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林泉集

目次

大正五年

大正四年

大正三年

大正二年

林泉集(中村憲吉)

林泉集(大正五年)

林泉集』の「大正五年」部分のテキストです。他の項目には、左のカラムからジャンプしてください。

歌集『しがらみ』(中村憲吉著)も全編テキストにしています。こちらも御覧ください。

凡例:

  • 旧字旧仮名です。 旧字が存在しない場合は、新字にしています。
  • JISコード外漢字は、〓のあとに組み合わせ文字で表しています。
  • 《 》は金森による註記です。おもにルビを示しています。

(2013年6月 金森国臣)


大正五年

大正五年 (八月迄)

磯の光

一 岩かげ

身はすでに私ならずとおもひつつ涙おちたりまさに愛しく 《私(わたくし)、愛しく(かなしく)》

もの思ひおもひ敢へなく現つつなり磯岩かげのうしほの光 《現つつ(うつつ)》

わたつ海の後の岩のかげにして妻に言らせる母のこゑすも 《わたつ海(わたつみ)、後(うしろ)、言らせる(のらせる)》

岩かげの光る潮より風は吹き幽かに聞けば新妻のこゑ 《幽かに(かすかに)、新妻(にひづま)》

磯潮のひかりを浴みて斯くのみに常に眞幸くあらんと思へや 《浴みて(あみて)、眞幸く(まさきく)、思へや(もへや)》

みじか世のいのちと思へば漲らふ潮のひかりも在りがてぬかも 《潮(しほ)》

短か世のつまと思へばうら愛しひとりの時の涙しらすな 《うら愛し(うらがなし)》

磯榁の樹皮こぼるる日のさかりおのづから悲しひとり思へば 《磯榁(いそむろ)、樹皮(こがわ)》

岩かげの潮のひかりを飽くまでに見し明らむるたづき知らずも 《見し明らむる(めしあきらむる)》

磯潮は岩にひかりて堰かるれどせき敢へぬかも一人なみだは 《堰かる(せかる)》

みなぎらふ潮のひかりはおほけなし眼を開きて居て如何にわがせむ

二 晝磯

來しかたの悔しさ思へば晝磯になみだ流れて居たりけるかも 《思へば(もへば)》

こし方の悔しさおほし低頭してなみだ流すも慰めと思へ 《低頭(ていづ)》

三 海の珠

おぎろなき息をもらせり内の海八十島かげに水のひかれば 《八十島(やそしま)》

光る海の珠拾ひつつ磯かげの山かた附きて行かす母かも 《光る海(ひかるみ)》

磯を行くひまだに母はあはれなり我が新妻を愛しみたまへり 《愛しみ(をしみ)》

おほけなく涙おちたり生ありてあり磯の珠も母と拾へば 《生ありて(しやうありて)》

はしけやし母と妻とがむつぶ濱珠ひろふ間を岩がくり來ぬ

ひとり來てかなしき我れや磯の波光り沫吹けばまして愛しき 《沫吹けば(しぶけば)、愛しき(かなしき)》

小松山磯山かげの深き海思ひふかめて我れに寄りきや

たまさかに歡ぶわれと思へかも晝磯のうへに涙とどめざらむ

四 島の裏に來りて

山かげの海べを見れば松の間にゆふべ寂しく草を刈る人

ひた寂し聞きつつ居れば松山の夕海岸に草を刈る音 《夕海岸(ゆふうなぎし)》

島山を下ればさみし隱り江のむかうに暮るるふかき松山 《隱り江(こもりえ)》

山したに夕さりくれば潮ふかし人草をかりて山へ去りにし

このわたり家居は何處ぞ草かりて磯松山に人隱れたり 《家居(いへゐ)》

妹として山にて聞けばかすかなり山した海のゆふ潮のおと 《妹(いも)》

このゆふべ所縁はふかし山かげの深滿しほを聞かざらめやも 《所縁(しよえん)、深滿しほ(ふかみちしほ)》

離れ島磯にゆふ星ひかりそめ命をもちて轉たさびしき 《轉た(うたた)》

五 夕潮

磯のうへに夕潮の香はほのかなり舟にかへれば外舅ひとりあはれ 《外舅(ちち)》

舟の上によろこぶ人も眼になみだ洒にし醉へばもの思ひたらむ

いにしへの湊のなかの離れ島人すまぬ磯にひと日くらせり

離れ島磯わにのこる夕光かつがつ妻が言惜しみける 《夕光(ゆふびかり)、言惜しみ(ことおしみ)》

山かげよ見ればか悲しゆふ潮の八重折る海はいまだ明かり (六月作) 《八重折る(やへをる)、明かり(あかかり)》

向日葵花

おほほしく曇りて暑し眼のまへの大き向日葵花は揺すれず 《向日葵(ひまはり)》

曇り影すでに深かけば日まはりの大輸の花は傾きにけり 《大輸(だいりん)》

あからひく大向日葵のもとに立ち息づき餘すふかき曇りを 《大向日葵(おほひまはり)》

おほほしき曇りのなかに向日葵のにほひは深くながれざりけり

ちかづきて曇りのふかき向日葵の大きなる花に顏を寄せけり

顏寄せてやや動きたる向日葵の大きなる花は熱あるをおぼゆ

くもりたる四邉を聞けば向日葵の花心にうなる山蜂のおと 《四邉(あたり)、花心(くわしん)、山蜂(やまばち)》

くもり日の音を少なみ立ちつくす眼にわづらはし向日葵の花

なやましく漸く風の吹きたれば重くゆすれし向日葵のはな 《漸く(やうやく)》

ちまたより埃にほひて流れたり曇りのふかきこの庭ぬちに

夏の土ふかく曇れりふところに蝉を鳴かせて童子行きたり (八月作)

靄の夜

舗道の家壁のかげのき靄夜くだちながら人の居るこゑ 《舗道(いしみち)、家壁(やかべ)》

き靄ちかくながれてわが息の長息にふかく慣れがたきかも 《長息(なげき)》

あをき靄ながれて夜はふかけれど舗道の上はまだ乾きたり 《舗道(いしみち)》

乾きたるこの舗道に錢おとし四邉にひびく靄のふかきに 《舗道(いしみち)、四邉(あたり)》

街なかに水欲しくなり小夜ふかし乾ける道を行きがてぬかも

小夜ふかく路樹に觸ればうらがなし萎へし葉には塵たまりたり 《路樹(ろじゆ)、觸れば(さわれば)、萎へし(しなへし)》

靄ふかき路樹のとほくの灯のあかり店閉ざすらん疊を叩く音 《灯(ひ)》

街なかに風ふきたればき靄ちかくながれて居たりけるかも (八月作)

星の尾

宵ごとに空美しくなりにけり尾をひく星の頻りにあはれ 《頻り(しきり)》

わくらばに眼にとどまれる夏の夜の星よりかなし値ひがたからむ (折にふれて、七月作) 《値ひ(あひ)》

槻の道

大竝樹槻よりわたる若葉かぜ我がはなひれば寂しくし覺ゆ 《大竝樹(おほなみき)、槻(つき)》

煉瓦家の深きかげ行けば若葉かぜ濃く吹き渡る槻の大幹 《煉瓦家(れんぐわや)、大幹(おほみき)》

槻わか葉さやさや映る煉瓦みち行きつつ我れの素肌さみしも 《煉瓦(れんぐわ)》

槻竝の下かげ行けば煉瓦みち靴おと響くその家かげへ 《槻竝(つきなみ)、煉瓦(れんぐわ)》

蔭ふかき槻の大樹の一ならび木柵に寄りて遠き人來も 《大樹(おほき)、木柵(もくさく)》

高槻の濃き芽をふけば赤れんぐわヘ室のとほりは夏になりたり

あをし槻の竝樹の赤煉瓦日の射す壁は眼に染みいたし 《竝樹(なみき)》

槻竝に風ふきしかば坂したに若葉かたまり光りたる見ゆ 《槻竝(つきなみ)》

ゆふ日さす槻の葉かげにヘ室は戸を鎖したり深きゆふ戸を 《鎖したり(とざしたり)》

槻の道ゆふ日が霧ればもの蔭に醫科大學の鷄なきにけり 《霧れば(きれば)、鷄(かけ)》

夕まけて下かげふかき槻のみち下枝にゆるるわか葉すくなし 《下枝(しづえ)》

大幹の槻竝なれば向う側やや先はくらく近づく足音

使丁ひとり竝樹をよぎり夕まぐれ建物の壁に消えたるあはれ 《使丁(してい)》

ヘ室のくらき戸口に人のかげヘ授の車夫の待ち居るならむ

ヘ室の槻の葉かげに燈火つき校内はふかく夕ぐれにけり 《燈火(あかり)》

槻のかげヘ室通りの夕扉よりひと出て行けり扉の締まる音 《夕扉(ゆふと)》

晴闇に星こそ見ゆれさやさやと槻の葉ゆるる頭の上に (五月作)

壕製藥

若葉深くわが入り來れば製藥の匂ひはふかしわが眞近くに 《眞近く(まぢかく)》

藥にほふ若葉がかげに硝子窓ふかく鎖して家こもりけり 《硝子窓(がらすまど)》

赤羅ひく晝にこぼせる藥液の烟れるならん匂ひつよきは 《赤羅(あから)》

黄に揺るる若葉のなか眞日の照り藥のにほひ焦げ臭くおぼゆ 《眞日(まひ)》

藥の香劇しく吹けばわか葉より国fを吐きて吹く心地すれ 《劇しく(はげしく)》

この路の目のかぎりなる若葉より国fしたたる心地こそすれ

製藥のにほひを嗅げば群肝のこころは痛む若葉が中に 《群肝(むらぎも)》

春ふかき若葉かげより製藥の匂ひのするは寂しかりけれ (五月作)

春すぎて若葉靜かになりにけり此の靜けさの過ぎざらめやも

眞日透きてわか葉かさなる深みどり匂ひしたしもわが衝く息に 《眞日(まひ)》

若葉かげ深きかげにて眼をひらきわが魂いのち怪しく思ほゆ 《魂(たま)、怪しく(けしく)》

我がいのち怪異に目覺めぬ深わか葉うつし身の肌にくひかれば 《怪異(けい)》

潜まりて小鳥は啼けり深わか葉蟲のうまるる臭氣を感ず 《潜まりて(くぐまりて)、臭氣(しうき)》

わか葉より小鳥墜ちつつ窒モりて相交歡べりその下草に 《相交歡べり(あひよろこべり)、下草(したぐさ)》

若葉かぜ下かぜふけば帽子とりて汗を吹かせぬ現つならめや 《現つ(うつ)》

わか葉蔭した風吹きてひたすらに日覺むるものの限りあらんや (五月作)

草刈舟

おほ君の御城を見ればみんなみの御ほりの岸に草長けにけり 《御城(みしろ)、御ほり(みほり)、長け(たけ)》

五月雨の草しげれれや大御城み濠に居りて草を刈る舟 《大御城(おほみしろ)》

みかほりに乏し雨ふり松のした漕ぎゆき濡るる草かり小舟 《乏し(ともし)》

さみだれの御城の土手に愛しく人の居る見ゆ草を刈る人 《愛しく(めづらしく)》

五月雨の濠にゐる鴨けふは居ず草かり舟の漕ぎくだる見ゆ

み濠べに雨間あぐれば草積みて棹差しかへるひとつ舟かも 《雨間(あまま)》

大きみの高宮がきのき土手目につくゆゑに貴く思ほゆ 《高宮(たかみや)》

さみだれの高宮垣の放ちみづ落ちたぎつ見ゆ濠かげの水に (五月作) 《高宮垣(たかみやがき)》

水の音

この夕も夕餉に寄りて父母は山した川をちかく聞くならむ 《夕餉(ゆふげ)、父母(おもちち)》

夏されば布努の峽のふるき里ふかく暮れつつ河音Cけむ 《布努(ふぬ)、峽(はざま)、河音(かはと)、Cけむ(さやけむ)》

ふる里の布努の河Pの夕のおと都に住めばうべ戀ひにけり 《河P(かはせ)》

初夏の庭は樹ぶかく暮れにけり水のおとこそ聞かまく欲しき 《樹ぶかく(こぶかく)》

街住居われは寂しも水のおと流るる音をきかず久しみ 《街住居(まちずまゐ)》

街住居小家にすめば水道の夜の滴りみづも曹オきものか 《小家(こいへ)、水道(すゐだう)、滴りみづ(たりみづ)》

夏夜ふけ寢つつし聞きぬ水道のしたたる音を耳のちかくに

朝顏の苗植ゑ居ればゆふぐれの遠きそらより雷震ひけり (五月作) 《雷(らい)》

暮春より初夏へ

春ふかく二階に住みて忘れたり人のみな行く寂しき土を

たまさかに街に出づれば埃つくわれの布子の寂しく思ほゆ 《布子(ぬのこ)》

春埃いく日吹きたる道ならん今朝見れば地肌露れにけり 《春埃(はるぼこり)》

春埃すでに吹かざり街行けば樹のかげおほくなりにけるかも

舗道の竝樹わか葉に風わたり明るき街となりにけるかも 《舗道(いしみち)、竝樹(なみき)》

夏さればこの夕かげに風おほし芽吹ける枝におほく渡るも

やや痩せてわかき吾づまが丹の襷ネルによろしき夏さりにけり 《吾づま(わづま)、丹の襷(にのたすき)》

あから引く眞晝の土に蔭おほし咲きて照りたる山吹の花 《眞晝(まひる)》

山吹の照りたる花が盛りなり隣やかたを見おろしたれば

晝庭に樹のかげおほみ山吹のしどろが花に風の渡るも 《晝庭(ひるには)》

日ならべて春雨ふれば末ながく山吹の花は土に散りたり 《日ならべて(けならべて)》

このゆふべ街巷のうへに愛らしく夕燒ぐものながるる見るも 《街巷(ちまた)、愛らしく(めづらしく)》

わが窓に散りて過ぎたる梅の枝かたき枝には若葉立ちけり (四月作)

藤なみの花

藤なみの花咲きにけり眞木柱わが新室の匂ひ住ろしも 《眞木柱(まきばしら)、新室(にひむろ)、住ろし(よろし)》

菅だたみ親しくねむる新むろの鉢の藤なみ總とけにけり 《菅だたみ(すげだたみ)、總(ふさ)》

新室に藤なみの花咲き埀りていく日しづかに寵りたるらむ

玉床の枕にちかく朝なさなは少し散りたる床の藤なみ 《玉床(たまどこ)》

日の暮れの障子あかりに埃吹き久しく思ほゆ床の藤なみ (四月作)

春の鴉

春あらし樹木の光りて塀のうへにくだれる鴉啼かざりにけり

近づきて塀のうへなる眞寂しき晝の鴉を見たりけるかも 《眞寂しき(まさみしき)》

光るかぜ現しけめやも近づきて大鴉をぞ見たりけるかも 《現し(うつし)、大鴉(おほがらす)》

街なかの埃しぬぎて來たるらん光りつかれて居る鴉はも

塀のうへに光りつかれて居るからす注ェの埃の寂しくし見ゆ 《注ェ(はね)》

あかね剌す眞ひる明けれ大がらす眼ぢかく下りて啼かざりにけり 《眼ぢかく(まぢかく)》

赤根さす晝に啼かざる大鴉もの忘れ人に似てしたるものか 《赤根(あかね)》

塀のうへに現つに光りくろぐろと嘴ふとく啼かざる鴉 《現つ(うつつ)》

塀のうへに嵐光ればしかすがに苦しくは啼くかKき鴉の

塀のうへに春日が霧ればうらがなし啼きたる鴉ひさしくは居ず 《春日(はるび)、霧れば(きれば)》

もの蔭の晝はしみらに寂しけれ埃がらすの久しく居るも

もの蔭の春し寂しも注ェのおと亞鉛の塀に鴉くだるも 《亞鉛(とたん)》

春眞ひる物かげにして啼くからす數多はなかずまうら悲しも 《數多(あまた)》

かさこそと亞鉛の塀に鴉くだり歩けばかなしその足癖が 《亞鉛(とたん)、足癖(あしぐせ)》

樹の芽立ちあらしの吹けば晝鴉街べの樹木に啼くが乏しも 《晝鴉(ひるがらす)、樹木(きぎ)》

街屋敷となりの杜にからす啼き頻きては啼かず眞日のひさしさ (四月作) 《街屋敷(まちやしき)、杜(もり)、頻き(しき)》

椿の嵐

洋館の椿をゆする疾ち風ピアノ鳴りつつ彈音はやし 《洋館(やうくわん)、疾ち(はやち)、彈音(だんおん)》

洋館のむかうの庭に赤き花つばきは騒ぐひと來ざりけり 《洋館(やうくわん)、騒ぐ(さやぐ)》

赤椿はやちの中に光りけりピアノの止みしそのたまゆらを 《赤椿(あかつばき)、止みし(やみし)》

限りなく春の嵐に吹きゆするる赤き椿は眼を疲らしむ 《眼(め)》

葉がくりに蟲を求めて鳴く小鳥秀枝に向きて鳴き移る見ゆ (四月作) 《秀枝(ほつえ)》

悼長塚節歌

春雨の東京驛に骨甕となりて着きたりあはれ節は 《骨甕(こつがめ)、節(たかし)》

きさらぎの筑紫の濱の松ばらに松葉ふむ音をききて死にけむ 《筑紫(つくし)》

春さむし根岸養生園に妹まつと椿のつぼみ見飽かざりしか 《養生園(やうじやうゑん)、妹(いも)》

長塚の節おもへば霜しろき柿の秀枝のひとつ雀あはれ (二月節追悼會席上作) 《節(たかし)、秀枝(ほつえ)》

磯の墓原

砂濱のかげの墓はら四邊にはちかく家むらも見えざりにけり 《四邊(あたり)》

濱かげにくだれば鹿籠はかくれたり濱の水ぎはの夕日墓原 《鹿籠(かご)》

鹿籠の街出づれば濱の夕づく日渚道より駄馬上る見ゆ 《渚道(なぎさみち)、駄馬(だば)》

夕濱に松二三本の小墓はら小徑はとほるその墓原に 《小徑(こみち)》

おのづから足疲るればゆふづく日汀におりて草鞋をしめす 《汀(みぎは)、草鞋(わらじ)》

わたつ海の入り日をうけて赤き濱あらはにならぶ小墓かなしも

あかあかと夕なみひたす渚べの靜けきものに竝ぶ墓原

渚にて聞けばさみしも物を言ひ磯墓はらを人通るこゑ

旅にして小墓のならぶ和田津海のゆふ日の磯に物念はざらむ 《和田津海(わたつみ)、念はざらむ(おもはざらむ)》

ゆふべ風吹くべくなりぬ然すがに薄ともしき磯の墓原 《然すが(しかすが)、薄(すすき)》

いにしへもこの夕濱をわが如く旅ゆき暮るる人のありけむ

夕ながら鹿寵の山野を越えんとす夕日に染みて磯をいそぐも 《鹿寵(かご)、山野(やまの)》

磯鶸の啼く音をききぬ日のくれに浦回急げばくらき岩間に 《磯鶸(いそひは)、浦回(うらわ)、岩間(いはま)》

日くるれば浦わ寂しき潮騒にひと眠るべしや小磯の墓に (數年前の南薩旅行より。三月作) 《潮騒(しほさゐ)》

雉子

春雨のこの降る雨の木がくりに雉子啼くなり遊べるらしも 《木がくり(こがくり)、雉子(きぎす)》

ゆふ尾根に遠く雉子の啼きたるは〓(木若)枝がくりに相逢ふならむ 《雉子(ぎぎす)、〓枝(しもと)、相逢ふ(あひあふ)》

ゆふ山に雉子啼きやみぬ雨のなか谷みづを飲みに下りにけらしも 《雉子(きじ)》

雨ごとに雉子の徑のわなの木の芽を吹き緩む春さりにけり 《雉子(きぎす)、緩む(ゆるむ)》

春されば雉子啼く夜の山のさと我家に嬬を卒てかへりねむ (二月作) 《雉子(ききす)、我家(わぎへ)、嬬(つま)、卒て(ゐて)》

紅梅の門

かつらぎに我がゐねし家の海ちかき門の紅梅咲きにつらんか 《門(かど)、紅梅(こうばい)》

往來びと春は立ちよる妹が門の古井のうへの紅梅の花 《往來びと(ゆききびと)、古井(ふるゐ)》

我妹子と小夜の降てばかつらぎに海べへ去りし鴨啼くきこゆ 《我妹子(わぎもこ)、降てば(くだてば)》

みんなみに倉戸を建てて七戸前うべいにしへもうやうやし君 《倉戸(くらと)、七戸前(ななとまへ)》

月の夜の簑島へ行く人ならん陸のつづける野をわたる見ゆ (二月三月作) 《簑島(みのしま)、陸(くが)》

〓(虫車)

宵あさく窓あけ居れば端ちかみ白き小床にいとど上るも 《小床(をどこ)》

床にくる〓(虫車)はいまだうら若し小床の皺をのべてかなしも 《〓(いとど)》


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