凡そ国家治政の上に於て最も重んずべきものは賞罰であつて、賞罰其当を得ざるは、即ちこれ国家綱紀壊敗の基ゐである、然るに近者我国政府者の行動を見るに、賞罰其当を得ざる例が甚だ多い、これ実に国家の為め吾人の深慨すべき一大事であると思ふ。
見よ、政府は現に如何なる者を賞し如何なる者を罰して居るかといふに、実例の証する所に依れば、其賞せらるゝ者は概ね皆彼等政府者の仲間たる官吏共であつて、罰せらるゝ者は大抵普通国民たる者のみである、実にこれ奇怪至極の偏頗沙汰である。
元来政府なるものは国家機関の一部分であるから、其普通国民たると官吏たるとを問はず、賞すべきは之を賞し、罰すべきは之を罰して、以て国家の秩序を正しくすべしである、然るに其官吏たる者に対しては、其職務を或年限間勤続したといふ一事を以て妄りに之を重賞し、多額の賞金や勲章を授け、爵位の授与を奏請するなど不当の恩典を与へ、甚だしきは賂賄御殿を建築せし者、石の缶詰製造者等までにも、此恩賞を及ぼしたのは、抑もこれ何の為めであるか。
官吏なる者は国家の雇人である、多額の俸給を貰つて国民の租税に衣食して居る者である、されば其者が国家の為めに其職責を尽すのは至当の事である、然るに其至当の事を為て居る者に沢山の賞金や勲章を遣つて、職務外に於て献身的に努力した忠誠なる国民には殆んど何の賞する所も無く、偶々賞する事があつても、一片の褒状か三円五円の端た金か、然らずんば低級なる勲章位の薄賞に過ぎないといふ如きは、これ実に何たる不公平の処置であらう、我輩甚だ政府者の依恬心を痛憤せざるを得ない。
勿諭官吏と雖も其当然の職務外身分外に於て特殊の功があつたならば、大いに之を賞して勲章なり爵位なりを与へるのは、是当然の事であるが、現今の如く単に官吏として永く勤続したといふが為めに、或は其位階を進め、或は之に高等の勲章を与へて、之を重賞するといふ必要は断じて無い、若し官吏が月給を貰つて単に当然の職務を尽したのが賞すべき事であるとすれば、百姓が長く百姓として其職業を続けて居る者、商人が長く商人として営業して居る者もあるから、是等に対しても同じく之を勧賞して、これに位階を与へ勲章を授け、進んで之を華族に列せねば成らぬ筈ぢやないか、然るに是等国民に対しては其事なくして、単に其仲間の官吏共或は結托の富豪共にのみ厚賞を与へ重爵を授けるのは、賞罰の正を誤るも実に甚だしい。
斯る不公平の措置を敢てするがため、国民は皆憤概して、彼等の専横を憎み其官僚政治富豪政治を打破せんと絶叫するのである、政府者三省せよ。
これは旋毛曲りの議論でなく、寧ろ正々堂々たる理智の主張である、遮莫シカシ、民間には勤続五十年の乞食もあるではないか、乞食は不生産的の惰民であるが、それでも彼等は自己一身の露命を繋ぐべく、残飯或は零砕の銭を要請した小害民に過ぎない、国家の政治機関に干与する身で、国家を喰物にし、政治を喰物にする大害賊に勲章を与へ爵位を与へるやうな事があるならば、勤続五十年の乞食にもセメテ勲百等貧爵ぐらゐは与へてもヨカあるまいか。
金森註記:近者(ちかごろ)、妄り(みだり)、抑も(そもそも)、端た金(はしたがね)、依恬心(えこしん)、旋毛曲り(つむじまがり)、寧ろ(むしろ)、遮莫(されど)、零砕(れいさい)
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