この『英和/和英対訳 最新軍事用語集』の編纂は、情報公開制度1とインターネットによって可能になったと言える。収録している用語はすべて公開情報に基づいている。制度を利用して入手した資料に、公式のホームページから得た情報を追加し、補完している。一種の集成集であり、言わば「統合用語集」の体裁になっている。検証作業にはもっぱらインターネットの検索サイトであるGoogleを活用した2。こうした軍事用語集の出版は、おそらく初めてであろう。
もともとは翻訳の必要のために行った用語収集が端緒になっている。まったくの門外漢であったがために、軍事用語に対する基礎知識もなく、最初は一般用語との違いにさえ戸惑った。代表的なものには、迎撃→要撃、パトリオット→ペトリオットなどがある。大いに混乱したのは、自衛隊固有の表現であり、護衛艦が駆逐艦であることは何となく想像できたとしても、観測ヘリコプターが偵察ヘリコプターであるらしいことが分かるまでには時間を要した。各自衛隊による表記や概念の違いにも悩まされた。
これを解決する手段として自分自身のために始めたことなのであるが、用語を整理して提供すれば、他の人たちにも役立つのではないかと考え、電子媒体(PDF形式)で頒布することにした。詳しい経緯は省くが、これが編集者の目にとまって今回の出版に至った。3
まだ読者の目に触れていない段階での自己評価は避けるべきではあると思うが、本年7月にハワイ沖で実施されたリムパック(環太平洋合同演習)では、米海軍中将を補佐する語学将校が利用し、報せによると問題なく使えたとのことであった。いままでの感触ともあわせると、幹部レベルでの使用には大体において役立つようである。目指すところは、現場での実用に耐え得る用語集であるが、編集作業を終えてみると、それはまだ遥かに先のことだと実感する。
米軍が提唱して実践する「軍事における革命(RMA)」は、さまざまな方面に影響を及ぼしている。軍の統合的運用もそのひとつであるが、軍事用語という観点でみると、それは「情報の共有」に行き着くように感じられる。各軍種が一体的に行動するには、必要な情報がタイムリーに共有されていなければならない。部外者でもあり、これは想像するしかないのであるが、具体的には陸海空の当事者が同一内容を表示するコンピュータ画面を同時にモニタリングするということであろう。そこでは共通の概念を持つ調整された用語が使われていなければならず、おそらくそこには本書のような「統合用語集」の必要性が生じるものと考える。
辞典や用語集の執筆に多少ともかかわった経験から言えば、この種の用語集を出版するとなると、大変な苦労に見舞われる。分野が限定されればされるほどマーケットは小さくなり、各方面への説得は容易ではない。この出版企画は青木竜馬氏によるものであるが、実現のためのご尽力に対して深く感謝申し上げたい。また編集実務に携わっていただいた岩崎奈菜女史にも感謝したい。ほぼ完璧とも言える仕事や迅速な手配によって、私自身の負担は大幅に軽減された。十数年前のことになるのであるが、日外アソシエーツ社には所用でお伺いし、大高利夫社長ともお会いしたことがあり、不思議な御縁を感じている。4
もとより翻訳の仕事がなければ、何事も始まらなかった。御名前を明記することは叶わないが、御世話になった方々には深く御礼申し上げたい。
なお最後にお断りしておかなければならないことがある。編集作業が大詰めを迎えた段階で防衛省への昇格法案が国会を通過した。分かる範囲内で対応はしているが、まだ施行以前の段階にあり不確定な点もある。諸事情をご理解いただければ幸いである。
今年は例年になく暖かな冬を迎えているが、それでもすでに鴎は飛来し、高くまた低く空に舞っている。「海の向こうには柔らかい島」5があり、小春日和のような陽射しのなかで作業を終えた。
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