1962年 / 小津安二郎監督 / 岩下志麻, 笠智衆, 佐田啓二, 岡田茉莉子
好みから言っても『秋刀魚の味』が一番の傑作だと思う。これは理由がハッキリしていて、岩下志麻と岡田茉莉子の二人に現実的な馴染みがあって、感情移入がしやすいということが第一にある。
女優はすべからく気が強いのだが、なかでもこの二人は図抜けていると思うが、楚々とした時代もあったわけで、このあたりの魅力の引き出し方が絶妙で観ているだけで楽しい。
またカラー作品なので、どの作品かが簡単に特定できることも気分的な安心感に繋がっている。
相変わらずの貴族的中流指向は致し方ないとしても、団地生活が東京では一般的になり始めた頃のことだろうから、ここに至ってようやく庶民的生活への距離感が縮まって来たのだろうとは思う。
大学を卒業して一流企業のサラリーマンになって、美人の奥さんをもらって、そして文化的生活を営むというのは、田舎の貧乏人にとっては当時でも夢のまた夢なのだが、努力すれば何とかなるかも知れないとの幻想はあっただろうから、そのあたりは反発よりも共感的感情のほうが強かったのかもしれない。
ある意味において、この映画が集大成になっていると思うから、いろいろなエピソードがかなり洗練された方法で再提示されていて、しかも緊張感が滲み出ていて飽きさせない。確かに一つ一つの場面が限りなく美しく撮影されているように思う。
例えば、岩下志麻が角隠し姿で鴨居の下を通るシーンは、能の所作を思わせるほどで感嘆してしまう。
全体のテーマが老いであるのか、家族の消失と再生であるのか、そのあたりは判然としないが、いままではどこか他人事のようなことであったことが、身近に迫って来たためなのだろうか
映画に描かれている孤独感や絶望感は切実で喩えようもなく深いから、自分でも身につまされる想いがして、しばし暗然としてしまった。
|