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                      私は米屋の佐吉です。当年十四になります。妙なことで猫が大きらいになりました。 
                      この十日ばかり前でしたが、家の二階へあがって見ると、水戸の親類からというて、ホシアワビ、キンコ、スルメなどが沢山きていました。 
                      皆さんも御承知でしょうが。スルメを火にあぶって、ボリボリ噛むくらい、うまいものがありませんからネ。 
                      そこで知れないように、四五枚ごまかしてからに、ふところへ入れたんです。 
                      すると主人に呼びたてられまして、大いそぎに往って見ると、得意さきからバラ銭で、お払いがあったのです。 
                      そこで私等三人にこれを数えて円助ずつの一包にしろと言うのです。 
                      ナァニ、訳のないこってすから、数えては包み、包んでは数えていました。 
                      すると家の飼い猫タマというのが、私のほとりへきてからに、いやにからみつくのです。 
                      私は何んにも忘れてしまって、別に気がつきませんでしたから、変な猫だ位に思ってますと、奴さん退くどころか、ますます進撃してからに、袖口に頭を突っこみ、ふところを嗅ぎまわるというので、はじめてスル的に気がついたのです。 
                      サァ大変だ。知れては大がりを喰はされる。みんなには笑われる。困ったことが出来たと、そっとタマの頭をどやして見ても、かえってヤケになって、ニャアと言うてからみつくのです。 
                      あたまをおしやっても、尾をつねっても、フンフン鼻をならして、しがみつくのです。 
                      イヤハヤ困ったの、困らぬのとて、この時くらいまごついたことはありませんでした。 
                      すると内儀さんです。タマのからみついて離れぬを見、ハヤブサのような目つきで、チラリと私のふところへ目をつけました。 
                      私もこの時は、アァしまったと、おぼえず嘆声をもらしましたよ。 
                      それからしばし私の挙動を見ていましたが、偵察が届いたと見え、たちまち霹靂の如く、佐吉ッという声がひびきました。 
                      そうなっては小僧のかなしさ、イヤハヤ言語道断で、たちまち懐の取り調べにあい、スルメの奴目億面もなく、ありのままでそのところへ出る。 
                      朋輩は笑う。内儀さんは怒鳴る。主人は渋面をつくって、仁王さまがシオカラをなめたような顔をする。 
                      イヤハヤ、小僧もこうなっては、真に木っ端みじんです、そこでそれからというもの、猫のこえをきいても、ゾット身ぶるいがするのでござります。 
                      ヘイ左様なら 
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