東京フィルハーモニー交響楽団 長岡特別演奏会
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2025年1月18日(土)14:00 長岡市立劇場 大ホール
指揮:広上淳一
 
マーラー:交響曲第7番「夜の歌」
 T.ゆるやかに(アダージョ)−アレグロ・リゾルート、マ・ノン・トロッポ
 U.「夜の歌T」アレグロ・モデラート
 V.スケルツォ:影のように
 W.「夜の歌U」アンダンテ・アモローソ
 X.ロンド・フィナーレ:アレグロ・オルディナリオ
 今日は長岡市での東京フィルの特別演奏会です。長岡市と東京フィルは、以前より密接な関係があり、毎年演奏会を開催していましたが、2015年に事業提携協定を締結し、2015年5月に提携記念の長岡特別演奏会が開催され、私も聴かせていただきました。
 その後も毎年特別演奏会が開催されており、私は2016年10月2017年7月2019年9月2022年9月2024年3月の特別演奏会を聴かせていただきました。

 今回は主席指揮者のバッティストーニ氏の指揮で、マーラーの交響曲第7番が演奏されます。マーラーの交響曲の中でも演奏の機会が少ない第7番を1曲のみというプログラムですので、長岡のような地方都市で、一般受けはどうなのかなとは思いましたが、マーラー好きにはたまらないプログラムであり、チケット発売早々に買って、楽しみにしていました。
 しかし、当初は11月24日(日)に開催する予定でしたが、指揮のバッティストーニ氏の事情により1月18日(土)に延期するという発表があり、多くの観客はがっかりしたものと思います。長岡公演前の東京での演奏会は予定通りに開催されましたので、ほかの美味しい仕事を優先して、地方公演だけ切ったということなのでしょうね。
 愚痴っても仕方なく、払い戻しも可能との手紙が送付されてきましたが、払い戻すことはせずに、延期公演を待つことにしました。
 1月半ばの厳寒期で、大雪も予想される時期での長岡遠征ですので、どうなるのか心配しながら今日の日を待っていました。
 しかし、さらに追い打ちをかけるような事態が起こりました。バッティストーニ氏が、1月11日にミラノ駅の階段で転落し、肩を打撲・脱臼し、10日間の安静加療を要し、回復には時間がかかるため、指揮をすることができなくなり、今回の長岡公演のための来日を中止することになったとのことでした。
 代わりの指揮者は広上淳一氏が務め、指揮者変更に伴うプログラムの変更や払い戻しはないとのことでした。なんだか踏んだり蹴ったりですが、曲目変更がなく、広上さんの指揮であれば異存はありません。
 広上さんは、2019年に京都市交響楽団とこの曲を演奏していますが、その後はなかったはずであり、突然このような大曲を引き受けてくれて、ありがたいというべきでしょう。
 広上さんは、過去の長岡特別演奏会に2回出演されていて、長岡との関係が深く、そんなつながりもあって、代演を引き受けてくれたものと思います。先週の土曜日に出演を打診されて快諾いただいたとのことで、準備の時間も少ない中での東京フィルとの演奏ですので、ご苦労も多かったものと思います。
 それにしましても、主催の長岡市芸術文化振興財団は大変でしたね。バッティストーニ氏の一方的な都合による公演延期、そして自分の不注意による出演のキャンセルと、バッティストーニ氏に振り回されっぱなしです。延期のときも手紙が来ましたが、今回の急な指揮者変更に際しても速達での手紙が来ました。手間や経費も大変だったろうと同情してしまいます。

 さて、広上さんの指揮を聴くのは、2021年1月にりゅーとぴあで開催された東京交響楽団との「ニュー・イヤー・ガラ」以来4年振りです。
 そしてマーラーの交響曲第7番を実演で聴くのは、今回が初めてです。そのため楽しみにしていたのですが、この年齢になって漸く生演奏を聴くことができることになりました。
 実は、2020年9月に、新潟メモリアルオーケストラが演奏するはずだったのですが、コロナ禍で中止になり、以後演奏されることなく年月が過ぎ、ようやく今年9月の演奏会で演奏されることになりました。つまり、今年はマーラーの交響曲第7番を、地方に居ながら2回も聴けるという稀有な年なのです。
 個人的には、この第7番を聴けば、未完の交響曲第10番を除いて、「大地の歌」も含めて、マーラーの全交響曲を生で聴いたことになります。
 ということで、私にとりましては貴重な演奏会であり、たとえ延期になっても、指揮者が交代しても、外すことのできない演奏会であり、楽しみにしていました。

 とはいうものの、年が明けて間もなく、予期せぬ事態が起きて、コンサートどころでなくなり、5日の神奈川フィルのニューイヤーコンサートも行けませんでした。先週も行きたいコンサートがあったのですが、行くことはできませんでした。
 このコンサートもどうしようかと迷いましたが、ずっと楽しみにしていたコンサートでしたし、そろそろ生活を元に戻さないといけませんので、思い切って出かけることにしました。遅ればせながら、漸く私の新年の始動です。

 厳寒期の1月18日ということで、どうなるか心配しましたが、幸いにも寒波は過ぎ去り、青空も見えて、絶好の長岡遠征日和となりました。
 与えられたルーチンワークを早目に終えて家を出て、いつものように国道116号線を分水まで進み、大河津分水の橋を渡ってすぐに左折し、信濃川沿いを進んで与板入りし、ちょっと寄り道して、三島の某所に立ち寄って昼食を摂り、長生橋を渡って長岡市立劇場に到着しました。
 駐車場で時間調整し、開場とともに入場しました。ロビーでこの原稿を書きながら開演時間を待ち、開演時間が迫ったところで席に着きました。ステージ前の3列は使用されませんでしたが、客席はほぼ満席の大盛況でした。
 プログラムは、マーラーの交響曲の中でも最も複雑で難解な第7番のみというマニアックなプログラムで、集客はどうなのかと心配しましたが、杞憂のようでした。
 ステージいっぱいに椅子が並べられ、左にハープが2台並び、後方には様々な打楽器が並んでいて、視覚的にも気分が高揚してきました。

 開演時間となり、拍手の中に団員が入場。楽器ごとの入場ではなく、混在しての入場で、最後にコンマスが登場して一礼して、大きな拍手が贈られました。弦は通常の配置で、14型です。

 広上さんが登場して、演奏開始です。重々しい弦の序奏の後、テノール・ホルンが、少し悲しげに声を上げて演奏が始まりました。暗い出だしですが、この空気感と緊張感が最後まで続きます。
 金管が弦と呼応しながら各所から叫び、打楽器が鳴り響き、悲痛な響きに心は暗くなります。緩急を繰り返しながら、同じメロディを形を変えながら何度も繰り返し、その音型が頭に刻み込まれます。
 静かで叙情的な場面もあって、うっとりとして心安まる瞬間もあり、感情のうねりの高まりに身を浮かべ、長大な第1楽章の激流を楽しみました。
 全身で指揮をする広上さんに応えて、オケの集中力も素晴しく感じましたが、音には艶がなく、ドライフードのような音色であったのは残念でした。これは東京フィルや広上さんの責任ではなく、残響が乏しいホールの特性ですので仕方がありません。

 第2楽章は、力強いホルンの掛け合いに始まり、木管が鳥のさえずりのように歌い、怪しげにリズムを刻み、ゆったりと行進が進みます。
 明るく踊るような場面もありますが、再びホルンが響き、静けさの中で悲痛に鳴き叫びながらも行進は続き、トランペットの合図とともに、力強さを取り戻します。明るく爽やかな風が吹き、静けさの中に長い行進は終わりました。

 第3楽章は、弦が力強く歌い、美しいアンサンブルとともに、不気味なワルツを踊ります。コンマスやチェロ、ヴィオラのソロも挟みながら緊迫感を感じさせ、ゆったりとしながらも重々しくリズムを刻み、静かに歯切れ良く楽章を閉じました。

 第4楽章は、美しいメロディとともに静かに始まり、コンマスが優しく歌いました。ゆったりと歌う弦楽の美しさにうっとりし、管の美しさに酔いました。ハープ、ギター、マンドリンの優しく愛らしい響きが心を癒やし、お花畑にいるかのようでした。穏やかな静けさの中に終わりました。

 夢の世界から現実に引き戻すかのような激しいティンパニの連打とともに第4楽章へ。力強くリズムを刻んで、高らかに金管のファンファーレが鳴り響きます。
 華やかに、壮大に音楽を奏で、緩急・強弱を繰り返しながら熱量を上げ、鐘が鳴り響き、第1楽章のメロディが回帰され、ひと呼吸置いて、高らかにファンファーレが奏でられ、打楽器群が盛大に鳴り響き、興奮と感動のフィナーレを迎えました。

 客席からは、間髪をおかずにブラボーと大きな拍手が湧き上がり、広上さんと東京フィルの渾身の演奏を讃えました。
 前記しましたように、残響のない、直接音だけのホールのドライな響きによって、サウンドは潤いに欠けて、艶やかな芳醇な響きは味わえませんでした。しかし、各パートとも、演奏は素晴しいものであり、複雑怪奇で、親しみやすいとは言えないこの曲を、一瞬たりとも飽きることなく楽しませてくれた広上さんの曲作りと、その手腕に感嘆し、力の限りに拍手して、パフォーマンスを讃えました。
 幾度かのカーテンコールの後、広上さんがマイクを持って出てきて挨拶がありました。東京フィルが素晴らしい演奏をしてくれたことを讃え、長岡でマーラーの7番というプログラムで満席になるなんてすごいことだと話しておられましたが、まさにその通りだと思います。
 休憩なしの80分のプログラムでしたので、後半に途中退席される方もありましたが、皆さん真剣に音楽に集中されていました。こんな素晴しい演奏を3000円(S席は5000円)で聴かせていただいて、長岡市に感謝したいと思います。
 広上さんが能登半島地震の被災地にオケとともに訪問して感謝された話をされ、「オケは心のレストラン」だと話されていましたが、その通りだと思います。安らぎを与え、悲しみも癒やしてくれます。これからも素晴しい音楽を楽しませていただきたいと思います。

 雪雲が過ぎ去って日光が降り注ぎ、春が来たかのような青空の下、心も晴れやかに現実が待つ新潟市へと車を進めました。
 長生橋〜喜多IC〜広域農道〜与板〜分水〜国道116号線と快適に進み、夕焼けに染まる山並みを眺めながら、長岡市立劇場から55km・1時間半で西区の自宅に到着できました。このまま穏やかな天候が続くと良いですね。


(客席:28-24、A席:\3000)