わたいれと、ネルのじゅばんと、さらしのはだぎを重ねたげんろく袖から、むぎわらの豆箱をピョコンと出した。
「きれいだこと、誰にもらったの」
「コ、ジ、キ」
大事なヒミツを、ていねいに無電を打つ気持ちで、おばァさまの耳に、一語ずつ、はっきりわかるように、ささやいた。祖母は、もう一度、むぎわらの五色にはりまぜた箱をつまみ、
「どこでな」
すっかり、マコチンは得意で
「裏の川岸、材木おきばのとこ」
「あすこに、乞食いたの?」
「いまでもいるの、いってみましょ、おばァさま、さァ、三人いるの、こども二人」
是非みせたかった。乞食の子二人とマコチンは、すでに親友であった。
「なに、ほしい?」
と乞食の子の大きいほうの男の子がマコチンにきいたのだ。マコチンは、むぎわらの箱がとうからほしかった。いろんなおもちゃのおみやげの中に、むぎわらの箱はなかった。家の人にねだると、木の塗った箱や、かねに色をつけた丈夫なのだけ買ってくれて、
「このほうがいいのよ」
マコチンは、ゆがんでつぶれそうかも知れないけれども、軽くて、つやつやと五色の染わけになっている二銭のむぎわらの箱が、どうしてもほしくてたまらなかった。
「むぎわらの箱、中に順々小さいのが入っているあれ、ひしがたの」
その日の夕がた乞食たちが、町から川岸へもどってくると、乞食の小さいほうの女の子が、
「ピッ、ピッ、ピー」
とひばりのまねをして、マコチンをよんだ。マコチンは、もどかしく下駄をもつれさして出かけた。川岸の材木の山につまれたかげで、乞食の子たちは、むぎわらの箱をもっておどっていた。女の子は両手にもっていて、片ほうをマコチンにくれた。
「おばァさま、行ってみましょうよ」
「そうかいの」
祖母は、やっと立ちあがった。祖母と来た川岸に、乞食の小屋はいつのまにかなかった。
「いない、行っちまった」
かなしげなマコチンを祖母は、
「いいよ、マコも乞食になるんだろ」
となぐさめた。
それからしばらく、マコチンは、どうしたら乞食らしいかケンキュウした。羽織を裏がえして、片ほうの袖に頭をつっこみ、だらりときると、いくらか乞食になった心地がした。
室のすみの、びょうぶのかげに、おもちゃばこでしきったわざときゅうくつな、やっとマコチン一人すわれる場所をつくり、ありだけのおもちゃや本をちらばして、乞食小屋のつもりで、心細くなろうと試みたりした。
しかし、この乞食小屋は、しばしば誰かにのぞかれて、失敗した。
「まァ、おとなしいと思ったら、こんなとこにいたのマコチン、おもちゃ店なの、大掃除なの、買ったげましょうか」
マコチンは、はらがたった。
野原へ、祖母と乞食になってゆく時が、まだよかった。
「のう、マコ、すかんぽめっけよか」
「おばァさま、すかんぽ、夜のごはんね」
やさしい葉の、うす紅さしたくきの、すかんぽを、雑草の中から、やっと一、二本ぬいて、
「あった、おばァさま、夜のごはん」
おばァさまは、自分でさがした一、二本と、マコのをいっしょにして、「原っちょの湧き水」といわれている清水でゆすいだ。露がたれるのさえ、おしそうに、マコチンは、祖母がすかんぽをもつのに、手をそえた。
「どこを、乞食のおうちにしましょう、おばァさま」
ひたいに手をかざして、さも途方にくれたさまで見わたすマコチンは、いまにすばらしい御座所がみつかるぞと、わくわくしているのだ。おばァさまも、こしをのばした。
「牛石にしようぞな」
火山岩らしい牛石は、野原の西よりに、草にかこまれていた。そこまで遠路のなんぎをしてゆくつもりで、祖母と手をつなぎ、マコチンは、いそいそと足をはずませていった。牛石の上にはカラスのくそや、ほこりがたまっていた。マコチンはフーと吹き、祖母は、ふきの葉をむしって、ふいた。
「おばァさまこっち」
平らな少し広めな石の中ほどをたたいた。そして、マコチンは石のはしのデコボコしたあたりへ、はいてきた草履をしいてすわった。
「おいしいな、すかんぽ」
かめば、すっぱいすかんぽを、ちいとずつ大切にたべて、マコチンは祖母と上等のに乞食になりかけた。
「おばァさま、つベたくない」
「いや、牛石は、おひさまであったまっているで、あったかいぞな」
「なァ、おばァさま、たんぽぽのわたで、クッションをこさえるといいなァ、集めて、野ゴボーの葉っぱをきれにしてかぶせて」
「それにマコチンが、ヒメジオンの花をつんできて、ハイカラな模様をつけてな」
「うん、夏になったら、レースにしましょ、野ゴボーの葉をな、ドロンオークするの、鳥だの魚だののかたちに、すかしを作るの」
姉の手芸をみていたとおりいう。
「そうか、そか、がまのほをよせて、おふとんも出来るでの、ねながら空も鳥もみれるなんて、ずいぶんぜいたくね」
マコチンは乞食のぜいたくが好きなのだ。どんな立派な道具より、たんぽぽの白いわたげを入れた野ゴポーの葉に、ヒメジオンの本とうの花でアップリケしたり、ドロンオークしたりしたクッションだの、むしろの屋根のほうが、親切でぜいたくに思われた。
「おばァさま、むしろで、サビタの枝を柱にした屋根だと、お星さまも、お客に来るね」
「そうともそうとも、牛石のぐるりの虫と、星さまが、うたをうたいなさろ」
マコチンは、それを想像して、耳をすます。
「イタチがチョロチョロ山のはしばみが熟れたよって、しらせにくるね、コクワの実もね」
「野ねずみや、ヒヨがかわりの郵便やさんになって、えっさっさかも知れないよ」
「すると、マコとおばァさまは、トンビをみあげて、時計をききながら、山みちをよっこらよっこらのぼってゆくね、山ぶどうのね」
茸がかささして、祖母とマコチンの乞食の旅をむかえに出そうに思われた。
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