地方に住んでいると生の情報にふれることが少ない。インターネットのおかげで以前とは比較にならないほど簡単に情報が入手できるようにはなったが、情報の色味のようなところまではわからない。
このギャップを埋めるために、できる限り講演会やシンポジウムには参加するようにしている。しかし講師やパネリストのほとんどは物見遊山の気分であるらしく、ひとしきり自慢話をしたあと、少しだけ最新情報らしきものを付け加えるといったケースが多い。
主催する側も少しは考えたらどうかと思うことが多いが、どこかの助成金でまかなっているのだとしたら、一応のアリバイ作り程度に考えていたとしても仕方がない。
二月に経済同友会の尾道支部が主催するセミナーがあったので問い合わせたら、一般参加でもかまわないというので出かけた。商工会議所の会議室が会場であったが、入ってみると高齢者の方が多い。しかも夜にも関わらず全員がネクタイに背広姿である。来るところではなかったと思ったが、寒い中を自転車で来たのだからと我慢して聞くことにした。
諸氏の挨拶の後で竹村真一さんが紹介された。思いもよらずタートルネックにジャケットという軽装である。お年も若い。あれっと思いつつ耳を傾けるうち、話に引き込まれていった。
内容自体は割愛するが、どうも今回が二度目のセミナーになるらしい。何回来て話しても同じことだから、なにか一緒にやりませんかと、しきりにおっしゃる。何もすることがなければ時間の無駄になるから、もう来る必要はないというお考えのようだ。小遣い稼ぎが目的と思われる講師が多いなか、珍しい人もいるものだと感心した。話の内容もしごくまともである。
私が考えていたこととセミナーのテーマと少し重なる部分があったので、終了後に一分ほど立ち話をした。それでは資料を送ってくださいと名刺を渡されたので、その日のうちにメールで送った。
ほどなくして返信があり、もう少し詳しく説明してほしいとのことである。まとめてあったとはいえ一枚きりの簡単なもので深く考えていたわけではない。どうまとめようかと悩んだが、けっきょくは「思い」のようなことをセミナーでのキーワードを手がかりに書いて送った。
すると、自分の構想を尾道で実現できる確信が持てた、さっそく三月末に現地調査をしたいとのご返事である。セミナーには市長も出席していたので、そのときは市とすでに連携して動いているものだとばかり思っていた。あとで聞くところによると、構想自体が二月のセミナーで初めて披瀝されたものであったらしい。
市当局の迅速な対応もあり、二日間の現地調査も無事終了した。五月中にはプロトタイプができあがり、六月にはデモンストレーションを兼ねたワークショップが開かれる運びになっているようだ。「尾道ナビ計画(仮称)」として正式にスタートする段階まですすんでいるとのことだ。
セミナーでの発言もそうであるが、学者にしては珍しいスピード感あふれる行動には圧倒されっぱなしである。ちょっとしたきっかけの出会いであるし、まだ半年も経っていないのにプロジェクトとして具体化し始めている。いまでも狐につままれたような気分だ。
関連資料:ケータイで尾道観光ナビ 中国新聞備後版 2002年7月2日33面
(金森國臣 2002年5月17日)
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