1992年よりツーリングをメインにモーターサイクルクラブとして活動を開始しました。 クラブネームは、かの有名な「東京オトキチ倶楽部」のスピリットにあやかりたいと思い、 ほとんどパクリ同然で使わせて頂いています。(ゴメンなさい) 会則というものがあるとすれば、「単車乗りであり続ける事」と「単車で死なない事」 「カタにはまらない事」ぐらいでしょうか。そういった雰囲気からか、メンバーのほとん どは不人気車愛好家である変わり者であると同時に、コミットメントは固いものの、 カンバンやトレードマークに必要以上にしばられる事を嫌い、単車に関しては 独自の世界を持ちたがる傾向にあるようです。東京多摩地区を中心に活動中。
8月15日(水)八甲田→おうち
誤魔化し誤魔化しなるべく考えないようにしても、終わりは必ず来る。女と似てる。付き合い始めたその日から終わりを考えるでしょう?予期せぬ別れなんてほんとはないよね、普通にお別れする場合。
朝。いつものことながら、僕達が起きたときもう大体の団体は出発している。そんでも8時には起きてるのよ。みんな結構予定詰まってるのかなぁ。でもあんまり人のいないキャンプ場の朝っていいもんだ。炊事場自由に使えるしね。煙草吸いながらその辺ウロウロしたり、歯ぁ磨いたり、テント畳んだり。愚図の僕らにとってはアッという間に9時なわけです。個人的な事を言えば、この小一時間は頭を活性化させるた めに、ひいては事故防止のために、大変重要かつ必要なのですね。モチ言い訳。
ただ、この日の朝はちょっと深刻だった。さNるH筋Kからの情報では大型で並みの強さの台風が接近しているのだ。それも本州を嘗めるように進んで来てるらしい。つまりどこかで必ず遭遇するってこと。ヒト悩みして出した結論は「コアな部分を回避作戦」。一番やばいときにどっか温泉に非難しようという弱腰チックなものだ。問題はどの辺りでぶつかるのか。読み違えると台風の中を走んなきゃいけなくなる。台風の速度が意外と早いことを考えると、安代を越せるか越せないかというところだろう。八幡平のほうに抜けることも考えたが、すぐに高速を使えるということで、帰
り は東北道沿いの道をチョイスした。
碇ケ関に抜けるまでは快適な山間ルート。もうくねくねの山道とはお別れなので、名残惜しくなってちょっとペースを上げてみた。空はもうこれでもかっちゅうくらい重いけど、なんとかもってる。風が生温くて気持ち悪い。なんとか鹿角くらいまで降 らないでクデ〜と282を下る。
十和田を過ぎた辺りでとうとうポチポチきだした。国道沿いにあるスーパー兼ショッピングセンターでカッパを着込む。僕、カッパを着るタイミングが未だに掴めなくて、いつも濡れ濡れになってしまう。余談だが、この旅で途中離脱したリョウタ。彼はなんだかしらんが革製品狂信者にして革万能論者だ。いつだったか彼のデビューツーリングとなった軽井沢旅行で、大雨の集合場所にずぶ濡れの革ジャン革パンで来たときにはあせった。無理矢理コンビニで透明カッパを買わせた程。どうしてもカッパは彼の美意識にそぐわないらしい。ステレオタイプのアメリカンライダー魂ってやつなのか?それならば更に脱線覚悟で書かねばなるまい(あんまりカンケないけどさ)。
2月某土曜日深夜の、まだまだ自惚れやさんが大挙して訪れていたころの第三京浜保土ケ谷パーキング。いつものオコチャマチョッパーズが出発していったあとで、すぐ隣に停めていたバイクが心配で見に行ったらしっかりパクられてたぞ!振り分けバッグの中のカッパ!お前ら!ミテクレと同じようなことしてんじゃねえよ、つまんねーじゃん。せめて寒くても突っ張ってよね。改造費が車両価格上回ってそうなくせに 、ちょっとセコ過ぎて笑っちゃったぞ。
カッパを着て、そろそろ温泉を地図で確認しながらスーパーで買ったパン(当然見切り品でしょう。ここは。)を噛ってたら「ミスター東北のおっさん」って感じのおじさんが声を掛けてきてくれた。やっぱ素直にうれしいですね、見知らぬ土地で親切にしてもらえるって。た・だ・・・・すんごく申し訳ないことに全然言葉がわかんない。もう単語すらおっつけない。ひたすらにこにこしながら頷くしかないわけですよ。で、そういうときに限っておやじさんの鼻毛がモサッと伸びてたりするわけですよ。そこばっか見てるわけにはいかないんだけど、どうしても目がいってしまう。思い起こせば東北に入ってからこっち、おやじさん=鼻毛王の図式が成り立ってるような気がする。やっぱあれかな、寒いと自己防衛本能ですくすく伸びるんですかねぇ。こんなこと書いてるけど、ほんと親切なおやじさんで、安くて調度いい場所にある温泉を教えてくれた。実はこのツーレポってメモとマップルを頼りに曖昧な記憶をフルスロットルで書いてるんだけど、今回に限ってはその温泉自信ないです。地図で見るとどうも湯瀬温泉らしいんだけど・・・ともかくそろそろ激しくなってきた雨の中を出発して、もうヤバイってころにあったんです。左手に高速道路、右手に線路、その線路を渡ってすぐ。ただ非常に辛いと? ォだっただけにパラダイスのように感じたのははっきり覚えてる。町営みたいなできたばっかりの建物で、一階が地元出身の有名人の資料展示室、二階が浴場。受け付けのおばちゃんがメタメタいい人で、風呂に入ってる間に開いてるかどうかわからないっていう近所の定食やを、なんと僕らのために開けてくれたのだ!(正確にいうと開けてやってーと頼んでくれた)傘までかしてくれたし。しかもその定食やが何故かまた美味い!ほんと、なんだか夢見てるみたいだった。なんだかんだいって3時間くらいいたのだけど、台風は調度風呂に入ってるころに我々の上を通過して、作戦は大成功!上手くいくことってあるもんだなぁ。