今回は、現在の若手ピアニストな中で、最も注目され、飛ぶ鳥を落とす勢いの亀井聖矢さんのリサイタルです。昨年11月のロン=ティボー国際コンクールで第1位を取り、それを記念しての凱旋ツアーです。
5月28日(大阪:ザ・シンフォニーホール)から8月9日(東京:サントリーホール)まで、全国で12公演が開催され、途中にオーケストラとの共演が続いた後の後半最初の公演が新潟公演です。
亀井さんの新潟でのリサイタルはこれで2回目ですが、前回の2021年12月のリサイタルは、チケットを買っていたものの行けずに悔しい思いをしました。その頃はまだ若手の注目株程度にしか思っていませんでしたが、その後の活躍はご存知の通りで、すっかりビッグになりましたね。ということで、チケット発売早々にネット購入して楽しみにしていました。
今年の新潟は、年始めからピアノの演奏会が例年になく数多く開催され、結果としてこの半年間にいくつもの公演を聴くことになりました。他にも聴きたい公演はあったのですが、私個人としましては、2月の角野隼斗さん、反田恭平・務川慧悟さん、三浦謙司さん、3月の實川 風さん、5月の谷 昴登さんと聴いてきて、トリを務めるのが亀井さんということになります。これまで聴いた公演はどれも素晴らしいものでしたので、今回の亀井さんも大いに期待が高まりました。
とはいうものの、平日のコンサートは行きにくく、前回のリサイタルも行けなかったのですが、今回は調整ができて、予定通りに行くことができました。
職場を早めに出て、18時40分過ぎに駐車場入りしました。りゅーとぴあに入りますと、入場する人たちでロビーは混雑していました。圧倒的に女性が多く、平均年齢はいつものクラシックコンサートよりかなり低く、私のようなジジイは少数派に思えました。
亀井さんは現在チケットが最も取りにくいピアニストの一人ですが、直前まで主催者の放送局でテレピコマーシャルが流れ、先週りゅーとぴあのインフォメーションを覗いたときもチケットが残っていましたし、当日券の販売もあって意外に感じました。
客席に着いて開演を待ちましたが、ステージ後方のPブロックに空席があり、もったいなく感じました。2階正面の私の席の隣も空席で、おかげで隣を気にすることなく、リラックスして演奏を聴くことができました。それでもほぼ満席に近い状態であり、ホール内は熱気に満ちていました。
りゅーとぴあには5台のフルコンサートピアノがありますが、ステージにはスタインウェイが設置され、その後方にはひな壇が作られていました。
開演時間となり、亀井さんが登場。椅子に座ってしばらく沈黙が続き、ホール内に無音の静寂が訪れて、おもむろに演奏が始まりました。
最初はショパンの「3つのマズルカ」です。第1番をゆっくりとソフトに演奏し、落ち着いた演奏にうっとりと聴き入りました。第2番も同様にゆったりとし演奏で、第3番はアクセントを大きくつけて、躍動感を感じさせました。高音に輝きを感じましたが、中音域に金属的な不自然な濁りを感じました。そのときは私の耳が老化して変になったのかなと思っていました。
亀井さんが一旦退場し、ここで遅れて来られた観客がゾロゾロと入場してきました。亀井さんが再登場して挨拶があり、今日のプログラムの紹介のほか、新潟は2回目であり、前回はオール・ショパンであったこと、今回も前半はショパンなので、成長した演奏を聴いてほしいこと、次はジルベスターコンサートでラフマニノフのピアノ協奏曲を演奏すること、りゅーとぴあは響きが良くで大好きなことなどを話してくれました。
12月31日のジルベスターコンサートへの出演は、前回のリサイタルのときにオファーがあり決まったとのことですが、りゅーとぴあ関係者の先見の明といいますか、見識の高さを称賛したいと思います。
さて、前半はショパンですが、2曲目は「幻想曲」です。ゆったりと演奏が始まり、次第に熱を帯びていきました。ダイナミックに盛り上がり、そして静けさに戻り、再び炎が燃え上がって感情が爆発し、最後は静寂の中に揺らめいてフィナーレを迎えました。最初から違和感を感じていた音にも慣れてきて、音の煌めきを感じましたが、やはり金属的な濁りは感じました。
亀井さんがステージを下がって再登場し、前半最後は「アンダンテ・スピアナートと華麗な大ポロネーズ」です。椅子に座って精神統一し、しばらく経って演奏が始まりました。
前半はゆったりと爽やかに、クリスタルのような高音が美しく感じられ、後半のポロネーズはダイナミックに、踊るように、大きく強弱とリズムを揺り動かして、大きな盛り上がりの中に演奏を終えて、大きな拍手が贈られました。
演奏の素晴らしさは言うまでもありませんが、やはり響きの違和感は感じられ、中音域の金属的な響きを感じ、私の耳が悪いからではなく、実際にそうなのだと確信しました。
休憩時間に音楽仲間と出会って、私が感じた音の違和感を話しましたら、その方も同様の印象を持っておられました。私だけではなかったようで安心しました。そのせいかどうかは分かりませんが、休憩時間に調律が入念にされていました。
後半はラヴェルの「ラ・ヴァルス」で開演しました。椅子に座ってしばらく精神集中した後に演奏が始まりました。調律の効果か、音の違和感はかなり解消されていましたが、まだ濁りは感じられました。
演奏は前半と同様に、強弱やスピードをダイナミックに大きく揺り動かし、激しくパワフルな演奏でした。デフォルメしすぎてグロテスクに感じるほどでしたが、興奮を誘う素晴らしい演奏であり、そのパワーにひれ伏しました。ラヴェルの曲を超越した亀井さんの世界が描き出されていました。
亀井さんが退場して再び登場して、ここで亀井さんのMCがありました。音の狂いを直すためとのことで、トークの間に調律が行われました。やはりピアノには問題があるようでした。
続いては「亡き王女のためのパヴァーヌ」です。ゆったりとした演奏ではありましたが、しっとりと情感豊かに胸に響く演奏ではなく、この曲に抱く私のイメージとは若干異なりました。
繊細な染み入るような響きを期待しましたが、これまでの演奏と同様の、刺激的な音を感じて、安らぎを感じるまでには至りませんでした。
私の勝手なこの曲への思い入れを排除すれば、これはこれで楽しめる演奏には違いありませんでしたが、もっと力を抜いて、疲れた心に癒しを与えてくれるような演奏が私の好みです。
亀井さんが退場して再び登場し、プログラム最後はストラヴィンスキーの「ペトルーシュカからの3楽章」です。これは亀井さんの曲作り・演奏と、曲調が一番合っており、楽しく聴かせていただきました。
大きく強弱やリズムを揺り動かすダイナミックな演奏はこれまでと同様であり、圧倒的なテクニックとともに繰り出される曲芸のごとき速弾きは心地よく感じました。
噴水が噴き上がるような色彩感に溢れる音の洪水。ホール内に大雨が降り注ぎました。躍動感にあふれ、音量豊かにピアノを鳴らし、気分を高揚させて、ホールを埋めた聴衆に興奮と感動をもたらしました。
大きな拍手に応えて亀井さんのMCがあり、アンコールに亀井さんの定番である「ラ・カンパネラ」が演奏され、長い指から繰り出される流れるような音の洪水に圧倒され、興奮の演奏会は終演となりました。お得意の「イスラメイ」もやってくれたら最高でしたけれど、十分に楽しめました。
ホール内は興奮と熱狂のるつぼと化し、スタンディングオベーションでその演奏を讃えました。これほどに興奮に包まれたコンサートホールは久しぶりに感じました。
コンサートを振り返れば、大きく揺り動かしデフォルメされた演奏は、作曲者や曲が違っても同様であり、抜群の演奏テクニックと音楽性に裏打ちされて、躍動感と輝くような生命感に溢れた亀井さんの音楽に作り変えられていました。これはこれで素晴らしいものであり、聴衆を熱狂させる圧倒的なパワーに満ちていました。21世紀生まれの若きピアニストの音楽がそこにありました。
ただし、昭和を生きてきた偏屈者の個人的な印象としては、どの曲も同じ曲調に感じましたし、音の濁りもあって、感動と興奮も八分目というところでしょうか。
最後の「ペトルーシュカ」は、先月の谷さんのリサイタルでも演奏されましたが、演奏の質としては、桐朋学園大の後輩にあたる谷さんに軍配が上がるように思います。
でも、いい演奏家には違いありません。躍動感のあるスカッと爽やかな演奏は、理屈抜きに気持ち良いものであり、あれこれ文句を言わず、素直に感動すべきだと思いました。
大晦日に新潟で、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を東京交響楽団(指揮:原田慶太楼)と演奏しますが、これは是非とも聴いてみたいです。それまで元気でいられるよう精進したいと思います。
さて、亀井さんはステージ裏の壁にサインを残されましたが、角野隼斗さんのサインの隣というのは良かったですね。日本の若手ピアニストの活躍には目を見張るものがあり、これからも楽しませていただきたいと思います。
(客席: 2階5-11、¥5000) |