東京交響楽団第736回定期演奏会
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2025年11月22日(土)18:00 サントリーホール 大ホール
指揮:ジョナサン・ノット
笙:宮田まゆみ
コンサートマスター:小林壱成
 
武満 徹:セレモニアル ー秋の歌ー

マーラー:交響曲第9番 ニ長調
  T.アンダンテ・コモド
  U.ゆるやかなレントラーのテンポで、
    ややぎこちなくきわめて粗野に
  V.ロンド・ブルレスケ アレグロ・アッサイ、
    きわめて反抗的に
  W.アダージョ

 今日は久しぶりに東京に遠征して、サントリーホールでの東京交響楽団第736回定期演奏会(指揮:ジョナサン・ノット)を聴かせていただくことにしました。

 今シーズンで東京交響楽団の音楽監督を退任するジョナサン・ノットの演奏会は、明日の川崎名曲全集、年末の第九や、大晦日のミューザ川崎でのジルベスターコンサートが残っていますが、定期演奏会としては、この演奏会が最後になります。その意味で貴重な演奏会となります。
 チケットは早々に完売となり、後に関係者席が開放されて販売されましたが、それも即完売となりました。「ノット監督ありがとう!てぬぐい」が緊急発売されるなど、ノット人気の凄さには驚かされます。

 さて、私がジョナサン・ノットと初めて出会ったのは、2013年10月の東京交響楽団第80回新潟定期演奏会で、メインの曲は、R.シュトラウスのアルプス交響曲でした。そのときユベール・スダーンの後任として次期音楽監督の就任が決まっていて、これからの期待を高めてくれました。
 その後、2014年4月に東京交響楽団の音楽監督に就任し、就任披露演奏会としての定期演奏会が、ミューザ川崎とサントリーホールで開催され、私はミューザ川崎で開催された東京交響楽団川崎定期演奏会第45回を聴かせていただきました。そのときの曲目は、武満徹の「セレモニアル」とマーラーの交響曲第9番でした。
 そして、今回の音楽監督としての最後の定期演奏会の曲目も、就任披露演奏会と同じ武満徹の「セレモニアル」とマーラーの交響曲第9番です。
 就任披露演奏会で、いきなりマーラーの交響曲第9番を演奏するということには驚きましたが、最後の演奏会としてはこれ以上ふさわしい曲はありません。組み合わせる曲も武満徹の「セレモニアル」で、共演する笙の宮田まゆみも含めて就任披露演奏会と全く同じです。
 音楽監督としての最初と最後の定期演奏会を同じプログラムにするというのも、ノット監督の東京交響楽団に対しての思い入れの強さを表しているものと思います。

 マーラーの交響曲第9番をこよなく愛する私としましては、音楽監督就任披露演奏会と同様に、ノット監督との別れとなる最後の定期演奏会でのマーラーの交響曲第9番をも聴かないわけにはいきません。
 できることならば、先週のラヴェルの「子どもと魔法」をメインとするオールフランス・プログラムではなく、この演奏会を新潟定期演奏会に持ってきてくれたらノット監督による最後の新潟定期演奏会としてふさわしいと思ったのですが、願いはかないませんでした。「子どもと魔法」も良かったので、結果としては何ら不満はありませんでしたが。

 ということで、 日程的に行けるかどうかわからないまま、チケットだけは買っておきました。その後すぐにチケット完売となり、買っておいて良かったと胸をなでおろしました。
 しかし、やはり東京まで遠征する時間的・経済的・精神的なハードルは高く、優柔不断な私は、東京遠征を決行すべきかどうか最後まで思案しました。
 今日と同じ演目が演奏される明日の川崎名曲全集第212回は<ニコ響>で配信されるので、それを聴いて我慢しようとも思いましたが、チケットを無駄にするのも気が引けますし、後で後悔するのも目に見えていましたので、予定通りに出かけることにしました。

 いろいろありましたが、先週日曜日の11月16日の東京交響楽団第144回新潟定期演奏会に引き続いて、1週間も経たずに、再びノット指揮の東京交響楽団の定期演奏会となりました。
 会場のサントリーホールは久しぶりで、コロナ禍前の2020年2月に行って以来になりますので、5年9か月ぶりになります。
 また、マーラーの交響曲第9番を生演奏で聴くのは、今年の3月の高崎芸術劇場での群馬交響楽団第606回定期演奏会(指揮:飯森範親)以来8か月ぶりです。また、サントリーホールでこの曲を聴くのは、2011年11月のベルリン・フィル(指揮:ラトル)、2012年1月の京都大学交響楽団(指揮:井上道義)以来3回目です。
 演奏会に先立って、ノット自身によるマーラーの交響曲第9番の解説動画も公開されて、期待はどんどんと高まりました。


 今週は週明けに寒波が訪れて、山沿いにある私の職場には雪が降り、帰宅するのに大慌てしました。その後も不安定な天気が続きましたが、今日は青空も見えて、過ごしやすい土曜日になりました。
 いつものルーチンワークを終えて、清々しい青空の下に新潟駅へと車を進めました。駅南のコインパーキングに車をとめて、駅ナカで昼食をいただき、新幹線で東京へと向かいました。
 東京駅で乗り換えて新橋駅へ行き、地下鉄銀座線で溜池山王で下車。長い通路を通って13番出口から出て、少し歩けばサントリーホールに到着です。夕暮れのカラヤン広場に、クリスマスツリーがきれいに輝いていました。

 開場時間が近付くに連れて、広場はたくさんの人たちで賑わいました。開場のオルゴールが賑やかに広場に響き渡り、開場となりました。開場待ちが外というのは、天候が良い関東ならではと思います。新潟では考えられませんものねえ・・。
 列に並んで入場しましたが、館内のクリスマス飾りがきれいでした。私の席は2階の左側のLCブロックです。今日のコンサートはTV収録されるとのことで、天井からたくさんのマイクがぶら下がら、客席には数台のテレビカメラがありました。
 ステージでは団員が音出しをしていて、次第に気分が盛り上がりました。オケはフル編成の16型で、ヴァイオリンが左右に別れる対向配置です。ステージいっぱいに椅子や楽器が並べられ、見ているだけで気分が高揚します。今日は休憩なしとのことでしたので、しっかりと用を足して開演を待ちました。

 開演時間となり、拍手の中に団員が入場しましたが、新潟のように全員揃うまで起立して待つことはなく、すぐに着席しました。最後にコンマスの小林さんが入場してチューニングとなりました。今日の次席は田尻さんです。

 1曲目は、武満徹の「セレモニアル」で、この曲は14型での演奏です。ノットさんが登場して、オルガン前で宮田さんが演奏する笙の深淵な響きで始まりました。
 静寂に包まれたホールに笙の音がゆったりと静かに響き渡り、心が清められるかのようでしたが、ここで「ゴホ、ゴホ」という咳が数ヶ所から聞こえ、東京の人は何してるんだと憤慨しました。ハンカチで口を押さえるなどの咳エチケットがなってませんね。
 この静けさの中にオケが加わり、ゆったりとした透明感のある幽玄な音楽が流れ出ました。2階の両サイドと中央の3か所でフルート、オーボエが演奏し、立体的な響きを生んでいました。
 再び静寂の中に笙が響き、心が洗われるようでしたが、ここでも咳がありました。緊張感に溢れる静けさの中に、曲が終わり、ひと呼吸置いて大きな拍手が沸き上がりました。マーラーの前の曲としては最適であり、素晴らしい演奏でした。

 団員が増員されて、弦は16型となり、4管編成で、ハープ2台、ティンパニ2組など、ステージいっぱいのオーケストラは壮観です。
 ノットさんが登場して演奏開始です。譜面台はなく、暗譜での指揮です。チェロ、ハープ、ミュート付きのホルンに導かれて、ヴィオラが揺れて、第2ヴァイオリンがメロディを奏で、遅れて第1ヴァイオリンが加わって第1楽章が展開されて行きました。
 左右のヴァイオリンがステレオ効果を生み、対向配置の良さが出ていました。この演奏を聴き、この曲での第2ヴァイオリンの重要性に、今さらながら気付かされました。
 後は音のうねりに飲み込まれ、我を忘れてしまいました。この楽章は、人生を表しているようで、山あり、谷ありで、大きな高まりに行き着くも、その後ろには荒波が待っています。
 年を積み重ねて、心身ともに衰えていく私のように、静けさが訪れて、息も絶え絶えに喘ぎましたが、その先には安楽な世界が待っていました。
 人生の最期に際して、これまでの人生の最良の時代を思い浮かべ、恍惚な気分となりましたが、死の迎えがやって来て、葬列のように行進しました。
 鐘が鳴り、黄泉の世界へと足を進めました。もう昔には戻れないと嘆き悲しみましたが、やがて心は穏やかになり、静かに消え入るように楽章は終わりました。

 第2楽章は、木管とホルンに続いて、第2ヴァイオリンとヴィオラがリズムを刻み、チェロとコントラバスが加わり、遅れて第1ヴァイオリンが加わりました。
 明るくステップを踏んで踊り、踊り疲れてひと休みして、再び激しく狂ったかのようにステップを踏みました。狂気の如く猛スピードで踊り、最後は静かにリズムを刻んで終わりました。

 第3楽章は、トランペットとホルンで始まり、スピードを上げて、激しくパワフルに突き進みました。私が好きな、テューバと大太鼓による上行音も良く響いていました。
 狂気の音楽に続く穏やかな中間部の美しさも際立っていました。ゆったりと歌わせて、天上の世界へと誘い、そして再び爆発してスピードアップ、エネルギーアップして楽章を終えました。

 一瞬の間を置いて、アタッカで第4楽章に突入しました。ゆったりとした、私が最良と考えるスピードで演奏が進みました。
 後は音楽のうねりに身を委ね、何も考えることなく漂い、もはや心はこの世界にあらず、トリップ状態です。人生の終盤に最後の光を輝かせ、そして静かに生命の炎は揺らぎながら小さくなり、そしてついに最期の時を迎え、静寂の中に消えて行きました。
 音が消えて、ノットさんが手を下ろすまでの30秒ほどの静寂を、満席の聴衆とともに共有できたことは、この上ない幸せでした。1曲目では咳がありましたが、ここでは咳はなく、息が詰まるほどの無音の静寂でした。この緊張感はホールでしか味わえません。
 この静寂の後には、大きな拍手か沸き上がり、私も力の限りに拍手しました。カーテンコールが何度も繰り返され、素晴らしい演奏をしてくれた東響の皆さんを讃えました。ノットさんに花束が贈られて、最後は一旦退席した団員と観客とが「ノット監督ありがとう!てぬぐい」で讃えて最高潮となりましたが、帰りの新幹線がありましたので、盛り上りの中に退席し、タクシーで東京駅へと急ぎました。

 上越新幹線のホームには乗車を待つ客が列を作っており、私は自由席でしたのでその列に並び、何とか座ることができました。満席の車内でこの原稿を書き、ちょうど新潟駅に着く前に、書き終えることができました。

 今日はノット監督の最後の定期演奏会にふさわしい圧巻の演奏でした。暗譜で指揮するノット監督に導かれて、オケの各パートととも見事なパフォーマンスを発揮し、オーケストラの分厚く芳醇なサウンドに酔いしれました。この演奏をりゅーとぴあで聴きたかったなあ、と思わずにはいられませんでした。
 明日は川崎で同じプログラムが演奏されますが、さらにブラッシュアップされた演奏が聴けるかもしれません。あまりの感動に、明日も聴きに行きたい衝動に駆られましたが、〈ニコ響〉の配信で我慢したいと思います。

 音楽監督就任披露演奏会とは次元が違う神ががり的な演奏であり、東響との12年間の歴史と信頼関係が生み出した最良の演奏だったものと思います。
 期待以上の素晴らしい演奏を聴くことができて、新幹線代を払って東京遠征した価値が十二分にありました。もちろん今年のマイベスト10候補に入れたいと思います。

 ノットさんは、東京交響楽団の音楽監督を退任した後は、スペイン・バルセロナのリセウ大劇場の音楽監督に就任するそうです。さらなる活躍を祈念するとともに、縁が切れることなく、再び客演してくれることを願っています。
 

(客席:2階LC7-3、S席:¥9500)