連合艦隊解散の辞

 二十閲月の征戦已に往事と過ぎ我が聯合艦隊は今や其の隊務を結了し

て茲に解散する事となれり然れども我等海軍々人の責務は決して之が為

めに軽減せるものにあらず此の戦役の収果を永遠に全くし尚益々国運の

隆昌を扶持せんには時の平戦を問はず先づ外衝に立つべき海軍が常に其

の武力を海洋に保全し一朝緩急に応ずるの覚悟あるを要す而して武力な

るものは艦船兵器等のみにあらずして之を活用する無形の実カに在り百

発百中の一砲能く百発一中の敵砲百門に対抗し得るを覚らば我等軍人は

主として武力を形而上に求めざる可らず近く我が海軍の勝利を得たる所

以も至尊の霊徳に頼る所多しと難も抑 亦平素の練磨其の因を成し果を

戦役に結びたるものにして若し既往を以て将来を推すときは征戦息むと

雖も安して休憩す可らざるものあるを覚ゆ惟ふに武人の一生は連綿不断

の戦争にして時の平戦に由り其の責務に軽重あるの理無し事有れば武

力を発揮し事無ければ之を修養し終始一貫其の本分を尽さんのみ過去の

一年有半彼の風涛と戦ひ寒暑に抗し屡 頑敵と対して生死の間に出入せ

しこと固より容易の業ならざりしも観ずれば是れ亦長期の一大演習にし

て之に参加し幾多啓発するを得たる武人の幸福比するに物無し豈之を征

戦の労苦とするに足らんや苟も武人にして治平に偸安せんか兵備の外観

巍然たるも宛も沙上の楼閣の如く暴風一過忽ち崩倒するに至らん洵に

戒むべきなり

 昔者神功皇后三韓を征服し給ひし以来韓国は四百余年間我が統理の下

にありしも一たび海軍の廃頽するや忽ち之を失ひ又近世に入り徳川幕府

治平に忸れて兵備を懈れば挙国米艦数隻の応対に苦み露艦亦千島樺太を

覬覦するも之と抗争すること能はざるに至れり飜て之を西史に見るに

十九世紀の初めに当りナイル及びトラファルガー等に勝ちたる英国海軍

は祖国を泰山の安きに置きたるのみならず爾来後進相襲で能く其の武力

を保有し世運の進歩に後れざりしかば今に至る迄永く其の国利を擁護し

国権を伸張するを得たり蓋し此の如き古今東西の殷鑑は為政の然らしむ

るものありしと雖も主として武人が治に居て乱を忘れざると否とに基け

る自然の結果たらざるは無し我等戦後の軍人は深く此等の実例に鑒み既

有の練磨に加ふるに戦役の実験を以てし更に将来の進歩を図りて時勢の

発展に後れざるを期せざる可らず若し夫れ常に聖諭を奉体して孜々奮励

し実力の満を持して放つべき時節を待たば庶幾くば以て永遠に護国の

大任を全うすることを得ん神明は唯平素の鍛錬に力め戦はずして既に勝

てる者に勝利の栄冠を授くると同時に一勝に満足して治平に安ずる者よ

り直に之を褫ふ古人曰く勝って兜の緒を締めよと


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