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六つ指の海おとこ(北畠八穂童話集)

六つ指の海おとこ(マコチン虹製造:北畠八穂童話集)

「六つ指の海おとこ」をテキストにしました。底本は、国会図書館の近代デジタルライブラリーにある『マコチン虹製造:北畠八穂童話集』です。

これで、テキスト化の作業はすべて終了しました。津軽出身のかたには、ぜひ読んでいただければと思っています。

表記は新字に変えています。

(2013年4月 金森国臣)


目次

1. マコチン虹製造

8. 海まつり

2. 夏の星座

9. 津軽のワラシ

3. 専太が、あったお伽ばあさん

10. 乞食マコチン

4. 聖夜

11. チョンミーと原子力

5. ほら、木の間に

12. 一、二三

6. マジックは失敗か

13. 六ッ指の海おとこ

7. とうもろこし

各項目をクリックすると当該ページにジャンプします。


11. 六つ指の海おとこ

 マコ達の仲間では、このごろ、

「あれ、みたか」

 半分笑って、半分こわいみたいな顔で、ないしょ話の声でききあうのがはやった。

 五六人、みたものがあった。マコもみた一人だ。マコが村の仲間のところへ遊びに行こうと家を出ると、門口のアカシヤの大木の下に、こっちをむいて、背の小さい男の大人が立っていた。着ているものから、かっこうから、このへんの人ではなかった。

 遠くからきたにしても、町からきた人ではなさそうだ。みたこともないなりをしていた。ゴザの三角ぼうしをかぶっているのだけは、はっきりみたが、あとは、なんだかぞくぞくとこわくて、にげてしまってよくみない。

 体にもひどくあたりまえとちがったものを着ていた様だ。

 二軒屋の友ちゃんがみた時は(空とぶ円板)みたいなものを、その男が、むちゅうでとばしていたそうだ。

「友ちゃ、その人トンビみてたのでねか」

 トンビは晴れた日に、ずいぶん高いあたりに、ぽっちり、ゆっくり、飛んでいるのが、なんともおもしろくふしぎにみえるものだ。

「違う違う、トンビでなんかあるか、トンビなら百まんべんもみた。トンビでねえ、あの男と、とんでいるものと、別々でねえんだ」

 友ちゃんは、たしかにあの男が、おかしなものを飛ばしていたに違いないとがんばる。

 山根のゴンペはまた、

「おら、みつけた時ァ、しらみ、とってるのかと思ったなおらァ、あの男がよ、うしろむきに、両足をながめて、かやかぶの土手にこしかけて、前さ、のめる様にして、なんかモヤモヤと手でやってたからな。おっかながったけど、のぞいてみだや」

 ゴンペは、なんども、この話をくりかえすのだが、ここまで話すと、ずるそうな笑顔をして、一寸やめる。すると、みんなが、

「したらよ、ゴンペ」

「ゴンペ、なにしてたよ、その男」

「早くしゃべろ、ぶんなぐるぞ」

 ゴンペは、うんとききたがらせておいて、

「それがよ、きびわりい、トミコなんてみだら、キャッってキモがぬけてしまうよ」

 九つになる一番意久地なしのトミコは、後じさりして、みんなの間へもぐり、誰かのかたえつかまる。ゴンペ、またニヤッとして、

 「なんだと思うば。誰れも、あたらないべよ。青黒くってピクピクって動く、おらァもあれァ、なんてもんか知らねな」

「アホゴンペ。ウソつき、おめえ、なんもみないで、にげたのでねえか」

 ゴンペは赤黒くりきんで、

「んにゃ、にげね、男が木のまたみてえにひろげた二本足の間を、よっくみだ。ピクピクって青黒い動くもんと、それから、目こするほどうづぐしい絵がよ、なんぼあったがな、五六枚も、ちらがっていた」

「それから、どうした」

「おらァ、にげたさ」

 アハハハァ、とみんなは笑って、そして、ぞうっとこわくなるのだ。

 チツコがみた時は、あんまり人が歩かないメクラブドウの藪の下を、うつむいて、なんだかブツブツひくい声でしゃべりながら、通っていて、チツコとチツコの婆ちゃがいるのに気がつくと、プイと横をむいて行ってしまったそうだし、ドロの木の三郎がゆきあったのは、クボ地クボ地とみんながいう土をうんとほったあとの大きいヘコミのあすこで、男はトホンとどこみているんだか、しゃがんでいて、三郎が、薪きりの人達にお昼を知らせるホラ貝ふいているのに、さっぱりきこえていそうもなかった。

 も一人、夕がたもう日がくれてしまう時、東端のモヨコがわすれた干しものとりに出たれば、風の後ろ姿の様に走って行ったその男を、みた様であったという。

 チツコがメクラブドウ藪で、すれちがったのがおとついで友ちゃんがおどろいたのが、学校に唱歌会の練習があった日だったから、六日前で、マコがアカシヤの大木の下に立っているその男をみつけたのが二週間も前だし、ゴンペは前の週の水曜日から、かやかぶ土手のおっかない話をはじめたのだから、九日はたっているし、モヨコはゆうべだというし、ドロの木の三郎は、薪きりの終りの日だそうだから、四日前だ。

「マコさま、みたのは、村へきた時だべか」

「ゆうべも、いたってから、またいるべ」

 こどもたちみんなは、このキタイな男をうんとみたくって、うんとこわかった。

「婆っちゃにきかせたら、あまり外さ行ぐでねえと、とめられだっし」

 チツコは、チッと舌を出して肩をすくめた。

「カミナリ先生さ、しゃべってみねがよ」

 と友ちゃんがニッコリとすると、

「よかべ、よかべ、それよかべ、行くべ」

 とみんなはさんせいした。

 カミナリ先生の所へゆくのは、みんな大好きだ。カミナリ先生は去年のツルスグリが赤くなる頃、東京から来た。校長先生が、

「新しい先生がみえました」

 といって、カミナリ先生を、朝礼の壇へ上げると、カミナリ先生はまず頭をかいた。マコ達生徒はドッと笑った。カミナリ先生は、いっそうはずかしそうに、

「こまったな、あのね、僕はね、ちっとも新しくないかも知れませんよ。落第坊主なんです。大学の試験におちたから来たんです」

 と大きな声で一心になっていって、また頭をかいた。生徒たちもまたドッと笑った。カミナリ先生は頭をかかえる様にして、

「名まえは神生といいます。神さまが生れるとかきます。生れるという字は、ナリとも読むから、僕の親しい友達は、みんな、僕をカミナリといいます。みなさんもそう呼んで親友になって下さい」

 マコ達は、パチパチパチパチと、手をたたいてしまった。ゴンペはタバラカニみたいな顔をニヤニヤさせて、

「おもしえ先生きたな」

 と前列のチツコの衿もとをつッついた。チツコは、三列むこうのドロの木の三郎が、はね上りそうにのびて、神生先生をちっともよけい見ようとしているさまを、おかしがっていた。モヨコも友ちゃんもマコも、ぐるりのお友達同志と、うなずきあって、

「カミナリ先生カミナリ先生」

 と、カミナリ先生を、喜んでおむかえする心もちは、電波の様につたわってひろがっていった。

(ほんとに新しい先生だ)

 と、カミナリ先生のことばをきくと、体の中で、おどり出す粒がある様な心地がしていた。ちょうど、唱歌の時間に、ピアノがなると、うたが出てくる様に。

 神生先生が壇を降りると、もう一度壇へのぼった校長先生はいつになくニコニコで、

「たのしい先生をおむかえしましたね、神生先生は、正直に落第坊主といわれましたが、この落第にはわけがあるのです。だまっていようと思いましたが、先生がああおっしやったから、いいましょう。これはまた私かどうして知っているか先生はふしぎでしょうが、ちゃんと知っています」

 と、いたずらそうに神生先生をごらんになった。カミナリ先生がいらしったので、学校中、校長先生までが、こんなにいたずらそうになったので、生徒は嬉しくてたまらなかった。カミナリ先生は、はてなという顔で、校長先生をみていたが校長先生はかまわず「神生先生は、日本中で 入るのがいちばんむずかしい高等学校にお入りに、なりました。卒業の時、その高等学校の同級生中でも、特別頭のいい先生のお友達がしばらくねていなければならない病気になりました。このお友達は、今年大学へ入らなければ、どうしても大へんこまることがある人でした」

 校長先生がここまでおっしゃると、神生先生は、壇へのぼってきて、校長先生をひっぱりました。校長先生はひっぱられながら、

「神生先生は、御自分が、物理へうける試験をそっちのけにして」

 と声をたかくなさると、神生先生は、なおもグングン校長先生を壇から降そうと、ひっぱった。六年生と五年生の前列の人達が、どっと出て行って、神生先生をとりまいて、校長先生を壇へ上げた。神生先生は閉口して、生徒にかこまれていた。校長先生は、つづきを、

「このお友達の医科のしけん勉強を、ねているそばについてして上げたのです。神生先生の熱心がとおって、そのお友達は及第しましたが、先生は、しかたなかったのです。いいですね。みなさん」

 パチパチパチパチみんな手をたたいた。神生先生をつかんでいた人達も手をはなして、たたいたので、神社先生は、はなされた手で、またもしくじったという風に頭をかいた。

 こんなにいい朝礼はなかなかないと、みんな思った。カミナリ先生は、学校の当直室へ住まれることになった。学校へおべんとを忘れたりすると、当直室のまどの下へ行って、

「先生、カミナリせんせ、べんと忘れました」

 と小さい声でいうと、先生は窓をあけず、

「ここの学校には、そんなバカモノは一人もいないよ。ムジナがばけてきたんだろ。だめだめ」

 とどなりかえす。

「ムジナでありません。四年生の岡本モヨコです」

「モヨコ? モヨコは忘れんぼでないよ。試してみるぞ。そんならおひるのおかず、なにたベたモヨコ。モヨコならすぐわかる。ムジナならしらないぞ」

 モヨコはさっそく、

「しみ大根のにつけと、なっと」

「よしッ。ベントの中、しらべて渡す。おいで。いっしょにいこう」

 教室までついてきて、本当にベントの中をあけさせて、

「うん、糸がくっついてるからなっと、汁がたまっているからしみ大根のにつけ、よしッ」

 とモヨコにベントを渡す。

 生徒達は、とってもこの当直室へ遊びにゆきたいのだが、カミナリ先生は、間があれば、本を読んでいる。それで生徒達は、

「カミナリ先生、また落第すればだめだな」

 と、がまんする。

 カミナリ先生はまたよく村を散歩する。先達てマコ達が、コーシンヅカの所へ集まって、

「からす、羽、けろ」

 をやっていると、カミナリ先生が通った。

「よ、やったやった」

 先生は立止ってみていられる。マコ達は始め、はずかしくって止めていたが、カミナリ先生だものやろうよと、みんな目をみあわして笑いながら、はじめた。先生もまねた。

「かァらす。羽けろ」

 とみんながうたうと、先生は、

「けろって、くれってんだね」

 みんなは肯いて、次をつづける。

「さむくって、けられねえ」

 先生は、はじめからここまで暗唱して.

「さァ、次」

「さむくば、火たけ」

「ハハハハハ、さむくば火たけか」

「火たけば、ノミたかる」

「フフフン、寒くば火たけ、火たけばノミたかる。なるほどなァ」

「ノミたかったら、つぶせ」

「それでおしまいか」

 いやいやとみんなはかぶりをふって、

「つぶしたら、くさい」

「くさかったら、にげろ」

「あーれ先生、村でァ、かんでのみつぶす」

 先生はベッペッとつばをはくまねをし、

「きたないな、ノミかむのはやめなきゃ」

「そんでも、先生、これァうただもの」

「うん、そうか、やってくれ」

 マコ達は、先生がきたながるので、いっそういたずらっぽくうたう。

「くさけりゃ、水のめ」

「火と水だね」

 なにか先生は感心した声を出す。マコ達はさきをうたう。

「水のみァ、はらいた」

 先生は真面目にきいている。

「いたくば、くすり」

 と、カラスがとうとう、ナマケモノ、ヅルガラスと追っぱらわれる終いまでうたうと、カミナリ先生は、たちまちに、おぼえてしまって、マコの村から、隣の野合いを、歩いてゆかれるときは、もう、

「火たけば、ノミたかるゥ」

 とうたってゆかれた。マコ達も大声で、

「ノミたかったら、つぶせ」

 と、先生をお送りした。だから、今日は、当直室の窓下へ、

「カァラス、羽けろ」

 と、うたって行こうよと、みんなで相談した。

 マコ達がタンボみちずたいに、学校の庭へ着くと、中学科の生徒も、もうみんなかえってしまったあとだとみえて、土がなきそうに、シーンとしていた。

 マコチン達は、口へ手をあてて、つまさき歩きをした。なぜってば、急にカァラス羽けろ、とうたってカミナリ先生をびっくりおどろかせたくって、すぐそばまで行ってしまうまは来たなと、気取らせたくなかったからだ。五八歩ずつはなれて、一列になって、しのびあしで進んだ。友ちゃんが先頭で、チツコ、ゴンペ、マコ、モヨコ、ドロの木の三郎の順であった。

 いよいよ窓のそばへ近づくと、友ちゃんは、手をヒラヒラとおしりのところでふって、

(いっそう、しずかに来い)

 とあいずした。みんなは順々に、おしりのところで、手をふって、つたえた。

 窓の真下へ、ピタとくっついた友ちゃんは、一番後の、三郎を指して、手まねいた。三郎はガッチリしているから、三郎を馬にして、友ちゃがその上へのって、そうっと、中をのぞいてみるつもりだなと、みんなはすぐわかった。そうであった。

 そろそろそろっと、三郎の背中の上で立ちあがった友ちゃんが、なめくじみたいにちいっとずつくびをのばして、窓からのぞくと、オヤッという顔をし、なおもじっとみて、むずかしい顔をしておりて、こんどは自分が馬になって、三郎をのせた。三郎も、オヤッと目を丸くして、おりて、へんだねという風に、くびをふった。三郎が馬になって、ゴンペとチツコがのった。ゴンペとチツコもおどろいて、おりた。それをまちかねて、モヨコとマコが三郎の馬へのった。マコはモヨコにつかまって、のぞいた。

 先生はいる。先生とむかいあって、横顔をみせているのがオヤッ、マコの門口のアカシヤの大木の下へチョボンと立っていたあの男。

 六人は、一寸途方にくれた。ゴンペがまっさきに逃げ出すと、チツコも、モヨコも、おそろしそうにかけ出し、二軒家の友ちゃと、ドロの木の三郎も妙な顔でしかたなげに歩き出したのと、釘づけになったみたいなマコが、りきんで、なお出ない声で、

「したども、友ちゃ、サブ」

 と二人をとめて、手まねで、ぐるっとまわって、宿直室へ行ってみようと招いた。

 このまんま、逃げて帰るなんて、あんまり怖くて、マコはいやであった。

 四時すぎると、西の上級生の昇降口も南の下級生の下駄箱の入口も、カミナリ先生が、かぎをかけるので、宿直室から、ずうっと遠い湯のみ場の横からならば、ちとむずかしいけれども入れるのを、よく来る三人は知っていた。

 そこは、左右にゆすぶって、ぐっと持ちあげると、つっかい棒がはずれる。四尺もまたぎ上らねばならないのを、ドロの木の三郎が、ピョンピョンとはずみをつけてから、ストンと飛箱の要領でのぼり、マコを友ちゃが持ちあげて、三郎に渡し、友ちゃは二間位むこうへ退って、そこからかけ出してきて、ヒザコゾウを、ウンとぶっつけて、それでもはい上った。

 入ってからまた三人一様に、そうっとして、三郎は友ちゃのうしろにつこうとし、友ちゃはそうさせまいとして、あらそった。

 マコは カミナリ先生がいらっしゃるんだものと、かたくなる足に元気をつけて、さきになって歩いた。

 理科実験室の所までくると、こわいと思っている耳の故かわざとそうっと、どこかで戸のあく音がした。マコばかりでなく、友ちゃも、三郎にもきこえたとみえて、みんな立止って、よりあった。

 またスーと開いた様だ。三郎は、

(来なけりゃ、よかった)

 ってみたいなふりをした。友ちゃは、

「宿直室かも知れないね」

 と歩き出した。マコもそうではなかろうかと思ったが、もう友ちゃのヘコ帯を、わきからつかんで、口を結んでついて行った。三郎も一人で戻るのは、こわいので、友ちゃの両肩にうしろから手をかけて押す様にしてついてきた。

 中階段をおりて、裁縫室の角を曲って、四年男生の教室の手前で、また階段を三段のぼって、それからでも室を七つ通り越さねばならなかった。

 マコは友ちゃのヘコ帯につかまって、まるで帆舟で、知らない海を、おばけ退治に航海してゆく心地がした。さすがの友ちゃも、もう一つ会議室を越すと宿直室って廊下で、足をしぶらせた。

 宿直室はシーンとして、人の気もない。マコもにげたくなった。会議室の柱鏡に、

 三人の姿がうつっているのを、三郎がみつけて友ちゃとマコに指した。友ちゃは鏡の自分の顔があんまりまじめなのできまりわるいのか、わざと酒のみヒョウ六の鼻つきををまねた。マコも鏡の自分の顔にベッカンコをした。三郎は口端をひっぱり、目をつるしあげて、鬼面のまねをした。それでよっぽど平気になった三人は、シーンとしすぎている当直室まで、つま立って行って、戸に耳をかわるがわるつけた。マコはもう、たまらなくなり、

「せんせ、カミナリせんせ」

 と泣きそうに、呼んだ。呼んでも返事がなかったら、どうしようかと心配だった。

「おう」

 すぐ、いつもとそっくりのカミナリ先生の声がした。マコには、それがまた、あのキタイな男が、むやみと上手に化けている様に思われて、息をあらくして、試してみた。

「カミナリ先生、先生」

「いるよ、お入り」

 三郎がガラリと力いっぱいあけた。カミナリ先生が一人、炉端へすわって、こちらをみていられた。

「ウワッ」

 三人はなだれこんだ。マコは先生にしがみついた。体のしんがふるえていた。

 あとをしめなかった戸口から、足おとがしてきて、かけよってきた。三人はカミナリ先生のかげにかくれた。

 来たのは、モヨコにチツコにゴンペだった。友ちゃとマコと三郎は、はらがたった。

「なんだい、ずくなし、(いくじなしのおくびょうもの)いまごろ、ゴタゴタって」

 モヨコとチツコはすまなそうに戸口をしめた。カミナリ先生は、炉に炭をたして、

「けんかして、きたのか」

 六人とも、てれ笑いをした。マコは思切って、

「先生、さっき、ここに、誰、いたの」

 先生は、しばらくためらっていられたが、やがて、じょうだんの様に、

「人のにおいするのか、マコちゃん」

「ううん、みたの」

「みたのか、あれァ」

 先生は、しまったというおどけた恰好をした。みんなは、やっと氷が解けた気持で、ハハハハハと笑った。先生は火をおこしながら、

「このごろ、みんながきびわるがっている人、あれだろう」

 五人はそろって肯いた。ゴンペだけは、ウンといえば、わるいのかと思ったらしく、くびをふりかけて、それからあわてて、みんなをまねて肯いた。先生はそれを苦笑して、

「あの人はね、とても気の毒な人なんだよ」

 とだけ言って、テツビンをかけた。マコは、

「それで、あの人、かえったの、先生」

「ああ、もう少したったら、またくるよ」

 みんなは少しずつよりあって、いずまいをなおした。先生は微笑んだ。

「こわい人でなんかないけれど、みんなにはこわいかなァ」

「こわい、こわい、大こわい」

 マコはもう一度、先生につかまろうとした。

 先生はマコが、炉にころげそうになるのを支えて、

「あの人はねえ、この村がなつかしくって来てみたのさ。あの人が、みんな位のころ。この村にいたんだってさ」

 あの気味のわるい人が、この村にいた頃、童であったときくと、みんなは少し親しみがわいた。

「お父さんや、お母さんとずうっと遠い外国へ移民に旅立った時は、青スグリに塩をつけて持って出かけたってさ。ね、みんな、塩をつけた青スグリは好きだろう」

「すきです」

 友ちゃが一番にこたえ、ハイハイと残りは、手をあげたり返事をした。

「あの人が移民して行ったのは、赤道をこして、もっと南だったんだよ。赤道って知ってるかい。地球儀の、いちばん太いハラの真中を、くるりとまわしてある赤い線だよ。あの線だよ。あの線から上の方、つまり北が、北半球で」

 そこまで、先生がいわれると三郎が、

「南が、南半球」早口にさえぎる様に言った。

「そう。あの人は、青スグリを食ベた口で、南半球の途中の島へ行ったんだよ」

 六人の想像は、青スグリにくっついて、地球儀の赤道を越した。

「その島でねえ、ほら、みんなの筆入れに入っている消しゴム、あのゴムになる汁を出すゴムの木をやしなっていたんだって」

 赤道を越して、心細がっていた六人の想像力は、一気に飛びかえって、筆入れの中の、ケシゴムの模様とにおいになった。

「あの人はねえ、小さい時から、舟のりになりたくってたまらなかったそうだ。舟のりになれば、いつか、この村に来れそうに思われてね」

 みんなは、もう少し、あのキタイな人がいとおしくなった。

「なんども、海のゆめをみ、なんども青すぐりのゆめをみて十七になると、あの人は、舟のりの試験に及第した」

 みんなの想像も、いよいよ海をめぐれるので勇んだ。先生は次をちと言いにくそうに、

「おうちの人たちが、たやすく、舟へのることを承知したのは、あの人に生れつき、とても気の毒なことがあったからだ。気がつかなかったかい。君達あの人の体に、なにか人とかわったところを」

「ワシのとりみたいな目」

 友ちゃがいうと、ゴンペは、

「あのまなこが、ひたいについているみたいな、にらみ方をするなァ」

「そうだ、そうだなァ」

 チツコも、モヨコも、三郎も、マコも同感だ。

「目つきか、そうか、目つきはねえ、またこの村にしばらくいたら、なおるよ。だけど、なおらないものがあるんだ」

 みんなは判んじものみたいに、先生がいつまでも、あてさせ様とするのが、もどかしかった。マコは待ちきれず、

「どこか足りないの、片輪なの」

 と先生をゆすぶってしまった。

「ええ、まァ、そうだな。多いんだよ、指が。小指の第二の節から一寸下に、もう一本指が出ているんだ」

 先生は言ってしまって、ちとがっかりした様子であったが、

「みんなにね、きかしとかないと、あとで、みんなが、ふしぎがったら、あんなに六つ指を気にしているあの人に、いっそう気の毒したら、わるいからね」

 そういえば、あの時も、あの時も左手をけがした様に、布でしばっていたと、みんなは言いあった。

「六つ指」「六つ指」といいながら、みんなは自分の左手の小指の二つ目の節の下に、もう一本想像の指を生やかしてから、フッフッと口でふいて、右手で払った。マコは、

「それで先生、あの男の人、いまなにしに、戻ったの」

「手品の道具をとりに行ったのさ。人形芝居も持っているんだって。それを学校でやらしてくれないかと、頼みにきたんだよ。六本目の指は、なんども切ったんだが、そのあとを電気でやいておいても、何年かたつと、またふくらみかけるんだって。こんどもそのふくらみを切りたいって、切らないうちは気になって、気が狂いそうだって。切るにはまとまったお金がいるからってね」

 カミナリ先生がそうじゅんじゅんに言われるのをきけば、六人は、きびがわるいと思っていたあの男のために、お金を集めたくなってきた。さぞさっぱりしたかろうと、またも自分の左の小指の二の節を、めいめいにみて、なんとかしてあげたいと思った。

 せっせと急いできたらしい足音が、戸の外にとまった。モヨコとゴンペは、「来た来た」と立上りそうにした。

 外の人は宿直室の横のくぐり戸をギイと開いて、ちっとも室の中のことなぞ気にかけずに、ずんずん入ってきた。よっぽど、むちゅうで来たのだろう。マコは走って行って、中から戸をあけてのぞき、重ね歯でニッコリ笑うと、入ってきたキタイな人は、

「オウ」

 とびっくりした。先生は、

「こんなに、君のお客様が待っていますよ」

 と六人を指した。キタイな人は、きまりわるげな笑顔になって、六人へ大人へする様なおじぎをした。こんどは六人の方がはずかしくなって、後の人をみたり、つっついたり、舌の先を出したりしながら、やっぱり、手をついてまちまちにおじぎをして、ドッと笑った。

 さっそくキタイな人は、持ってきたふろしきを解き出した。左手のほうたいの所をなるべくかくす様に手をつかっていた。六人には、ほうたいの所ばかり目立つた。ふろしきの中からは、かかえる位の行李と、中箱と小箱が出た。キタイな人は、まず中箱から手品の道具をたたみへならべた。紫と茶色がよりあわさっているひとひろばかりのつな、少しハゲチョロの径一寸ばかりの金の玉、綿でつくったみどり色の小鳥、赤いとぶほどうすいハンカチ、ハンカチと同じ布の豆万国旗、手の中へ握れる位のコップ。

「ヤ、コップ。ヤ、つなつな」

 と一つずつが、出る度にはやしたのはゴンペだ。キタイな人は、左の手くびにつなをひとまきし、つなの片端と、ミドリ色小鳥を右手にもってパンと張り、くびを右手の所へかしげてもってゆき、片目でつなをながめていたが、ヒユッと口をつぼめて塩貝みたいに息をふくと、

「あれ、あれ」

 みどり色の小鳥は、片足ずつ持ち上げてつなを渡り出した。左手へとどくと、左の人指し指が、チョンと小鳥をつっつき、小鳥はくるりとまわれ右して、右手へ進む。右手へとどくと、右手の親指が小鳥の口ばしをぐっと押した。小鳥はツツツツとすり足で後もどりして、つなのややまんなか頃へくると、

「アッ、危い」

 とドロの木の三郎にさけばして、体を横たおしに落ちそうにみえたが、足のさきでうまくつなにぶるさがると同時に、パッと羽をひらいた。つなはブルンとふるえて、ねじる様にまわり出すと小鳥はクルリクルリと輪にみえるほど早く宙がえりをした。紫と茶が、蛇の様に走りまわってみえた。つながピンと止ると、小鳥は羽をたたんで起きなおり、片足を後へはねてあいさつをし、チョンチョンとステップをふんで右手へもどった。

「おもしょい」

 ゴンペが村ことばで感嘆すると、

「いいな、よかったな」

 とみんな言いあった。キタイな人は、

「おもしょいか」

 と始めて口をきき、今度は金の玉を右手につかんだ。みんなは玉をみつめた。玉はつなの上をころがって走り、二度ゆききすると、ポウンと、まるで玉の中にはずむしかけがある様につなからとび上り、つなへフンワリと返り、ポウンとあがったとき上でクルクルまわり、つなへ降り、いつ持ったのか左の手からパッと赤いうすいハンカチがとんで、金の玉へ被さり、つながブルブルとふるえると、

「あれあれ」

 スルリと下へハンカチは落ちて、金の玉から、もう少し小さい弟玉とそのまた下にもっと小さい、弟玉がプラリプラリつながって、つなから三つブランコをしている。

 六人と先生は思わず手を拍った。するとキタイな人は手品をやめて、残念そうに、金の玉をにらみ、

「こいつが、このごろ、ここんところから、言うことをきかなくなってこじけちまうんで」

 とつなから玉をはずした。玉はいやいやをするみたいにキタイな人の指に、つかまるまいと、ころがったり、はねたり、にげて居るうちに三つの玉は二つになり一つになって、畳へついたかと思うと、二尺もはね、次には、先生の肩へ止まり、そこから帽子の中へ飛んでゆき、またマコのほっぺたへぶっつかった。

「ワッワッ」

 とだんだんみんなは玉がこわくなった。キタイな人ももてあました風であった。

 心配そうにしていた六つ指の海おとこが、なんか金の玉に是非たのむ様子をして、

「ハイッ」

 と声をかけたトタン、方々にはねかえっていた金の玉は、急にクタリとして畳へこぼれる様におちた。六つ指の海男はそれをひろいあつめ、茶色のつなを手ぐりよせて、ニコニコした。どうしょうかとハラハラしたあんな不思議なことが、みんな手品のうちだとわかると、マコチン、チツコ、モヨコ、トモちゃん、三郎、ゴンペ、先生は舌をまいた。

「これなら、もうかる」

 いきなり声をあげたのはゴンペだ。ウァとみんなが笑うと、ゴンペは両手で頭をかかえて、「あのよ、飴売りの紙芝居でも、みんなハナたらして、アッホラとみたでねか」

 こんなにほめられると、六つ指の海おとこは、

「ここでは、なんとかうまくいくんだけれども、一番やりたい極の極の花形ってのがしくじりやすいんだから」

 とひとりごとみたいにいって、ゴソゴソ小さい行季を探した。みんなはこんどはなにが出てくるだろうと目を大きくして待った。

「熊だ」

 マコチンは、つまみ出された指一本位のシルケットの熊に、歓声をあげた。

 熊は二匹であった。白と赤の、童の両手で丸をつくった位なマリもころげ出た。

「熊の玉のり」

 トモちゃんがあてた。あとの人数も「熊の玉のり」「熊の玉のり」とはやした。

 熊の横はらを押えて、六つ指の海おとこは「いいかい、平均をとるんだぞ、坊ちゃん、嬢ちゃんは、平均台渡りが上手だぞ。まけると笑われるぞ、いいかい、ころがらない様にな、ころびそうになったら、反対の手をサッとあげることを忘れるな」

 と一匹をおき、次の小さい方を取りあげ、

「おい、チビ、チビはそそっかしいからな、親方の玉に、玉をぶっけない様におしよ、はねかえっておちたら、大けがをするぜ」

 さも生きていて、耳がきこえるものに言いきかせている様子であった。

 みんなは半分笑ったり、まじめに熊といっしょに耳をかむけたりして、六つ指の海おとこの指さきをみつめていた。熊にいいつけるのがすむと、こんどは、赤と白のダンダラマリに、ものを言いはじめて、クリクリなで出した。

「のっかるのは、私じゃないからな、かしこいけど、トンチキな所もある熊んべだからな、のりてだと思わないで、のせてだと思っとくれよ、赤と白がまだらにいりまじって、ころがってゆくおまえの踊りは、なかなかみものだよ、途中で調子をくるわしちゃァいけないよ、調子をかえる時にァ、のってる熊と合図をしてな、おまけに、私の唄と違っちゃ、いけないよ」

 二つの大マリ小マリを、ていねいにさすってしまうと、ちょいと窓から手をのばして、そこへのびてきている山柿のつるをちぎった。豆つぶの赤い実がプランプランゆれた。それを大熊の両手にわたして持たした。

「ヤア、はでなモールだ」

 と先生が手を拍った。みんなも手を拍った。熊が山柿のつるを持ったら、なんだかひどくみんなの親友になった様にみえた。

 マコチンは、小熊にもたせるものを、自分でみつけたかった。先生のそばにあるマッチ箱から、マッチの棒を二本出して持たせた。

「タクトの松井先生」

 とチツコがさけんだ。小熊の後姿が、音楽会にタクトをとった松井先生に似てきたからだ。

 山柿のつると、マッチをもった大熊小熊は、六つ指の海おとこが、さきに、左手からころがし出した赤白ダンダラのまりの上に、チョン、チョンと、のっけられたマリのクルクル美しくまわるのも、みごとだったが、熊二匹がすべりおちそうになっては、あわてて、うまく、足と手をあげて、平均をとるのが、まるで生きていて、この手品を是非上手にやろうと、一心に成っている様で、みんなは、熊といっしょに玉へのっている心地がした。

 六つ指の海おとこは、鉛筆位の太さの、やはり、赤と白がダンダラにまかれた棒を行李からとり出した。

「床屋の看板」

 とモヨコが、マコチンをつっついた。ほんとに床屋の前に、立っているしるしの棒みたいに、さきにとがった玉がくっついていた。

「あのね、床屋の赤白の棒はね、大昔は外科のお医者のしるしであったんですよ」

 よっぽどもう、みんなになれた口調で、六つ指の海おとこは、みんなの方をぐるりとながめて言った。みんなはそうかと、

「赤いのは血で、白いとこはホータイ」

 三郎は感心した声を出した。

 六つ指の海おとこは、得意げにアメネジ棒でもまわす様にクルリと赤白棒を指先でまわしてしごき、大熊の乗った玉と小熊の玉が、一直線にすべって来るのと待って、ツイとついた。玉ははじけて、クルリクルリといままでよりもはやくまわりながらころがり出した。熊たちは、のび上る様にしたり、へっぴり腰になって、玉の上で踊った。みんなは息をのんで、熊が玉からすべらない様にと願った。

 玉は、赤白棒に押される度に、それだけずつ魂が入ってゆく様にはずみ出した。熊をのせてまるで生きものの様にすべって歩いた。

 六つ指の海おとこは、五六度目に赤白棒をしごく時、ピューと口笛をふいた。そして大熊の玉が、小熊の玉と、調度、畳の黒いふちで、四十五度のななめにそろった時に、軽くピョイとはね上げる様についた。二つの玉は相談して、空へ昇る様に、ぶっつかったひょうしに、フワリと舞い上った。それよりもおどろいたのは、玉がはね上ると同時に、熊は玉から足をはなしてスーと玉よりも五分ばかりずつ上に居た。手にもった山柿のつると、マッチ棒につかまって、つりさげられているみたいだ。またたく間に熊達は自分の玉へ降りて、またスルスルと足と手ですべった。玉が熊をのせているのか、熊が玉を動かしているのか、熊も玉もただのおもちゃだとみえなかった。どっちも生きているみたいだ。赤白棒はますます玉にはずみをつけた。火花でもとびそうであった。大熊は体を半分折りに、前たおしにしておきあがる時、山柿のつるをもった手で、そのウチワみたいな耳をかいた。山柿のつるがハチマキみたいになった。こども達がアレアレと手を拍つと、こんどは小熊が負けないぞって様に、マッチ棒の手で耳をかいた。豆ダイコを、豆棒で打つみたいでかわいかった。赤白棒が六つ指の海おとこの手でねじられて、ヒョイとつかれた。玉はぶっつかってから、うずまきの様にまわり出した。熊達は、山柿とマッチ棒の手をいっぱいにひろげて風見の羽車の様にまわった。

「アッ目がまわった」

 マコチンがさけんだ。大熊がボロリとおちてあおむき、小熊もまねした様にうつむいておちた。六つ指の海おとこは、チッと舌打ちをして、赤白棒で、両方の熊をこずいた。

「曲芸はこれからじゃァないか、いくじなし」

 熊は参った風でぐたりとしていた。六つ指の海おとこは二匹をつまみ上げて、

「えい、どうだい、やれるかい、谷渡りが、それとも、しくじり熊の降参熊か」

 と横はらをつかむと、熊二匹は、ブルブルと身ぶるいした。谷渡りがこわくてふるえているのか、叱られたのが残念なのか、こども達はすっかり.熊がかわいそうになった。六つ指の左手が、熊の肩を押した。熊はかぶりを大きくふって、次にコックリコックリした。なんのこれ位、必っとやるやるという風だ。子供達は熊に元気をつけたくて、ウッシウッシ、がんばれクマンベ、なぞと声をかけて畳をならした。熊はつまみ上げられた。玉がころがり出したのにチョンチョンとのせられた。玉はまた赤白棒で、うずまきにつかれた。二つの玉がかちあって、また熊がはね上りゃしないかと思われた時に、小熊は大熊の玉にのりうつっていた。一匹のっても平均をとるのにいっぱいな大熊の玉が、さもきゅうくつそうで、いまにどちらかがおちるなとハッとしたが、赤白棒がまたついた小熊の玉が、二匹のりの玉にかちあたり、小熊はヒョイと元の玉へ戻った。大熊がそれにつれて前のめりになったので、こっちが失敗かと、子供達はあわてたが、そうではなく、大熊は、小熊の玉に手をついて、自分の玉からは足をはなさず、赤白棒がつく度に、ポンと後足をはね上げては、小熊の玉と、自分の玉に橋になっておっこちなかった。六つ指の海おとこは、

「ロンドンばしかけた」

 とうたい出した。子供等も先生も、

「金と銀とでかけてみろ」

 とうたった。赤白棒がついた。二匹のくまはデングリかえしをして、それから逆に玉をなめる位のおじぎをして、玉から後ずさりにおりた。玉は二つぴたりとくっついて止った。

 とうたった。赤白棒がついた。二匹のくまはデングリかえしをして、それから逆に玉をなめる位のおじぎをして、玉から後ずさりにおりた。玉は二つぴたりとくっついて止った。

 こどもたちは化かされていた世界から、目がさめたみたいにホッとした。そしてあらためて二匹の熊と二つの玉と、赤白の棒をみつめた。それから六つ指の海おとこも。先生は「明日から、一学級ずつで、いまのをみせるからな、今日みたみんなは、おしゃべりするんじゃないよ。だまってみておいでね」

 みんなは、口もとを手でふさいで笑った。

 よく日は土曜日で、各学級で三十分ずつ、六つ指の海おとこの手品があった。一人二円ずつであったが、誰もナワしごとか薪はこびのとっておきをもっていたので、安い安いと二度も三度もみたがった。千百人もの生徒なので、海おとこは急に金持ちになったと、カミナリ先生にお礼をいった。けれども、それ位の金持ちでは、指の手術に足りないので、カミナリ先生のおたのみで、校長先生が、もう二つ、これ位の人数がある小学校へ、手品をやらせてもらう様にして下すった。

 月曜日と、火曜日と、二日、村にいなかった海おとこは、火曜日の夕方、カミナリ先生の宿直室に、ホクホク帰ってきて、手品で集まってお金を、先生の前で数えた。六千四百三十二円あった。これでもう手術にゆける。

 そのお金を、カミナリ先生にあずけて、海おとこが、村端の、誰もみつかりにくい山根へ、刈り残しの茅をむしってきてかけた、自分の小屋へ帰ろうとすると、

「待ってくれ給え」

 カミナリ先生がとめた。

「ね、君。君は、しばらくこの村にいたいんだろう。それともまた海へゆきたいのか」

 ときいた。海おとこはじっと目をとめて、

「もっとよい舟が出来るまで、村にいたいけど、この手品じゃ、どうも」

 頭をかいた。窓から、またものぞいていたマコチン、チツコ、モヨコ、友ちゃん、三郎、ゴンベが、たまらなくなってドッと笑った。海おとこはテレくさげに、先生はおかしそうに笑った。さきに笑ったこども達は、ちとはずかしくなって、くびをちじめあった。先生は、

「それでね、この学校はね、これまでね、モヨコの家の婆ちゃという小使さんがね、いそがしいのに、来てくれていたんだよ。前に二人いた人がどれも畑がせわしくなってやめた後ね、モヨコ家でも婆ちゃに昼学校へ出られると、馬の飼ばをきってにてやるのにこまっていたんだ。校長先生がね、もし君にしばらく小使さんにいて貰われたらとおっしゃるんだが、どう」

 海おとこの目は、先生のことばが進むにつれて、安らかに生々とした。あだやかな声で、

「私でつとまりましょうか」

「生徒達が、君をすきだから、大丈夫さ、ただモヨコの婆ちゃは、君が仕事をキチッと出来るかどうか、試験をするそうだよ、指の手術がすんでからね。仕事がちゃんと出来ないと、あとを渡せないそうだ」

 海おとこは、感心した様に、さももっともらしく二つ肯いた。そして子供達の方をむいて、

「小使さんに及第したら、手品は、しょっちゅう、ただでみせてあげる、まだ外のも」

 といった。先生は、

「手品なんかしている小使さんは、モヨコ婆ちゃに落第だよ」

 海おとこは、また頭をかいた。

「いい、おらたち、その分、手伝わァ。チョッピリずつやってみせてな」

 ゴンベがたすけ舟を出した。みんな笑った。

 海おとこはその日に、一包みのがらクタを、山根の小屋からカミナリ先生の宿直室にはこんだ。水曜の朝、病院のある町へさっそく出かけるのだそうだ。マコチンはグミをせっせととって、夕方までに、宿直室へ、

「病院に行っているうち、ポツポツ食べて」

 ととどけようとしていた。それをみたドロの木の三郎は、遠足の時浜でひろってきて大事にしていた油石を八つコツコツ両手の中でぶっつけてもってきた。二軒屋の友ちゃは、札幌の叔父さんが、大学の休みにみやげにもってきてくれた宝島という本を、貸すんだとむねにだいてきた。チツコとモヨコは干柿を六つずつ、十二にしてカシワの葉につつみ、すげ糸で結えて、かわりがわりぶるさげてきた。モヨコはその外に梅ぼしをノリのつくだにの空きびんへキッチリ一ぱい、それは婆ちゃからだともってきた。ゴンベはカラカラになったハシバミを一つかみつかんだ手を、ふところにかくしてきた。

 六人そろって宿直室へゆくと、カミナリ先生と海おとこは、にぎりめしを、フーフー熱がりながらにぎっていた。にぎりめしを包むのに、モヨコの婆ちゃから、漬けたシソの葉を貰ってきてくれる様に、先生がみんなにたのんだ。かけ足の速いゴンベと三郎が走った。

 ゴンベのハシバミと、三郎の油石は、友ちゃが『宝島』の表紙へのせて、コロコロこぼさない様に出した。先生は、

「あおせんべつか、ゴンベがハシバミで三郎が油石、モヨコにチツコが干柿、マコチンがグミ、友ちゃが宝島か、入院しているうち、あきないな」

 と海おとこに渡した。海おとこは嬉しそうに、一つずつ手にとってよくみた。

「あのね、この人、手品があんなにうまいのは指が一つ多いからじゃないかって、ゴンベが、十一本の指が十本になったら、下手になりゃしまいかって、ゴンベが」

 とマコチンは、ゴンベの留守に先生の耳もとでいった。海おとこはききつけて、

「手品が下手になったら、海の話をするよ、それァ、手品よりおもしろい」

 みんなは、いま切ってもまた生える六つ指が、また手品を上手にさせそうに思われた。海おとこが病院へ立つ木曜の朝は、きりが深くて、「早く戻って来るよ、葉書おくれな」

 と村端で六人そろって、二度さけんだら、ふりかえっていた海おとこはもうみえなくなり、マコチン、チツコ、モヨコ、友ちゃ、三郎、ゴンベには待ち遠しさがきりの中からやってきた。

金森による註(順不同):

なし


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