辻井伸行 ピアノ・リサイタル
  ←前  次→
2008年3月5日(水) 18:30  新潟市音楽文化会館
 
ピアノ:辻井伸行
 
 
ショパン:幻想曲 ヘ短調 op.49
ショパン:子守歌 変ニ長調 op.57
ショパン:舟歌 嬰ヘ長調 op.60
ショパン:スケルツォ第2番 変ロ長調 op.31

(休憩20分)

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第14番 嬰ハ短調 op.27-2「月光」
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第23番 ヘ短調 op.57「熱情」

(アンコール)
1.辻井伸行:川のささやき
2.ショパン:前奏曲第24番
3.辻井伸行:ロックフェラーの天使の羽

 
 

 さすがに平日の夕方6時半の開演はつらいです。実は7時の開演と勘違いしていた点もあるのですが、早めに仕事を終えて、大急ぎでホールに駆け込んだときにはすでに7時近く。後部ドアからホールに入ると透き通るようなピアノの調べ。ちょうど子守歌の演奏が終わろうとしていました。ピアノはスタインウェイ。首を振りながら一心不乱にピアノを弾く辻井さんの姿がありました。早めのテンポで流れるような演奏です。曲が終わると最後の音の余韻が消えないうちに椅子を立ち、拍手をあびていました。ほとんど休む間もなくすぐに次の曲に入ります。遅れてきたせいもありますが、あっという間に休憩になってしまいました。

 休憩時間にホワイエでコーヒーを飲んでいるとおなじみの音楽仲間のお姿がありました。しばし談笑して後半へ。「月光」「熱情」と、途中の拍手だけで続けて演奏されました。速いテンポで、流れるような演奏です。指使いのすばらしさに唖然。音の強弱にメリハリがあり、小柄な体格からは信じがたいような音量もあります。この速いテンポは、終始一貫していました。
 よどみのない爽やかさを感じますが、軽すぎる演奏でもありません。彼の体内のリズムは私のような凡人とは異なるようです。あの速さにして音が乱れることがほとんどありません。自分の世界の中で、自分の体内リズムで、魂の趣くまま音楽を紡ぎ出しているようです。観客に音楽に感動する間すら与えず、全開の水道の蛇口のように、絶え間なく機関銃の如く音楽を浴びせられたように感じました。これはもはやベートーヴェンの音楽ではなく、辻井伸行の音楽です。ラストに向かってひたすらアクセル全開。どんどん加速していきます。息もつかせぬ演奏に驚嘆しているうちに、あっという間に終演となりました。
 ただし、粒立ちの良いきらめくような音色の中に、若干濁りを感じる場面がありました。調律のせいなのか、ペダルの使いすぎなのか定かでありませんが、特に低音の強奏部で不快に感じることがありました。それが彼の意図するところなのかもしれませんが、耳の悪い私にはそう感じられました。おそらくはピアノとホールの問題なのだろうとは思いますが・・。。

 アンコールは3曲演奏されましたが、そのうちの2曲は自作の曲でした。これがまたクリスタルのように輝く魅力ある曲であり、若さを感じるシンプルな曲ながらも聴く者の心にダイレクトに響いてきました。涙ぐんでいる人までいました。演奏者としてだけでなく、作曲家としての感性のすばらしさを垣間見せてくれたようにも思います。私も感動して、いつもはこんなことはないのですが、帰りに彼のCDを買ってしまいました。
 
 辻井さんの演奏を聴くのは、2004年に第28回東響新潟定期で、大友さんの指揮でモーツァルトのピアノ協奏曲第20番を弾いたとき以来です。当時はまだ弱冠16歳。視力障害というハンディキャップがあるとは信じられないような力強い演奏に感動したことを覚えています。あれから3年余りが過ぎ、19歳になられました。予想以上の立派な演奏家に成長されていて驚きを禁じ得ません。天賦の才能とはこういうことを言うのでしょうね。
 アンコールの挨拶もしっかりとしていて、好感度抜群でした。新潟名物では柿の種がお好きだそうです。昨年末からのデビューCD発売記念の全国ツアーも、明日の長岡公演で終了とのこと。元祖浪花屋の柿の種でも買ってお帰り下さい。素晴らしい音楽をありがとう。

 でもね、辻井さん。そんなに急がなくたっていいんだよ。ゆっくり立ち止まったっていいんだよ。と、オジサンは余計な心配をしてしまうのです。今日の演奏は全部を聴くことができませんでしたが、ショパンもベートーヴェンも、すべてが辻井さんの音楽となっていました。これは素晴らしいことなんだと思いますが、作曲者の色が失われたようにも感じます。悪くいえば、どれもが辻井節ということにもなりかねません。
 曲芸のような指使いで、音楽の神が乗り移ったかのようにピアノと向き合って爆奏する辻井さんの姿は、感動以外の何ものでもありません。しかし、純粋に音楽としての感動を後で振り返ったとき、味わいは薄いように感じます。曲をじっくりと聴かせることも大事だと思います。
 とはいえ、やっと今年二十歳です。デビューCDを出し、これからがプロの音楽家としての本格的なスタートとなります。今後音楽家としての経歴を積み上げ、大きく成長していくことは間違いありません。どのように成長し、音楽がどう変わっていくのかを見守り、応援していきたいと思います。


*CDを聴きながらこの文章を書いています。光り輝く音たちが流れとなって押し寄せてきます。どうしてこんなにも心に響いてくるのでしょう。こんなCDは初めてです。演奏技術がどうの、曲の解釈がどうのとご託を並べるのは全く意味がないこと。どの曲も辻井伸行の世界なのです。皆さんも是非お聴き下さい。
 

(客席:16−20、全席自由 3500円)