クリスチャン・ツィメルマン ピアノ・リサイタル
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2025年11月8日(土)17:00 柏崎市文化会館アルフォーレ 大ホール
ピアノ:クリスチャン・ツィメルマン
 
シューベルト:4つの即興曲 Op.90. D.899
  第1曲:アレグロ・モルト・モデラート、ハ短調
  第2曲:アレグロ、変ホ長調
  第3曲:アンダンテ、変ト長調
  第4曲:アレグレット、変イ長調

(休憩20分)

プレリュード & Co(その仲間たち)〜アーティスト・セレクション〜
  1. スタトコフスキ:前奏曲 Op,37-1
  2. J.S.バッハ:前奏曲 第1番 BWV846
  3. スクリャービン:前奏曲 Op.11-2
  4. J.S.バッハ:前奏曲 第2番 BWV847
  5. ショパン:前奏曲 Op.28-15「雨だれ」
  6. ショパン:前奏曲 Op.28-16
  7. バツェヴィチ:前奏曲とフーガ (ソナタ第2番より)
  8. フォーレ:前奏曲 Op.103.-3
  9. ガーシュウィン:前奏曲 第3番
  10. フランク:前奏曲(前奏曲、フーガと変奏曲 Op.18より)
  11. ラフマニノフ:前奏曲 Op.23-4
  12. スクリャービン:前奏曲 Op.11-8
  13. ショパン:前奏曲 Op.28-11
  14. ラフマニノフ:前奏曲 Op.32.-12
  15. ラフマニノフ:前奏曲 Op.3-2「鐘」

(アンコール)
ドビュッシー:アラベスク第1番
 

 現役の世界最高のピアニストは誰かと問われたときに、ツィメルマンの名を挙げる人も多いのではないでしょうか。そのツィメルマンのリサイタルが、今年も柏崎で開催されることになりました。

 ツィメルマンは親日家として知られ、東京に自宅を持たれているほどですが、柏崎との関係も深く、その始まりは2007年7月16日に発生した新潟県中越沖地震に遡ります。
 この地震に心を痛めたツィメルマンは、柏崎で被災者を対象とした無料のコンサートを開催すると表明しましたが、健康上の理由によりそのときは実現できず、翌年の2008年7月に、被災を免れた柏崎産業文化会館で無料の演奏会を開催してくれました。このとき新潟市でもリサイタルが開催され、私も聴きに行きました。
 このときツィメルマンは、被災した市民会館の代わりに復興のシンボルとして建設される予定の新しいホールが開館した暁には、そこで演奏会を開催すると約束してくれました。

 その後 、2010年6月2012年12月と、柏崎の代わりに新潟市でリサイタルが開催され、私も聴かせていただきました。
 期待された柏崎の新しいホールは、柏崎市文化会館アルフォーレとして、2012年7月8日にオープンしました。少し開催が遅れましたが、ツィメルマンは約束通りに2015年11月にこのホールでリサイタルを開催し、もちろん私も駆けつけました。
 このときツィメルマンはホールの音響の良さに感動し、ツアー終了後にこのホールでシューベルトのピアノ・ソナタを録音し、そのCDは世界的に注目されました。
 その後も2019年2月2021年11月2023年11月と、定期的にこのホールでリサイタルを開催し、今年も全国での公演に先立って柏崎でのリサイタルが開催されることになりました。柏崎という地方の小都市で公演を続けているというのは驚きですね。

 さて今年の日本ツアーは今日の柏崎に始まり、16日がふくやま芸術文化ホール、21日が兵庫県立芸術文化センター、23日が愛知県芸術劇場、26日が「ミューザ川崎シンフォニーホール、29日が所沢市民文化センター、12月3日・8日がサントリーホール、12日が東京エレクトロンホール宮城、14日が水戸芸術館、18日が東京オペラシティと続きますが、かなり余裕のある日程でのツアーです。毎回柏崎に始まり、次の公演まで日程が空くのが常になっていますが、何か事情があるんでしょうか。

 ということで、今回も聴かせていただきたいと思い、チケットの発売開始とともにネット購入しました。東京ではS席18000円の演奏会が、柏崎ではS席7000円であり、非常にお得です。交通費をかけてでも、これは聴きに行くしかないでしょう。
 ツィメルマンのリサイタルに行くのは、今回で8回目であり、外国のピアニストでこれほど聴いている例はなく、我ながら驚いており、ここまできましたら皆勤賞を目指すしかありませんね。

 ただし、これまでと同様に、チケット発売時には演奏曲目の発表はありませんでした。いつ発表されるのか楽しみにしていましたが、いつまでたっても音沙汰なしで、11月に入って連休が過ぎても何の発表もありませんでした。
 プログラムの印刷もあるはずですので、間に合うのかと心配しましたが、こんなことが許されるのは、ツィメルマンならではでしょう。まあ、曲というよりツィメルマンが目当てですので、曲目にこだわりはないのですけれど、いくらなんでもねえ・・。

 結局、昨日になってようやくプログラムの発表がありましたが、前半がシューベルトの4つの即興曲で、後半は「プレリュード & Co (その仲間たち) 〜アーティスト・セレクション〜」ということでした。
 そう言われても何のことかわかりませんが、本人が選び抜いた数々の「プレリュード(前奏曲)」と、同様の性格をもつ作品の組み合わせを、一期一会のプログラムとして、コンサート当日に発表して演奏するとのことでした。結局どういう曲を演奏するのかは、当日会場に行ってのお楽しみということのようでした。

 気温は低めでしたが、穏やかな天候の中に早めに家を出て、土日は通行止めが解除のシーサイドラインを通って、いつもの寺泊〜出雲崎経由で柏崎入りしました。
 途中の某観光地で昼食を摂りましたが、ご飯の不味さに驚きました。新潟でこんなご飯を出してはイメージダウンになりますよ。
 気を取り直して、某所で休息を取り、16時頃にアルフォーレの駐車場入りしました。ここに来たのは、10月5日のの「トゥーランドット」以来1か月ぶりです。

 搬入口には、いつものスタインウェイの白いトラックがとまっていました。それを横目に見て、館内に入り、ラウンジでこの原稿を書きながら開場を待ちました。
 気がつくと開場時間となりましたので、入場しようと思いましたが、開場待ちの列が長く伸びていて、2階を1周しそうでしたので、あわててその列に並びました。予定開場時間より5分遅れでの開場となりました。

 さて、気になっていた後半のプログラムですが、受付で配布されたプログラムに、後半のプログラムが書かれた紙が挟み込まれていました。
 プログラムの解説には、ツィメルマンは、これまで1000曲以上研究し、500曲以上を公の場で演奏してきましたが、その中には、個々の作品としては優れていながらも、リサイタル・プログラムには組み込みにくい作品も100曲以上あり、これらの作品群を「プレリュード & Co(その仲間たち)」と呼ぶことにしたそうです。
 バッハの「平均律クラヴィーア曲集」に着想を得た新しい試みとして、その作品群の中から、今回は63曲を準備して、各会場で選曲して演奏することにしたそうです。つまりどの会場でもプログラムは行ってのお楽しみという趣旨のようです。

 天下のツィメルマンですので、客席は満席かと思いましたが、かなり空席があったのは意外であり、残念に思いました。柏崎の人たちは何してるんでしょうね。新潟市や長岡市を差し置いて、柏崎でリサイタルを開催してくれる幸運を感じてほしいなあ、と新潟から遠征してきた者はもったいなく感じてしまいました。

 開演時間となりましたが、なかなか開演とならず、開演を待つ静寂の時間が過ぎ、7分遅れでコートのような長い上着を着た白髪のツィメルマンが楽譜を持って登場し、しばらくの沈黙の後に演奏が始まりました。

 前半は、シューベルトの4つの即興曲です。第1曲の最初の1打から、ツィメルマンの音楽世界に誘われました。強弱・緩急を大きく取った堂々とした演奏は、まさに巨匠の風格です。チューニングされたピアノの音は、響きの良いホールの音響と相まって、クリアでありながら豊潤であり、うっとりと聴き入りました。
 第2曲は、軽やかに、爽やかに、音楽の噴水が湧き出るようでした。中間部は力強く歌い、訴えかけるように心を揺さぶり、そして再び軽やかに、そしてまた力強く、足を踏み鳴らしながら終わりました。
 第3曲は、ゆっくりと優しく、胸に秘めた熱い思いを吐露するように、しっとりとしたメロディが胸に染み入りました。感情のさざ波が、ときどき大きな波となって打ち寄せ、しっとりと、静かに終わりました。
 第4曲は、憂いを秘めながら軽やかに始まりました。力強く、そして優しく、感情のうねりが押し寄せて、感情を高ぶらせてみせるも、再び軽やかに明るいふりをして、おどけて見せて終わりました。
 
 4曲を続けて演奏し、解説にありましたように、4楽章のソナタを聴くようでした。各曲とも美しく心に染み入る曲であり、美しい音響とともに、極上の演奏で魅了されました。

 休憩後の後半は、いよいよ「プレリュード & Co」です。今回演奏されるのは、スタトコフスキに始まってラフマニノフで終わる全15曲です。ツィメルマンが楽譜を持って登場し、各作曲家の前奏曲が、切れ目なく続けて演奏されました。

 1曲目は、スタトコフスキで、初めての作曲家ですが、輝くような優しさに満ちた曲でした。
 2曲目は、バッハの第1番で、優しく、噛み締めるように、ツィメルマン流に味付けされたアクセントを付けて演奏されました。
 3曲目は、スクリャービンで、ミステリアスに演奏しました。
 4曲目は、バッハの2番で、力強くリズムを刻んで攻め込みました。
 5曲目は、ショパンのOp.28-15「雨だれ」で、癖のあるアクセントを付けて、少し速めに演奏し、中間部は力強く、暗さを際立たせました。
 6曲目は、ショパンのOp.28-16で、猛スピードで疾走して、足踏みをして終わりました。
 7曲目は、バツェヴィチで、静かで幽玄な響きで始まり、不安を掻き立てました。歩みを速めて暗黒の中を彷徨い、不安が頂点となり、ミステリアスな空気の中に、しっとりと安らぎが訪れました。
 8曲目は、フォーレで、揺れ動く心のように、波を作って、静かに終わりました。
 9曲目は、ガーシュウィンで、軽快にスウィングするように見せかけて、どこか悲しさを感じさせ、短く終わりました。
 10曲目は、フランクで、しっとりと悲しげに、切なく思いを吐き出すようで、切々とした思いが胸に響き、美しい曲にうっとりしました。
 11曲目は、ラフマニノフのOp.23-4で、ゆったりと、秘めた思いで胸を高鳴らせ、いかにもラフマニノフというような美しいメロディで、聴く者の心を揺さぶりました。
 12曲目は、スクリャービンで、少し暗さのあるメロディが揺れ動きました。
 13曲目は、ショパンのOp.28-11で、穏やかさとともに、短くあっけなく終わりました。
 14曲目は、ラフマニノフのOp.32-12で、激しい思いが次々と波のように押し寄せました。そしてさざ波となり、静かに終わりました。
 そして最後の15曲目は、ラフマニノフのOp.3-2「鐘」で、力強い打鍵で始まり、ゆったりと鐘を打ち鳴らしました。そのパワーに圧倒され、心は打ちのめされ、消え入る鐘の音ともに、静かに終わりました。

 客席からは大きな拍手とブラボーが贈られ、楽譜をめくって、アンコールにドビュッシーのアラベスク第1番を、スピーディに、独特のアクセントを付けて演奏しましたが、さすがに速すぎに感じました。まあ、アンコール仕様でしょうか。

 熱狂的な拍手とスタンディングオベーションの中にカーテンコールが繰り返され、最後にツィメルマンが楽譜を持って退場し、客席の明かりがつけられて、強制的にお開きになりました。

 後半は、様々な作曲家のプレリュードを集めたプログラムで、紙に書かれた曲目だけ見ますと、一貫性がなく、取り止めがないように思えてしまいますが、全てがツィメルマン流の味付けがされており、選曲や配列は、計算されつくされていることが伺えました。
 プログラムは当日発表ということには大きな意味があり、演奏者と聴衆とが、未知のプログラムへの旅を、ともに楽しむことができた素敵な演奏会でした。
 これから少し時間を置いて、各地での演奏会が続きますが、さらにプログラムが練られ、それぞれの地で、新たな旅が始まるものと思います。

 決して期待を裏切らないツィメルマンの素晴らしさと、アルフォーレというホールの素晴らしさを再確認してホールを後にし、日本海沿いの国道を北上して新潟市へと向かいました。

 

(客席:1階14-13、S席¥7000)