辻井伸行 日本ツアー debut 10 years
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2018年3月22日(木) 18:30  新潟市民芸術文化会館 コンサートホール
 
ピアノ:辻井伸行
 


ショパン:英雄ポロネーズ(ポロネーズ第6番 変イ長調 作品53)

ドビュッシー:月の光(ベルガマスク組曲第3曲)
ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ
ラヴェル:水の戯れ

リスト:ラ・カンパネラ(パガニーニの大練習曲 第3番 嬰ト短調)

(休憩20分)

ガーシウィン:3つの前奏曲
        T.アレグロ・ベン・リトマート・エ・デチーソ
        U.アンダンテ・コン・モート・エ・ポコ・ルバート
        V.アレグロ・ベン・リトマート・エ・デチーソ

サティ:3つのジムノペディ
        第1番 ゆっくりと、痛ましげに
        第2番 ゆっくりと、悲しげに
        第3番 ゆっくりと、おごそかに

カプースチン:8つの演奏会用練習曲 作品40
        T.プレリュード U.夢 V.トッカティーナ 
        W.思い出 X.冗談 Y.パストラール
        Z.間奏曲 [.フィナーレ

(アンコール)
ショパン:別れの曲
辻井伸行:ジェニーへのオマージュ
 

 2009年6月の第13回ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール優勝以来、辻井さんの国内外での活発な活動は目を見張るものがあり、働きすぎじゃないかと心配するほどです。新潟にも度々来演しており、その人気の高さから、毎回チケット完売になり、入手も難しい状況になっています。

 マスコミ露出も多く、TV番組やCDで度々聴く機会が多い辻井さんですが、私が初めて辻井さんの生演奏を聴いたのは、2004年10月の東京交響楽団第28回新潟定期演奏会です。大友直人さんの指揮で、モーツァルトのピアノ協奏曲第20番を演奏しました。当時はまだ16歳でしたが、自作カデンツアも交えた堂々たる演奏振りに感嘆したことが昨日のことのように思い出されます。

 そして、一番最近聴いたのが、昨年10月のユロフスキ指揮ロンドンフィルの演奏会でのチャイコフスキーのピアノ協奏曲です。情熱あふれる辻井さんの熱演と燃え上がるオケの爆発で、ホールは興奮に包まれました。

 今回の公演は2007年のCDデビューから10周年を記念しての全国ツアーです。配布されたプログラムにディスコグラフィーが挟み込まれていましたが、この10年間にたくさんのCDやDVDを作られていたのには驚きました。
 私もデビューCDやデビュー当時のDVDなどを持っていますが、クラシックにとどまらず、映画やTVの音楽など、多彩な活動振りには脱帽です。

 今回はCDデビュー10周年記念ですが、そういえば、2008年3月のCD発売記念のリサイタルも聴いていました。あれから10年、どのように進歩し、どのような演奏を聴かせてくれるか期待は高まるばかりでした。

 とはいうものの、平日の開催、それも18時30分の開演というのは厳しいものがあります。後半だけでも聴ければ良いと、チケットだけは早々にゲットしておきました。
 案の定、業務は滞り、行くのを断念しようかと直前まで思っていましたが、何とか仕事をやりくりすることができて、幸運にもギリギリ開演に間に合うことができました。

 さすがにチケット完売だけあって、満席のホールは壮観であり熱気に包まれていました。老若男女、年齢幅も広く、辻井さんの人気のほどが伺えます。

 開演時間となり、手を引かれて辻井さんが登場。「英雄ポロネーズ」で演奏が始まりました。軽快に、駆け足で走りぬけ、重々しくない爽やかな演奏に、一気に辻井ワールドに引き込まれました。

 一旦退場した後、ドビュッシーとラヴェルを3曲続けて演奏しました。ゆったりと演奏し、クリスタルのように透き通り、心洗われるような「月の光」にうっとりとし、柔らかに心を癒す「亡き王女のためのパヴァーヌ」に聴きほれました。「水の戯れ」では前の2曲と対称的に速めに音楽が流れ、清廉さの中にきらめく輝きに心奪われました。

 前半最後は「ラ・カンパネラ」。猛スピードで疾走し、スピード違反で捕まりそうでした。この曲を十八番としている某老練ピアニストの重々しい浪花節的演奏とは対極的に、軽やかに鐘が鳴り響きました。

 後半は趣向を変えて、ガーシュウィンで開演しました。ジャズテイストに満ちた曲をリズム感たっぷりに演奏し、前半とは全く違った感動を与えてくれました。

 続いてはサティ。ガーシュウィンの興奮からクールダウンし、シンプルで静かに心を鎮める音楽に、汚れきった心が浄化されるようでした。

 一旦退場し、プログラム最後は、辻井さんの新しい挑戦であるカプースチンです。この曲は最近、若手ピアニストの中で人気になっているようであり、2016年3月の清水明日香さんのリサイタルにゲスト出演された酒井史さんの演奏や、昨年5月の金川唯さんの演奏が記憶に残っています。
 前衛的で、ジャズ、ロック、ラテンなど様々な要素に満ち、クラシックだのジャズだのとジャンル分けするのは無意味に思わせるこの曲の魅力を存分に知らしめてくれました。かなりの難曲と思われるのですが、軽やかに淀みなく、噴水が湧き出るように音楽が流れ出ました。今日のプログラムの中で一番の聴きものだったのではないでしょうか。口をあんぐり開けたまま言葉を失いそうでした。

 アンコールに「別れの曲」を演奏した後、辻井さんの挨拶があり、最後は自作曲を弾いて終演となりました。期待通り、いや、それ以上の素晴らしい内容のコンサートでした。
 毎年たくさんのコンサートをこなしながら、新しい曲に挑戦し、新たな世界を切り開いていく姿には驚きを禁じ得ません。日々進化していく辻井さんの姿に感動を抑え切れません。四方に丁寧に礼をする辻井さんに拍手は鳴り止みませんでした。

 辻井さんのピアノはどうして聴く者の心をつかむのでしょうか。音のクリアさ、透明感は特筆できます。同じピアノのはずなのに、音が違って聴こえます。決して聴く方の先入観のためではありません。
 視覚障害というハンディがあり、楽譜を見ての演奏はできません。音楽をすべて辻井さんの脳に取り込み、再構成した上で演奏として表現しているわけです。この過程で音楽が反芻・熟成され、辻井さんの音楽として生まれ代わっているものと思います。

 7月20日には長岡でのコンサートが予定されています。平日ですので聴きに行けませんが、きっと大盛況となることでしょう。
 

(客席:3階 I 2-21、A席:¥6000)