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海軍兵学校人物伝 5

  海軍名参謀   秋山真之

 海軍兵学校17期。入学試験成績は、14番。2学年末から卒業まで首席。陸軍大将秋山好古は実兄。日本海海戦の首席参謀として、ロシアバルチック艦隊を撃破、戦勝の立て役者。                  海軍では、兵学校を首席で卒業することが絶対的な価値をもち、もっとも優秀な人物が全知全能を発揮し、海軍を指揮するという、超エリート主義であった。これは、キャプテン(船長)を、オールマイティとし、一糸乱れず命令の下行動しなければ、荒海での航海・戦闘は不可能であるからだ。秋山もまた、例外ではなかった。                   明治30年6月、秋山大尉は米国留学を命ぜられるが、これは、明治17年の斉藤実以来13年目になる。秋山の留学目的は、米海軍の戦略・戦術の研究にあった。秋山は、米海大に入学を拒否され、4年前まで校長を務めた、『海上権力史論』(明治25年刊)で世界的に名を馳せていた、マハン大佐に師事することとなる。ここで、米西戦争が勃発し、秋山は観戦武官として、米海軍の作戦・実戦を詳細に観察する機会を得た。この経験が、後の日本海海戦に大いに役立ったことは言うまでもなく、その後の明治海軍に大きな影響を与えた。
 サンチャゴ海戦の後、秋山は軍令部宛13の報告書を出している。秋山は、戦略と戦術を区別し体系づけ、戦務という概念を取り入れ、戦略・戦術・戦務をもって「兵法」とした。「戦務とは戦略・戦術を実施する事務の総称」であり、作戦命令。戦闘報告書の書き方、通信連絡、兵站補給、訓練作業管理までを包括した、事務のシステム化を実現した。新たに米国海軍式の兵棋演習を取り入れたのも、秋山である。
 秋山兵学は、海軍大学教官時代に講述した『海軍基本戦術』『海軍応用戦術』『海軍戦務』『海国戦略』などによって、体系化された。日露戦争前に講述した『海軍基本戦術』の緒言で、「戦術ハ諸他ノ技術ト等シク実地ノ活術ニシテ、紙上ノ死学デハナイ。イカホド学理ニ長ジタリトテ技術ノ妙用ハ出来得ルモノデハ無ク・・・」と述べている。
 また、秋山戦略の真骨頂は、孫子の「戦わずして敵を屈するは善の善たるもの」が、根本思想であり、軍は戦うためのものでなく、戦争抑止力としての価値がある、との明治の日本海軍の思想を形成した。『戦争論』の著者で有名なクラウゼビッツは、「戦争は政治の延長線上にある」と述べているが、秋山の論も機を一にしている。
 連合艦隊の命令や報告の大部分は、秋山の手によって書かれており、その名文は「秋山文学」とも言われているが、兵学校に入る前は正岡子規と大学予備門に通っており、当時は作文は不得手であり、当然子規より劣っていたことは言うまでもない。日本海海戦緒戦に、東郷平八郎連合艦隊司令長官名で暗号第一電を軍令部宛発信する。「敵艦隊見ユトノ警報ニ接シ、連合艦隊ハ直チニ出動、之ヲ撃滅セントス・・・」と起案した若手参謀の一文に「本日天気晴朗ナレドモ浪高シ」の一筆を加えた美文調の電文はあまりにも有名である。
 「かれは報告文においてさかんに造語した。せざるをえなかったのは文章日本語が共通のものとして確立されていなかったことにもよる。・・・そういう意味で、かれの文章がもっとも光彩を放ったのは『連合艦隊解散ノ辞』である。」と司馬遼太郎は『坂の上の雲』のなかで述べている。
 戦時編制である連合艦隊の解散にあたり東郷は「・・・百発百中の一砲、能く百発一中の敵砲百門に対抗しうるを覚らば、我等軍人は主として武力を形而上に求めざるべからず。・・・惟ふに武人の一生は連綿不断の戦争にして、時の平戦に由り其の責務に軽重あるの理なし、事有れば武力を発揮し、事無ければこれを修養し、終始一貫その本分を尽さんのみ。過去の一年有半、かの風濤と戦ひ、寒暑に抗し、屡頑敵と対して生死の間に出入せしこと、もとより容易の業ならざりしも、観ずればこれまた長期の一大演習にして、これに参加し幾多啓発するを得たる武人の幸福、比するにものなし」、「神明はただ平素の鍛錬に力め戦はずしてすでに勝てる者に勝利の栄冠を授くると同時に、一勝に満足して治平に安ずる者よりただちにこれをうばふ。古人曰く、勝って兜の緒を締めよ」と詠んだ。
 この秋山の書いた文章は、世界各国で翻訳されたが、なかでも感動した米国大統領セオドル・ルーズヴェルトは、大統領達号(General Order)に異例の掲載を命令し、全軍に配布、コピーを英国王エドワード7世に送り、一読をすすめている。

参考文献 『坂の上の雲』『アメリカにおける秋山真之』他
               「連合艦隊解散の辞」
              「日本海海戦今昔間」
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