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乞食マコチン(北畠八穂童話集)

乞食マコチン(マコチン虹製造:北畠八穂童話集)

「乞食マコチン」をテキストにしました。底本は、国会図書館の近代デジタルライブラリーにある『マコチン虹製造:北畠八穂童話集』です。

表記は新字に変えています。

(2013年4月 金森国臣)


目次


10. 乞食マコチン

 マコチンが乞食を好きになったのは、六つの時だ。

「マコ、乞食になりたい」

 と母に相談した。母はおかしそうに、

「なんで、また」

 マコチンは、なぜ、自分が乞食になりたいか考えてみた。

「なんでも出来て、どこへでもゆけて」

 この答は、いっそう母をおかしがらせた。

「神様みたいね」

「神様でもいいの」

「おや、乞食になるのを、神様になって、まけておくつもり」

 母はこたえられなそうに笑いだした。私ははずかしくなって、

「やっぱり、乞食がいい」

「みんなにきいといで」

 マコチンは、姉兄の勉強室に走った。

「マコ、乞食になるの」

 一ばん小さい兄は、いきなり、

「乞食ッ、きたない、あっちへ行け」

 中の兄は、

「ほう、乞食マコチン?」

 目をくるくるまわした。上の兄は、だまってみむきもしなかった。手帳をみて、あみものをしていた姉は、

「上手な乞食になっといで、お点をつけてあげるから」

 マコチンはものたりなかった。祖母がつぎものをしている縁側へ行った。

「おばァさま、マコ、乞食になるの」

 もう、泣き声になっていた。

「ならなくってもいいよ」

 勉強室で、からかわれてきたと思ったのだろう。祖母はひざから、つぎものをおろして、マコチンをだいた。マコチンはベソになり、

「なりたいの」

「マコチンが、そんなに乞食になりたきゃね、乞食になるときは、おばァさまもなろうね」

 マコチンはうれしくなった。たまっていた涙をポトポトふらしてしまって、うなずいた。

 雨のあとの目ざしのようにほほえんだマコは

「あのう、これ」

 あわせと、わたいれと、ネルのじゅばんと、さらしのはだぎを重ねたげんろく袖から、むぎわらの豆箱をピョコンと出した。

「きれいだこと、誰にもらったの」

「コ、ジ、キ」

大事なヒミツを、ていねいに無電を打つ気持ちで、おばァさまの耳に、一語ずつ、はっきりわかるように、ささやいた。祖母は、もう一度、むぎわらの五色にはりまぜた箱をつまみ、

「どこでな」

すっかり、マコチンは得意で

「裏の川岸、材木おきばのとこ」

「あすこに、乞食いたの?」

「いまでもいるの、いってみましょ、おばァさま、さァ、三人いるの、こども二人」

 是非みせたかった。乞食の子二人とマコチンは、すでに親友であった。

「なに、ほしい?」

 と乞食の子の大きいほうの男の子がマコチンにきいたのだ。マコチンは、むぎわらの箱がとうからほしかった。いろんなおもちゃのおみやげの中に、むぎわらの箱はなかった。家の人にねだると、木の塗った箱や、かねに色をつけた丈夫なのだけ買ってくれて、

「このほうがいいのよ」

 マコチンは、ゆがんでつぶれそうかも知れないけれども、軽くて、つやつやと五色の染わけになっている二銭のむぎわらの箱が、どうしてもほしくてたまらなかった。

「むぎわらの箱、中に順々小さいのが入っているあれ、ひしがたの」

 その日の夕がた乞食たちが、町から川岸へもどってくると、乞食の小さいほうの女の子が、

「ピッ、ピッ、ピー」

 とひばりのまねをして、マコチンをよんだ。マコチンは、もどかしく下駄をもつれさして出かけた。川岸の材木の山につまれたかげで、乞食の子たちは、むぎわらの箱をもっておどっていた。女の子は両手にもっていて、片ほうをマコチンにくれた。

「おばァさま、行ってみましょうよ」

「そうかいの」

 祖母は、やっと立ちあがった。祖母と来た川岸に、乞食の小屋はいつのまにかなかった。

「いない、行っちまった」

 かなしげなマコチンを祖母は、

「いいよ、マコも乞食になるんだろ」

 となぐさめた。

 それからしばらく、マコチンは、どうしたら乞食らしいかケンキュウした。羽織を裏がえして、片ほうの袖に頭をつっこみ、だらりときると、いくらか乞食になった心地がした。

 室のすみの、びょうぶのかげに、おもちゃばこでしきったわざときゅうくつな、やっとマコチン一人すわれる場所をつくり、ありだけのおもちゃや本をちらばして、乞食小屋のつもりで、心細くなろうと試みたりした。

 しかし、この乞食小屋は、しばしば誰かにのぞかれて、失敗した。

「まァ、おとなしいと思ったら、こんなとこにいたのマコチン、おもちゃ店なの、大掃除なの、買ったげましょうか」

 マコチンは、はらがたった。

 野原へ、祖母と乞食になってゆく時が、まだよかった。

「のう、マコ、すかんぽめっけよか」

「おばァさま、すかんぽ、夜のごはんね」

 やさしい葉の、うす紅さしたくきの、すかんぽを、雑草の中から、やっと一、二本ぬいて、

「あった、おばァさま、夜のごはん」

 おばァさまは、自分でさがした一、二本と、マコのをいっしょにして、「原っちょの湧き水」といわれている清水でゆすいだ。露がたれるのさえ、おしそうに、マコチンは、祖母がすかんぽをもつのに、手をそえた。

「どこを、乞食のおうちにしましょう、おばァさま」

 ひたいに手をかざして、さも途方にくれたさまで見わたすマコチンは、いまにすばらしい御座所がみつかるぞと、わくわくしているのだ。おばァさまも、こしをのばした。

「牛石にしようぞな」

 火山岩らしい牛石は、野原の西よりに、草にかこまれていた。そこまで遠路のなんぎをしてゆくつもりで、祖母と手をつなぎ、マコチンは、いそいそと足をはずませていった。牛石の上にはカラスのくそや、ほこりがたまっていた。マコチンはフーと吹き、祖母は、ふきの葉をむしって、ふいた。

「おばァさまこっち」

 平らな少し広めな石の中ほどをたたいた。そして、マコチンは石のはしのデコボコしたあたりへ、はいてきた草履をしいてすわった。

「おいしいな、すかんぽ」

 かめば、すっぱいすかんぽを、ちいとずつ大切にたべて、マコチンは祖母と上等のに乞食になりかけた。

「おばァさま、つベたくない」

「いや、牛石は、おひさまであったまっているで、あったかいぞな」

「なァ、おばァさま、たんぽぽのわたで、クッションをこさえるといいなァ、集めて、野ゴボーの葉っぱをきれにしてかぶせて」

「それにマコチンが、ヒメジオンの花をつんできて、ハイカラな模様をつけてな」

「うん、夏になったら、レースにしましょ、野ゴボーの葉をな、ドロンオークするの、鳥だの魚だののかたちに、すかしを作るの」

 姉の手芸をみていたとおりいう。

「そうか、そか、がまのほをよせて、おふとんも出来るでの、ねながら空も鳥もみれるなんて、ずいぶんぜいたくね」

 マコチンは乞食のぜいたくが好きなのだ。どんな立派な道具より、たんぽぽの白いわたげを入れた野ゴポーの葉に、ヒメジオンの本とうの花でアップリケしたり、ドロンオークしたりしたクッションだの、むしろの屋根のほうが、親切でぜいたくに思われた。

「おばァさま、むしろで、サビタの枝を柱にした屋根だと、お星さまも、お客に来るね」

「そうともそうとも、牛石のぐるりの虫と、星さまが、うたをうたいなさろ」

 マコチンは、それを想像して、耳をすます。

「イタチがチョロチョロ山のはしばみが熟れたよって、しらせにくるね、コクワの実もね」

「野ねずみや、ヒヨがかわりの郵便やさんになって、えっさっさかも知れないよ」

「すると、マコとおばァさまは、トンビをみあげて、時計をききながら、山みちをよっこらよっこらのぼってゆくね、山ぶどうのね」

 茸がかささして、祖母とマコチンの乞食の旅をむかえに出そうに思われた。

金森による註(順不同):

目ざし 「日ざし」の誤植と思われる。


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