1. 遺伝の基礎知識


 筋ジスは遺伝性疾患であり、病気の正しい理解のためには、遺伝についての正しい知識が必要です。誤った知識により、誤解や偏見を生んでいることもあります。遺伝性と言っても、家族や親戚に同様の病気がなく、遺伝性の明らかでない場合も実際は多くみられます。

 

(1)DNA:遺伝子の本体

 遺伝情報は、細胞の核内の染色体にあり、この染色体を構成する DNA(デオキシリボ核酸)が遺伝子の本体です。
 DNA は、互いに反対の方向性を持つ2本の鎖が梯子のように絡み合った構造(二重らせん構造)を呈します。鎖の骨格は、デオキシリボースと呼ばれる糖と、燐酸、塩基が結合し合った構造をとります。塩基には、アデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)の4種類があり、2本の鎖の向かい合ったAとT、GとCが結合してつながり合っています。遺伝情報は、このA、G、C、Tという塩基の配列にほかなりません。
 遺伝情報が発現するときは、DNA の塩基配列が mRNA(メッセンジャーRNA:ここではTの代わりにウラシル(U)という塩基が使われる)としてコピー(転写)され、細胞内のリボゾーム(蛋白質を合成する器官)で、mRNA の塩基配列を設計図としてアミノ酸が結合し蛋白質が合成されます。mRNA の塩基の、たとえば「AUC」という3つの組み合わせ(コドン)が、ひとつのアミノ酸と対応し、このコドンの並びに従ってアミノ酸が順番につながり蛋白質が形成されます。
 

(2)染色体

 DNA の集合体である染色体は、人間では44本の常染色体と2本の性染色体の計46本からなります。常染色体は、同じ遺伝情報を持つ染色体(相同染色体)2本ずつからなり(22対)、一方は母、一方は父から受け継ぎます。相同染色体の同じ遺伝子座にある遺伝子を対立遺伝子といい、各対立遺伝子が同じならホモ接合体(homozygote)、異なるならヘテロ接合体(heterozygote)と呼びます。また性染色体は、男はXとY、女は2本のX染色体からなります。これも父と母から1本ずつ受け継ぎますが、母からはX染色体しかもらえないので、父からX染色体をもらうと女、Y染色体をもらうと男となります。
 

(3)遺伝形式

常染色体優性遺伝


常染色体はそれぞれ2本ありますが、そのどちらかに異常遺伝子があると発病する場合です。同じ病気の患者同士が子供を設けることは極めてまれなので、通常は正常人と患者(異常遺伝子を持つヘテロ接合体)の間に生まれる子が問題となります。その場合、病的遺伝子が子に伝わる確率は50%です。この場合男女は関係ありません。病的遺伝子を有していても発症しない場合もありますし、発症していても症状が軽く、自分でも気付かない場合もあります。親からの遺伝がどう考えても考えられない場合が時にありますが、この場合は、正常な親から突然変異でたまたま発症した場合と考えられます。
 

常染色体劣性遺伝

 常染色体の2本のうち、1本に異常がある場合(ヘテロ接合体)は、正常な方が優位に働いて発病しない(保因者となる)のですが、両方とも異常な場合(ホモ接合体)は発病するものをいいます。これは保因者の両親から異常な遺伝子を半分ずつ受け継いだ場合です。全くの他人同士なら同じ遺伝子異常持つ可能性は少ないのですが、近親婚の場合には起きやすくなります。われわれ健康人でもいくつかの遺伝子異常は必ず持っています。配偶者がたまたま同じ遺伝子異常を持っていた場合に子に発症するのです。この場合、子が発症する確率は25%、子が親と同じ保因者になる確率が50%という計算になります。
  

X染色体劣性遺伝

 性染色体劣性遺伝、伴性劣性遺伝ともいいます。女はX染色体が2本あり、1本のX染色体に異常があっても、もう一方が正常なら発病しませんが(保因者になる)、男はX染色体が1本しかないので、X染色体に異常があれば発病します。なお男のX染色体は、必ず母から由来します。
 X染色体劣性遺伝の場合、保因者の女性と健康な男性との間では、子が異常遺伝子を受け継ぐ確率は男児、女児とも50%ですが、女児は父から正常なX染色体を受け継ぐので発症しません。患者の男性と正常な女性の間では、男児は父からY、母から正常なXを受け継ぐので正常、女児は、父から異常なXを必ず受け継ぐため、必ず保因者となります。X染色体劣性遺伝の場合、父から息子へ遺伝することはありません。
 女性の細胞には2本のX染色体がありますが、2本が同時に機能しているわけではありません。胎生のごく初期に、2本のXのうち1本が不活化され、以後1本のXのみ機能します。2本のXのうち、どちらが不活化されるかは、細胞ごとにランダムであり、モザイク状を呈します。(lyonization) この場合、正常なXが機能する細胞と異常なXが機能する細胞とがモザイク状に存在することになりますが、正常なXが機能する細胞が優位に働き、異常細胞を代償するようになります。しかし、不活化の過程がうまく行われず、悪いXが機能する細胞の割合が多くなると臨床症状を示します。これを症候性保因者(manifested carrier)と呼びます。また、X染色体と常染色体の間で染色体の相互転座が起こった場合に、女性でも男性同様の重症型を呈する場合があります。さらに、Turner症候群のように女性でもX染色体が1本しかない場合も発症します。
 

X染色体優性遺伝

 筋ジスではこのような遺伝形式は知られていません。この場合男女ともに発症します。男性はX染色体が1本なので、当然発症します。女性も2本のうち1本が異常なら発症します。男性は女性よりも重症になります。女性の症状は様々です。
 

ミトコンドリア性遺伝

 細胞質にあるエネルギー産生に関わる小器官であるミトコンドリアには、核内の遺伝子とは別に独自の遺伝子(ミトコンドリアDNA:mtDNA)を持ちます。mtDNA は全て母の卵子から由来し、ミトコンドリア脳筋症のように、mtDNA の異常によって起こる病気は、母からのみ遺伝(母系遺伝)します。