5月の牛田智大さん(中止)、7月の松田華音さんと続いた今シーズンの「りゅーとぴあ
ピアノ・リサイタルシリーズ」第3弾は、藤田真央さんの登場です。
藤田真央さんといえば、「題名のない音楽会」などテレビでの露出も多く、2019年6月の「チャイコフスキー国際コンクール」第2位(日本人男性歴代最高位)入賞で、人気・実力とも不動のものとしました。
映画「蜜蜂と遠雷」の風間塵役の演奏を担当し、CDも発売されていますが、私は映画館に2度観に行き、演奏の素晴らしさに感激しました。
現在活躍する若手男性ピアニストとしましては、私個人的には、牛田智大さん、反田恭平さんと並んで、これからの日本のピアノ界を牽引していくものと期待しています。
牛田智大さんは新潟で何度か演奏していますし、反田恭平さんも長岡でのリサイタルを聴く機会がありました。藤田さんはテレビや録音での演奏は聴いていますが、実演奏では聴いていませんので、この機会に、是非とも聴いてみたいと思いました。
今年度の「りゅーとぴあ ピアノ・リサイタルシリーズ」3公演の発表があったときには魅力ある面々に感激したのですが、ちょうど新型コロナウイルス感染が拡大し、コンサートの開催は困難だろうと自己判断し、発売されたセット券の購入はしませんでした。
予想通り牛田さんのリサイタルは中止されましたが、松田さん、藤田さんのリサイタル開催が決定され、チケットが再発売されたときに購入しました。
後から発売されたチケットは座席間隔を空けられていますが、セット券で早期発売された席は通常の席配分で発売されましたので、密集・密接のリスクがあり、希望者は指定されたブロックへの移動が可能となっています。この措置は、7月の松田さんのリサイタルでも講じられました。
と、前置きが長くなりましたが、新型コロナ感染第2波の拡大の中に、リサイタルは無事に開催され何よりと思います。
平日のコンサートはなかなか大変なのですが、仕事を早めに切り上げて、大急ぎでりゅーとぴあへと車を走らせました。
到着時は開場時間を大きく過ぎていましたが、検温待ちの行列ができていましたので、私もその列に並んで、無事検温を通過し、チケットの半券を自分でちぎって入場しました。
ホールは多くの客で賑わいを見せていました。当日券は完売とのことであり、現状の規制の中では最大限の集客になったものと思います。
私の席は3階正面前方。コロナ拡大後に発売された席ですので、一席おきになっており、ゆったりとしています。しかし、コロナ拡大前に発売された1階席、2階席は密集・密接状態となっていました。
希望者はチケットが発売されなかったブロックに移動できることになっていましたが、開演時に移動する人はごくわずかでした。後半はかなりの人が移動していましたので、前半を過ごして密集・密接のリスクを感じたのかもしれませんね。
開演時間となり場内が暗転し、藤田さんが登場。一礼をして、椅子に座るやいなや演奏開始しました。1曲目はモーツァルトです。草原を吹き抜ける春風のように、爽やかに、軽やかに、淀みなく音楽の泉が流れ出ました。
続いてはベートーヴェンの「悲愴」です。大きくためをつくり、ダイナミックレンジを大きく取り、緩急自在の音楽が流れ出ました。第2楽章は、ゆったりと歌わせてはいますが、少しあっさりした演奏。汗を拭いて小休止して、第3楽章へ。1曲目のモーツァルトの如く、軽やかに音楽が流れ、最後は強靭な打鍵で圧倒しましたが、暗さは感じさせず、「悲愴」という面影はありませんでした。
休憩時間にピアノの調律がなされ、後半はショパンの「幻想曲」で開演しました。この曲を聴くたびに、「雪の降る街を〜」と、思わず歌いそうになってしまいます。
緩急の幅を大きくとり、ゆったりと歌わせ、力の抜けた演奏により、淀みなく音の噴水が湧き上がりました。低音の響きの美しさ、高温のきらめき、すべてが美しく響きました。ゆったりと夢幻の世界へと誘われ、スピードアップして坂を駆け上がり、最後は幻想的な静けさの中に曲を締めくくりました。
続いてはチャイコフスキーの「ロマンス」です。ゆったりと歌わせた音楽は、正にロマンスの世界。弱音の美しさに酔いました。
間をおかず、続けてチャイコフスキーの「ロシアの農村風景」が演奏されました。大きなうねりに乗って、なめらかに美しく輝く音楽が流れました。音の美しさは格別。夜のとばりが訪れたかのような静けさの中に曲が終わりました。
最後はアルカンです。機関銃の連射に圧倒され、殴られっぱなしのサンドバック状態となり、もはや白旗を上げて降参するしかありません。圧巻のフィナーレにノックアウトされました。
アンコールは3曲演奏されました。最初はお馴染みのクライスラーの「愛の悲しみ」をしっとりと、シルクのような柔らかさと滑らかさで演奏し、アルカンの興奮を鎮め、極上のデザートをいただいたかのようでした。
その安らぎの時間から一転して、アルカンの曲が演奏され、先ほどの興奮が呼び戻され、パワーに圧倒され、否応なしに興奮させられました。
そして、その興奮を鎮めるべく、3曲目にパデレフスキーの曲を静かに、しっとりと演奏し、穏やかな気分でコンサートは終演となりました。
藤田さんは、すり足で、仙人が雲の上を歩くかのように歩き、お辞儀の仕方なども含め、つかみどころのないような脱力感を感じさせ、表現しがたいオーラを放っていました。
その脱力感そのままに、生み出される音楽は力が入ることなく、流麗であり、淀みなく、さらさらと流れ出て爽やかであり、心地よいものでした。音楽の楽しみ、演奏する楽しみ、聴く楽しみがダイレクトに伝わってきました。
そんな天国的な極上の時間から一転して攻撃的にもなり、一見華奢にも見える容姿からは想像もできないパワーで、聴く者の心に機関銃を連射し、ミサイルを撃ち込みます。
剛と柔、硬と軟を併せ持った音楽は個性的であり、藤田ワールドの炸裂と言えましょう。若き才能の爆発を目にし、年老いた私の心身にエネルギーをもらいました。当然ブラボーの嵐になる演奏でしたが、ブラボー禁止でしたので、力の限り拍手して素晴らしい演奏を讃えました。
(客席:3階 I 3-9、S席:¥3500) |