便秘症と腸内洗浄
◆宿便という概念◆
街の薬屋さんで「美容と便秘解消に下剤で宿便とり」というような内容のポスターを見かけます。大腸と思われるイラストの壁には、こびりついた便がいっぱい。どうも、下水管の壁にこびりついている「パイプの汚れ」のように、大腸の表面にも普通の下剤では取れずに長期間にわたってこびりついている『宿便』などというものがあって、便秘以外にもさまざまな悪さをしているという。
では、医学的にこのようなことがあるのでしょうか。大腸の表面は粘膜という常にヌルヌルの粘液を分泌する湿った膜でできており、どんなに強力な接着剤をつかったって、ものを長時間大腸の表面にくっつけておくこと自体不可能です。うなぎの背中に接着剤で何か長時間つけることが可能だと思いますか?
したがって、宿便という概念は、下剤を売るための方便と考えたほうが良いでしょう。食べたものが何日もかからないと出てこないという便秘症の患者さんはいますが、宿便がこびりついて狭くなった腸の中を細々と便が流れているというイメージは、まったくのウソ。「下剤を売るための方便です。」と言い切ってしまいましょう。

◆腸内洗浄で便秘が解消されるか?◆
たまっている便を出す効果はあるでしょう。ただ、便秘の原因である、腸の動きが悪いとか、便になる食物繊維が足りないことなどが解消されるわけではなく、根本的な便秘の治療につながるわけではありません。また、繰り返し行うことで刺激に対して鈍感になるでしょうから、ますます腸内洗浄から離れられない『良いお客様』になることでしょう。
一回2万円もする腸内洗浄を、一生の間続けることが可能でしょうか。自分でやるとしても、手先の感覚が鈍感になって、ますます便秘気味のお年寄りになってまで、できますか?

◆腸内洗浄の危険性◆
乱暴に大腸にものを入れることでの出血や腸穿孔、自律神経の反射により血圧低下などが考えられますが、医学的な知識を持って愛護的に行えば、それほどの危険性はないと思います。実際に直腸癌の手術を行い人工肛門になった患者さんで、人工肛門から大腸内を洗浄する方法で対処している方もいらっしゃいます。
ただ、私が一番気になるのは、
@便秘という症状で発見されることがある大腸癌のような病気が、腸内洗浄で便が出せるために発見が遅れて手遅れになってしまわないかという点。
最悪のシナリオはこちら
A若いうちから習慣的に腸内洗浄を行うことによって、将来的に予期できない副作用が出るのではないかという点。
などがあります。
腸内洗浄を行っている医師は、患者さんに定期的な腸の検査をすべきであることを理解させてもらいたいと思います。それが、医師としての良心ではないでしょうか。

◆便秘の治療と医療制度の問題◆
便秘を治療しようとした場合、患者さんの食生活を中心として、運動や睡眠などの生活習慣の指導に始まり、さまざまな下剤や食物繊維のサプリメント(これは薬ではないので薬局で購入するように勧めるだけで、病院の収入にはなりません)を駆使して治療することになります。
日本の医療機関の多くは保険診療を行っており、診察、検査、手術、投薬などすべて医療費が決まっています。

それでは私が保険診療で診察し、15分かかって患者さんにお話をして薬を処方した場合、病院の収入はいくらになるでしょうか。
初診料 2500円
処方料  580円
合計  3080円
2回目は初診料がありませんから、再診料+処方料=1350円です。(そのうち、患者さんの支払いは保険の種類によって2割とか3割)
また、あまり大きな声ではいえませんが、病院で腸内洗浄とほぼ同じの高圧浣腸(お湯を大量に肛門から注入して便を出す浣腸)を行った場合、病院収入はたったの420円!!
これで、少し見えてきたでしょ。便秘治療が得意だからといって便秘の患者さんが殺到したら、保険診療の病院は経営難に陥るでしょう。
ちなみに、痔核の手術を1件(私は専門家なので15分でできます)行うと、技術料だけで約6万円です。
便秘の治療に真剣に取り組みたくとも、なかなな経営的に難しいという現実は、如何ともしがたいですね。

◆さてそれでは◆
これだけのことを知って、腸内洗浄をするもしないも個人の自由。
賛否両論あるでしょうが、ご意見のある方はdr-ok@mtg.biglobe.ne.jpまでどうぞ。
ご希望なら、このページの続きとして掲載も考慮します。