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日本擬人名辞書

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日本擬人名辞書(は行)

日本擬人名辞書(は行)

日本擬人名辞書』(宮武外骨編)をテキストにして提供します。

日本語には人名に擬した言葉が数多くあります。この辞書は、それらを収集して整理したものです。「安達太郎」とは、どのような意味だろうか確認したいときに役立つと思います。

表記は可能な限り原文に従っていますが、読みやすさのため新字体に変更したりしています。学術的な引用には適さないので、参考程度にご覧ください。

(2011年1月 金森国臣)


阪東太郎(ばんどうたろう)

利根川を言う。源は上野国利根郡の文珠山より発し、下総銚子に注ぐ。流域七十一里余。箱根阪東第一の大川なり。太郎とは最も大なるものを言い、四国二郎(吉野川)筑紫三郎(筑後川)これに次げり。刀禰川と書きしもあり。また江戸にて夏の白雲をも「阪東太郎」と呼べり。

腹立源兵衛(はらたてげんべえ)

「蟷螂を武蔵江戸の近郊にて腹立源兵衛という」と『俚言集覧』にあり。蟷螂を弄すれば彼怒って鎌を立つる故の異名なるべし。

番太郎 番太(ばんたろう ばんた)

金森註記:差別語のため掲載していません。

パン太郎(ぱんたろう)

「麺麭の一種。最近に売出せる物。日本橋畔に売店あり」と望月翁より報ぜらる。また「銀座のパンぢう屋にて売る」と木魚仙子より通告を受く。パンの兄との義なるべし。

早川(はやかわ)

早川は赤褌を言う。〔尤草子〕赤き物の内、早川主馬の褌と見えたり。此の人色よき褌を常にかきたれば、名に立ちて、聚楽の城ふしんの時、京童の小歌に作りたるとぞ。後に早川といえば赤褌の事となる。(嬉遊笑覧)

八兵衛(はちべえ)

安房下総地方にて売淫婦を言う。『馬子の歌袋』に、下総船橋の宿屋にて主人が客に「八兵衛さんを召さるべくや」と言いし事を記せり。呼出し私娼を言えるなり。此「八兵衛」とは飯盛女が押売り口上として「四べい四べい」と言うに起れり。川柳

「名を聞けば、八兵衛といふ女郎なり」

また埼玉地方にては月経を「八兵術」といえり。語原不詳

八専二郎(はっせんじろう)

天一太郎、土用三郎、寒四郎の兄弟なり。旧暦の八専に入りし日より二日目を言う。此日を農家の厄日とし、若し南降れば天侯悪く、稲作に害ありとせるなり。

八王寺の三太郎(はちおうじのさんたろう)

愚者を言うなり。三太郎の語義は「あははの三太郎」及び「大馬鹿三太郎」の項に記せり。

昔江戸にて愚者を八王寺の三太郎と言いしは.田舎式の馬鹿者との義なるべし。安政四年の版本、鈍亭魯文の戯作に『滑稽三太郎話』といえるものあり。八王寺在の三太郎という愚者が、老婆と共に江戸見物に来りて数々の失敗を演ずる事を記せり。

八左衛門(はちざえもん)

「仙台にては月経を八左衛門というと『諸国方言」に見えたり」と『狂文捧歌撰』にあり。埼玉地方にて月経を「八兵衛」というと共に語原不詳なり。

馬鹿太郎(ばかたろう)

愚者を言うなり。太郎とは事物の大なる義に用い、古くは太郎の太を「大」に書けり。故に馬鹿太郎とは大馬鹿者と言うに同じ。後には「大馬鹿三太郎」と言いて、此馬鹿太郎の語廃れたり。

忘八(ぼうはち)

遊女買を言い、後に転じて妓楼の主人を言えり。支那の古き俗語に「鳥亀忘八」といえるあり。鳥亀は長じて母を奸する動物なり。仁義礼智忠信孝悌の八を忘るるものとして、無頼の狡児を罵るに忘八(わんぱー)と呼び、妓楼を忘八館と称せり。『幻学須知』には「忘八」を娼妓買う人の異名とし「入花柳之地、其心巳忘孝悌忠信礼儀廉耻八字」とせり。「亡八」と書きまた「孟八郎」とも言えり。

灰八(はいはち)

長崎にて下等娼妓を言えり。灰吹銀八分の玉代なりし故に、略して人名の如く「灰八」と名づけしなり。灰吹銀とは鉱山より出でしままのアラ目にて、銀細工物に使用し難き純銀の未成品をいう。

此「灰八」転訛して「平八」「彦八」の語あるならん。

呆助(ほうすけ)

愚者を言う。阿房の「ほう」に擬し、呆るるの義をも兼ぬるなり。古き戯語に「やっちき鉄砲呆助」といえるもあり。

金森註記:「はうすけ」で立項されています。

半助(はんすけ)

明治年間、金一円にて淫を売りし芸妓を円助芸妓と称し単に「円助」とも呼ぶに至りしが、其頃五拾銭にてコロブ芸妓を「半助」と称せり。半円助の略なり。芸妓には松助玉助、花助などいう男名に擬せし名多きに因るなり。

ばん蔵(ばんぞう)

金森註記:差別語のため掲載していません。

鄙左衛門(ひがざえもん)

大阪島の内の娼家にて田舎人を「鄙左衛門」と呼べり。『俳諧通言』には「鄙人(ひが)左衛門、里馴れぬ田舎客をいうなり」とあり。江戸吉原にて言いし「新五左衛門」または「武左衛門」の類なり。

『俚言集覧』に「田舎武士などを彦左衛門という」とあるは此「ひが左衛門」の訛りなるべし。

彦八(ひこはち)

「京大阪にて総嫁といい、長崎にて彦八といい、江戸にて夜鷹という」と『俚言集覧』にあり。何故私娼を「彦八」と言うかは不詳なり。然れども予按ずるに同『俚言集覧』には左の如くあり。

「灰八−長崎の諺にて賤妓をいう」
「平八−長崎にて娼妓の下等なるものをいう」
[彦八−(前記の通り)

これは「はひふへほ」の相通にて灰吹銀八分の「灰八」を「平八」と訛り、「平八」がまた「彦八」に転じたるならんか。「灰八」の項を見よ。

また昔大阪にて放下師のことを「彦八」と言いしよしなり。「猫八」の類なるべし。

久松(ひさまつ)

「久松−物を小買にする事」と『劇場新話』所載。芝居茶屋の隠し言葉中にあり。子供の時より養成して使用人にするを俗に「子飼い」と言えり。演劇の油屋の久松は其子飼い(小買)なるを以て言うならん。

百助 百蔵(ひゃくすけ ひゃくぞう)

江戸吉原の羅生門河岸にありし切見世女郎および其処に行く客を「百助」と言えり。百文の玉代なりし故に名づく。天明頃の川柳に「百助は伏見町からずッと抜け」とあり。風来山人の『お千代が伝』に「百助が拘杷(くこ)の油」とあるは小間物屋の名なり。此百助に擬して言えるならん。

また此切見世女郎を「百蔵」とも呼べり。「昔吉原江戸町河岸に下品の遊女あり。小部屋ようの店にて二軒打抜に行燈一つを用いたり。俗に百蔵といいける」と『嬉遊笑覧』にあり。私娼「五十雑」との対にもせしなるべし。

百兵衛 百左衛門(ひゃくべえ ひゃくざえもん)

貧乏檀家または吝嗇檀家を寺方にて百旦那と呼べり。百文位しかの布施を出さざる故に言うなり。此百旦那を川柳家は「百兵衛」または「百左衛門」称せり。

比古太郎(ひこたろう)

九州にて夏の雲の峯を言う。「彦太郎」とも書けり。豊前の彦山といえる大山の方より来たるとしての名称ならん。

膝吉(ひざきち)

人体の膝を言う。脛吉と言うに同じ。独り寝を「膝吉を抱いて寝る」など唱う。膝を膝小僧と称するが如く、自己に隷属せる奴僕視してのシャレ語なり。

平平平平(ひらたいらへいべい)

「平」の字を四ッ重ねて書きそれを人の姓名らしく訓みかえる文字遊戯の一つなり。これは文化頃の戯作家の創意に成りし滑稽ならん。

彼岸太郎(ひがんたろう)

春の彼岸に入りし日を言う。農家にては此日の晴雨にて彼岸中の天候をトし、また此日雨降れば其年の稲は豊作と見るなりと言う。

備後入道(びごにゅうどう)

出雲国にて夏日青空に現わるる白雲の峰を称す。「びご入道」とツメて言うなり。備後の方角より来たりし大坊主との義ならん。

福助(ふくすけ)

頭の大なる人形を言う。「叶福助(かなうふくすけ)」とも称せり。此人形江戸にて流行せし由『一話一言』にあり。上方より来たりし人形にて、文化元年より天保頃まで江戸にて大に流行せり。上方製は深草焼にて出額、江戸製は今戸焼にて大頭なり。心のままに叶う福神の福助として祭りしなり。(近世の「ビリケン」様に同じ)。「福助」の「ふく」は頭の「ふくれ」たる義より起りしならんとの説もあり。

武左衛門(ぶざえもん)

江戸吉原創始時代の遊女は、武士客を侮りて「新五左衛門」略して「新五左」と呼びしが、後には「武左衡門」と称せり。是亦略して「武左」とも言えり。川柳

「忘八に見参せんと武左怒り」

遊女にフラレし武士客が楼主に談判せんと言える事を詠めるなり。此「武左衛門」とは不粋(ぶいき)の「ぶ」と武士の「ぶ」とを重ねたるなりと言う。

不倒翁(ふとうおう)

「起き上り小法師」といえる達磨像の玩具をいう。原は漢名なれども、「信天翁(しんてんおう)」と同じく日本語化せり。紙張子にて下部に土の重鎮を付けたるためコロバシても倒れざる故に名づく。「七転八起」の好例として古来此不倒翁を精紳的教訓に利用せり。

文七 文六(ぶんしち ぶんろく)

銭独楽(ぜにこま)の名。文銭(ぶんせん)七枚重ねて造りしコマを「文七」と人の名に擬して言い、同六枚のコマを「文六」と言えり。宝永頃の事なり。同じ名に「助六」というもありしと『足薪翁記』に見ゆ。

平気の平左衛門(へいきのへいざえもん)

「無頓着にして何とも感ぜざるをいう。例えば怒るべくして怒らず、悲むべくして悲まず、恥ずべくして恥じざるが如き類なり」と『俚言集覧』にあり。

平三郎(へいざぶろう)

足の踵を言う。「〔伊勢貞丈隨筆〕腫、クビスとよむ。俗にキビスという。またカガトなど俗称多し。田舎の方言に平三郎ともいう」と『俚言集覧』にあり。腫は常に屁を嗅がさるる所なる故に「屁三郎」といえる義ならんか。

平凡助(へぼすけ)

技術技芸の巧妙ならざる者を言う。ヘボ将棋、ヘボ碁等のヘボを人名化せしなり。「下手な人」と言うに同じ。

平八(へいはち)

「灰八」の転訛なるべし。同項および「彦八」の項を見よ。

表六(ひょうろく)

愚鈍の人を罵りて呼ぶ語なり。『運歩色葉集』という書に「利亀ハ六ヲ蔵シ鈍亀ハ六ヲ表ス、之ヲ人ニ喩フ」とあるに拠ると言う。「蔵六」の反対の義なるべし。

俗に「ひょうろくだま」と言い「剽碌玉」と書くは、此「表六」より出でし語なるべし。

金森註記:「へうろく」で立項されています。

弁慶(べんけい)

昔大阪の遊里にて幇間を言う。大尽客を当時「ほうかん」と呼び、九郎判官には付物なりとて「弁慶」と言えり。此外、強き事を「弁慶」と言えり。川柳に「質屋の手代弁慶に繩をかけ」といえるは、弁慶縞の着物を言うなり。

へまの藤四郎(へまのとうしろう)

此語義語原共に不詳なり。「藤四郎」とは別項の如く、加藤四郎左衛門を言えるものとすれば、『攝陽群談』の記事「藤四郎、道元和尚に隨て唐に渡り、彼国の土を取来りて茶入を焼く。之を常陸帯と名づく。藤四郎死に臨て其土を惜み此処(常陸帯塚)に埋む」とある利己的行為を嘲りしならんかと思いたれども、当時の人智人情として、これを「ヘマ」と罵ることも無かるべし。

へのへのもへ

此六字を書きて人面の両眉(へ)両目(の)鼻(も)口(へ)を描く文字遊びを人の姓名に云倣せる也。「へのへのもへ、桶の輪をからむ」という。桶の輪とは顔面の輪郭なり。

蛇之助(へびのすけ)

大酒呑の人を言う。延宝頃の流行語。蛇は酒好きといえる事より起りしなりと『柳亭筆記』にあり。地黄坊樽次と酒戦を交せし大蛇丸底深といえる名も、大酒呑という義なるべし。延宝五年の版本に『蛇之助』と題せるものあり。酒客独吟の句集なるべし。

可内(べくない)

奴、折助などの異名なり。上に居らずとの義か。「可(べく)」の字は、可成(なるべく)、可被下、可愛、可笑、可能など、上につく字なりとて、底の尖りたる盃を「可盃」と呼べり。下につかぬとの意なり。此「可でない」即ち下につく者との反語にて下僕の異名にせしならんか。

鳳五郎(ほうごろう)

駝鳥を言う。理想鳥「鳳」の第五番目の息子に位すべき鳥なりとの義ならんか。

本阿弥(ほんあみ)

鑑定家の通称なり。本阿弥妙本以来、光心、光悦、光甫等代々刀剣鑑定を業とせし故に、総て古物類の鑑定人を「本阿弥」と称せり。古道具屋仲間にても箪笥火鉢などの値付役を「本阿弥」と呼べり。

骨川三内(ほねかわみない)

痩せたる人を言う。骨と皮のみにて身(肉)は無いとの義地口式の姓名なり。

堀川太郎 堀川次郎(ほりかわたろう ほりかわじろう)

堀川院の時、源基俊、俊頼等以下十数名の歌百首ずつを集めて堀川百首と言い、その巻に太郎百首、次郎百首の二あり。此二集を堀川太郎、堀川次郎と呼べり。上巻下巻と言うに同じ。

ぼん太郎(ぼんたろう)

まぬけ、あほう等の異名なり。「ぼん」はぼんつく、ぼんくら、ぼんやり等に同じく、嘲語「坊」の伝なりという。


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