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                 蝋燭 
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                       意地きたなく、胴欲で、爪に火をとぼすのをさえ屁とも思わぬ親爺、夜、客の還るを送り出しても、火を持っても来ず、 
                      もし客が下駄が知れませんというと、それなら頭をそこらの壁にでも打ち付けて眼から火を出して探して御覧なさいと言うほどな因業さ加減、 
                      まず古今無類といわれたが、ある時、人の家に招かれて行くとき、小僧を呼びつけ、 
                      「夜、迎えに来るときには、提燈にわざと蝋燭をささず、忘れて来た様なふりをするがよい。そうすれば、あっちの家で、きっと一本くれるから、却って徳になる」 
                      と、懇々言いふくめて置きました。 
                      さて時刻になり、小僧が迎えに来て、「サア御暇しましょう」という段になると、どうしたものか、小僧はしくしくと泣き出して、起とうともしない。 
                      そこで、けちんぼ親爺「小僧早く提燈をつけろ」というと、 
                      小僧はそっと傍にすり寄り、耳に口をつけて、蚊のような声で、「不調法をしましたが、どうぞ堪忍して下さい。言い付けられた事は、つい忘れて、蝋燭は家から持って来ました。」 
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                 医者 
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                       ある医者の家へ、強盗が五六人、手に大だんびらを引っ提げ、鬨の声をあげながら押し込んだ処が、 
                      不思議にも、みんな身体がすくんでしまって、不動の金縛りにでもかかった如く、身動きもならず、 
                      互いに顔を見合せながら、一物も取らず、這い出す様にして、やっこらさと逃げ出して仕舞いました。 
                      医者の家内どもは、その初め、盗賊の這入ったことを聞いたとき、歯の根も合わず、ぶるぶるとふるえていましたが、 
                      これを見て、何やら訳は分らないが、先づは仕合せと、大層喜んで、胸をなで下し、やがて家の内をさがして見ると、 
                      主人の医者殿は、薬の匙をおっ取りて、力んだ顔付き凄まじく、薬局の真ん中に突っ立っていました。 
                      そこで、何して御坐ったかと聞いて見ると、 
                      主人はニコニコもので、 
                      「熊坂長範ならばいざ知らず、高の知れた盗人ども、運良く命のままで逃げたが、もし押しつよくここまで来ようものなら、一人も生かして還す筈ではなかった」 
                      と叫びました。 
                      家内のものども、おかしく思って、 
                      「盗人を殺すに刀もなく、短銃もなく、薬の匙などで、何なさる御積もりでしたか」と聞くと、主人は一層誇り顔に、 
                      「おれはこの一本の匙で、何千人の命を取ったか分らない。それに、盗人の五人や六人、何んであろう、さて幸せな奴等どもだ」 
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                 五十歩百歩 
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                       これは汚い御話だが、実際あったことだと聞きましたから、御免を蒙ります。 
                      ある家で、山出しの下部を一人召し抱えたところが、万事につけて、ぞんざいで仕方がない、 
                      第一便所に行っても、手を洗ったことがありませんと、下女の告げ口。 
                      聞き捨てならず、主人が散々に叱りますと、口の中で、ぶつぶつ言いながら、尻も拭かないのに、手を洗う筈がないと力んで、聞きませんから、とうとう暇をやって仕舞いました。 
                      すると、その次に抱えた下部は、便所から出る度ごとに、ぎしぎしと手を洗います。 
                      これはまた珍らしい綺麗ずきの奴だと、ひそかに感心していますと、ある時手を洗わすに、行って仕舞いました。 
                      そこで、呼びとめて、何故かと聞いて見ると、「今日は珍らしく紙で拭きましたから、別に手を浄めるにも及びますまい」 
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                 髭剃の注文 
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                       ある床屋の前に、大きな看板をかけて、お望み次第と筆太にしるしました。 
                      すると、一人の客が来て、「望みがあるが、どうか、やってくれるか」と申しますから、 
                      床屋の主人、「何でも仰せ次第」と答えますと、「どうか、一本おきに髭を剃ってくれ」と言いました。 
                      主人もさるもの、やがて剃刀を研ぎ、掌にあてて試めしながら、「よろしうげす、サー一本おきに、御自分でしめして揉みなされ。」 
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                 医者の手 
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                       玉敷の都大路の真ん中で、ある男が、医者に衝き当たりましたから、医者は大層怒って、栄螺の拳をかためて、頭の上を一つ御見舞い申そうとしました。 
                      すると、その人は地面にへいつくばって、「どうぞ手でなぐることだけはやめて、足で蹴って下さい」と申し出ました。 
                      傍に見ていた人が、何故かというと、 
                      「およそこの医者どのの手にかかって生きた者はない。足で蹴られたほうが、まだいいのサ。」 
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                 火事 
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                       北風すさまじく吹きめぐる冬の夜の、いたく更けたる時、けたたましい警鐘の響、 
                      「ヤー三つ番だ三つ番だ、なに芝だ、それなら親類の方だ、貴様飛んで行って来い、」 
                      といって息子を起すというと、あわてて駆け出して、行きましたが、息が切れて堪らず、最早や駆けられぬ様になりました。 
                      そこで嘆息していうには、 
                      「火事は近いのに限るナー」 
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                 おそろしい睨視 
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                       ある人が睨視むことが上手で、如何にも凄く、かつ怪酷しく、一目見たものは、たまげるばかりで、逃げ出さずにいるものは無いくらいでありました。 
                      ここに、元は一廉の財産家でありましたが、今は非常に左り前になり、二進も三進も利かぬところから、この歳の暮のときをどうして越そうかと思っていた商家の主が、 
                      人の話で、この男の事を聞き付け、わざわざ雇いに行って、店先に座らして置きました。 
                      ところが、債取に来る者ども、いづれも吃驚して、そこそこに逃げて仕舞いました。 
                      そこで主人は大に喜び、厚く礼をしましたが、今歳も今日だけという大晦日の日に、いくら迎えにやっても、参りません。 
                      そこで、主人が自分で行って、是非とも来てくれろと、たって頼みましたところが、 
                      「イヤイヤ、今日はどうしてもいけません。人事どころではなく、今から一日家へ来る奴輩を、睨視めていなくてはなりません。」 
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                 香奠の金 
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                       九尺二間の裏店に住んで居るものが、 
歳の暮の不景気をどうすることも出来ず、 
日ごと日ごと方々から催促されるのを、 
いちいち断って居ることも出来ませんから、 
苦しまぎれに、 
苦肉の一計を考え出して、 
頓死の真似をして、棺桶を一つ家の真中に据えて、 
自分はその中に息を殺して、 
                      窮屈を忍びながら、這入って居ました。 
                      すると、一人の債主が来ましたが、 
内儀さんは空涙を流し、棺の前でワーワーと泣いて居ます。 
                      債主は、事の次第を聞き、 
                      「それはいかにも気の毒な事だ。この節季には一層御困りでしょう」 
といって、いくらかの金を紙に包んで 
                      「これはほんの志ばかりの香奠で御座います」 
                      といって差し出した。 
                      内儀さんは、心の中で、 
今までの負債を帳消にして貰った上に、 
今いくら貰うというのは、 
                      あまりの事だというので、辞退して還しました。 
                      すると棺の中では、これを失うては大変だと思って、 
散々気を揉んであせった揚句、 
                      よせば善いのに、棺桶の蓋を跳ね飛ばして、 
                      「折角の御志を何故無にするのだ、貰って置け貰って置け。」 
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                 猿面 
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                       太閤様もそうであったというが、ある財産家の主人、その顔が赤くて、どことなく猿に似ているところから、それとなく、綽名が付いているのを、薄々聞いて知ったものと見え、人が何んでも無い話のついでに、猿ということを一言でもいうと、大に怒って、その後はちっとも寄せつけません。 
                      しかるに、日頃この家に出入りする仕事師の親方が、何やら主人の気にさわることをして、大層怒られ、以後出入りは差留めだといわれた者ですから、食いはぐれては大変、お辞儀をする分には、いくつしたからとて、金もかからぬというところから、額を畳にすりつけて、謝り、さて申しますには、 
                      「私が責方の御家から見棄てられたならば、それはそれは、まるで木に離れた……」猿という字が、喉まで出かかったが、それをいうと、なおさら火の手を高めることと気付いたが、さて一旦口に出したことは、駟馬も追い難く、今更取消の仕様もないものですから、思い切って、「……猫イヤ木鼠の様なもので御座ります。」 
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                 吝嗇爺(其一) 
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                       ある金持の隠居がありましたが、頗る付の吝嗇であって、自分のと名の付いたものは、塵芥一本も人にやりません。庭の後には池があって、春の末から夏にかけて、蛙が其中にあつまり、夜更けて月の暗い時分、鳴き立てる声は、なかなかやかましい程であります。 
                      ところが、或る人が庭に池を堀り、どうか蛙を放して清い声を聞きたいというので、小僧を使として、隠居の処に貰にやりますと、隠居は例の通り、しかめ面をして、さもさも惜しそうに、家の者に向ひ、「一番小さい様なのを探がして、二つ三つやるサ。」 
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                 轎夫 
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                       むかし轎夫というものは、今の車夫とは違って、なかなか威勢の善かったところもあった者だそうです。 
                      或る人が、轎に乗って行きながら、轎夫が裸体の儘、犢鼻褌一つで、此風さむきこの冬の夜を別に何とも思わない様子を感心して、大層ほめました。 
                      すると轎夫は、「なに何でもありません、身体中、顔だと思ってさえ居れば、厳つい事は無いのさ」と答えました。 
                      そこで、今度は如何にもでっぷりと肥えたる、色は銅の如くだが、躯幹魁梧とでも形容したい程に見えるの賞めますと、「なにさ、是だとて、半分以上は垢でサ。」 
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                 鼠 
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                       ある人が、途を歩いたところが、鼠の死んだのがありました。 
                      そこで、丁稚に向って、「これは乃公の生れ年の干支だから、丁寧に拾って行って、家に帰ったら埋めてやれと言いますと、 
                      丁稚は「マー鼠だから善いが、貴方の歳が午か丑であったら、何様なさいます。」 
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                 灸の皮切 
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                       ある家の亭主が、医者の勧告に従い、灸を据えることして、小僧に為せますと、どうも熱くて堪らぬものと見えて、呻ったり、喚いたりします。 
                      小僧は「これは、皮切ですから、今少し辛抱しなさい」といいますと、亭主大に腹を立て、「エー、気の利かぬ奴もあるものだナ、皮切は何故後へまわさぬ。」 
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                      | 
                 あはて者 
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                      | 
                       主人が、小僧を呼んで、「用があるから、何某の処へ行って来てくれろ」といいますと、諾と答えるや否や、何の用事か聞きもしないで、飛んで行って仕舞いました。 
                      しばらくして帰って来ましたから、主人は「飛び上り者め、用事が分らずに行って、口上は何と申して来た」といいますと「幸な事には、御不在で御座いました。」 
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                 珊瑚の緒じめ 
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                       ある殿様の胴籠に、珊瑚珠の緒じめが付いて居ました。 
                      すると、或る時、家老の一人が見て、さも欲しそうに大層賞めそやしたものですから、さらばとて、「これは乃公の秘蔵にしたものだけれども、それ程までに申すなら遣わさう」とて下し賜わりました。 
                      そこで、家へ還ってよくよく改めて見ますと、贋物に違いない、こんな物なら、頂戴するまでも無かったとおもい、或る時、祈につれて其事を申し上げると、 
                      殿様は「さればさ、何と能くも贋せたものでは無いか、だから乃公は今まで秘蔵にして居たのぢゃ。」 
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                 如是畜生発菩提心 
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                       御寺の庫裏から鰯をあぶる烟がたなびいて、卵塔場には赤児のおしめが乾してあるという濁世惑乱、さても、情けない今の世の中、坊主どもの腥いのは、当たり前の事と見えます。 
                      ここにある山寺の坊主が、水滸伝の鼓上蚤時遷もそこ退けという手並で、あろう事か、隣の家の鶏を盗んで、首を捻ぢって、ひねり殺した上で、毛をむしり初めました。 
                      この時折悪しく、檀家の隠居が、のこのこやって来たものですから、あわてて、袈裟の下に死んだ鶏を押しかくし、そしらぬ顔をして、澄まして居ました。 
                      すると、其人のいうには、「あり難き御仏の教えでは、五戒の中にも、殊に殺生を戒しめ玉うというのに、紫衣のやんごとなき御身に、かかる真似をせられるのは、近ごろ心得がたき次第、何か訳のあることで御座ろう。いざ承わらむ」と、一本まいらせると、流石は売僧のことでありますから、 
                      「ヤー見付けられたか、イヤサ、これは此方の事、」オホンと仔細らしき咳払い一つやらかして、「イヤサ、世は澆季に相成って、こちの宗門も大分衰えたと申すものの、決して嘆くにも及びません御覧しましたろうか、拙僧の法力というでも御坐るまいが、無知無情の鶏までが、仏法の有り難いのを能く能く感じたものと見えましてな、いつしか発心し、わざわざ髪を剃って呉れと願い出ましたものだから、今しもかくは頭の毛を少しばかり剃りかけてやったまでのこと、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、如是畜生発菩提心。」 
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                      | 
                 祝の贈物 
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                       ある位の高い役人年久しく職をつとめ且つ人望もあった為め、ことし六十の祝をしようという時、部下のものは金を出し合い、この人が子の歳であるというところから、金の鼠大きさは本物位なのを、こしらえて贈りました、 
                      すると、役人先生、大に喜び、此辱なきを謝した後、「手前の家内、来年六十になりますが、この時は何を下されるか、この分では、定めし純金の大牛と来るべき筈ぢゃ、家内は丑の歳ぢゃからな」 
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                 鼠の真似 
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                       名だたる大盗賊がありましたが、その手下の者どもに、忍びの術を教えて言うには、「若し人の家に忍び入りて、家の者に物音を感づかれたときには、決して逃げ出さずに、猫か鼠の声をして居るが宜い。 
                      それでも、可けないときには、兼ねて用意して持って行った蝦の殼を噛んで居るのだ。すると、これは盗賊でないと思って、其儘にして置くに違いないから、その時そろそろと仕事に取りかかるのぢゃ」と申しました。 
                      手下の者ども、謹んで之を聞き、或は猫の声色をしたり、或は鼠の鳴き真似をします。その中、大蝦の殼を噛んで声を出すことが上手であって、外の者はいくら真似しても及びません。 
                      すると、頭は「声は、それで可いけれども、まだ可けない。本当に鼠が、蝦の殼を噛むのなら、寝ころんで遣らなければならない」 
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                 筍 
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                       隣家の竹藪から、根がはびこって来て、筍の見事なのが、おびただしく出来ましたから、狡猾な主人は、至極幸のことに思い、すっかり取って煮て食って仕舞いました。 
                      そこで、黙って居ればそれ丈の事で済むのに、わざわざ使を遣り、「貴公の御宅の筍が、無礼にも拙者方へ乱入致したにつき、ことごとく手討にしましたから、其旨御知らせ申す」といい遣りました。 
                      すると、彼方では、「それは如何にも御尤な事で御座るが、拙者方に生き残って居る親戚の者どもが、甚だ愁嘆して居る様子いかにも気の毒につき、何卒死骸を御返し下され」と申し越しました。 
                      主人は、これは飛んだ事になったと、しばらく考えて居ましたが、やがて「イヤその死骸は、こなたにて宜しき様に取計らい、すでに火葬にして仕舞いましたから、何にも御座らむ、ただ着物が幸にも残って居ますから、これなと形見に御思し召せ」とて筍の皮を笊に一ぱい、盛りあげて、還えしやりました。 
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