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                  どうしてあんなにいたずら好きだったのか、私は、童のとき、舌をまくいたずらっ子であった。 
                 私の家は材本屋で、「北青」という屋号だったので、「ホクセのマコチン」が出てくるのを町内の仲間は待っていてくれた。 
                 私は、姉ひとり、兄三人の末っ子で、それもみんな年が五つずつ違うきょうだいだ。 
                 英文科や、高等学校の理科や、中学や、小学校で、姉や兄がおぼえてくることを、私は耳の端にききはさんで、それをいたずらにつかった。 
                「あのね、今日はね、虹製造したくない?」 
                 私はむずむずとはずむので、ポンポンと下駄を二つけると、仲間は 
                「虹? ほんと、雨あがりの虹?」 
                 とんでもないという声できく。私はもうわくわくして、 
                「そう、虹ッ、私は出来る、みんなも出来る、みんなでしよう、茶わんに水、山もり、もっといで」 
                ウハハハハァ、めいめいのお勝手へかけこみ、いろんな茶わんに、なるべくたんと水を入れて、こぼすまいとソロソロ、途中でつまづいて汲みなおしに戻ってきたり、いろんな顔が、茶わんの水と、私をみくらべる。 
                「いい、さァ、おひさまに横むけて、ほら、プーッ、背なかむけて、プーッ」 
                 水をふくんでは、くじらの潮ふきをやる。プーッ、プーッ。 
                「あ、虹だ虹だ、虹製造株式会社ァ」 
                「かわいい虹だ、こどもの虹」 
                「マコチン虹ッ」 
                 みんな虹つくりのフェヤリーだ。茶わん一ぱいではたりない。虹製造原料は、ついに手おけではこばれる。着物の前は、グショヌレで、手おけの水は、みるまに虹になって消える。空っぽの手おけがマコチンをさそう。 
                「ね、ギリシャの学者はね、オケに入っていたんだって」 
                 ころがったままの、手おけに頭をつっこむ。 
                「マコチン、学者みたいだなァ」 
                「ううん、まっくら、シケッぽい。くさくって、くらい、いやだ、だめだめ」 
                 マコチンは後じさりにはい出し、 
                「ギリシャの学者は、頭、おけのそこにぶっつけちゃわるい。こう入ったんだな、きっと、こんなに、ピョンと、こんなにして」 
                 しくじった逆に、手おけをたてて、片足ずついきおいよく学者になろうと、とびこんではねる。メリメリッ、ギシッ、おけのそこはぬける。 
                「あれ、マコチン、ギリシャの学者は、手おけの胴中、ドンガン」 
                 仲間はつっついてはやす。マコチンはくびをかしげ、 
                「フーン、この手おけ、まぬけ」 
                 残念そうに、学者になりそこねる。しかしまた、手をおかっぱで支えた、足の出るそこぬけ手おけは、マコチンを、「さざえのおやどかりだ、ヤドカリ」に化けさせて、得意で歩きださせる。 
                「ヤァ、バケモノバケモノッ」 
                 拍手された甲斐なく、マコチンはころぶ。 
                「ヘイキンがとれないってのこれなのね」 
                 ころんでから思いつく。木のワクの中に、活き活きした心棒のあるものは何だろう。機屋の糸まき、マコチンは手おけのわくの中で、糸まきの心棒になって、ころげる。いたいけど、おもしろい。原っぱのウマゴヤシと、みんなのひざこぞうまでと、水色の空と、しまのつぎ目になってうごく。もっと早くまわりたい。 
                「あぶないあぶないマコチン、もう、やめやめ」 
                 手おけは、たがもはじけ出し、仲間はそうがかりで、手おけから、マコチンをぬき出す。ほうぼうスリキズだらけだ。 
                「なめて」 
                 かわり、がわり、ホーレン草くさい口、りんごのつば、魚のにおい、アメダマのねばねば、仲間は、マコチンのキズをなめ、ペッ、ペッとつばをはく。肩あげのなかに、石綿を入れているのがはやって、石綿はキズ薬だ。マコチンの顔や手やすねに、石綿をてんでに、くっつけてくれる。マコチンはほうぼう、石綿の毛がはえ、もっと深々とはえたら、シルケットの白くまさんになれるのにと、チョッチョッとつまんでみる。 
                「いやかない」 
                「いたい、クマになる途中だもの」 
                 がまんして、みんなをみる。みんなはワーイとペンギン鳥のように羽ばたきして、 
                「どうする、この手おけ、タケコの婆ちゃ、おこるぞ」 
                 マコチンも閉口する。だがまた、 
                「ワシントンになってみる」 
                 ワシントンは大事な庭の木を、いたずらしてきったのを、正直にお父様にいった。 
                「タケコの婆ちゃ、ワシントンおぼえていればいいけども」 
                「知らなきゃきかせる」 
                 マコチンは、タケコの婆ちゃがりんご売りをしているベンケイ橋のたもとへ走る。 
                「婆ちゃァ、タケコ婆ちゃ」 
                「よう、マコさまァ、走るな走るな」 
                 手をのべてむかえ、りんごを一つつかます。マコチンはりんごを、タケコ婆ちゃのほっぺたでこすってふき、すぐかじる。 
                「なァ、婆ちゃ、ワシントン、おぼえていればいいのに」 
                「なに、ワシントン、それァなんのこと」 
                「手おけだ、手おけだ」 
                 と追いかけてきた仲間がいう。マコチンは、 
                「ワシントンてなァ、いい子、正直な子、大事なサクラの木、いたずらしてきったの、それでも、正直にお父さまにあやまったの」 
                 マコチンはなきそうであった。婆ちゃんは、 
                「いい、いい、正直にあやまればいい子だ、ワシントン、いい子だ」 
                 とあやす。 
                「マコもいい子だか。婆ちゃ」 
                「いい子だとも、婆ちゃ マコ様大すきだ」 
                「ほんだか、婆ちゃ、マコ、婆ちゃ家の手おけ、メチャメチャにこわしたの」 
                「ん、んんゥ」 
                 婆ちゃんはうなった。マコチンは、手おけこわしても、りんごくれたタケコ婆ちゃの美しい行を、母はじめ、店の番頭さん、工場の職工さん、柾わりの小母さん、ニャンコのチビにまでふれてまわる。 
                 タケコ婆ちゃんが、隣に水もらいにゆく夕方までには、タケコの家のながしに新しい手おけがのっている。新しい手おけはマコチンの家の、大勢のお客様ある時の取っておきだ。タケコ家の手おけは、おけやに修繕に持ってゆかれる。マコチンはまた、おけやのおじさんが、あのひしゃげた手おけを、立派になおすのを、どうしてするかみたくて、明日みにくるからと、約束して、石をけりけり帰った。 
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