Lesson-1 自己治療の限界
 毎日『おしりの悩み相談室』へ送られてくる相談メール。出血や痛みなどの症状を列記して最後に「病院へ行かずに治す方法はありませんか?」というものが、大部分です。
 たとえば、肛門周囲膿瘍。この病気は、肛門の内部から細菌感染し肛門が化膿して膿がたまる病気ですから、放置していれば腫れや痛みは膿が破れて出るまで日増しに強くなるのが一般的。早いうちに病院に行って、切開排膿して抗生物質で治療したほうが賢明です。
 ここで選択の余地があるのが、痔核や裂肛の治療。多くのテレビCMでも盛んに宣伝されていますが、自己治療で効果がありそうなのはこの二つの病気。
 
 まず、痔核ですが、これは肛門の中や外にある血管の集まっているところが大きくなって症状を出すもの。特に内部の粘膜の部分にできる内痔核は出血を起こすことが多いです。また、血管内で血液が固まって血栓を作ると腫れて痛みます。さらに、血管の集まった部分を支える組織が弱くなると、内部にあるべき痔核が排便などのいきみで肛門の外に脱出するようになる『脱肛』の状態になってしまいます。痔核の出血や腫れの症状は、薬の治療で軽快しますが、薬を使い続けると痔核の本体である血管がなくなるわけではありませんから、薬の効果はあくまでも症状を抑えるだけに限られ、その後肛門に負担をかけるような生活をすれば、症状が再発することになります。
 ここで、よく誤解されているのが『脱肛』という言葉。専門的には、腫れていない状態で痔核が脱出することで根治には手術が必要ですが、痔核が急に腫れて肛門外に脱出したものまで『脱肛』としていることがあり、「脱肛する痔核がみるみる薬で小さくなって完治し、切らずに治った」という宣伝文句に引かれてか、高価な通信販売の薬(私の外来を受診した患者様の中には260万円使った人がいる)を脱肛に使い続けて「治らない」と外来にいらっしゃる患者様が時々見られるのには驚かされます。
 
 次に裂肛ですが、これは肛門の出口付近にできる傷。元来便秘症の人が硬い便を無理に出して傷をつけることが多いので、食物繊維や下剤を利用して便を柔らかくし、傷に薬をつけることで治療します。ただ、便秘傾向が改善されなければ繰り返し傷ができて裂肛は再発しますし、繰り返し裂肛が生じることで肛門が狭くなったり慢性的な傷が深くなったりすると薬の治療では治らず、手術が必要となります。
 
 それでは、痔核や裂肛の場合、どこまで自己治療が可能かという問題。いずれも生活習慣と密接に関与している病気ですから、現在の症状が取れてもその後の生活習慣に問題があれば再発を繰り返し、ゆくゆくは手術が必要な事態になることも考えられます。また、もっとも重要なのは自己診断が当たっているかどうか。肛門から出血したり痛む病気にはさまざまなものがあり、頻度は少ないといえども命にかかわる癌なども含まれます。実際に肛門癌を裂肛と診断され「何ヶ月も痔の軟膏をつけても悪化するばかり」と言って、私の外来を受診されたケースもあります。こういう点を考えると、自己治療で一週間やってみても効果がなかったり、いったんは治っても繰り返し症状がある場合には、早急に肛門科を受診してもらいたいものです。

「痔からの出血だと思うのですが、薬局の薬を使って病院にいかなくてもいいですか?」
という質問には、口が裂けても「大丈夫」とは言えないのです。