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現在の日本で活躍目覚ましいピアニストの一人として、辻井伸行さんの名前を挙げることに異論はないでしょう。リサイタルのほか、オーケストラや室内楽の共演など、手を変え品を変え、その多彩な演奏活動や、スケジュールの多忙さには驚かされます。
辻井さんの演奏は、2004年10月の東京交響楽団第28回新潟定期演奏会(当時16歳!)で初めて演奏を聴かせていただいて感激して以来、何度も聴く機会がありましたが、とてもここでは紹介しきれません。
直近では、2025年10月に長岡市立劇場で「究極の室内楽
辻井伸行& ARKソロイスツ」を聴いて以来ですので、3か月ぶりです。単独のリサイタルとしては、コロナ禍前の2020年2月に開催されたりゅーとぴあでの「辻井伸行
日本ツアー2020 “バラード”」以来ですので、6年ぶりになります。
辻井さんのコンサートはもう何度も聴いていますし、平日夜の開催であり、それも真冬ですから、どうしようかと思案しましたが、主催者であるTeNYお得意の限定先行販売の文言に踊らされて、勢いでチケットを、一般発売のかなり前に買ってしまいました。「完売必至」とか「限定」「特別」という言葉には弱い私であり、この年になっても修行が足りないと深く反省しています。でも、席は選び放題で、いい場所のチケットを確保できましたけれど。
ということで、チケットの一般発売開始とともに即完売となった貴重なチケットを手にしたものの、毎年何枚ものチケットを無駄にしてきている私ですので、今回もそうならないことを祈りました。しかし、仕事もありますし、真冬の平日の夜の公演に行けるかどうかは定かでなく、行けないリスクを抱えながら、期待せずに静かにこの日を待ちました。
さて、今回の日本ツアー2026は「抒情と熱情」と題され、1月9日(金)の川越に始まり、3月8日(日)の大阪まで、全17公演開催され、新潟は12日(月)の市川に続いて3公演目になります。
プログラムは、モーツァルトの「幻想曲 ハ短調」、ベートーヴェンのピアノソナタ第23番「熱情」、グリーグの「抒情小曲集」よりの6曲、そしてチャイコフスキー(プレトニョフ編曲)の「くるみ割り人形」組曲と多彩です。芸術性がどうのというより、娯楽として楽しめそうなプログラムであり、軟弱な私にはぴったりな演目です。
なお、辻井さんは、このツアーが終わるとともに、「究極の協奏曲コンサート2026」と題して読売日本交響楽団(指揮:沼尻竜典)との共演を8公演行い、5月からは「音楽と絵画コンサート《印象派》」と題したツアーを9公演行い、6月にはトゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団(指揮:ペルトコスキ)との共演が5公演予定されています。
その活発な活動には驚くばかりであり、働き過ぎではないかと心配してしまいますが、余計なお世話なんでしょうね。
と、前置きが長くなりましたが、コンサートの日を迎えました。寒中の新潟ですので、大雪だったらどうしようかと思いましたが、幸い寒波の中休みで、比較的天候は落ち着いており、仕事も調整できて、予定通りに出かけることができました。
仕事を早めに切り上げて、雨・霰・雹と目まぐるしく変わる大荒れの天気の中に車を進め、りゅーとぴあへと向かいました。
白山公園駐車場は混雑していましたので、開演に遅れるリスクを回避するため方向転換して、西堀のコインパーキングに車をとめて、雨が降る中に急ぎ足で上古町から白山神社を抜け、りゅーとぴあ入りしました。
チラシ集めなどしていましたら、係員に早く入場するように促され、急いで入場しました。ホワイエでは、女子トイレに長い列ができていたほか、辻井さんのCD販売が行われていて賑わっていました。それを横目にホールに入り、2階正面前方の席に着きました。
席はどんどんと埋まって行き、チケット完売だけあって、びっしりと満席のホールは壮観です。新年になって、清塚信也さん、高嶋ちさ子さんと12人のヴァイオリニスト、そして辻井伸行さんと、満席の公演が続き、りゅーとぴあの新年のスタートは幸先が良いようですね。
この調子で今年も賑わっていただきたいですが、残念極まりない Noism 問題もあり、個人的には暗雲に包まれたりゅーとぴあに思われます。
話が横道にそれましたが、満席のホールは開演を待つ熱気に包まれました。割合的には女性客がかなり多いですが、子供から老人まで年齢層は幅広く、辻井さん人気の奥深さが伺えました。
予定開演時間から2分ほど遅れて、係員に手を引かれて辻井さんが登場しました。ピアノに手を添えて一礼して着席し、鍵盤の位置を入念に確認し、モーツァルトの「幻想曲
ハ短調」で開演しました。
強靭な和音の後に、ゆったりと曲が始まりました。柔らかく曲が進むと思いきや、強い和音が掻き消しました。1音1音をはっきりと、クリアに響かせました。ピアノの音量は豊かでで、耳を澄ませるような弱音はなく、パワフルさが目立ちました。力強さを感じさせて曲が終わりました。
辻井さんが椅子から立ち上がるとともに大きな拍手が贈られて、正面→右→左→後方→再び正面と、四方に丁寧に礼をして、係員に手を引かれて退場しました。
長めのインターバルがあり、この間に遅れてきた観客が席に着き、しばらく経って、手を引かれて辻井さんが登場して、2曲目はベートーヴェンのピアノソナタ第23番「熱情」です。
第1楽章は、少し乱れながらもダイナミックに始まりました。アクセントを大きく付けて、デフォルメされた音楽は、まさに辻井ワールドの炸裂です。猛スピードの機関銃の連射に心は打ち抜かれ、鍵盤の乱れ打ちに圧倒され、そのパワーにひれ伏しました。
第2楽章も音量豊かに始まりました。緩徐楽章のはずですが、速めにパワフルに演奏が進み、ゆったりとする間は全くありませんでした。
切れ目なく続く第3楽章は、パワフルでスピード感に溢れ、その流れのままに突き進みました。悪く言えば、一本調子にも乱暴にも感じましたが、あふれ出るエネルギーとスピード感に圧倒され、いくらなんでも飛ばし過ぎだろうと思うほどでした。
こんな演奏は辻井さんならではであり、唖然として聴きほれるのみでした。心の中の邪念は一掃され、胸の高鳴りだけが残り、心を震わせました。
大きな拍手に応えて、四方に礼をして退場し、鳴りやまない拍手にもう一度出てきて拍手に応えて休憩になりました。
休憩時間が終わって、手を引かれて辻井さんが登場し、後半はグリーグの「抒情小曲集」からの6曲で開演しました。
「アリエッタ」は、優しく、ゆったりとした演奏でしたが、音量は豊かであり、繊細な印象はありませんでした。
「ワルツ」は、軽快にリズムを刻んで始まり、後半は少し粗暴にも感じられる場面もありましたが、静かに終わりました。
「愛の歌」は、しんみりとメランコリックに始まり、優しい響きで秘めた思いを歌うようでした。胸にこみ上げる思いが高まり、再び静かに終わりました。
「小人の行列」は、激しく、せわしなくリズムを刻み、その後足を止めて、ゆったりと休み、安らぎの時間が訪れました。そして再びせわしなく歩き出し、猛スピードで走り抜けて終わりました。
「夜想曲」は、ゆったりと、愁いを感じさせながら始まりました。高音の連打の煌めきにはっとして、音の流れに身を委ね、うっとりと聴き入りました。これまでの演奏にはなかった繊細な音が心に沁みて、静かに終わりました。
最後の「トロルドハウゲンの婚礼の日」は、トロルたちが踊るように少しおどけてステップを踏み、そして激しくスピードアップしてエネルギーを増しました。愛をささやくような緩徐部をはさんでうっとりとさせ、再び楽しくリズムを刻み、走って行きました。どんどんとスピードを上げて、パワーアップして興奮をもたらして終わりました。
激しい演奏からは、妖精たちの丘というより魔物たちの巣窟という印象を感じましたが、ダイナミックな演奏は否応なく楽しめました。大きな拍手に応えて四方に丁寧に礼をして退場しました。
少し間をおいて辻井さんが登場し、最後はプレトニョフ編曲によるチャイコフスキーの「くるみ割り人形」組曲です。オーケストラ演奏ではお馴染みのメロディが次々と出てきましたが、編曲の良さもあって楽しく聴かせていただきました。
「行進曲」は、軽快に始まり、猛スピードで飛ばしました。「金平糖の精の踊り」は、ゆっくりとミステリアスに音を刻みました。ピアノの音がチェレスタに聴こえたのは辻井マジックでしょうか。
「タランテラ」は、速足で進み、激しくパワフルに燃えました。「間奏曲」は、ゆったりと穏やかに進みましたが、力強さは保ち続け、大きなうねりやゆらぎを作って熱く燃え、壮大に盛り上げて胸を熱くしました。
「トレパーク」は、軽快にスピーディに盛り上げました。「中国の踊り」は、力強く足踏みをして、パワフルに突き進みました。
最後の「アンダンテ・マエストーソ」は、ゆったりと、しっとりと、大きなうねりを作って盛り上げて、聴く者の感情を高揚させました。メラメラとした胸の高鳴りをもたらし、しっとりと終わりましたが、フィナーレにふさわしい熱い演奏に圧倒され、オーケストラを聴いたかのような芳醇な響きに感動しました。
ホールに大きな感動をもたらし、割れんばかりの拍手が贈られて、辻井さんは四方に礼をして、カーテンコールが繰り返され、その度に丁寧に礼をしていました。
大きな拍手に応えて椅子に着席し、アンコールとしてショパンの「ノクターン第20番」を、しっとりと、しかし熱く演奏して感動を誘いました。
再びカーテンコールが繰り返されたのち、辻井さんによる挨拶があり、今回DGから発売された2枚目のCDの宣伝がありました。ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番と今日のプログラムの「くるみ割り人形」などが収録されているそうでした。
さらに、まだ未発表ですが、9月にペトレンコ指揮ロイヤル・リヴァプール・フィルとともにこのホールに来演するとの話があり、客席が盛り上がりました。
そしてアンコール2曲目として、辻井さんの曲目紹介の後、CDに収録されているというラフマニノフの「ここはすばらしい場所」が演奏されました。しっとりと、もの悲しく、メランコリックに、甘いラフマニノフの世界が繰り広げられ、音の美しさに酔いました。
ホールを埋めた聴衆に大きな感動をもたらして、カーテンコールが繰り返され、ここで帰る客も少なからずおられましたが、再び辻井さんのお話があり、自作曲の「川のささやき」が演奏されました。
この曲は2008年3月の新潟での初リサイタルで演奏され、CDも持っているのですが、優しさに満ちた爽やかな曲であり、心が穏やかになり、癒されるようでした。
このまましっとりとした余韻の中で終わるはずはなく、カーテンコールの後に無言で椅子に座って、曲紹介もなく、ベートーヴェンの「月光」の第3楽章が演奏されました。
これはもう最後を飾るにふさわしい演奏でした。猛スピードで大爆発して、熱き血潮が噴き上がりました。そのパワーに圧倒され、ひれ伏し、客席は興奮のるつぼと化して、ブラボーとスタンディングオベーションの中に終演となりました。
全体を通して振り返りますと、コンサートのタイトル通りに「抒情と熱情」を感じることができました。パワーに溢れて、ミスタッチも何のその、ちょっと乱暴にも思えるほどでしたが、ダイナミックな演奏で観衆を魅了しました。
その分繊細さは排除されたようにも感じましたが、滲み出る優しさが要所要所で感じられ、辻さんの人柄が現れているようでした。そんな優しさとは裏腹の、内に秘めたマグマのようなパワーには恐れ入りました。
各曲とも大きくデフォルメされた印象がありますが、音楽が辻井さんの体の中で消化されて再構成され、新たな命が吹き込まれ、辻井さんの音楽として表出され、それが聴衆の心を魅了して感動をもたらすものと思います。
多彩な演目で楽しませ、アンコールもたっぷりとあり、お腹いっぱいに大きな満足感をいただきました。無理してでも行く価値のある素晴らしいコンサートでした。
ハンディキャップがあるなしに関わらず、傑出したアーティストであり、唯一無二の存在だと思います。働き過ぎが気になりますが、9月の新潟への来演を楽しみに待ちたいと思います。行けるかどうかはわかりませんけれど、チケットは完売必至ですね。
大きな感動と高揚感とともに外に出ますと、強い雨が降り続いていました。天気は悪かったですが、気分は爽やかでした。人通りのない雨の白山神社を抜けて、静かな上古町を歩き、駐車場へと急ぎ足で向かいました。
追記:辻井さんが新潟公演についてのコメントを記されておられます。
→https://www.instagram.com/p/DTiB4Z3CcjL/?hl=ja
(客席:2階C3-7、S席:¥8500) |