瑞林寺 報恩講 音楽法要 Cello & Cembalo
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2019年11月7日(木) 18:30 瑞林寺
チェロ:渋谷陽子
チェンバロ:笠原恒則
 

岡野貞一:ふるさと
成田為三:浜辺の歌
山田耕筰赤とんぼ

J.S.バッハ:ゴルドベルグ変奏曲 より アリア

久石 譲:風の通り道
久石 譲:君をのせて
久石 譲:おくりびと のテーマ

フローベルガー:フェルディナンド4世への追悼曲

サン=サーンス:白鳥

 新潟市西区小針にある浄土真宗佛光派・瑞林寺で、親鸞聖人七五八回忌・報恩講が11月6日、7日、8日の3日間に渡って開催されています。その中日である7日に音楽法要が開催されました。

 瑞林寺では毎年報恩講の中日に音楽法要としてミニコンサートが開催されており、昨年は三味線のコンサートだったそうですが、今年はチェロとピアノです。出演者は渋谷陽子さんと笠原恒則さんという魅力ある二人であり、これは行かねばなるまいということで参加しました。

 毎年このような催しをやっていることはこれまで知らず、今年は新聞に折込チラシが入っていて、この音楽法要の存在を知り、魅力ある出演者ということもあって聴きに行った次第です。
 とはいえ、平日ですので行けるかどうか微妙だったのですが、幸い仕事を早く終えることができましたので、行くことにしました。同じ西区で家からも近く、帰り道に寄れるということもあります。
 
 会場の瑞林寺は行ったことはありませんでしたが、この辺は日常的に通っていますので、場所はすぐにわかりました。
 近くの店の駐車場に車を止めさせていただき、歩いて会場入りしました。小針の住宅街の中に、ひっそりとたたずむ寺院ですが、山門を入って行きますと、以外にも大きな本堂があって驚きました。
 瑞林寺は浄土真宗の寺院であり、ホームページも持っていて、活発な活動をされているようです。中でもゴスペルコーラスの活動をされているのには驚きました。仏教を身近なものとして感じてもらおうという住職の熱意が伝わってきます。

 前置きが長くなりましたが、音楽法要という言葉だけに魅かれて、報恩講の趣旨も理解しないまま瑞林寺に到着しました。
 本堂入口で靴を脱ぎ、中に入りますと、畳の上に小さな椅子が並べられており、既に多くの檀家の方々が集まっておられました。皆さん首に掛け物をしたり、数珠を持ったりしておられ、私のように音楽目当てに参加したにわか信者は多くないようであり、アウェイ感を感じながら体を小さくして開演を待ちました。
 右側にチェンバロが置かれ、笠原さんが開演直前まで調律に励んでおられました。チェンバロの上の梁には、渋谷さんと笠原さんの絵が張られていて、手作り感あふれる、ほのぼのとした雰囲気を醸し出していました。

 時間となり、報恩講が始まりました。すぐに音楽法要が始まるものと思っていましたが、良く考えれば当然なのですが、あくまで報恩講の中での催しであり、報恩講としてのプログラムが進められました。
 
 住職の挨拶のあと、何人もの僧侶により声明が唱えられ、見事な重唱に感銘を受けました。その後、親鸞聖人の生涯が住職により朗読されました。解説書が配られ、その文章を読みながら拝聴しましたが、難しい言葉で理解に及びませんでした。
 続いて赤い経本が配られ、お経を全員で朗唱しました。独特の節回しで、歌を歌うようでした。門外漢の私でしたが、30数ページに及ぶお経を唱えるうちに節回しにも馴染んできました。

 私は熱心な仏教徒ではなく、キリスト教の教会に行ったりもしています。私の実家は曹洞宗ですが、実家の隣は浄土真宗の寺院であり、寺の境内や墓地が子供の頃の遊び場でした。窓を開ければ墓石が見えるという環境で育ち、生活の中で寺院との関わりは密接でした。両親は熱心な檀家でしたが、亡くなって久しくなります。私は分家の身であり、家に仏壇があるわけでもなく、寺院とはお葬式や法要でしか関わることはありません。
 こんな罰当たりな私ですが、こういう厳かな場にいますと、心が清められるように思います。汚れた私の心は少しはきれいになったでしょうか。

 ということで、報恩講の第1部が終了しました。休憩の後、正面を向いていた椅子を右側へ方向転換し、第2部はいよいよ音楽法要です。祭壇の戸が閉められ、本堂の広間はコンサート会場となりました。

 笠原さんと美しき渋谷さんが登場して開演です。笠原さんのMCで演奏が進められました。まず、二人による二重奏で誰もが知る日本の唱歌「ふるさと」、「浜辺の歌」、「赤とんぼ」の3曲が続けて演奏されました。
 お寺の本堂に響くチェロとチェンバロ。まったく異文化で異質に思えますが、朗々と響き渡るチェロは美しく、チェンバロが見事な味付けをしていました。親しみのある選曲と落ち着いた演奏で、本堂を埋めた聴衆の心をつかみました。

 続いてはチェンバロ独奏で、バッハの「ゴルトベルク変奏曲」から「アリア」が演奏されました。優しく響くチェンバロの音色。笠原さんの手により鍵盤を伝って弦を弾くチェンバロの爪は、私の心の琴線も弾くようでした。

 次は二重奏で久石譲の名曲が3曲続けて演奏されました。演奏はもちろん編曲も素晴らしく、「風の通り道」や「君を乗せて」は、チェロとチェンバロのためのオリジナル曲のように、見事な演奏効果を上げていました。
 そして「おくりびと」のテーマには泣かされました。曲自身の素晴らしさもありましたが、寺院の本堂で聴くこの曲は、渋谷さんの朗々としたチェロの響きもあって、感動はひとしおです。ちょうどこの映画が公開された頃、私の兄が急死したこともあり、思い出深い曲であり、涙なしでは聴けません。

 続いては再びチェンバロ独奏で、ラインベルガ―の「フェルディナント4世への追悼曲」です。笠原さんは「おくりびと」に続く曲としてこの曲を選んだそうです。曲の最後で低音から高音へと音が跳躍していくのが天国へと昇っていくようであり、心に切々とせまりました。

 最後は、二重奏でチェロの名曲「白鳥」をしっとりと穏やかに演奏し、チェロのすばらしさ、渋谷さんのすばらしさを知らしめてくれました。

 会場からの大きな拍手に応えてアンコールといきたいところでしたが、住職による二人へのインタビューコーナーとなりました。なかなか聞けない鋭い質問もあり、二人のファンとしましては楽しく聞けました。

 音楽法要は終了し、休憩後の第3部は、ゲストの僧侶による「高座布教 節談説教」が行われ、報恩講2日目は終了しました。

 寺院は町の各所にあり、私の家のすぐ近くにもあります。本来身近なはずですが、日常的には関わりが少ないというのが実情でしょう。
 寺院を身近なものとして感じてもらう催しは、西堀で開催されている「寺宵」をはじめ、市内外の寺院で盛んに行われています。
 このような催しを通して、寺に檀家以外の人も招いてくれるというのは素晴らしいことだと思います。このような企画をしてくださった瑞林寺の皆さんに感謝したいと思います。ありがとうございました。(合掌) 

  

(客席:後方、志:賽銭)