春は異動の季節。平成八年、私は川上小への異動を命じられた。四年間、子どもたちとパソコン通信に取り組んできた春竹小に後ろ髪を引かれる思いをしながらも、新たな地での再起を期すことになった。
○スイカの産地を授業に生かさない手はない
川上小学校は、熊本市では最も北の、阿蘇火山灰でできた台地に位置する。「植木スイカ」で全国的に有名な鹿本郡植木町と境を接しており、川上校区内でもたくさんのスイカが作られている。「このスイカを、いつか地域教材として扱えないだろうか。あの春竹の子たちが感動した『メロンづくりの秘密』みたいなものが、スイカにもきっとあるはずだ。」
その機会は、意外に早くやってきた。私が担任することになったクラスには、スイカ農家の子どもが四人もいる。しかも、五年生の社会科で、最初に出てくるのは農業。米作に続く畑作には、もちろんスイカづくりなど登場しないが、これを生かさない手はない。
○お父さんに頼み込んでのビデオづくり
四月末の家庭訪問。ここはと思われる家庭で、それとなく投げかけてみる。幸い、あるお父さんが、興味を示してくれた。前回号で紹介したメロンの話をすると、「先生、そら当たり前のこつじゃなかですか」と笑われる(後に知ったことだが、ここも数年前までネットメロンを作っておられたそうだ)。「こちらにとってはそうでしょう。でも、よその人たちにとっては、決して当たり前ではないんですよ。そんなことを学習に取り上げ、さらにパソコン通信やインターネットに流すことで、地元の子も本当の理解へとつながっていくのです」と口説き落とす。
大型連休の初日、ハウスにおじゃましてスイカづくりの様子をつぶさにビデオに収める。お父さんは、カメラを向けるとずいぶん緊張されたが、それでもカンピョウに接ぎ木した苗の育成から、ハウスへの定植、三本のツルだけを伸ばすための脇芽かぎ、ミツバチによる交配、一個だけの実を残して大きく育てるための摘果、着果棒を目印に使った収穫、といったプロセスを、実物を示しながら分かりやすく丁寧に説明して下さった。
○スイカを知らない川上っ子に声も出ず
ネットワークを意識したスイカの学習に入るに当たって、私はひとつの大きな流れを考えていた。学級の子どもたちにアンケートをとって、後日同じものを全国各地の学校で実施していただく。その結果の比較を踏まえて「ふだんあなたたちがよく見聞きして、『当たり前だ』と思っていることが、実は他の地域の人々にとっては当たり前でも何でもない。だからスイカのことを知らないよその人たちに、スイカについてくわしく教えてあげよう」という課題設定だ。そのために、図1に掲げたようなアンケートをとったのだが、結果をまとめた私は、子どもたちの知識や経験の乏しさに、驚きのあまり声も出なかった。
私は不安になった。「このアンケート結果は、本当に川上の子どもたちの実態を反映しているのだろうか?」と。そこで事情を話して、隣の組でもアンケートをとらせてもらい、直ちに集計。程度の差はあるものの、やはり傾向はほぼ同じ。結果を知った担任の先生も、たいへん驚いていた。
○全国アンケート結果は県外勢の圧勝
当初の私の予想は、「スイカのことをよく知っている川上っ子」「ほとんど知らないよその子」だったのが、早くもその前提が崩れてしまった。しかしいくら何でも、「ほとんど知らない川上っ子」なら、「何にも知らないよその子」となるはずだ。そう思いながら、全国アンケートにとりかかった。
ちょうどそのころ、「キッズ・リンク(子どもの輪)」というメーリングリスト(別注参照)がスタートした。私も、さっそく登録。すでに、全国各地の熱心な先生やたくさんの子どもたちが参加し、活発なメール交換がなされていた。
そのキッズ・リンクに、前出のアンケートを流す。こういう取り組みというのは、反応があなた任せなのが怖いところだが、幸いにも予想を上回る数の、しかも広い地域からの回答を得た。これにパソコン通信仲間の協力で得られた分などを合わせると、図2のように九つの学校のデーターが集まった。
さて、その結果を集計した私は、愕然とした。「何にも知らないよその子」なんて、とんでもない! 実態は、「なかなか知ってる他県の子」「少しは知ってる熊本県の子」「ほとんど知らない川上っ子」だったのである。とりわけそれが顕著だったのは2-(7)の熊本県のスイカ生産高の順位予想(各自が一〜四十七位までのうちこれくらいと予想した数値を書き込み、その全員分の平均をとる)で、県内勢がすべてふた桁であるのに対して、県外勢は格段に正解(一位)に近い数値となっていたのだ。
しかも、我が川上っ子には「四十六位(つまり『ブービー賞』)」と書き込んでいた子までいたのである!!
○発奮した子どもたち
この結果を知った子どもたちの中には、さすがに「こんなことではいけない」という危機感が広がった。それをバネに、次なるステップに進むことにする。
子どもたちに、スイカの生育する様子をビデオに撮ってあることを告げ、国語の時間にそれを作文にまとめること、さらに社会科の時間にそれらをホームページの形式(HTMLファイル)にまとめて授業参観でおうちの人たちに見て貰うこと、の二つを提案した。子どもたちは俄然乗り気で、たいへん熱心にビデオを見てメモを取った。もっと知りたいことや疑問に思ったことは、スイカ農家の子どもたちが保護者に聞いてくる。ある保護者は、後に「うちの仕事(スイカづくり)について、親子であんなに真剣な話をしたのは初めてだった。」と嬉しそうに語ったものである。
もちろん、授業参観は大盛況。スイカの名産地とはいえ、ほとんどの保護者は非農家。子どもたちによって語られる「スイカづくりの秘密」に、興味深く聞き入っていた。
さらに七月、ようやく開設することになった川上小のホームページに、授業参観で使ったファイルや子どもたちの作文などを掲載した。
ホームページ上に公開したスイカ学習のまとめ
(「個人情報保護条例」による規制のため現在は非公開
スイカに対する子どもたちの関心は全国的に高いらしく、二年経った今でも時折感想を綴ったメールをもらったりする。そんなスイカのホームページづくりは、あの子らにとってふるさとのよさを再発見する大きな価値があったと信じてやまない。
「メーリングリスト」で人的ネットワークを広げよう 初期のインターネットには、パソコン通信でいう「電子掲示板(誰もが気軽に読み書きできる公開の場)」がありませんでした。そこで、ある特定の宛先に電子メールを送ると、そのメールが登録されている会員全員に自動転送される、という仕組みが編み出されました。これが「メーリングリスト」です。現在では、多種多様なメーリングリストが、あちこちで運営されています。いくつかのプロバイダーでは、自分で開設することもできます(ただし有料)。 |