パソコン通信で広がる授業をおもしろく(4)

「『こまちトマト』が広げていったヒューマンネットワーク」

〜「食農教育」第5号(1999年夏号)に掲載〜

熊本市立川上小学校 教諭 上村 孝直


 前回、学級でのメロンづくりについて紹介したが、実はもうひとつ、同時に育てたものがある。「こまちトマト」である。連載最終の今回は、この「こまちトマト」が取りもった、心温まる交流を紹介したい。

○小粒だがおいしさのとりこになる「こまちトマト」

「こまちトマト」とは、すでに何回も登場した私のパソコン通信仲間である八代市の農家鶴山正行さんが、干拓地特有の塩害による「塩トマト」を独自の販売ルートに乗せる際に名づけた、オリジナルのブランドだ。その名の通り、普通のトマトに比べればずっと小粒だが、つやつやとして見るからに愛らしく、ひとたび口にすればあまりのおいしさで必ずとりこになってしまう、そんなトマトだ。


あまりのおいしさにとりこになる「こまちトマト」

 その「こまちトマト」に迫る味のトマト栽培に挑戦することで、農家の方の苦労や工夫を浮き彫りにできれば、と考えたわけだ。

○これなら鶴山さんのトマトにも勝てるかもしれない

 子どもたちは、トマトづくりに関しては、小学校低学年で生活科の学習の一環としてミニトマトの栽培を体験している。そんなこともあって、本物のトマト(「桃太郎トマト」)ならではの脇芽かぎとか交配とかで戸惑うことはあったが、前回紹介した「アールス・メロン」とは比較にならいくらい、順調に生育。10月末には、8個の「川上小産こまちトマト」を収穫することができた。
 これらのトマトを、給食時間にみんなで切り分けて試食する。「おいしい!」本当にびっくりした。その辺で売っているトマトなんて、まったく比較にならないくらい甘くて味わいがある。「これなら鶴山さんのこまちトマトにも勝てるんじゃないんですか。」「また鶴山さんに来てもらって、『こまちトマト試食会』をしましょう。」なんてことを言う子まで出始める。でもまあ、来ていただくのは無理としても、「川上小産こまちトマト」にどんな評価が下るのか、私も大いに興味あるところだ。

○水に浮かぶ川上小トマト、沈む鶴山トマト

 ちょうどその頃、私が出張で八代へ出かけることになった。これは好都合。さっそく鶴山さんに連絡をとり、帰りに寄るので「川上小産こまちトマト」の評価をして欲しい旨お願いして、快諾を得る。


「川上小産こまちトマト」にはどんな評価が下るだろうか

 実はこの頃、鶴山さんは突然発症した尿路結石の痛みで、食事もままならない状態だったという。しかし、子どもたちの思いを人一倍温かく受け止めて下さる鶴山さんは、無理を押して、そうとは知らずに訪れた私が持参したトマトの試食のテーブルにつかれた。
「ふつう、お店で売ってるトマトは、糖度計で計ると4.0くらいなんですが、みなさんのは…5.5ありますね。」やった、と声を上げそうなくらい嬉しかった。子どもたちと試食したときのあのおいしさは、間違いではなかったのだ。それならばさぞかし…そんな淡い期待は、すぐに打ち砕かれる。一口かじった鶴山さん、「おいしいですよ。でも、少し水分が足りませんね。水を切りすぎたんじゃないでしょうか。」実は、その通りだった。
「ほら、こうすると、本当においしいトマトかどうかが分かるんですよ。」そう言ってコップの水の中に入れられた「川上小産こまちトマト」は、ポッカリと浮き上がった。では、鶴山さんの手による、本物の「こまちトマト」は…「あっ、沈んだ。」思わず声を上げてしまった。その数日前、家庭科の時間に「新しい卵は中身が詰まっているので塩水にも沈むが、古い卵は浮き上がってしまう」というのを扱ったばかりだったので、その意味するところは明白。では、いったいその糖度は…「8.3ありますね。」私は、声を失った。

○「さすがプロですね!」

「さすが、プロは違う!」鶴山さんによる試食の詳細を、ビデオで視聴した子どもたちの第一声は、そういうものだった。「病をおして、私たちのために試食をして下さった鶴山さんに、お礼のメールを送りたい。」かくして出来上がった子どもたちのお礼のメールの一節を以下に掲げる。


鶴山正行さん、お世話になってありがとうございます

 鶴山さん、この間は、体のぐあいが悪いのに、私たちのためにビデオをとらせてもらってありがとうございました。おかげで私たちは、食べなくても、おいしいトマトの見分け方が分かるようになりました。それに、川上小で作ったトマトの味を見てもらって、やっぱりむずかしいんだなあとあらためて思いました。(中略)
 鶴山さんが「こまちトマト」としてお店に売るのは、とう度計で計るとだいたい8度から上だということが分かりました。だから、川上小で作ったトマトは、ふつうのトマトよりは少し甘いけれど、鶴山さんが作ったトマトにくらべると、くらべ物にならないほど、鶴山さんの方が上です。さすがプロですね。みんなが感心していました。あのビデオをとらせていただいたおかげで、私たちの勉強にすごく役立ちました。
 お体のちょうしが悪いのに無理をして、いろいろなことを教えて下さって、ありがとうございました。また今度トマトを作るときには、鶴山さんが作るトマトのようにはいかないかも知れないけれど、できるだけおいしいトマトを作ってみたいです。鶴山さん、本当にありがとうございました。

○パソコン通信で出会った鷹巣中・すずこさんとの交流

 そしてもうひとり、この「こまちトマト」の取り組みで、絶対に忘れてはならない人がいる。鹿児島県出水郡東町立鷹巣中3年生(当時)のすずこさんである。鷹巣中は、養殖ブリの産地として名高い長島の一角に位置する。この年6月、社会科で漁業の勉強をした際に生じた様々な疑問を書き送った我が川上小に、すずこさんは独自に取材した情報にデジタルカメラで撮った画像を交えた手作りのホームページで答えてくれた。
 夏休み、ついでがあって鷹巣中を訪れた私は、すずこさんと感激の対面。その際、余分に育てていた「こまちトマト」の苗をプレゼントした。すずこさんは、その後一生懸命にこまちトマトづくりに励むが、なかなか花が咲かず、秋になって私に相談のメールが届く。すぐに師匠の鶴山さんに登場を願い、以後何度にもわたって、かなり詳しいアドバイスのメールを送っていただく。しかし、結局花は咲かず、「鷹巣中産こまちトマト」は幻に終わる。
 その年の暮れ、例年通りお歳暮代わりに「こまちトマト」をわけていただくため鶴山さん宅を訪れた私は、すずこさんへの宅配もお願いした。鶴山さんも同じ気持ちを持っておられたらしく、代金を払う要らないで押し問答があったくらいだが…。その数日後、すずこさんからていねいなお手紙が届く。それには、こまちトマトのお礼に加えて、4月からは県内の農業高校に進むという報告が記されていた。彼女が、自分の特技であるパソコンが生かせる情報処理科を目指していること、それが家族からの反対にあっていることを知っていた私は、本当に心が痛んだ。だが…「その学校は、バイオとか植物を育てたりするので、トマトを立派に育てたいと思っています。」その一言に、本当に救われる思いが、そして「パソコン通信をやってて、本当に良かった!」と痛感をしたものだ。

「たかがパソコン通信、されどパソコン通信」

 パソコン通信を取り巻く環境の変化には、目を見張るものがあります。我が川上小もご多分に漏れず、この夏には例の「学校インターネット」で衛星通信を使った高度情報ネットワーク接続が実現する予定です。これによって、これまではやりたくてもできなかった様々なことが、さらに実現可能となることでしょう。
 しかしパソコン通信は、所詮は人と人とをつなぐための手段でしかありません。それを使って、どう温かな関係を築き、それをどう教育活動の中に生かしていくか、それはすべて使う人次第と言うことができるでしょう。逆に言えば、もしそれがなかったら、いかに通信環境が整ったとしても、それは宝の持ち腐れでしかありません。
 これまで4回にわたって紹介してきた私の実践には、必ずたくさんの協力者が登場しています。実践そのものは拙いですが、この方たちと一緒に取り組めたことそのものが、私にとっても学級子どもたちにとっても、大きな財産となっているのです。
 これらが、読者のみなさんに何らかのヒントとなって、ヒューマンネットワークを生かしたより有意義な実践が展開され、パソコン通信の真価を認識していただければ、私も本望だというものです。


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