パソコン通信で広がる授業をおもしろく(1)

「肥後グリーンは『草のにおい』?!」

〜「食農教育」第2号(1998年秋号)に掲載〜

熊本市立川上小学校 教諭 上村 孝直


 ここで紹介するのは、今から三年前の平成七年、まだ私が熊本市立春竹小に勤務していたときの実践である。春竹小は、市の中心部に近く、農業とはほとんど無縁の環境にある。そのため、私の特技であるパソコン通信を通じてもたらされる農業情報は、子どもたちにたいへん興味を持って受け入れられた。また、発信者である農家の方々とも深い絆が生まれた。その代表が、ヒロアキ(田山裕明)さんとツルヤマ(鶴山正行)さんである。

○ネットワーク仲間が助けてくれた作文指導

 教員生活を十年以上もやっていると、いろいろなしがらみができてくる。三年生を担任していたその年、やむなく引き受けることになった、作文指導に関する研究発表も、そのひとつだった。しかし作文指導と言っても…そうだ、パソコン通信だ!…こういう困った時こそ、ネットワーク仲間というのは、本当に頼りになる。折しも、世はゴールデンウィーク。そして、球磨郡錦町のヒロアキさんのうちでは、今がプリンスメロン収穫の最盛期だ。チャンス!私はすぐに連絡を取った。折り返し快諸の返事をもらい、私はビデオカメラを担いでヒロアキさん宅へと出かけた。
 ビデオでは、これまで通信文の文字でしか知らなかったヒロアキさんが登場し、プリンスメロンがツルを伸ばし、花を咲かせ、実をつけ、その実がいくつかの段階を経ながら大きくなっていき、ようやく収穫に至る様子を、実物を示しながら、事細かに説明してくれている。私の撮影の腕と相まって(?)、たいへん分かりやすい内容に仕上がっていた。
 私の狙いは、見事に当たった。案の定、子どもたちはこのビデオの内容にたいへんな感動を覚え、加えてヒロアキさんからお土産にいただいたプリンスメロンの味は、書くための強いエネルギーへとつながった。

○「公開メール」で学習の輪が広がる

 子どもたちが書いた「ヒロアキさんのメロン」の作文のうち、よく書けている数点を、私が代理でワープロ入力し、パソコン通信を通じてヒロアキさんに書き送った。こういう時、私は電子メール(相手だけが読める)ではなく、電子掲示板(誰でも読める)に書き込む「公開メール」の形をとることにしている。さらなる広がりが期待できるからだ。案の定、それから何週間かして、このヒロアキさんとの一連のやりとりをつぶさにごらんになっていたツルヤマさんから、「うちのメロンは、ちょっと作り方が違うから、ビデオを撮りに来たら?」という連絡をいただいた。そのメロンとは、あの「タ張メロン(赤肉のメロン)」に対抗して我が熊本が生み出した、「肥後グリーン」である。そのお言葉に甘えて私は、ビニルハウスで育つ肥後グリーンの様子、収穫・選果・箱詰めについての解説などを、つぶさにビデオに収めることができた。
 肥後グリーンを使った取り組みでは、ビデオより先に実物を見せてプリンスメロンと比較することで、肥後グリーンの特徴をつかませていった。では、子どもたちは実物の「肥後グリーン」を見て、どんな反応を示しただろうか?大まかに言うと、以下の3点に集約される。
○まわりに網の目みたいな、がざがざした模様がある(プリンスは白くてツルツルしていた)。
○ヘたのところに、T型のプロペラみたいなツルがついている(プリンスは何もついていなかった)。
○草みたいなにおいがする(プリンスのようないい香りがしない)。
このうち、初めの二点は当初から予想していたものだが、最後のは全く予想していなかったもので、正直言って鶴山さんに失礼だから削らせようかと思ったくらいだ。しかし幸いにもそれをさせなかったことで、私は、後に子どもたちの感性のすばらしさに驚かされることになる(このことについては後述する)。
 ビデオでは、鶴山さんの口から、子どもたちのそうした疑問に対する回答が語られる。
「○まわりに網の目みたいな、がざがざした模様がある」については、
一初めは、プリンスメロンと同じようにつるんとしている。それが大きくなると次第に回りにひび割れができ、そこが盛り上がってきて網の目のような模様ができ上がる。
「○ヘたのところに、T型のプロペラみたいなツルがついている」については、
−これは、「アンテナ」とよぶ。放っておくと、つるが立って「I(アイ)」の形になってしまうので、特殊な吊り具を使ってきれいな「T(ティー)」の形にし、高級感を出す。

○情報ネットが生みだす子どもたちへの「第四の評価」

 ここまでの実践なら、パソコン通信を使わなくても、ほとんど同じ成果をあげることは可能であろう。だが、ここから先の広がりは、到底期待できない。私は、こうした情報ネットワークによって教室の外からもたらされる新たな広がり(評価)を、第一の自己評価、第二の相互評価、第三の担任の評価に次ぐ、「第四の評価」と呼ぶことにする。
 さて、先に述べた子どもたちの気づきの三つ目、すなわち「○草みたいなにおいがする(プリンスのようないい香りがしない)」だが、私が「失礼に当たるから、削らせようか」とさえ考えたこの点を、ツルヤマさんはどう評価されただろうか。何と、「肥後グリーンの特徴が、よく書けています。特に『草のにおい』は良く観察しています。肥後グリーンの欠点の一つは、他のメロンに比べてにおいが強くないことです」とほめて下さったのだ。まさに、パソコン通信を通じて本物と出会うことができる「第四の評価」だからこそ、「甘い」とかいう固定観念にとらわれることなく、純粋かつ正当な評価をしていただけたのだ。
 こうしたパソコン通信の威力に子どもたちが驚き、喜び、そして「書く」楽しさ・素晴らしさを実感して、その後もそれを励みに書く力をつけていったのは、言うまでもない。


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