今日は、大小さまざまの、たくさんのコンサートが開催され、どこに行くか悩ましい日曜日になりました。興味深いコンサートがいくつかありましたが、海老彰子さんのリサイタルを聴かせていただくことにしました。
海老彰子さんは、パリと東京を拠点に活躍されており、浜松国際ピアノコンクール審査委員長を務められたほか、ショパン国際ピアノコンクールやロン=ティボー国際コンクールなど数多くのコンクールの審査員を務められるなど、演奏者として指導者として、国際的に活躍されておられる日本を代表するピアニストです。
こんな海老彰子さんのリサイタルが、カワイの主催で新潟で開催されると知り、是非とも聴きたいと思いました。以前に新潟で演奏されたことがあるそうですが、私は今回初めて聴かせていただきます。
この貴重なリサイタルの会場は、何と新潟ユニゾンプラザです。音楽用とは言い難い典型的な多目的ホールであり、ピアノのリサイタルの会場としてはふさわしくないように思われます。ましてや海老さんのような大ピアニストのリサイタルを、このようなホールで開催するのは残念に思われましたが、これも音楽文化会館が長期休館しているしわ寄せでしょうか。
さて、今回のプログラムは、前半はバッハとベートーヴェンを選び、後半は海老さんがライフワークとして、人生の半分以上をかけて追及しているショパンを演奏するとのことです。
カワイ関係者向けのコンサートのためか、一般には広く宣伝されておらず、一般向けの前売りチケットの販売もありませんでした。一般者はネットで申し込みをして会場で現金精算するシステムでしたので、申し込みをして楽しみにしていました。
小雨が降ったりと、天候が落ち着かない日曜日でしたが、ゆっくりと休日の朝を過ごし、中央区上所の新潟ユニゾンプラザに向かいました。
ここは、近くのようでいて、ちょっと行きにくき場所です。かなり前に講演会で訪れたことがありましたが、コンサートでは今回が初めてです。
信濃川の堤防沿いの道からしか出入りできない駐車場に車をとめて、東側の入口から館内に入りました。エスカレーターで2階に上がり、受付で予約していたチケットを現金で引き換えました。
しばらくして開場の列が作られましたので、私も並んで、開場とともに入場しました。中段左寄りに席を取り、この原稿を書きながら開演を待ちました。
ホールは、これぞ多目的ホールというような質素な作りです。ステージ前の平土間部分の仮設席は使用されず、少し後方になる固定席だけが使用されました。
ステージには、音響反射板が設置され、運び込まれたカワイが誇るフルコンサートグランドピアノの SHIGERU KAWAI(SK-EX)が、存在感もたっぷりに鎮座していました。
開演時間が近付くに連れて客席ばどんどんと埋まり、びっしりと満席となりました。開演を待つ期待感と緊張感がホールを満たしました。
開演時間となり、赤い被り物(?)みたいな衣装の海老さんが登場し、最初に挨拶があって、演奏が始まりました。まずは、バッハのイタリア協奏曲です。
演奏が始まるとともに、ホールいっぱいに豊潤に響く音量豊かなピアノに驚きました。シューボックス型とも言える直方体の小さなホールが飽和するかのように、音量豊かに響き渡りました。
ピアノの響きは、いつも聴くスタインウェイとは異なります。カワイ主催のコンサートですので、カワイの威信をかけてフラッグシップモデルを搬入し、入念にチューニングしたものと思います。
個人的には軽やかな印象を持っているこの曲が、豊潤に、重厚に響き渡り、パワフルな音に感じました。第2楽章も、ゆったりとしんみりと響くのではなく、音量豊かでした。第3楽章は、明るく軽やかではありましたが、やはり音量があり、パワフルな重厚感を感じました。
とにかく音量豊かに豊潤に良く鳴るピアノに驚きました。海老さんの音作りなのか、ホールやピアノによって規定されたのかわかりませんが、この印象は最後まで一貫して感じられました。
ともあれ、音響的な面は別にして、海老さんが創り出す音楽には力があり、躍動感と生命感がみなぎっていて、その音楽を身体全体で受け止めました。
続いては、ベートーヴェンのピアノ・ソタナ第21番「ワルトシュタイン」です。第1楽章は、スピーディな連打で始まり、軽快に走り抜けました。パワフルな打鍵から生み出される音はパワフルで、スピード感にあふれ、快い高揚感を感じさせました。
第2楽章は、ゆったりとミステリアスに始まり、豊潤に音を響かせました。不安感を掻き立てて、すぐに癒しへと導きました。
連続して第3楽章となり、感情を高ぶらせ、熱く訴えかけ、心を揺さぶりました。激しく高まりを見せて、緩急・強弱の連打に打ちのめされました。どんどんと高揚し、うねるような波を繰り返して、パワーアップ、スピードアップして、フィナーレへと突き進みました。
海老さんが紡ぎ出す熱くパワフルな演奏が、ホールに大きな興奮を生み出し、大きな拍手が贈られて、前半のプログラムが終わり、休憩となりました。
後半は、オール・ショパン・プログラムです。まずは、ノクターン ハ短調Op.48-1 です。しっとりと始まるも、前半同様にピアノの音量は豊かで、ホールが響きすぎるようにも感じました。
パワフルな響きに圧倒され、情感に浸る間も与えられず、うねるような音楽の高まりに溺れそうになりました。曲自身がそういう構成でもあるのですが、海老さんの創り出した音楽世界に、否応なく心が揺り動かされました。
休みをおかず、続けてバラード第1番が演奏されました。ゆったりとした出だしから、次第に熱を帯びてスピードアップし、胸を熱くしました。緩徐部ではメランコリックに歌い、抑えた心が耐え切れなくなって、熱いマグマとなりました。大きなうねりを繰り返して激しさの中にパワーアップし、爆発的な盛り上がりの中にフィナーレとなりました。
憂いと情熱とを併せ持つこの曲の魅力を、余すことなく具現化し、感動の音楽として、豊潤なピアノの響きとともに、ホールを埋めた聴衆に届けてくれました。
最後は、24の前奏曲です。流れるような長調の短い1曲目に始まり、暗くて葬送行進曲のような短調の2曲目と続き、以後長調の曲と短調の曲とが交互に続きました。
第3曲は、軽やかに明るく、第4曲は、メランコリックに切なく胸に響き、第5曲は、明るくスピーディに、第6曲は、しんみりと切々と訴えかけ、第7曲は、明るく柔らかな、お馴染みの前奏曲です。
第8曲は、激流のように荒れ狂い、激しさが胸を突き刺しました。第9曲は、堂々と力強く、第10曲は、軽やかに流れ落ちるように、第11曲は、明るく爽やかに、第12曲は、激しくスピーディで荒々しく、第13曲は、ゆったりと優しく歌い、うっとりしました。
第14曲は、激しく、荒々しく、第15曲は、お馴染みの「雨だれ」で、ほっと一息つきました。情感豊かにしっとりと歌い、激しく嘆くかのような胸の高鳴りをはさんで、再びしっとりと雨だれが落ちて、静かに終わりました。
第16曲は、激しく猛スピードで走り抜け、第17曲は、ゆるやかに明るく、しかし情熱を秘めて、熱い思いを吐露し、切ない思いが胸を締め付けました。
第18曲は、激しく情熱的に爆発し、第19曲は、明るく爽やかに、第20曲は、力強く、激しく、そしてゆったりと切々と訴え、第21曲は、軽やかに明るく、春が来たかのようでした。
第22曲は、激しくパワフルに、第23曲は、爽やかに流れるように、そして最後の第24曲は、情熱的に感情を高ぶらせ、抑えきれずに熱く燃え上がって、強烈な打鍵とともに、全24曲を弾き終えました。
熱い演奏に大きな感動をいただき、ホールは興奮に包まれて、大きな拍手が贈られ、カーテンコールが繰り返されました。
拍手に応えて、海老さんの挨拶があり、重いプログラムを良く聴いてくれたと感謝の言葉が語られました。そして、ずっと弾いていた
SHIGERU KAWAI を見つめながら、ピアノ名になっている河合滋氏との想い出が語られました。
そして、演奏のミスがあったことを申し訳なく思い、落ちこぼれた音符たちを掃除したいとステージを見つめておられ、真摯な人柄がうかがわれました。
アンコールに、エチュード Op.25-1 を、穏やかに、明るく流麗に演奏し、これまでの熱い演奏で高鳴った心を鎮めてくれました。
と思ったのも束の間で、続けて、なんと「英雄ポロネーズ」を演奏してくれました。これはもう興奮しないわけにはいきません。パワフルで熱い演奏に、否応なく胸は高鳴り、ホールは熱い感動で満たされました。長時間に渡る演奏で、お疲れのはずでしたのに、最後をこれで〆てくれるとは、さすがですね。
満員の聴衆は力の限りに拍手して、その演奏を讃えました。花束が贈られ、再度海老さんからの挨拶があり、感謝の言葉が述べられました。
そして、ステージ上の SHIGERU KAWAI に花束を捧げて、熱い興奮と感動をもたらしたリサイタルは終演となりました。
当初は、日頃コンサート会場として使用させることが少ない新潟ユニゾンプラザでのリサイタルに不安感がありましたが、全くの杞憂に終わりました。
F1マシンの如く、入念にチューニングされた SHIGERU KAWAI の SK-EX から、音量豊かで豊潤な響きが紡ぎ出され、贅沢な音響空間が作り出されました。
そして、この素晴らしいピアノを我が物として鳴らし切り、興奮と感動の演奏を聴かせてくれた海老さんのパワーには圧倒されました。
年齢のことをいうのは誠に申し訳ないのですが、1953年のお生まれですので、私よりずっと年上であり、それなりの年齢を積み重ねておられます。
しかし、生命感と躍動感に満ち溢れたパワフルな演奏からは、暦の上での年齢は感じられず、むしろ長きに渡って音楽と向き合ってこられた自信と、音楽への熱い思いがみなぎっていて、海老さんならではの音楽が生み出されたものと思います。
すばらしい時間を過ごし、大きな感動と満足感を胸にホールを後にし、駐車場へと向かいました。アルビのホーム初勝利のニュースもあって、明るい気分でハンドルを握りました。
(客席:さ-9、¥3000) |