ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団
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2024年5月17日(金) 19:00 新潟市民芸術文化会館 コンサートホール
指揮:ドミンゴ・インドヤン
ピアノ:辻井伸行
 
ルーセル:バッカスとアリアーヌ 第2組曲 作品43
  T.序奏 U.アリアーヌの目覚め V.バッカスの踊り W.口づけ
  X.ディオニソスの歓喜 Y.バッカスに仕える女たちの行進
  Z.アリアーヌノ踊り [.アリアーヌとバッカスの踊り \.バッカナーレ

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調 作品18

(アンコール)
ラフマニノフ(リチャードソン編):ヴォカリーズ

(休憩20分)

ショスタコーヴィチ:交響曲 第5番 ニ短調 作品18

(アンコール)
プロコフィエフ:「シンデレラ」Op.87 より 「幸福への旅立ち」
レノン/マッカートニー(ティム・ジャクソン編):All You Need Is Love
 
 今日はロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団の演奏会です。指揮は、ドミンゴ・インドヤンで、辻井伸行さんが共演するというのが目玉となっています。
 今回の日本ツアーは、5月11日の佐賀市文化会館に始まり、12日は大阪フェスティバルホール、14日・15日がサントリーホール、16日が大宮ソニックシティ、そして本日が新潟で、明日が長野のホクト文化ホールと、7公演が休む間もなく続き、ご苦労なことと思います。
 このツアーで、辻井さんは、プログラムによりラフマニノフのピアノ協奏曲第2番と第3番のどちらかを演奏しますが、昨日の大宮公演では、両方演奏するという離れ業で、そのパワーには恐れ入ります。働きすぎじゃないのと心配してしまいます。

 さて、ロイヤル・リヴァプール・フィルは、ビートルズを生んだリヴァプールに、1840年に創立されたイギリス最古のオーケストラです。その長い歴史にも関わらず、日本への来演は遅く、2015年に前主席指揮者ペトレンコとともに初来日していますが、私は今回初めて聴かせていただきます。

 指揮のインドヤンは、ベネズエラ出身で「エル・システマ」という音楽教育システムで育ち、活躍目覚ましい指揮者だそうですが、不勉強な私は、今回の公演で初めてその名前を知りました。
 ペトレンコの後を継いで、2021年からこのオケの首席指揮者に就任し、辻井さんとは定期演奏会やBBCプロムスで共演しおり、スタンディングオベーションを受けて大成功を収めているそうです。
 ベネズエラと言えば、ドゥダメルしか知りませんでしたが、こういう指揮者も輩出していたのですね。大いに期待したいと思います。

 辻井さんの活躍については今さら書くこともありませんが、これまで何度も演奏に接する機会があり、その度に新鮮な感動をいただいてきました。
 20年前の2004年10月の第28回東響新潟定期(指揮:大友直人)で聴いたのが最初で、その後リサイタルやオーケストラとの共演を聴かせていただいていますが、直近では新型コロナ感染による緊急事態宣言が出される直前の2020年3月のリサイタル以来ですので、4年ぶりになります。
 また、オーケストラとの共演は、2019年11月のハンブルク・フィル(指揮:ケント・ナガノ)とのベートーヴェンの「皇帝」を聴いて以来です。

 実は、今回のロイヤル・リヴァプール・フィルとの演奏会は、本来であれば2020年9月に、前任の首席指揮者のペトレンコの指揮で開催されたはずであり、演奏曲目も今日と同じラフマニノフのピアノ協奏曲第2番が予定されていました。
 私はチケット発売早々に購入して楽しみにしていたのですが、コロナ禍の真っただ中でコンサート開催は自粛され、オーケストラも来日できず、公演は中止されました。今回はそのリベンジ公演とも言え、期待は高まりました。

 ということで、今回もチケット発売と共に購入しました。辻井さん人気にあやかってか、チケットは高額なSS席も設定されていましたが、 懐具合を勘案し、3階正面のS席の後方のA席で我慢しました。

 仕事を早く切り上げて、日頃は使わない高速を使用して、りゅーとぴあへと急ぎました。女池ICから県庁前にかけての渋滞をイライラしながら抜けて、白山公園駐車場に無事たどり着きました。
 りゅーとぴあに入りますと、すでに開場が進んでいましたが、インフォメーションで某コンサートのチケットを買い、すぐに入場しました。
 入場口で渡されたプログラムは、通常なら有料販売されるような立派なものでした。ホワイエではCD販売がされおり、購入客で賑わっていました。女性トイレには長い行列ができていましたが、開演前でこれほどの行列は非常に珍しく思いました。

 席に着いて開演を待ちましたが、3階正面後方の天井桟敷の席からは、ホール内全体が俯瞰され、ステージは奈落の底ですが、眺めだけは良好です。辻井さん人気もあってか、ほぼ満席のホールは壮観であり、気分も高まります。

 ステージ上では、すでに団員が出ていて、音出しをしていました。その後他の団員が順次出て来て、音出しを始め、コンミスを含めて全員が揃って賑やかさを増しました。そのまま開演時間となり、場内が暗転したところでコンミスが立ち上がり、チューニングとなりました。
 拍手の中に団員が登場する通常のやり方とは全く異なり、開演への緊張感がそがれてしまうようで、気分が高まらないように感じました。
 オケの弦の配置は、通常の形で14型。私の目視で、弦5部は14-12-10-8-6 です。木管・ホルンは、通常通りに弦のすぐ後方に並びましたが、トランペット・トロンボーン・テューバは、ステージ最後方右側の壁際に並び、打楽器は左の後方壁際に1列に並び、それぞれ弦との間に広い空間ができていました。
 そのほか、ステージの左のひな壇上には、後半の「タコ5」用のピアノが設置されており、ステージ右端には、次のコンチェルト用のピアノが出番を待っていました。

 イケメンのインドヤンさんが登場して開演です。最初の曲は、フランスの作曲家・ルーセルの「バッカスとアリアーヌ」第2組曲です。
 ルーセルは、1931年にパリ・オペラ座で初演する2幕のバレエのために、ギリシャ神話を題材に作曲しましたが、その中の曲を2つの組曲にまとめました。今回は、そのうちの第2組曲が演奏されました。この曲を聴くのは今回が初めてです。
 全9曲が切れ目なく演奏されましたが、各曲の対比も鮮やかに、美しい音楽世界が眼前に広がるようでした。初めて聴く曲ですので、演奏の良し悪しの判断はできませんが、弦楽の響きも美しく、色彩感に溢れ、楽しめる曲であり、演奏でした。
 オケの個性なのか、配列の問題なのか、あるいは私の席の問題なのか、音の厚みに欠けるように感じましたが、その分、解像度の良い、クリアなサウンドともいえましょうか。演奏そのものは素晴らしいものであり、会場から大きな拍手が贈られました。

 一部の団員が下がってステージが整えられ、ステージ右手に待機していたピアノが中央に移動され、団員が全員スタンバイしたところでチューニング。いよいよラフマニノフのピアノ協奏曲第2番です。
 インドヤンさんに導かれて辻井さんが登場して椅子に着き、演奏開始です。ピアノによる鐘の音が次第に大きくなり、オケが加わって演奏が進みました。
 イギリスのオケということもあってか、というより私の先入観が主なのかもしれませんが、私が思い描くちょっと暗さのあるロシアの大地の空気感は感じられず、明るい西ヨーロッパの響きを感じました。奇をてらわない演奏でしたが、力強く堂々たる辻井さんのピアノとオケが対峙し、そして共鳴し、熱い音楽を作り上げていました。
 甘く切ない第2楽章は、フルートからクラリネットへメロディが受け渡されて演奏が進みますと、何度聴いても胸が切なくなります。
 メランコリックな感傷はほどほどに、感情の高ぶりを押し殺したように平静を装い、静かに演奏が進みましたが、カデンツァ後の青白く燃え上がる心の叫びが胸を打ちました。
 第3楽章は、抑制を効かせながらも緩急の幅を大きく取り、感情の高ぶりに負けて乱れるようなことはなく、実直に演奏が進みました。辻井さんの人柄でしょうか。
 個人的には、もっともだえ狂って、乱れまくってくれても良いかなとは思いましたが、聴衆の心を燃え上がらせるに十分な演奏でした。
 目隠しをされてこの演奏を聴かされたときに、どういう感想を持つのかと自問自答しましたが、辻井さんが弾いているということ自身が大事な点であり、正直申し上げれば、ステージに辻井さんが居るだけで、既に感動の準備は整っているのでした。これもまた大事な点だとは思います。
 ともあれ、ホールは熱狂し、ブラボーの声とともに、その素晴らしい演奏を讃え、大きな拍手が贈られました。辻井さんは前方だけでなく、左右・後方にも礼をして、拍手に応えていました。
 
 辻井さんは、インドヤンさんに導かれてステージを出入りしてカーテンコールを受け、アンコールにラフマニノフ続きで「ヴォカリーズ」が演奏されました。
 繊細でロマンチックな曲ですので、コンチェルトの興奮を鎮める極上のデザートとなるはずですが、メランコリックに終始するのではなく、ちょっと荒っぽく感情を高ぶらせる部分もありました。私が思い描く「ヴォカリーズ」と若干印象が違う部分もあり、特別な編曲のように感じましたが、リチャードソン編曲版だそうです。
 
 これで前半が終了しましたが、挨拶代わりであるはずの1曲目から聴き応え十分な組曲でしたので、時間はかなり押しており、20時を大きく回っていました。

 休憩時間を終えて、開演時と同様に、団員が三々五々ステージに現れて音出しを始めて、コンミスも含めて全員揃って賑やかに音を出していました。しばらくして漸く場内が暗転してコンミスが立ち上がってチューニングとなりました。
 インドヤンさんが登場して、後半のショスタコーヴィチの交響曲第5番の演奏が始まりましたが、このときすでに時刻は20時35分でした。
 演奏は前半同様に、深刻すぎることなく、重々しくなりすぎず、美しく演奏が進みました。オケの配列の問題もあると思いますが、オケの音に広がりがあり、マスとしての厚みに欠けますが、解像度の良いクリアなサウンドが心地良く感じられました。弦のアンサンブルは美しく、そして力強く、管楽器の各パートも見事なパフォーマンスを発揮していました。心地良い緊張感を保ちながら、美しいチェレスタの響きとともに第1楽章を閉じました。
 力強く低弦がリズムを刻んで第2楽章へ。軽快に演奏が進み、ハープとコンミスの絡みや、メリハリのある管楽器や打楽器も良いアクセントをつけていました。
 感情を押し殺したような陰鬱な第3楽章。泣き叫ぶような弦の咆哮。クラリネット・フルートをはじめ、管楽器のソロも美しく、心に染み渡るように響いてきました。木琴とともに感情が高ぶり、弦とともに泣き叫び、ハープとともに心を押し殺し、チェレスタとともに沈黙しました。
 アタッカで行きたいところでしたが、小休止してティンパニの連打と金管とともに荒々しく第4楽章へ突入しました。
 スピードアップして進みますが、スピード違反はありません。乱れることなく、突き進みました。一旦立ち止まって辺りを見回し、力を蓄え、フル充電し、再びゆっくりと動き出し、坂道をローギアで登ると広大な世界が広がり、輝く太陽の下で押し殺していた感情を爆発させ、シンバルと太鼓の連打とともに感動のフィナーレを迎えました。
 素晴らしい演奏を讃えてブラボーが沸きあがり、大きな拍手が贈られました。これは前半以上に感動をもたらし、辻井さんの名演がかすむほどの感動と興奮をいただきました。
 インドヤン率いるリヴァプール・フィルの底力を、まざまざと見せ付けられました。このような演奏を導き出したインドヤン恐るべしですね。

 大きな拍手に応えて、アンコールにプロコフィエフの「幸福への旅立ち」が演奏されましたが、これも美しい演奏でした。アンコール曲ながらも聴き応え十分な曲であり、デザート代わりに、替え玉を1つという感じでした。
 これで終わるかと思ったのですが、インドヤンさんの曲紹介があり、もう1曲サービスがありました。その曲はなんと、ビートルズの名曲「オール・ユー・ニード・イズ・ラブ」でした。何とも粋なアンコールでした。さすがビートルズの聖地・リヴァプールのオケですね。
 
 大きな感動と、たっぷりと音楽を楽しんだ心地良い疲労感の中に終演となりました。終演時間は、なんと21時35分!
 オケの皆さん、インドヤンさん、ご苦労様でした。大きな感動をいただき、ありがとうございました。春の夜に相応しい演奏会であり、大きな満足感とともにホールを後にしました。夜も更けて、お腹は空腹でしたが、心は満腹でした。

 駐車場への道すがら、公園の水盤に映るライトアップされた木々が幻想的であり、心地良い夜の空気とともに、春の喜びを感じました。春って良いですねえ・・。音楽って良いですねえ・・。
 
 
(客席:3階 I 7-7、A席:\17000)