はちゃめちゃで「ようわからん」
尾道“伝説の画家”サントクさん
知る人ぞ知る尾道の画家、サントクさん(60)には、数々の逸話がある。
向島へ戻る渡船の最終便を逃し、泳いで渡った。妻に愛想を尽かされ、逃げられた。娘2人はべっぴんらしい……。
「造船のバイトから帰ったら、家財道具が持ち出されてた。娘たちはまだ、幼稚園だったかな。一人になって、知らない間に離婚届を出されてて」。笑うと、眼鏡の奥で大きな眼が消え入ってしまう。
路地裏の古めかしい蔵の一室。アトリエとして、知人が無償で貸してくれている。
形が見えたり隠れたりする中間的な色調。抽象でもあり具象でもある曖昧さ。それがサントクさんの世界だと、ある画家は評する。
「いや、自分は、揺れてるいうんか、ぶれてるいうんか、画風が……」。腕組みし、黙り込む。「まあ、ようわからんですよ」。照れるたび、たばこに火を付ける。
◎
県立尾道北高を出て上京した。学園紛争の真っただ中。予備校への道すがら、催涙ガスが目に染みた。
受験に3度失敗。10年ほどして年子の姉妹が生まれた。夢半ばで帰郷した。「それからずっと、バイト人生」。右耳が聞こえにくいのは、舗装で使った電動工具のごう音のせいらしい。
尾道市潮見町のなかた美術館では、クリスマスまで「瀬戸内の作家展 高田三徳(みつのり)の世界」が続く。本名で呼ばれることはまずないが、美術団体・国画会の公募展で「国画賞」と新人賞に輝いたコラージュ、油彩など、サントクさん史上最多の57点を集めた、紛れもなくサントクさんの個展だ。
今月3日の「アーティスト・トーク」。主役は、薄汚れたスニーカーで現れた。「口下手」なうえに、二日酔い。前の晩、仲間2人と出くわし、コンビニで買った缶ビールを海岸で飲んだ後、またも酔いつぶれるまでハシゴした。
トークが途切れ、しどろもどろになって頭をかく。約60人のファンが、温かく笑う。
「絵って、好きじゃなかったんだけど」。やぶから棒に語り出し、会場の空気が一変する。「長年やってるから、何とかものにしないといけないと思ってるんですけど」。そう、サントクさんは、ただの酒飲みではない。
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絵はめったに売れない。だけども10月下旬、仲間たちとニューヨークに飛んだ。抽象表現主義の代表的作家で「ぶち好きじゃった」デ・クーニングの回顧展が、たまたま開催中だった。
帰りに、東京で下の娘の家に泊まった。「個展、クリスマスに見に行くね」と約束してくれた。確か29か30歳で、大学生。高校生の頃、約10年の断絶を超えて突然、尾道まで訪ねてきた。以来、2人の娘と交流を保っている。
「恨まれてないのは確か、かなあ。べっぴんじゃないですけど」。また1本、紫煙をくゆらせた。(布施勇如)
(2011年11月11日 読売新聞)
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