軍事用語のサイト

サイトマップ
軍事用語サイトのトップページへ戻る 自己紹介 サービス内容 お問い合せ

歌集しがらみ

目次

大正六年

大正七年

大正八年

大正九年

大正十年

編輯雑記

歌集しがらみ(中村憲吉)

歌集しがらみ(大正六年)

歌集しがらみ』の「大正六年」部分のテキストです。他の項目には、左のカラムからジャンプしてください。

林泉集』(中村憲吉)も全編テキストにしています。こちらも御覧ください。

凡例:

  • 旧字旧仮名です。 旧字が存在しない場合は、新字にしています。
  • JISコード外漢字は、〓のあとに組み合わせ文字で表しています。
  • 《 》は金森による註記です。おもにルビを示しています。

(2013年4月 金森国臣)(2013年5月 飯→、瀬→P)


大正六年

大正六年 (七四首)

雨蛙

土間のうへに燕くだれり梅雨ぐもり用もちて今日は人の來らず  《用もちて(ようもちて)》

氣のつけば柱のうへの大時計二時をうちたり宜べや久しみ  《宜べや(うべや)》

筆おきて我がしづまれり店の間に雨くらくなりて蛙きこゆる 《蛙(かはづ)》

家のうちの音靜みかも蛙ひとつこゑ透り鳴く奥の庭より 《蛙(かはづ)》

めづらしく庭に鳴けるは背戸川のかはづがのぼり樹に鳴けるらむ

消息をあまた書きしが物云ひて言葉つたなき寂しさ湧くも

梅雨の日は部屋のくらきぞ寂しけれ書きたる文を巻きてわが居り

店の間のあかり薄らみ道路より土にほひつつ雨ふらんとす

忘れたる晝餉にたちぬ部屋ごとに暗くさみしき疊のしめり 《晝餉(ひるげ)、疊(たたみ)》

いそがしく蛙は庭に鳴き止みぬすなはち雨の家をめぐるおと 《蛙(かはづ)》

家のうちの明るきとこに膳を据ゑおくれしをひとり食みけり 《(いひ)、食みけり(はみけり)》

雨のおと蛙が鳴くに箸とめぬ障子のそとに鳴くところ近し 《蛙(かはづ)》

家のうちへ聲のとほりて鳴くかはづ襖みな開きて奥庭あをし

夕雨

夕ぐれは端居の鍋にもの焚きて食すによきほど雨したたれり 《食す(をす)》

ゆふさめの寒からぬほどは石にふり濡れそぼちゆく鷄頭のはな

砌よりこほろぎ鳴けり夕雨にやゝやゝ濡れし鷄頭のはな

たまさかの雨におちつく吾がゆふ餉妻にくはしき物言ひにけり

夕餉にて妻より聞ける村びとの身の起りごとこゝろに沁むも

夕雨にしみじみ見れば崖したの塀のそとには刈小田も見ゆ 《刈小田(かりをだ)》

背戸を行く下男に用を云ひとめて答ききて居り雨にぬらしむ

降る雨の細になりし夕つかた屋敷水車の搗きいでにけり 《細(こまか)》

崖したに搗きはじめたる水ぐるま人くだり行く頭かくれつ

夕餉あと煙草燻らし來てみれば六尺桶が乾され雨にぬれたり 《燻らし(くゆらし)》

秋のあめ外暮れがたみ行く人の傘のうへにはまだ明りあり

冷寒

夕かげの小藤がもとの屋敷川せせらぎ澄みて秋づきにけり 《小藤(こふぢ)》

端居よりとほくし見ゆる倉間のコスモスの揺れ秋づきにけり 《倉間(くらあひ)》

食料に買ひたる鷄が放ちあり夕雨のなかに濡れて佗びしき 《食料(くひしろ)》

ゆふ寒き雨にぞ濡るれ庭の鷄鳴くときはいきの白じらとあはれ 《鷄(とり)》

夕雨につぶさに濡れし裏山の木ぬれの黄葉眼に染みにけり 《木ぬれ(こぬれ)、黄葉(もみぢ)》

秋情

いとはやく素枯れたる木の背戸の合歓ほそ枝に寒く日が傾きぬ 《背戸(せど)、ほそ枝(ほそ江)、傾きぬ(かたぶきぬ)、「素枯れる」とあったので何かと思ったら「尽れる・末枯れる」がどうも正しい表記のようです。意味は「草木などが、冬が近づいて枯れはじめる。」》

日の暮れの寒さにとほる庭の端木下の鷄屋にくぐもりのこゑ 《庭の端(にはのつま)、木下(こした)、鷄屋(とや)》

さみしさに心はむかふ我が今日も夕かたまけて口かず減るも

日の暮れに物を思へかわき知らに山に對ひて吾が疲れたり 《對ひて(むかひて)》

下思ひの頻きてかなしきこの夕も早くきたりて鴨が田に居り 《下思ひ(したもひ)、頻きて(しきて)》

眼にとめて吾れも寂しき日暮れがた刈田のうへに穂をひらふ見ゆ 《刈田(かりた)》

向ひ山かぜ騒立ちぬこの宿のはやき夕戸を吹き揺するべみ 《騒立ちぬ(さわだちぬ)、夕戸(ゆふど)》

おのづから栖におくれたる庭鳥の梯子にのぼる夕寒みかも 《栖(す)、夕寒み(ゆふさむみ)》

砲車隊

峽間より兵きたる見ゆ遠くにて此處にきこゆる聲あげてをり

峽間よりうごき來るもの砲兵隊の車馬のとどろき近づきにけり

兵を待つ宿驛は日〓(門/更)くれ軒したの馬盥のみづに塵の浮びぬ 《宿驛(まや)、馬盥(まだらひ)、ひたくれなゐ 【直紅】全体が紅色であること(さま)》

朝照らふ宿驛に入りくる先頭の馬上のへいのかげの大きさ 《宿驛(まや)》

峽驛の家ひくみかも騎馬兵のあたま竝びて軒べを行くも 《峽驛(けふ江き)、竝びて(ならびて)》

宿驛路をならびてとほる兵たいの顏をさみしみいちいち見るも 《宿驛路(うまやぢ)》

店さきの障子の棧へ震ひつつ砲車の列のひさしくとほる

砲のかげ馬のかげより徒ち歩む兵はつかれて汗あえにけり 《徒ち歩む(かちあゆむ)》

砲車隊とまる音おもし然すがに馬上にねむる兵おどろくも 《然すがに(しかすがに)》

頸竝めて隊にまじれるあはれなる毛物や馬の嘶きとまる 《頸竝めて(くびなめて)、嘶き(いななき)》

軒による馬のむれより家のうちへ寂しくにほふ毛だものの汗

峽ふかき宿驛に兵とまり馬のにほひ革の匂ひの滿ちにけるかも 《峽(かひ)、宿驛(まや)》

騒めきて兵を犒らふ宿驛のなかに役場吏員はこゑ嗄しけり 《犒らふ(ねぎらふ)、宿驛(まや)、嗄し(からし)》

馬によりて砲車をつなぐ音せはし大休止過ぎの喇叭の鳴るも 《大休止(だいきうし)》

秋づけば必ずとほる砲兵隊の今日もとほりて國越えにけり

行軍の馬のにほひは夕まけてこの宿驛路にいまだ殘れり 《宿驛路(うまやぢ)》

日ぐれなほ宿驛に馬糞を掃きてゐる村小使の
ひとり寂しき 《宿驛(まや)、村小使(むらこづかひ)》

家人多病

長月の旅の霖雨にこやりゐる弟を置きて家にかへるも 《長月(ながつき)、霖雨(ながさめ)、弟(おとと)》

くさまくら旅にふたりの病人を守り疲れつつ秋に遇ひにけり 《病人(やまうど)》

この夜ごろ氷割りにとまだ行ける水屋がしたは蟲鳴きそめぬ

山の家にかへれば日日にかぜ寒し病のあとを妻の疲れたる 《日日(ひび)》

山家住み醫師にこと缺くうれひ多しみな健やかにあらなとぞ思ふ 《山家住み(やまがずみ)》

河岩の上

ひんがしの山田のいろの秋づけば西山のもとにふかく鳴る河

夕ふされば早く蔭りて鳴りしづむ山川へ下りて一人きき居り 《山川(やまがは)》

山川の日ぐれの岩にひとり居れり川魚の飛びの暗くなるまでに

山川のP音さみしくうつし身は岩に座冷えて屁をもらしたる 《座冷えて(ゐひえて)》

日暮るれば山へさやかに響かへり我れをつつみて久しきPのおと 《日暮るれば(ひぐるれば)、響かへり(ひびかへり)》

夏山

持ち山は繁樹になりぬ見廻りて啼く鳥さへも愛しき夏山 《繁樹(しげき)、愛しき(はしき)》

夏山をめぐりつかれて日暮れがたとなりの國の出雲へくだる

初笑

百日餘りすでに肥立ちしみどり兒に人の笑ひの貌ととのふ 《百日餘り(ももかまり)、笑ひ(ゑまひ)》

父われの腕のうへに眠りたる嬰兒の唇のものを笑みたる 《腕(かひな)、嬰兒(みどりご)、唇(くち)》

ねむり續ぐ子なれどすでに眉引はあらそひ難ねて女さびたる 《眉引(まゆびき)、難ねて(かねて)、女(をみな)》

麗しき日向へつれぬみどり兒の柔頬は透きて血潮さすみゆ 《日向(ひなた)、柔頬(にこほ)》

みどり兒は花を食べたらし口拭けば小指につきて萼いでたり 《小指(をゆび)、萼(うてな)、花の萼(がく、うてな)》

みどり兒のしづもる見ればわが胸のシヤツの釦を抓みつつ居り 《釦(ぼたん)、抓みつつ(つまみつつ)》

親ごころ愚かになりぬ抱ける兒のすでに寢息の靜けき見れば

部屋の隅に眠らしめつつみどり兒にこと語り居りわかき母あはれ (一月二十四日。長女生る。)


プライバシーポリシー

Copyright(C) 2002-2019 TermWorks All Rights Reserved.