大瀧拓哉 ピアノ・リサイタル
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2025年1月26日(日)14:00 長岡リリックホール コンサートホール
ピアノ:大瀧拓哉
 
J.S.バッハ:半音階的幻想曲とフーガ ニ短調 BWV903
ベートーヴェン:幻想曲風ソナタ「月光」嬰ハ短調 Op.27-2
ショパン:ノクターン 変ホ長調 Op.9-2
ショパン:バラード第4番 ヘ単調 Op.52

(休憩15分)

ジェフスキ:ベルリンのルービンシュタイン(朗読付きピアノ曲)
ジェフスキ:ノース・アメリカン・バラード第4番「ウィンズボロ綿工場のブルース」

(アンコール)
J.S.バッハ(コルトー編):アリオーソ
リスト:愛の夢 第3番
ガーシュウィン(ファジル・サイ編):サマータイム
 
 
 大瀧拓哉さんは、長岡市出身で、愛知県立芸術大学及び大学院を首席で卒業されました。その後ドイツやフランスで研鑽を積み、2016年のオルレアン国際ピアノコンクールで優勝して脚光を浴びました。
 近代・現代音楽を得意として、新潟県出身のピアニストとしましては、現在最も活躍されているのではないでしょうか。

 大瀧さんは、昨年11月に、フレデリック・ジェフスキの「不屈の民」変奏曲とノース・アメリカン・バラード全6曲の2枚組CDをリリースされ、私もそのCDを買って聴かせていただきましたが、現代曲ながらも意外に親しみやすい曲と素晴らしい演奏で感銘を受けました。
 今回のリサイタルは、この新CDアルバムのリリース記念と銘打ったリサイタルです。故郷の長岡でのリサイタルということで、熱の入った演奏が聴けるものと楽しみでした。
 ただし、CD発売記念のリサイタルなら、通常はCD収録曲をプログラムにすえるのが普通だと思うのですが、新アルバムのメインである「不屈の民」変奏曲は今回のプログラムにはなく、ノース・アメリカン・バラードも第4曲のみというのが意外であり、残念に思いました。
 まあ、ジェフスキと言われても、一般には名前すら知らない人が多いと思われ、ジェフスキの曲だけプログラムに並べてもマニアックになりすぎるため、バッハやベートーヴェン、ショパンを加えて多彩なプログラムにしたのではないかと推測します。

 さて、私が大瀧さんの演奏を初めて聴いたのは、2011年5月のLFJ新潟の交流ステージでの紫竹友梨さんとの共演でした。そのときの演奏は記憶にないのですが、2014年8月に初めてリサイタルを聴いて、その演奏に圧倒されてファンになり、その後も何度か演奏を聴く機会がありました。
 直近では、2022年11月の新潟室内合奏団第86回演奏会でのブラームスのピアノ協奏曲第1番以来で、リサイタルとしましては、2021年1月以来4年ぶりになります。
 なお、今回の新アルバムの収録曲の「不屈の民」変奏曲をプログラムとしたリサイタルが、2020年8月に新潟県民会館で予定され、チケットを買って楽しみにしていたのですが、コロナ禍で中止になったのは残念でした。

 先週の土曜日の長岡市立劇場に引き続いて、2週連続の長岡遠征です。1月下旬とは言うものの、気温は高めで雪も降らず、過ごしやすい日曜日になりました。当初は厳寒期の長岡遠征を危惧していましたが、先週と同様に心配は杞憂に終わり、絶好の長岡遠征日和となりました。
 いつものように、国道116号線を分水に進み、大河津分水を渡ってすぐに左折して、信濃川沿いを進んで与板入りし、広域農道経由で長岡市街に入りました。某所でゆっくりと昼食を摂って、リリックホール入りしました。毎度のことながら、無料の駐車場があるのが良いですね。

 ホールに入り、ロビーでこの原稿を書いていますと開場時間となり、すぐに入場して席に着き、この原稿の続きを書きながら開演を待ちました。席は次第に埋まり、満席に近いかなりの入りです。大瀧さんへの期待のほどか伺えました。

 開演時間となり、大瀧さんが登場して挨拶がありました。リリックホールでの演奏は、澤クヮルテットとの共演、アフィニス音楽祭での演奏を除いて、リサイタルとしては6年ぶりであることなどの話がありました。
 前回のリサイタルでは、ジェフスキの「不屈の民」変奏曲を演奏したとのことで、今回の演奏会でプログラムに入れなかった理由がわかりました。
 プログラムの説明がありましたが、前半は自分が好きな曲、弾きたい曲を選んだそうです。短調の暗い曲ばかりだったので、当初の予定になかった長調のショパンのノクターン第2番を加えたそうです。

 分かりやすい曲目紹介の後、一旦退場してすぐに再登場し、バッハの「半音階的幻想曲とフーガ」とベートーヴェンの幻想曲風ソナタ「月光」が演奏されました。

 1曲目のバッハの「半音階的幻想曲とフーガ」の演奏が始まるとともに、ホールの響きの良さと輝きのあるピアノの音色に驚きました。こんなにも美しい響きはめったに感じられません。
 最初の幻想曲の部分は、暗さとともに、激しい感情のうねりがダイレクトに迫り、静けさの中からフーガへと移り、軽やかさから、次第に力を増していき、フィナーレを迎えました。
 最初から心に迫る演奏を聴かされて、本日のリサイタルが素晴らしいものになることが確信され、大きな拍手が贈られました。

 続けての2曲目は、ベートーヴェンの「月光」です。一般的な呼び方のピアノ・ソナタ第14番ではなく、あえて(正式名の)幻想曲風ソナタという曲名にしていることについての説明はありませんでしたが、大瀧さんの曲への熱い思いが込められているように感じられました。
 第1楽章は、しっとりと、ゆったりと、切々と歌い、幻想の世界に誘い、第2楽章は、明るくワルツを踊り、第3楽章は、激しく感情を爆発させました。猛スピードで爆走し、少々荒っぽさも感じさせながらも、そのパワーにひれ伏し、気分爽快になりました。

 一旦退場して再登場し、次の曲目についての解説とCDの宣伝があり、ショパンの2曲が続けて演奏されました。
 最初のノクターン第2番は、甘く切ないメロディが、優しく、柔らかに流れ出て、演奏もさることながら、音の美しさに酔いしれました。
 拍手なしで連続して演奏されたバラード第4番は、静かに、ゆったりと始まり、憂いを秘めたメロディが続き、次第に感情は高ぶり、切々と思いを吐露し、感情は抑えきれなくなりました。
 この曲も、音の美しさが際立っていました。ゆったりした穏やかさから、揺れ動く心の激しい感情の高ぶりとともに曲を閉じました。

 大きな拍手が贈られて、前半のプログラムを終えました。休憩時間には、ロビーで新潟市から遠征されてきた音楽仲間とお会いすることができました。

 後半は、大瀧さんは上着を脱いで、黒シャツ姿で登場しました。まず最初に、後半のプログラムの説明がありました。ジェフスキは、両親がポーランド人というポーランド系アメリカ人であること、1曲目の「ベルリンのルービンシュタイン」のルービンシュタインは、あの高名なピアニストのアルトゥール・ルービンシュタインであることの説明がありました。
 この曲はルービンシュタインの自伝の一節を元に作曲され、20代の人生のどん底の時代に、自殺未遂をした頃の話を題材にしたものだそうです。現代音楽らしい不協和音がありながらも、朗読とともに演奏されると、すっと入って来やすいとのことでした。有名な曲が使用されていて、複雑でドラマチックな構成だとの説明がありました。
 2曲目のノース・アメリカン・バラード第4番は、ジェフスキのピアノ曲の中では比較的演奏される曲だそうで、「ウィンズボロ綿工場のブルース」という題名の如く、工場の音を音楽にしているとの解説がありました。

 一旦下がって、マイクを装着して登場し、最初は「ベルリンのルービンシュタイン」です。ピアノの譜面台にはタブレットが設置されていました。
 大滝さんは有名な曲で始まると説明してくれましたが、ショパンのノクターン第20番から始まり、朗読による物語の展開とともに演奏が進められました。コインをばらまいたり、ピアノを叩いたりも交えながら、音楽劇が繰り広げられました。
 バリバリの現代音楽でも、朗読とともに演奏されますと、映画音楽・劇伴音楽のように、聴きやすく、効果音としても盛り上がりました。人形の様な小道具を使ったりしながら、弾き語りの音楽劇に引き込まれました。
 自殺未遂をする状況が語られ、再びノクターンが演奏され、そして人生を生きる価値を見いだし、幸せの秘密を発見し、ノクターンのエンディングが流れて、絶望から希望へとつながる物語は終わりました。
 大瀧さんの語りのうまさと演奏が相まって、感動の物語となり、聴く者の心を揺さぶりました。大きな拍手が贈られて、タブレットと小道具を持って退場しました。

 続いてはノース・アメリカン・バラード第4番「ウィンズボロ綿工場のブルース」です。工場の騒音を模した激しい音とともに始まりました綿工場の苛酷な労働環境を象徴するように、機械音の描写が繰り返されました。
 強烈な音響に圧倒され、ミニマルミュージックのように、これでもかと繰り返しながら攻めてきますが、意外にも心の中に、スーッと入ってくるのが不思議でした。
 やがて静けさが訪れ、ジャジーな美しい音楽が流れ、再び激しさを増し、スピードアップ、ヒートアップし、激烈な高音の連打とともに曲は終わりました。
 CDで聴いていましたので、曲は知っていましたが、実際の演奏を聴き、その音響と迫力に圧倒され、次元の違う感動をいただきました。

 大きな拍手に応えて、アンコールは、バッハ、リスト、ガーシュウィンと3曲演奏され、サービス満点でした。バッハのアリオーソ、リストの愛の夢と、しっとりと、情感豊かに演奏し、最後をファジル・サイ編曲によるガーシュウィンのサマータイムをノリノリの演奏で盛り上げて、感動のリサイタルを締めくくりました。

 終演後には、CD購入者を対象としてサイン会が開催され、長い列ができていました。長岡が生んだ素晴しいピアニストが、さらに大きく成長し、羽ばたいている姿を目にして、大きな感動がこみ上げ、胸を熱くしました。

 スタインウェイのフルコンサートピアノは各地のホールにあり、このリリック・ホールでも何度も聴いているのですが、今日ほど美しく響いたことはなかったのではないかと感じました。ここのピアノは三善晃さんが選定したピアノだったと思いますが、輝きがあり、濁りのないサウンドは絶品でした。
 響きの良いホールと、入念に調律されたスタインウェイ、大瀧さんという俊英の手により、ダイナミックで煌びやかなサウンドが引き出されました。

 前半も後半も、アンコールも、すべてが極上の音楽であり、特に後半のジェフスキは、圧巻のプログラムでした。早くも今年のベストコンサート候補に出会えて、有意義な長岡遠征になりました。
 気分も爽やかに、西日に照らされながら広域農道を走り、新潟市へと車を進めました。新潟市に入りましたら雨になりましたが、気分は晴れやかでした。


(客席:15-10、\2000)