TOPページへ

 昭和十八年十一月
礼法集成

海軍兵学校


 第一編 宮中礼式
 第二編 海軍軍人艦船軍隊の礼式
 第三編 陸軍礼式
 第四編
一般礼式作法
・服装ならびに容儀
・敬礼
・座作進退
・喫煙
・談話
・訪問附名刺
・迎接
・室内の設備
・紹介
・饗宴
・賀儀葬祭
・船車内および旅館などにおいて公衆に接するときの心得 
・書翰の方式
・雑


 
第一編 宮中礼式

第一 皇室儀制令
   朝儀 御紋章・旗章・鹵簿・宮中席次等に関する皇室令なり。
                     (海軍諸例則巻三礼式参照)
第二 参賀・賀表・拝謁・賜宴・賢所参拝・宮中恒例儀式御祭典の節、参賀・参拝しあるいは拝
   謁・賜宴などの場合に参内する場合の心得は、諸例則巻三祝賀の項を参照するほか、海軍
   省副官の指示に従うを可とす

第三 宮中昇降下乗制限
   参内および賢所参拝、吹上御苑参入の節、順路および昇降下乗の資格制限は、海軍諸例則巻三
   内規の項を参照すべし。
第四 宮中における心得
一、 参内の節は、備付の帖冊に参内事由と、官位・勲・功・爵・氏名を記載するものとす。
   ただし、三等官以下、九等官以上、参賀として参内の節は、各自官等記載の名刺を差出すべし。
二、 外套は、昇殿の節必ず車中に脱しおくべし。
三、 宮中にありては、必ず式部官の指示に従うべし。
四、 宮中にありては、指示の場所を離るべからず。
五、 宮中にありては、随所喫煙すべからず。
六、 宮中にありては、静粛なるべく、混雑なきよう注意すべし。
七、 車馬の置場に関しては、皇居警察官の指示を受くべし。


第二編 海軍軍人艦船軍隊の礼式


第一 服装
   海軍軍人の服制および服装に関しては、左記による。
  一、海軍服制
  二、海軍服装令
第二 旗章
   旗章およびその掲揚に関しては、海軍旗章令による。
第三 海軍軍人、艦船軍隊の敬礼および儀式
   海軍軍人、艦船軍隊の敬礼および儀式に関しては、海軍礼式による。
   礼式令に関し留意すべき事項
一、海軍礼式令の要旨は、軍人をして衷心より上下の階級を尊重し、服従の道を了得せしめ、もって
   軍紀を確立し、軍隊の秩序を厳正ならしむるにあり。
二、礼式令中、天皇に対する礼、軍艦旗に対する礼、および拝神の礼においては、特に荘重なるごとく
   規定せらる。これ我が国体のしからしむる所なり。
三、敬礼の精神は、勿論中心の恭敬にありといえども、態度形式もまた決して疎略なるべからず、態度
   形式を離れていずれにか精神を発表するの手段あらんや。
   将校の敬礼は、縦令挙手の末技といえども、知らず識らずの間に下士官および兵に模倣せらるる
   ものにして、敬礼の厳正は、その源を将校に発するものなることを忘るべからず。
四、答礼の鄭重なるは、下級者をして尊敬の念慮を高めしむるものなり。上級者は、下級者
   の室に入る時脱帽せず、室外の敬礼を行うも妨げなきよう定められありといえども、さ
   しつかえなき限り正式に行うを可とす。
五、雨衣着用の場合、または、夜間などにおいて官など明らかならざることあれば、先んじて敬礼するに
   躊躇すべからず。
六、儀式は、荘厳にして画一されたる統制の下に行わるるを要す。これがため注意すべき要項左のごとし。
    イ、儀式に列するものは、各規定に従い、特に服装を整うると共に身心を清浄ならしむるを要す。
    ロ、儀式は、些少といえども滞ることなく、秩序整然として一絲乱れず、静粛に終始するを要す。
      これがためには、綿密なる計画、周到なる準備をなし、また応急臨機の処置を定め、その執行
      の遺漏なきを期せざるべからず。
    ハ、複雑なる儀式にありては、これが施行に関する命令と共に、簡単なる次第書を作成するを可とす。
第四 礼砲
   我が海軍の礼砲に関しては、海軍礼砲令による。
   対外国礼砲に関しては、右のほか、諸例則巻三外国関係礼砲諸規程を参照すべし。
第五 訪問
   内外国港湾における内外国艦船指揮官、および、官憲の間とに行うべき公式訪問に関しては、海軍
   訪問規則による。
第六 服忌および葬喪
   服喪および葬喪に関しては、左記による。
   一、服忌令
   二、海軍葬喪令
第七 初級士官の礼に関し心得べき事項

     イ 艦長に対する礼
   一、艦長に対しては、名実公私を問わず、一艦の首長として、絶対の尊厳を払うべし。これ我が
      海軍の伝統なり。
   二、艦長に対しては、時と所とを問わず、敬礼を行うを例とす。
   三、艦長室附近および後甲板において騒音を発し、あるいはみだりに徘徊することを避くべし。
   四、艦橋の右舷階梯は、副長以上にあらざれば、使用せざるを慣例とす。(教練または、至急を
      要する場合は、この限りにあらず)
   五、将官室、艦長室の階梯は、艦長以上にあらざれば、使用せざるを慣例とす。(教練または、
     至急を要する場合は、この限りにあらず)
   六、艦長の出入に即応するごとく、常に、短艇準備を怠るべからず。また、艦長の乗艇には、
     公式の場は勿論、その他の場合にありても、みだりに他人を乗艇せしむべからず。短艇
     は、艦長乗艇後ただちに発進せしむべきものとす。
   七、艦長乗用短艇は、特に威容を保ち、操縦において失態なきよう注意すべし。
   八、艦長に対する公務上の上申は、順序を経るを要すといえども、その他に関しては、先輩 と
     して師事し、指導を受くることを心掛くべし。
 
     ロ 上長に対する心得
   一、上長に招致されたるときは、その態度厳正にして、恭敬の意を失すべからず。
   二、上官来室せば、自己の占め居る上席を譲るべきものとす。
   三、次室士官は、士官室・士官用の折椅子・煙草盆を使用せざるを礼とす。
   四、乗艇に際しては、上長に後るることなきを要す。これがため、少くとも五分の余裕をと
     り、舷門または桟橋に待合わすごとくするを可とす。
     着任あるいは退艦の際は、直属および関係ある上長に対しては、口頭をもってするほか
     適当の時機に書状をもって挨拶するを可とす。
   六、自己の任官・進級などに際しては、直属上長に挨拶するを礼とす。
   七、かつて恩顧を受けたる上長に対しては、伺候あるいは挨拶するを忘るべからず。この際、
     要すれば、自己を紹介するを可とすることあり。

     ハ 艦内の生活および服務
   一、次室士官は、公務執行に当りては、士官室士官の命を承け、その実施に任ずべきものな
     るをもって単に形式上の礼に止らず、上長の心をもって心となし、一艦軍紀風紀振粛の
     中堅となり、下士官および兵を率いて衷心艦長および上長を尊敬するの美風を養成する 
     に努めざるべからず。
   二、日常の言行および下士官および兵に対する態度は、不用意の間に重大なる影響を与うる
     ものなることを忘るべからず。服装・容儀・言語は、特に厳正なるを要す。
   三、軍艦旗掲揚降下の際は、必ず上甲板にありて敬礼すべきものとす。
   四、他艦船に対し、軍艦の敬礼を行うときは、上甲板以上にある准士官以上は、特に厳格な
      る敬礼を忘るべからず。
   五、舷梯の使用は、士官室士官以上は右舷舷梯、その他に対しては左舷舷梯を使用すること
      を励行すべし。
   六、短艇内において喫煙することあるべからず。上級者喫煙することあるも、下級者は、遠
      慮するを礼とす。
   七、下士官および兵と飲食することを避くべし。

     ニ 士官次室における心得

   一、次室における敬礼は、同僚間といえども、決して粗略に流るべからず。また、同室内に
     おける談話は、じきに下士官および兵の間に伝わるものなるをもって、考慮を要す。殊
     に職務上の不平を鳴し、あるいは、上長を非議するの言は、厳に慎むべし。
   二、次室において「ソファー」に横臥し、あるいは、卓子上に足を挙ぐる等は、見悪きもの
     なり。
   三、次室において、碁・将棋・骨牌、麻雀等にふけることを避くべし。
   四、次室において、巡検後飲酒酪酎するがごときは、よろしからず。
   五、食事の際は、事業服を着用すべからず。巳むを得ざる時は、上衣のみ着換うべし。
   六、食事に関し卑意を述ぶべからず。
   七、室内においては、武装したる場合のほか、必ず脱帽すべきものとす。
   八、身のまわりのことは、従兵をまたず、なるべく自らする良習慣を養うべし。
   九、次室においては、「ケプテンガンルーム」を尊敬し、その指示を守り、上下の別を明にし、
     然も和気靄々たる気風を養うべし。
   十、制服は、必ず一通清潔なるものを整え置くを要す。背広服、または、和服は持たざるも事
     欠かぬものなり。軍人にして、流行を追い、華美なる服装をなすは、最も唾棄すべきもの
     とす。

     ホ 短艇指揮
   一、短艇指揮便乗者を許し、または、他艦船に達着するなどの場合は、乗艦中の上長に、その
     旨を通ずるを礼とす。
   二、短艇指揮として、上長の乗艇をみだりに追越さざるを礼とす。
     
     へ 艦の出入
   一、上陸休暇等のため出艦に際しては、副長および直属上官の許可を受け、当直将校に届くる
     を慣例とす。帰艦の場合また同じ。
   二、艦船を出入する場合は、特に服装態度端正なるを要す。舷門出入の際は、雨天の場合を除
     くほか、外套類は着用せざるを可とす。また、舷門番兵に対する答礼は、厳正ならざるべ
     からず。

     卜 他艦船における心得
   一、他艦船に至り、または、これを辞去する際は、必ず当直将校に来意、あるいは、退去の旨
     を告ぐるを要す。
   二、他艦船においては、公務と私務を混同することなきを要し、諸交渉は、順序を経て行うべ
     し。
 
     チ 陸上における心得
   一、水交社など、多数下士官の社交においては、各人礼譲を旨とすることが、即ち、窮屈なる
     気分を脱し、倶に楽しむ所以なるをわきまえ、高尚典雅なる海軍将校の社交に慣熟すべし。
   二、汽車・汽船・電車など多数混雑の場合は、努めて上長および、老幼婦人に席を譲るを可と
     す。
   三、海軍将校の体面を重んずるため、汽車は、二等以上に乗車するを例とす。
   四、海軍将校は、私交上、下士官および兵の出入する飲食店・娯楽場、あるいは体面を損すべ
     き場所に出入することを避くべし。
   五、陸上においては、下士官および兵と交際し、士官たるの体面を損するがごときは、深く慎
     むべきなり。
   六、陸上における敬礼、殊に答礼は厳格なるを要す。
   七、部外者ある席上、または、汽車、電車内などにおいて、軍事上機密にわたり、あるいは、
     職務上専門に属する事項に関する談話は、咸にこれを避くべし。
   八、部外者に対する招宴、集会などにおいては、未知の間といえども、努めて斡旋し、部内集
     団するを避くべし。
   九、新聞記者、御用商人などに対する談話は、公私の別をあきらかにし、最も慎重なるを要す。
     しかして、個人として、これらとの交際は避くるを可とす。
   十、自動車に乗車するには、先任者を先にし、右側・左側・中央・予備席座の順序に着席し、
     降車のときは、逆に後任者より下車するを例とす。

     リ その他
     講話その他諸集会の解散に際しては、長官(およびこれに相当する人)の退場せらるるま
     で退散せざるものとす。

第八 外国軍艦および外国人に対する心得


総   説

   一、外国港湾に碇泊し、あるいは、外国軍艦と同時に碇泊し、または、外国人に接する場合、
     我が軍艦および軍人の行動は、総て国家を代表するものなることを銘記すべし。
   二、外国港湾にありては、軍艦外務令に通暁し、帝国の威信を損するがごときあるべからず。
   三、礼砲礼式訪問の交換に関しては、諸規定に通暁し、遺憾なからしむるを要す。海軍礼砲
     令、海軍訪問規則、旗章令、当該国との交換文書、および港湾に関する海軍礼式令、海
     軍諸規定等参照

第一節  外国軍艦に対する心得
   一、外国軍艦に対する敬礼において、特に目立つものは、艦船の儀容および上甲板にある下
     士官および兵の服装敬礼なり、令なくして各個に帽を振るなどは厳に戒むべし。
   二、内外国港湾において、外国軍艦と同時に碇泊するとき差遣せらるる訪問使はおよそ左記
     によるものとす。(海軍訪問規則参照)
    (一) 訪問使は、普通当直艦の尉官指定せらるるを例とす。
    (二) 服装は礼装とす。
 
    (三) 我が首席指揮官の指令を受くるため、訪問前一旦旗艦に赴くべし。
    (四) 外国軍艦においては、常に右舷々梯を使用す。
    (五) 当直将校もしくは幕僚につき、左記要件を聞き取り、任務終了後報告するものとす。
       (イ) 指揮官氏名およびその任官年月日(要するとき)
       (ロ) 艦の任務行動航海中異変の有無
       (ハ) 補給その他、便宜を与え得べき事項
       (ニ) 公式訪問に関する打合せ
       (ホ) 特に指示、もしくは、依頼せられたる事項
   三、首席指揮官の公式訪問を終えたる後、士官室士官代表者数名の、相互訪問を交換するを
     例とす。この場合、左記の名刺を用い、士官室において短時間会談の後辞去するものと
     す。
   四、予告諒解なくして外国軍艦を見学することは、これを避くるを可とす。
   五、外国軍艦における乗退艦時は、慣例により、舷門においてまず、その軍艦旗に対し、敬
     礼をなすを可とすることあり。
   六、外国国歌に対しては、我が国歌に対すると同様の敬意を払うことを忘るべからず。
   七、我が国港湾に碇泊する外国軍艦に対しては、努めて敬意を表し、便宜を図るものとす。
 
第二節  外国人に対する心得
   一、外国軍人に対しては、我が軍人に準じ、相当の敬礼を行うべきものとす。
   二、外国人に対しては、公明正大にして、大国民の襟度をもって応接すべし。
     奇異の眼をもってこれを見、尊大を装い、あるいは、いたずらに自ら卑下するがごとき
     は避くべきことなり。
   三、風俗習慣を異にする外国人に対しては、相当の理解をもってこれに接するとともに、場
     合によりある程度まで、外国の礼式習慣にならうを可とすることあり。
   四、外国人に対しては、挙手の敬礼の後握手することあり。
   五、外国人に対して、彼の国語を克くせざるの故をもって一歩を譲るなどのことあるべから
     ず。重要なる交渉は、文書覚書をもって交換するを、可とすることあり。
     

      第三編 陸軍礼式

陸車礼式に関しては、諸例則巻三陸軍礼式を参照すべし。
陸軍礼式中特に留意すべき事項左の如し。
   一、団体長と称するは、独立隊長およびこれより以上の軍隊の長をいう。
   二、准士官および見習士官(相当官を含む)は、将校の礼式に従う。
   三、士官候補生および主計候補生は、その階級に応じ、下士官または兵卒の礼式に、その他
     の陸軍諸生徒は、兵卒の礼式に従う。
   四、陸軍軍人、海軍所属の艦船に乗組み、または、公然これを訪問する場合における特種の
     礼式は海軍所定の礼式による。
   五、海軍軍人、軍隊、および和親国の陸海軍将校には、陸軍軍人、軍隊に対すると同一の敬
     礼を行うべし。
   六、将校行進間において、軍旗(上覆を附せざる時)に行遇い、または、その傍を通過する
     時は、そのまま敬礼を行う。軍隊行進においては、行進を停止せず軍隊に対し、「頭右
    (左)」の号令にて注目し、刀の敬礼を行う。
   七、衛兵司令より上官たる将校、その所在の門を出入する時は、衛兵中最初にこれを認めた
     る者「敬礼」と呼び、現在する者その場に立ちて姿勢を正し、衛兵司令は、その将校に
     対し敬礼を行う。


      第四編 一般礼式作法

第一節  服装ならびに容儀
   一、服装容儀は、一見その人格風采を表示するものなれば、端正典雅なるのみならず、分に
     応じ俗に従い、努めて質素を旨とし、身体に適合し、頭顔髭髪の理剃、指爪の剪削など、
     その機を逸せず、しかも人をして不快の念を懐かしむるがごときことあるべからず。特
     に饗宴訪問などの時において然りとす。
   二、服装および容儀に関し注意すべき点、おおむね左のごとし
    (1) 海軍士官は、特別の場合を除くのほか、軍装を着するを最良とす。もしこれを着せざ
        る時は、左の要領により、和服あるいは洋服を用ゆべし。
        和服を用ゆるときは、夜会、その他盛儀の宴会には、必ず羽織(紋付)袴を着し、足
        袋を穿ち、その他の普通の集会、訪問、饗宴等には、普通の羽織を着するものとす。
       (羽織を略する場合も、袴および足袋は、気候の如何にかかわらず、これを用ゆるを
   

        礼とす。)洋服を用ゆる場合、その種類、用所、着装法の標準左表のごとし。(表略)
    (2) 服装は、清潔を旨とすべし。華美に過ぐると、飾品の多きとは、むしろ鄙陋の態を表
        示するに過ぎざれば、努めてこれを戒むべし。また、香油、香水などは、むしろこれ
        を用いざるを可とす。
    (3) 帽子は、頭上に戴くものなれば、服装中最も人の注目するものなり。故に深く意を用
        い、清潔にして適好の品を用ゆるを要す。しかして中帯を有する帽は、必ずその結合
        は左方に来るごとくす。
    (4) 襯衣は、常に純白のものを用い、袖の長さは、上衣に適合せしむべし、襯衣の汚れた
        るもの、または、その袖口の下より摺絆の袖口の顕わるものを着するは、ともにその
        威儀を損するものなり。護謨製の襟および手首を用うるは野卑にして、儀式等に際し、
        手首のみを用いて襯衣を着せざるは宜しからず。
    (5) 手套は、衣服に応じ白もしくは、着色のものを用ゆ。その色は、衣服の色より浅淡に
        して、手指に適合する者を宜しとす。破綻あるいは垢汗のものを用うるは、ただに容
        儀を損するのみならず、挙手に当りて甚だ不敬にわたるのおそれあり。
    (6) 靴は、革製にしてよくその足に適合し、常に光沢あらしむべし。

第二節  敬 礼
   一、相見の礼は、秩序を正し、品位を保ち、しかも親睦の交情を和暢ならしかべきなるをも
     って、恭敬を旨とすることを忘るべからず。しかれども、謙譲に過ぎ、あるいは動作の
     不活発なるは、かえって礼を失することであり。応対姿勢、動作は、毅然として犯すべ
     からざるものあるを要す。
   二、すべて軍人には、軍人特有の礼式ありて、常にこれに従わざるべからずといえども、平
     服を著したる場合、あるいは本邦固有の建物内にありては、本邦古来の礼式に従うを要
     す。
      第一款  拜 礼
   一、神前に拜するには、まず手水を遣い、神前に進み一秤し、次に玉串をささげ、のち拜礼
     すべし。拜礼の法は、海軍礼式令に則る。但し、和服の時は、神前に一礼し、玉串をさ
     さげたる後、拍手して拝礼するを正式とす。拍手は、一、二、と二度ずつ二回、または
     一回拍つべし。一、二、三と拍つべからず。
     玉串をささぐるには、その右手に持ち、左手を添えて神前に進み、一拝し、向きを直し、
     その本を神前に向け、右手にて檀上に供すべし。
   二、仏前にありては、神前の場合と同様に一拝し、次に焼香し、のち、拝礼を行う。ただし、
     和服の時は、一拝し焼香の後、合掌拝礼するを正式とす。
     焼香の際は、静かに右手にて香をつかみ三回または二回香炉に薫すべし。

      第二款 立 礼 坐 礼
   一、立礼は、和服の場合においても、海軍礼式令の規定に準じ行うべし。
   二、普通の坐礼は、まず正坐の姿勢を取り、先方の眼に注目し、腎を張らず手指を正し、両
     手を膝前に八字形に置きて指先の問を約二三寸とし、徐に上体を屈し、頭は坐面より約
     二三寸の所まで下ぐるを度とす。後徐に旧位に復す。最敬礼にありては、両手の食指を
     相接せしめ、両肘を膝側に近づけ、徐に俯伏し、額の手。・甲に達するを度とす。殊更に首
     を屈し、あるいは、腰を上ぐるは宜しからず。

     第三款 握 手 の 礼
     握手の礼は、互に右手をもってするを正式とす。この礼は、最も親和を表するものにし
     て地位高きもの、または婦人の方よりまず手を授くるにあらざれば、これを行わざるも
     のとす。この礼は、室の内外共に行うものにして、恭賀親愛の意を表するを主として、
     まず軽くその手を執りこれを握りこれを放つも、また貴者よりするを待ちて静かにこれ
     を放つを要す。決して卒急噪暴なるべからず。しかれども、過度に軽く握り、あるいは
     指のみを握るは反って礼を失す。また永きに過ぎ、あるいは甚だしく振揺し、あるいは
     妄りにその手を高起し、あるいは卒然これを放ち、あるいは病の為に右手を用ゆる能わ
     ざるにあらずして、左手を出すごときあるべからず。この礼を行うに際しては、言語を
     受くると否とに関せず、受礼者に注目するものとす。手套はこれを脱せざるも妨なし。

     第四款 敬礼に関する注意

   一、途上人と行き逢うときは、互に左の方へ斜に避け、その方に向かって礼すべし。もし握
     手の礼を行わんとするときは、軍装着用の際は、挙手注目の後、これを行い、平服着用
     の際は、帽を左手にて脱しこれを行うべし。途上尊長に逢うときは、礼を行うのみにて、
     談話をなさざるを法とす。しかれども尊長より進んで談話を交えらるるときは、これに
     応じ、その行進を引止むることなく随伴しつつ行うを可とす。しかして談話中は、必ず
     帽を脱すべし。もし、着帽を勧めらるること再度に及ばば、これを戴き別るるに臨みさ
     らに脱帽すべし。途上尊長と同行するときの注意は、海軍礼式令によるべし。
   二、衆人集会の場所において親友に逢うときも、噪暴に礼意を通じ高声にその名を呼ぶべか
     らず。
   三、他人に対して尽すべき敬礼の程度は、先方の階級により適当に参酌するを要するも、軽
     きに失せざるを旨とすべし。
   四、西洋にありては、室内に入りて脱帽し普通敬礼もしくは握手の礼を行うものとす。年長
     の婦人は、椅子に就きたるまま敬礼を受くることあり。この場合には、二三歩前にて停
     止し、通常の敬礼を行い、婦人がもし手を出せば更に前進し、上体を屈して握手の礼を
     行うべし。室内に入りしとき、主人夫妻ありてその妻を知るときは、まずこれに挨拶し
     たる後その夫に及ぼし、次に知人に挨拶すべし。その他未だ紹介を経ざる男女同席に在
     るとも、単に注目して敬礼を為せばたれり。

第三節 座 作 進 退
     第一款 日 本 室
   一、人の居室に入らんとするときは、一応挨拶をなし、応答を待つを礼とす。
   二、障子襖等は、通常、立ちながら腰を屈めて開閉すれども、特に丁寧なるを要する場合に
     おいては、脆きてこれを開く。
   三、障子襖の類は、出入の際開放せられある場合は、そのままとし、閉ざされありし場合に
     は、必ず閉ずるを礼とす。されど後より出入する大あらば最後の者これを閉ずべきもの
     とす。(西洋室にありてもこれに準ず)
   四、着座するに際し、洋服を着するときは、正座略座共に袴を引き上げ、また和袴を着しあ
     るときは、両側面より両手を袴の内方に入れて、膝部に若干の余裕を作り、綻びまたは
     膝の痺れを予防するごとくして座するを可とす。
   五、正座は、端正にして威容あるを要す。その法上体を正しき姿勢に取り、両膝を稍開き、
     腹部を張り、臂を過度に張らず両手を膝上に置くべし。
      注意一、正座長時間に亙り、堪え難きときは、足の栂指を屈折するか、または目立たざ
            る様に平指にて腓を押すも可なり。
         、主人(長上)より安座の挨拶あるときは、これに従うも可なり。すべて安座、膝
            を崩すに止むべし。ただし、場合によりてはあぐらするも妨げなし。
   六、室内を出ずれば他を流視せず、両手を自然のままに垂下し、静かに歩むべし。敷居、指
     の縁を踏み、物を跨ぎ、もしくは躓く等のことなきよう注意すべし。
   七、室内において他人の面前を通過するときは、すべて、二、三歩前にてその大に向い、跪
     きて一礼をなし、少しく腰を屈めて小足に通過すべし。
   八、室において他人の後方を通過するときは、小足にて歩みその人の被服または物品、ある
     いは障子襖などに触れざるよう注意すべし。

     第二款 西 洋 室
   一、人の居室に大らんとするときは、「こつこつ」と軽く二三回戸を叩き、応答を待つべし。
   二、戸を開閉するには、静かに把手を廻し、なるべく音を立てぬようにすべし。
   三、椅子に腰を掛くるには、下座の方に進み、椅子の脇に至り、両足を揃え椅子の方の手を
     肘かけまたはもたれの上に掛け、その方の足より進みて腰を掛くべし。
      注意 人と相対して腰を掛けたる場合に、足を組まざるを礼とす。
   四、椅子に凭りたる姿勢は、上体を正座のごとくし、腰または、膝の折目をほぼ直角に曲げ、
     両膝を少しく開きて揃え、足のうらは、平らに床に着け、両手を膝の上に置くべし。

第四節 喫  煙
   一、喫煙は、場所と場合とを問わず、随意にこれを為すは、宜しからず。これを嗜むものあ
     るも、また嗜まざるものも少なからず。故に、公会その他群集の場合など他人に煙気を
     及ぼす所においては、努めて喫煙を慎むべし。
   二、特に喫煙所を設けある時は、決してその場所以外においては喫煙すべからず。
   三、尊長と対する時は、決して己まず喫煙すべからず。また途上喫煙するにより、相知の人
     に遭遇する時は、礼を行うに先だち煙草を口より取り去るべし。しかれども、途上の喫
     煙はなるべく避くるを可とす。
   四、招待を受けたるか、もしくは訪問の際主人より煙草を薦めらるる時は、その内の一本を
     取り数本を取るべからず。しかして主人、あるいは同客より燧木に火を点じてこれを進
     めらるるときは、礼を述べてその燧木を受取り、煙草に火を付くるを礼とす。
   五、欧米各国の風習は、婦人所在の場所にありて喫煙するは、無礼の甚しきものとす。故に、
     外国婦人と室を同じうし、または同行するときは、彼の習慣により、喫煙することを避
     くべし。

第五節 談  話
   一、談話するときは、辞気温恭にして、言語明晰に、態度の優雅なるを要す。故に方言訛言
     を交え、冗弁捷舌を弄びあるいは、高声を発するがごときは慎むべきことなり。
     談話中、もし皇室に関することあらば、姿勢を端正にして、敬称敬語を用ゆべし。聴く
     者もまた特に姿勢に注意すべし。
   二、およそ談話の法は、まず人を楽しましめ、みずからまた和諧の快を享け、人の語を助け、
     その意を敷衍しまたは、人の語を傾聴し、その席の談柄に注意するにあり。また先方の
     談話を遮らざるようにすべし。
   三、話題は、相手の年令・知識の程度および境遇に相応ずる材料を取るべし。決して他人の
     批評、あるいは秘密などを語るべからず。
   四、多人数に対しての談話は、努めて全体にわたる話題を選び少数の人に専らにして、その
     他をして無聊を感ぜしめざるごとくすぺし。
   五、我が職とする事項のみ談話すべからず。世人、動もすれば談話の柄を、己が職とする事
     項、または我が喜好する事物に附会せんとすること多けれども、これらは実に野鄙なる
     行為にして、同席の大に倦厭の意を生ぜしめ、かつ我が知識の乏しきを顕すものとす。
   六、衆人の面前に於て、故なく我が一身上の事を詳述するは、衆人に倦厭の心を生ぜしめや
     すきをもって、避くるを可とす。(ただし、我が談話せんとする事項を詳明にせんがた
     めにこれを語るは可なり)
   七、人の性癖・家庭の情態を聞くことあるも、みだりにこれを他の席上に於て伝うることを
     避くべし。
   八、集会の席等にありては、他人を指すべからず。
   九、集会の席において、我一人多言して談話を占有し、また他人の談話に容橡し、もしくは
     自己の才能・功名を誇り、その権勢を衒うがごときあるべからず。
   十、集会の席にありて、他人の辞を追窮し、もしくは錯誤を指摘し、耳語するなどのことあ
     るべからず。また難語、隠語など衆人の解し得ざる語をもって人と談話すべからず。こ
     れらの行為は、同席の人に頗る不快の感情をなさしむ。もし、外国人列席するときは、
      なるべくその本国語をもって談話しこれを慰安すべし。
  十一、嘲笑誹膀は、もとより慎むべし。さりとて詔諛がましくほめ過ぐるは、見苦しきもの
     なり、卑猥なる話題を提出するは、士人の恥じる所なり。
  十二、人と争うことなかれ。もし、他人の説く所、我が意に反するときは、黙して同意せざ
     れば可なり。必ずこれに抵抗すべからず。
  十三、諸種の人物混集の席において、偶々我が親友を誹毀する者ありとも、求めてこれと争
     弁せざるを可とす。場合によりて庇護弁解を要する時は、慎重に前後を考慮し、努めて
     憤怒の激情を抑制すべし。
  十四、集会の席にして、後れて談話の半に来る人あらば、これがために、前に談話せし事項
     を述ぶるを可とす。
  十五、談話の時漫然興に乗じて我を忘るべからず。また公会宴集の際および途上にありては、
     長きに過ぐる談話を為すべからず。また格別なる高声を発することを戒むべし。
  十六、洒落弁、滑稽身振りなど、時に取りての座興を添うることあるも、あるいは人をして
     誤解せしめ、かえって不快を感ぜしむることあり。努めてこれを為さざるを可とす。た
     だし、淡白にして高尚なる諧謔は、大に興味あるものなり。
  十七、いやしき俚諺を引用すべからず。学識あるものは、佃諺を用いずとも、充分に我が思
     う所を述ぶることを得ればなり。
  十八、談話中他人の意見を引用するときは、その趣旨を明瞭に述べ、決して自分の説のごと
     く装うべからず。
  十九、談話は、人の貴践、尊卑に応じて自ら分別あることに注意すべし。あるいは、尊長を
     朋友視し、あるいは懐手をなし、物に倚り掛り室内を見廻し、欠伸を為すなどのことあ
     るべからず。眼は対者の眼を見るごとくするを可とす。

第六節 訪問附名刺
   一、訪問には、特に親密なる間柄のほかは名刺を差出すべし。しかして名刺には氏名(有爵
     者はその爵を冠す)を鮮明に印刷すべし。(官職上の訪問にありては、官職爵氏名の名
     刺を要す)また、公務上その他の用向にて官衙に至るときも名刺を用ゆべし。欧米にて
     は、訪問の時夫妻に対して各別に名刺一枚ずつ呈するを例とす。
     夫妻の名をもって招待せられたる場合の答礼のごときも、またしかり。
   二、皇族の御殿に参内するときは、名刺を呈せず、あらかじめ備えたる帖冊に官氏名を手記
     するを礼とす。
   三、普通訪問における会談時間は、長からざるを礼とす。ただし、強て留めらるる場合には、
     その意に従うを可とす。もし、主人が他出せんとする場合、もしくは、その家取込中な
     るを知らば、急用ある場合のほかは辞し去るを可とす。
     用事の為に訪問せる時は、なるべくすみやかにその用件を陳ぶべし。
     欧米においては、極めて懇意なる間柄にあらざれば、普通の訪問における会談時間は大
     抵十五分乃至二十分にして、三十分に及ぶものは稀なり。
   四、訪問は、普通食事時間に渉らざる時間においてするを要す。ただし、近親、親友の間柄、
     または公務上の要談、急用などある場合、もしくは、特に時刻を予約したる場合は、こ
     の限りにあらず。また極めて親密なる間柄のほか、夜間または朝食前にこれを訪問すべ
     からず。
      注意 外国人に対する訪問は、午前は十一時乃至十二時、午後は五時乃至六時において
         すべし。外国人の朝食は、通常午前八九時においてし、午食は、午後一時もしく
         は一時半。茶の時間は、大概午後三時乃至四時の間とす。夕食は、午後八時前後
         においてするを一般とす。
   五、訪問者本邦風の座敷に案内せらるる時は、履物、杖、傘等は通行の妨とならざるごとく、
     自ら整理し、玄関内もしくは応接室の入口附近にて帽剣および手套などを脱し、外套と
     共にこれを置き、(帽剣などを畳上にそのまま置くごときはこれを避くるを要す。)しか
     る後、室に入り、稍々下座の所に座し、主人の来るを待つべし。既にして主人来らば稍
     下の位置にて挨拶を為し、その薦めを待ちて座蒲団を使用するものとす。しかれども、                          
     この際最初よりただちに移るべからず。まず、自己の為に設けられたる席、もしくは相
     当と思惟する席の稍下座に位置し、薦めを待ちて席を移すべし。ただし、これを固辞し
     または、建具の開閉、あるいはその出入の妨となるごとき席に著座するは、共に却て礼
     を失するものとす。もし、洋風の応接室に案内せらるるときは、軍服にありては帯剣の
     まま、帽はこれを手に持つべし。その他の服装にありては、帽および外套などは室外に
     おいてこれを脱し、室に入るべし。
     西洋間にては通常媛炉飾棚の在る方を上席とす。
   六、訪問者は主人の面接を待つ間、みだりに座蒲団を用い、あるいは室内を漫歩し、あるい
     は椅子に就き、または煙草を喫すべからず。
   七、主人と対話中更に他の訪問者ありたるときは、座を下り、あるいは椅子を離れて目礼し
     (もし旧知の間なるときは、主人挨拶の後簡単なる挨拶を為すを可とす。)然る後、旧位
     置に復するか、または訪問者が己より長上者なるときは、座を譲りて下位に移るべし。
     己訪問せる時、他客、既にあらば、まず主人に礼して後客に及ぶべし。ただし、座に貴
     人あらばまず貴人に礼すべし。
   八、訪問者退室せんとするときは、時機を見計いて座を下り、下位に移るか、もしくは椅子
     を離れ立ちて挨拶を為し、更に玄関にて簡単に別れを告げ、屋外に出て外套を著するも
     のとす。もし屋内にてこれを着することを薦められたるときは、一礼の後これに従うべ
     し。
   九、主人玄関まで送り出んとする時は、一応辞退すべく強いて送り来らぱ再び一礼して出ず
     べし。
   十、旅館などに宿泊する大を、訪いて、もしあらざれば、己が名刺の上に、その人の氏と敬
     称とを記し、更に口頭をもって来意を述べ置くべし。かくせざれば錯誤を生じ、あるい
     は礼意の通ぜざることあればなり。
  十一、未知の大より名刺を受けたる時は、己の名刺を出して、これに答うるを礼とす。
     訪問に際し、主人不在なれば、名刺の右上端を表面に折りて呈し置くべし。

     面会を求めずして帰るとき、またしかり。しかして、凶時の弔礼訪問にありては、
     これに反し、裏面に折る法もあり。
     名刺の一端を折るは、訪問者自身の、来訪を證するものなれば、他人に名刺を托し、ま
     たは托されたるなどの場合には、これを折るべからず。
  十二、名刺のみを置きて帰るときは、「慶賀」「告別」などの文字、または訪問の意を簡単に
     記するか、あるいは口頭をもって、この意を述ぶるを
     可とす。
  十三、紹介状を得て訪う時は、己の名刺を添えて差出し、面会を請うべし。
     欧米にては、最初紹介状と名刺とを、取次人に托してそのまま帰り、先方より、何日に
     訪問せられたしとの通知あるを待ち、その日を期して再び訪問して、面会を求むるを常
     とす。最も、身分によりては、直に面会するものなり。
  十四、私用の為に、長者に対して在不在を電話にて尋ぬるは不礼なり。ただし、先方の召使
     迄に尋ぬるは、さしつかえなし。
  十五、訪問の際、主人不在なれば、取次に名刺を托し、且つ来意を言い残し置くべし。巳む
     を得ざる要件ある場合のほかは、その行先、または帰宅の時間を問うは礼にあらず。
  十六、外国人を訪問する際には、慶賀には(P.F)〔Pour filiciterの略〕哀悼には(P.C)
      〔Pour condoleanceの略〕謝礼には(P.R)〔Pour rimercierの略〕告別には(P.P.C)
     〔Pour prendre conge〕紹介には(P.P)〔Pour prescnterの略〕を附記するを可とす。
  十七、結婚、誕生、進級などを祝する為の訪問は、通例通知を受けたる後、遅くも一週間以
      内において行うべし。
  十八、病人、もしくは災害にかかりたる家を見舞う時は、強いて面会を求むべからず。たと
      い面会するも、みだりに長座すべからず。
  十九、弔問は、特に懇意なる間柄にあらざれば、通例、取次人に名刺を托して辞し去るを可
       とす。
  二十、長上、もしくは遠隔の地にある人を訪問するに当り、時間の余裕あらば、あらかじめ
      先方の都合を問合せたる後においてするを可とす。

第七節 迎  接
  客に接するには、温情をもってこれに接し、その感情を害せざるよう注意せざるべから
  ず。左に、その主なる注意事項を述ぶべし。
   一、取次は、召使のものに為さしむること多ければ、来客に対し、不都合なきよう躾け置く
      こと必要なり。
   二、客あるときは、その身分に応じ、あるいは玄関にあるいは室の戸口に客を迎え、あるい
      は室内に在りて訪問者を待つことあるも、必ず立ち、数歩前進し、常に温和なる顔容を
      もって、これを迎うること必要なり。しかれども、目下の者に対しては、出迎えざるも
      のとす。
   三、自ら客を案内する時には、少し先に立ちて、玄関あるいは控室に導き、帽子、雨衣類、
      携帯品を処理し終るを待ちて、さらに客室に導き、襖あるいは障子を開きて客を通し、
      次いで、自ら入りてこれを閉じ、長者には下座の方より両手にて座蒲団を薦め、その着
      座を待ちて、時候、安否の挨拶を為すものとす。西洋室に案内する時には、入口の前に
       至り、徐に扉を開きてまず客を入らしめ、次いで自ら入りて扉を閉じ、長者には、直に
      椅子を薦むべし。以下、前述日本室における作法に準ず。
   四、席次は、日本室にては、第一図のごとく床の間の前を最上の席とし、次いで床脇の前、
      次いで附書院の方、次いで床脇の横とし、主人は客に面して入口の方に坐するを普通と
      す。されど客の多人数なるとき、または男子席と女子席とを区別する場合には、第二図、
       第三図のごとく定むべし。ただし、右座敷の場合は、この反対と知るべし。
      西洋室にても、図の如く、貴賓と主人と相対するを礼とす。また客の数大ある場合は長
      者の左側を第二位とし、右側を第三位となすを普通とすれども、入口の都合によりては、
      左右いずれとも定め難ければ、その場合を見計うこと肝要なり。   

   五、召使をして、客を案内せしめたる場合には、客の客室に入るたるの報を待ち、主人は、
      時を移さず出でて挨拶を為すを要す。また、人の訪問を受け、故なく待たせ置きて接遇
      を遅延するは、最も無礼の行為とす。もし、巳むを得ざるときは、まず鄭重にその意を
      通ずるを可とす。
   六、対客中は、なるべく座を立たざるを可とすれども、もし巳かを得ざるときは一礼を為し
      て立ち、復席したときは必ず謝するを要す。
   七、客には、季節に応じて、火鉢、煙草盆、団扇などを薦め、次いで菓子、茶、珈琲などを
      供するを普通とす。
      時宜により、書画帖、写真帖の類、新刊書、雑誌、新聞類を、観覧に供することあり。
   八、客の履物の扱い方は、同輩以上に対しては、その向きを換え、順序正しく並べ置くを要す。
   九、客の携帯品および履物は、場所柄によりては相当の保管をなし、紛失の虞なからしむる
      を要す。
   十、来客中は家族は他室にありて静粛にして、みだりに高声笑声を発し、または楽器の練習
      等をなすべからず。
  十一、接客中は、時計を見、または客の前にて小供、召使を叱責する等は、無礼のことなる
      をもって、慎むを要す。
  十二、衆多の賓客を接遇するには、諸人に対し偏頗なからしむるように努むべし。
      もし、自然に愛敬の等差なきを得ざるに至り軽重を為さば、むしろ、疎遠に重く、親近
      に軽くし、あるいは地位卑下の人を敬すべし。これ、人に接するの要旨なり。
  十三、凶弔の訪問に対しては、送迎を為さざるを例とする。しかれども、一応送迎の礼を欠
      く旨を述ぶるを可とす。
  十四、名刺と紹介状とを受けたる時は、熟読の上、訪問者を迎え、適当の応対を為すを例と
      す。場合によりては面接の日時を通告することあり。
  十五、客の辞去せんとするを無理に引止むるときは、かえって礼を失するものなり。また、
      客の帰るときは、自ら玄関まで見送るを礼とす。されど、座に長者たる客あるときは、
      衆人をして代りて見送らしめて可なり。すべて客を見送る時は、通例その姿の見ゆる間
      は、そこに止まり、しかる後扉、障子などを閉ずるを礼とす。また、客の距ること未だ
     数歩ならざるに、あるいは高声に語り、あるいは笑声を発するごときは、共に無礼の甚
     だしきものなるを以て慎むべし。
  十六、客の辞するに際しては、なるべく送り出でて便利を与うるを可とす。外套帽子を取り、
     客を助くるは、家僕の任なれども自ら客を助くることを可とす。また、客の服装に注意
     し、携帯品などを置忘れざるようにするを可とす。

第八節 室内の設備
  室内の設備装飾は、身分に相応したる程度なるを可とす。しかして、座敷、床の間など
  は、総て人をして快感を持たしむるごとくするを要す。
   一、玄関の形式には種々あれども、いずれも常に内外を清潔に掃除し、一家の品位を保つよ
     う心掛くべし。
   二、洋式の玄関は、卓子を置くを便とす。また、入口には靴拭を備うべし。
   三、客室は常に清潔に保ち、日本式の室なれば、床には中央に掛物を掛け、挿花、または置
     物を置き、また床脇の鴨居の上、または欄間などに横額を掛くるを普通とす。
   四、洋式の客室にありては、媛炉の所を日本室の床前と心得、これを客位と定め、媛炉の上
     棚は、正面に書額を掛け、前に置時計を置き、左右に挿花、置物、燭台を飾り、これを
     装飾の中心とし、壁には額、あるいは掛物を掛け、その他の隅には屏風を立て、あるい
     は棚を置き、更に所要の器物を配置し、中央の卓子に盆栽、置物、盛り花などを置くを
     普通とす。

第九節 紹  介

   一、人を紹介せんと欲せば、必ずまず已に責任の帰することを覚悟せざるべからず。たとえ
     ば、已の紹介せる人が、もし先方の人に対して無礼を加えたりとせば、その責任は、徳
     義上これを引き受けざるべからず。したがって人を紹介するには、決して軽々にすべか
     らず。
   二、口頭の紹介たると書面の紹介たるとを問わず、すべていまだ交情深からざる人をみだり
     に他人に紹介するなかれ。たとい親密なりとも、自ら好んで他に紹介せんことは避くる
     を可とす。
   三、すべて紹介の順序は、幼者を長者に、賤者を貴者に引合わすを通例とす。また、西洋に
     ては、男子を女子に紹介するを法とす。
   四、尊長者、もしくは交情未だ厚からざる人に対して、已が知人を紹介せんとするには、い
     ちおうその承諾を得て後にするを礼とす。西洋にては、女子に紹介せんと欲せば、必ず
     あらかじめ女子の承諾を受くるを例とす。
   五、数人を一時に紹介するときは、紹介せらるる人の氏名のみを通し、紹介を受くる人の氏
     名は逐一これを告ぐるにおよばず。
   六、数人室内に在る時は、まず、最高位の人に紹介したる後、貴賤の順序を論ぜず、一端よ
     り他端に紹介するを、便とすることあり。
   七、相識らざる二人以上の客を同時に客室に案内せる時は、主人もしくは主婦は双方を紹介
     するを常とす。ただしこの場合の紹介は、通例一時的のものなり。
   八、他の家、もしくは遊歩の際において偶然邂逅せし人には、その間に立ち、別に紹介する
     を要せず。もっとも、双方の希望に出ずればこれを行うべし。ただし、このごとき偶然
     の会合にして互に面識したるも、特に紹介の礼を行うにあらざれば知遇とするを得ず。
   九、書簡をもって紹介するには、一層の注意を加え、双方共に交誼厚き人にあらざれば、あ
     えて行うべからず。紹介せらるる人は、自ら紹介状を持参して先方を訪問するを普通と
     す。場合によりては、紹介者は被紹介者につき、あらかじめ諾否を求むることあり。ま
     た、場合によりては、名刺に紹介の旨を記し、書簡に代うることあれども、これは略式
     なりとす。

第十節 饗  宴
     第一款 招待並に応答
   一、饗宴の招待状は、一週間前に到着するよう発送するを例とし、事情ありて遅速あるも、
     二日より遅く三週間より早くこれを出すことなかれ。招待状の文は簡単なるを礼とす。
   二、饗宴に招待すべき賓客の選択は、頗る思慮分別を要することあり。社会においてなるべ
     く同地位の者を選ぶべしといえども、その賓客は必ずしも相互に旧交の知己たるを要せ
     ず。蓋し、饗宴は賓客互に親密に接すべきが故に、主人たる者未知人を紹介するを得れ
     ばなり。
     西洋風にては、十三の数を忌み、十三人会食せざるごとく招待するものなり。
   三、饗宴に招待せんとする正賓の知人、あるいは正賓の使用する国語に通ずる者を集め、こ
     れを紹介し、宴席の興を添うることあり。また、正賓より高位知名の士を同時に招待し
     て、却て正賓の名誉と為る場合あり。
   四、一面識なき者は、これを招待すべからず。もしこれを為さんとせば、まずその知人に依
     頼して、紹介を求めたる後においてするか、もしくはその知人の友人として知人に誘引
     せしむべし。
   五、すべて、招待を受けたるときは、必ず直ちに書簡にて諾否の答を為すを礼とす。
     命令の意を含みたる招待(例えば、天皇陛下の命を奉じ、宮中大臣招待状を発するの類
     にして、この場合にありては先約あるも、先約を断るべきものとす)に対しては、不
     参の時のみその旨を式部職に届け出ずべし。招待状に返答を要することーー洋風にては、
     (R.S.V.P)(Repondey sil uous plait)を記入せざる立食案内状などに対しては、
     答を為さざるも妨なし。
   六、もし、招待状を承諾したる時は、決してその約を違うべからず。けだし、承諾したる客
      の来らざることあるときは、饗宴に齟齬を生ぜしめて、主人に迷惑を被らしむることあ
     ればなり。
   七、一旦約束を為したる後、やむを得ず欠席、あるいは遅刻する場合には、あらかじめその
     旨を断るを要す。
   八、招待に接したるときは、あらかじめ着服を考慮せざるべからず。その招待状中、特に指
     定なきものは礼服(軍服にありては服装令参照)と心得べし。
     もし疑ありて決するあたわざるときは、執事などについて問いただすべし。これを要す
     るに、宴会の服装は、その主人の服装に同じきを適当とす。もし異るときは、主人より
     正しき服を着するも決して略せるものを、着用せざるを礼とす。
   九、主人は、賓客より正しき服を着して接待するはかえって礼にあらざるなり。

     第二款 答  礼
   一、招待を受け、宴会に列せしときは、当日より一週間以内に(皇族に対し奉りては、なる
     べく近き日においてするを要す)答礼の訪問を為すべし。これが為、面会を求むること
     なく単に名刺を置き帰るを例とす。もし、事故ありて、招待に応ずる能わざる時といえ
     ども、謝礼の為に訪問するは、前に同じ。
   二、親友、その他親しき知己間における食事などの返礼は、これを行わざるも妨なし。

     第三款 宴席の礼
   一、招待の定時は、必ず違うべからず。三十分早きも、五分を遅刻するも、共に非礼となる。
     故、あらかじめ定時前五分乃至十分の間に到着するごとく注意するを要す。
   二、招待の時刻およそ三十分前に至れば、主人は、正室に出でて接待の用意を為すべし。
   三、衆賓正室に入らば必ず主人に挨拶し、しかる後来会の諸賓に敬礼し、互に淡泊なる談話
     を為すべし。
     軍装着用の際は、洋室においては帯剣のまま入るを例とするも、主人側より請求せらる
     るときは脱剣するものとす。
   四、食堂の準備已に整頓するの報を得ば、主人は来賓を誘導して食堂に入り、順次にその席
     に着かしむ。しかして、食堂の構造洋風なるときは、主人は我椅子の後に起立し、衆賓
     を待つに便宜ならしめ、その着席し終るを見て己もまた、その席に着すべし。多人数の
     会食などに在りては、下級者まず入り、日本風なれば己の座席において(未だ座蒲団を
     敷かず)洋風なれば、椅子の後に起立し、上級者の入り来るを待つことあり。
     洋風に在りては、主人はまず主賓たる婦人を誘い、以下順次食卓に着かしめ、最後に主
     婦は主賓男子を誘うを通例とす。
   五、席次は、来賓の資格、地位などに従い種々の差異ありといえども、いずれも階級の尊卑
     年令の先後などを斟酌し、賓客をして不快の感なからしむるよう注意すべし。
     席次の定め方は、迎接第四を参照すべし。
   六、賓客各自の座席を知るに便ならしむる為に、その氏名を記したる小札を卓上に置くこと
     あり。また、多人数の宴会なるときは、食堂の要図を製して、その席次を知るに便なら
     しむることあり。この場合においては、各自あらかじめ己の席次を知悉し置くを要す。
     もし、各自の席に示されざる時は、自己の相当と思惟する席より稍下位に着き、主人も
     しくは他の賓客の薦めを待ち、しかる後相当席に移るべし。この際、謙譲に過ぎ、下位
     に就くは却て礼にあらず。
   七、賓客着席すれば、主人挨拶し、主賓、または来賓総代これに答うることあり。この際、
     各自すべて姿勢を正す(椅子に倚りたるときは起立することあり)を要す。この挨拶終
     ればただちに食事に移るものとす。
     洋風に在りては、「サラド」出でたる後に挨拶あるものとす。
     杯を挙げて健康を祝せらるる場合、これを受くる者は、起立せずして、そのまま椅子に
     倚るものとす。
   八、洋風に在りては、賓客着席すれば直に卓上の「巾帆」を取り、各、その膝を覆い、もっ
     て喫食の準備を為す。
     ただし、巾帆を胸間より掛垂すは卑俗の行為なるをもってなすべからず。
   九、会集席上において耳語し、あるいは口吻にて物声をなし、あるいは手をもって耳、ある
     いは歯を弄し、あるいは他に見ゆるごとく小楊子を使用し、あるいは頭顱を掻撫し、頻
     りに頭髪鬚髯を整え、あるいはむせびあくびなどの粗野なる行為を慎むべし。これらの
     事は、平常といえども非礼不敬の行為にして、飲食の時において殊にしかりとす。もし、
     涙の出ずるときは、直に手巾をもってこれを拭い去るべし。これらは、貴人の前におい
     ても妨なし。
   十、食事中、みだりに席を離るべからず。巳むを得ざる場合には、隣席の人にのみ告げて密
     に席を去るべし。
  十一、食事の礼は、和洋の種類により各々其の法を異にすといえども、温雅端正なるべく軽
     佻野卑の風を戒むべきことは、共に相同じ。
  十二、退散は、己上客たる時は、食後およそ一、二時間ばかりにおいてすべしといえども、
     己より高級者ある時は、その去るを待ちて辞するを礼とす。もし、早く帰去せんとせば、
     努めてこれを陰密にするを良しとす。何となれば、もし公然の式礼を為して退くときは、
     その例、他客に及ぶをもってなり。故に、偶然主人に面接すれば、謝告せざるを得ずと
     いえども、もし然らざれば、謝せずして去るもあえて礼法に欠くることなし。
     皇族の御臨席ある場合には、その御退場の後にあらざれば、決して退去すべがらざるも
     のとす。
     正式の食膳は、二汁五菜、三汁七菜とす。今二汁五菜の食膳の一例を示せば左図の如し。
     其の他略式のものは、適宜膳及び菜汁の数を減ず。(図略)
     和食について心得べき事項左のごとし。

        そのI 和  食

正式ノ食膳ハ二汁五菜、三汁七菜トス今二汁五菜ノ食膳ノー例ヲ示セバ左図ノ如シ其他略式ノモ
ノ(適宜膳及菜汁ノ数ヲ減ズ
和食二就テ心得ベキ事項左ノ如シ

   ー、吸物は、酒に先立ちてとるものにして、蓋を取り、まず汁を吸い、次に実を食するもの
     とす。
   二、酒を受くるには、下座の人に一礼し、左手にて盃を採り、右手を添えてこれを受け、飲
     み終りて吸物椀の傍に置くべし。
   三、献酬は為さざるを可とす。
     もし、巳かを得ずこれを為すときは、決して下級より上級者に為さざるものとす。ただ
     し返盃は差支なし。返盃を為すには、盃洗にて洗熊するか,もしくは紙にて清拭し後こ
     れを進むべし。ただし、著しき高級者に対しては、望まるる時のほか返盃せざるものとす。
   四、食事の順序は、汁より飯に及ぼすべし。(飯を先にする流儀もあり)その他は適宜にて
     可なるも、同一の菜のみを食するは礼にあらず。また、菜より菜に移るべからず。
     香の物は、最後に食すべきものとす。
   五、椀の蓋は、右方のものは膳の右側に、左方のものは左側に仰向け置き、食しおわらば
     復蓋を為し置くべし。
   六、箸にて飯を椀中に押付け、あるいは食物をみだりに口中に押込み、もしくは箸を 口中
     に深く入れてしゃぶり、また箸に附着する飯粒を口にて取るなどのことを為すべからず。
   七、一の菜を食せんと、箸を下したる後、空しく止め、もしくは何れを食せんかと箸を按し
     て躊躇するなどのことを為すべからず。
   八、汁その他再進を受くる時、一旦膳に置きて後、食するものとす。
   九、膳の向側に在るものは、必ずその器を手に取揚げて食すべし。
   十、俯向きて余念なく食し、もしくは物を食する間に椀の上より諸所を視回し、またあつも
      のの椀底をみだりに探るなどのことを為すべからず。
 十一、魚肉の全部を食するも妨なしといえども、右頭にならざるよう反して食すべし。
 十二、楊子を使用するときは、左手をもって口を掩うを可とす。
 十三、唾壷に唾するには、手をもって口を掩うべし。また鼻をかむには、下座の背後に向い、
     高からざる声にてすべし。

        その二 洋  食
         イ、食卓作法
   一、着席作法
     食卓における着席位置は、大きなる宴会にありては、あらかじめ席順表が応接室の一隅、
     あるいは食堂の入口などに示されある故、これを見置くべし。婦人同席の場合はその着
     席する迄、また招待宴の時は、主人あるいは主婦の合図ある迄は、定めの椅子の後に立
     ちて待つ。着座は、椅子の左側より入り食卓と適当なる距離に(なるべく接して)行い、
     上体は料理の上におおいかぶさるがごとき姿勢とならざるよう注意すべし。
   二、ナプキンNapkin(セルヴィエットServietteとも云う)
     左横より二折に拡げて膝の上に置く。滑り落ちざるよう一端を膝下に敷くことあり。食
     事終らば正賓の立つを見て、ナプキンを膝よりとり、そのまま卓上に置く。この際ナフ
     キンは、唯まとめるか、ざっと畳む程度にとどめ、丁寧に畳みなおすべからず。ただし、
     家庭に泊まり込み居るときは、食事毎に洗濯するにあらざる故、これを畳みてNapkin‐
     ringに納め置くなり。
   三、「パン」
     「パン」は「スープ」終りて食し始む。「ナイフ」「フォーク」等一切用いず、左指先、
     あるいは両手の指先にて一口の適当量をつまみとりて食す。
     朝食時の「トーストブレッド」Tost bread(焼パン)は、二口位の大きさにつまみ取り
     て食すも差支なし。「バター」または「ジャム」などを、パンの全面に塗り、これをい
     きなり噛りて歯形を残すごときは、最も礼を失することなり。総じて洋食は歯形を残す
     を非礼とす。
   四、「バター」
     「フイッシュナイフ」か、あるいは「デザートナイフ」を用いて「バター」を「パン」
     の小片につけて食す。あるいは、ナイフを全然用いず、あらかじめ「バター」を「パン」
     皿の上に取り置きて、これにちぎりたる「パン」を軽く押しつけるごとくにつけて食す
     ることもあり。「バター」は、強いて用いざるも妨げなし。
   五、「取 分」
     給仕人が料理を大皿にのせて持ち廻る場合あり、この時、客は、差出されたる料理を、
     これに添えある取分用「スプーン」を右手に、同「フォーク」を左手に執りて大皿の料
     理を前方の己の皿に取分け、次に差出されたる「ソース」入(供されたる場合)の把手
     に左手の指尖を掛け添え、右手にて、それに添えある「ソースレードル」(匙の一種)を
     執りて「ソース」を掬い、前に取り分けたる料理の上、または脇に注ぎかけ「ソースレ
     ードル」を「ソース」入に返し、給仕人が隣席へ移り行くを見て、初めて「テーブルナ
     イフ」と「フォーク」を執りて食し始む。
   六、「ナイフ」および「フォーク」の置き方
     一皿の料理終らざる中に、休む場合は、「ナイフ」の刃を手前に向け、「フォーク」俯向
     けに八字形に置くか、あるいは皿の縁に置くなり。食し終えたる時は、「ナイフ」「フォ
     ーク」を揃えて皿の上にやや斜に置く。食事中談話する場合は、「ナイフ」「フォーク」
     を動かすことをやめ両手首を自然に卓上に載せ「ナイフ」「フォーク」を皿の上に翳す。

   七、口中の小骨と果実の核の処置
     食事中、小骨や皮、または硬き部分が口中に入りたら、皿の中に吐き出すことなく、
     「フォーク」をまず、口唇の辺迄持ち行き、その上に静かに吐き出し、皿の上に置く。
     果物の核は指にて取り出し、皿の上に置くも差支なし。
         ロ、料  理
  第一コース オードウブル Horsd'Oeuvre(前菜)
   金属製の盆に、種々食慾を促すが如きものを、盛りたるを給仕の持ち廻るを、客は、その中より
   好むものを取るなり。これは原語の示すごとく、本式の料理に数うべきものならずして、単に
   食慾を促すにあれば、あまり多くとらざるを可とす。
  第二コース スープ(Soup)スープチュリーン(Soup tureen)に入れて給仕人の持ち廻ることあり。
   この場合は、これに添えあるスープレードル(Soup ladle)(スープを掬う大匙)を執り、スープを
   適宜の量(普通はレードルに一杯)を掬いて、「スープ」皿に移し、「レードル」を「チューリン」
   の中に返す。「スープ」には、「ポタージュ」(Potage)と「コンソメ」(Consomme)
   といい、我がおすまし様のもの)との二種あり。大抵濃淡の何れかに、あらかじめ定めらるるも、
   もし濃淡二種とも用意しあらば給仕人は客に何れを好むかを問うべし。
   「スープ」は卓上右外側に置きある大型の「テーブルスプーン」を「ペン」のごとく執り、
   掌を仰向けて、手前より向うへ掬い上げて口の中に流れ込む如くに食す。減るに従いて左手にて
   僅かに皿を前方に傾けて掬う。食し終れば
   「スプーン」は、皿の中に仰向けに置くなり。このとき、ずるずると唇を鳴して吸込むは最も
   非礼なりとす。

  第三コース 魚料理 Poisson
   魚料理専用の銀製の「ナイフ」および「フォーク」を執りて食す。「ナイフ」を用いず「フ
   ォーク」のみにて食する人も多くあり、この場合「パン」の小片を左手に持ちて「フォー
   ク」の扱いを助けることあり。この「パン」片は食せず。
  第四コース アントレ料理Entree(鳥獣肉の料理)
   鳥獣肉の大片の場合には、「ナイフ」「フォーク」を用ゆれど、ミンチ類の肉(挽き肉)の場
   合には単に「フォーク」のみを用ゆべし。このコースなき場合あり。
  第五コース ロースト料理 Roast(鳥獣肉の蒸焼)
   鳥獣何れかの肉を蒸焼とせるものに、野菜を添えたる料理にして、大型の「ナイフ」および
   「フォーク」を用いて食す。
  第六コース 菓子 Sweet
   プディング(Pudding捏粉菓子) Pastry(パイの類)果物を料理せるもの(例えば焼リン
   ゴ)など、これらはすべて「デザートスプーン」(Dessert spoon)を用ゆ。
   「プディング」はまず竪に「スプーン」にて切り込み置き、次に「スプーン」を仰向けて手
   前より向うへ掬いては食するなり。
   「アイスクリーム」は、器によっては「デザートスプーン」を用い、「アイスクリームスプ
   ーン」添えあらば勿論これにて食し、「ウェーハー」添えある場合は、時々これを割ってそ
   の一片を食す。冷たさに舌の麻痺せんとするを防ぎ、もってせっかくの風味を充分に味わし
   むる役目をなす性質のものなり。
  第七コース チーズ(乳酪Cheese)
   パン皿を前面に移して、これをチーズ皿に用ゆ。「チーズ」は、その小片を「ビスケッ卜」
   の上にのせて、時に「バター」と共に食す。この時左手に持ちて口に運ぶ「ビスケッ卜」は
   堅くこわれ易き故、これを噛む時注意を要す。
  第八コース 果物類
    「フィンガボウル」(指洗Finger‐bowl)をのせたる果物皿配せらるれば、上の「フィ
   ンガボウル」を取りて、皿の左に置き、(もし下敷あらばこれと共に)然る後、取り分けの果物を
   皿の上にて食す。終りて指先を「フィンガボウル」の水に左右交互にひたして洗い、「ナプキン」
   にて拭う。
   果物は「ナイフフォーク」を用い、指を直接触れざるを原則とす。
    (イ)林檎および梨
       まず竪に四つ割りとせるものを、竪に皮を剥き、核の部分を刳り取りて食するなり。小口
       より一口に食し得らるるごとく切り、左手の「フォーク」に突き剌して食する人もあり。
    (ロ)バナナ
       食事に出す以前に、既に両端を切り落しある筈なれど、あく強き果物故「フォーク」にて
       支えつつ、更に両端を切り落し、しかる後「フォーク」にて押え、「ナイフ」の先にてあ
       たかも鰻を割くごとく軽く「ナイフ」を入れ、皮を剥ぎて一口大に切りつつ、「フォーク」
      にて食す。また、まず二つ割になし、身を引き出し、適当なる大きさに切り、「フォー
      ク」にて突き刺して食することもあり。
    (ハ)蜜柑
      皮のまま、指先にて四つ割となし、下まで割らず附け置きて、中味を全部皿に出し、手を
      「ナプキン」にて拭いたる後、一袋宛指先にて持ち、汁を静かに吸い、袋は前の皮の中に
      入れ、全部食し終らば皮を元のごとく合せて、皿の上に綺麗に片附け置くなり。 
    (ニ)ネーブル
      皮を「ナイフ」にて剥ぎ、竪に四つ割とし、林檎のごとき方法にて食す。塩、砂糖などを振り
      かけて食することあり。
    (ホ)ぶどうおよび桜桃
      ぶどうは、一個ずつ右の指先に持ちて食し、種子は皮に手際よく受けて皿の一隅に綺麗に置く。
    (へ)枇杷
      皮を「ナイフ」にて剥ぎ、左手の「フォーク」にて押え、果肉を「ナイフ」にて切りて「フォ
      ーク」に突き刺して食す。
    (ト)マンゴー
      真中に大なる種ある故、これに当らぬ程度に竪に「ナイフ」を入れ、種子を取り出したる後、
      左指先を果肉の左端に添え、小匙にて果肉を掬いて食す。
  第九コース 珈琲 Coffee
   珈琲は、食事の最後に出すこともあり、また別室に退きたる後、其処にて供することあり、晩餐の
   珈琲は、牛乳を入れずして飲む人あり、故に給仕人はその何れかを訊ね、牛乳を好まねば、給仕を
   してこれを入れしめ、また砂糖も好みに応じて、一つ二つと入れしむ。これを飲むに際しては、
   「スプーン」を執り、静かに掻き廻し、砂糖の解けたる後「スプーン」をとり出して、受皿(ソー
   サー)の上に碗の向側に置き、右の親指と人指指にて碗の手を摘まみ持ちて飲む。この時碗の取手
   の中に人指指を差し入れざるよう注意を要す。また、匙を入れたまま飲むぺからず。

 
 

          ハ、、朝の食事

     朝食は、何れの国に於ても、極めて簡単にして「フランス」の「バタパン」に珈琲、ロシヤの黒パンに
     紅茶、日本の御飯、味噌汁、香の物などのごとし。
     汽車、汽船、ホテルの食堂において一般に供さるる朝の洋式食事につきて、その内容順序を述ぶべし。
     1 果物(小切れにして供さるることもあり)
     2 粥(オートミールの類)(この代りに「コンフレックス」を用いることあり)
       「オートミール」は、適宜に砂糖を上に振り掛けたる後、牛乳を取り、この上に適量注ぎ
       かけ、「デザートスプーン」を執りて粥を掻き混ぜて「スープ」の場合と反対に、匙を向
       うより手前の方に掻き寄せる如き心持にて掬い食するなり。
     3 珈琲、紅茶、ココア、チョコレートなどの内一種
     4 焼パン、バタ
     5 魚料理、玉子料理、肉料理、冷肉料理などの内一種
     6 ホットケーキ類(熱き朝食用菓子)
       熱きケーキに小量の「バタ」を塗り、給仕人の差出せる「シロップ」あるいは蜂蜜を少し
       多しと思う程度に注ぎかけ、「ナイフ」と「フォーク」にて食す。
     7 「ジャム」と「マーマレード」
       最早充分ならば、強いてこれを取らず、珈琲など飲み干して静かに席を起つ。もし、これ
       を取らんと慾するならば、「パン」皿の上に「パン」を避けて食し得るだけを取り、「トー
       ストブレッド」あるいは「ホットロール」を小さく割きて、それに「バタ」を付け、「ジ
       ャム」か、「マーマレード」を盛り添えて食す。

        その三 支 那 食

   (一) 宴席を設けて客を招待せんとするときには、あらかじめ招待状をもって少なくとも三日前
       に使者、または郵便をもって来否を問うものとす。招待状の形式左のごとし。

       文意 陳者何月何日何曜日何時を期し、一献差上げ度候間御光来賜はり度候  某某敬具
       会場○○(平服) 住所(主人の)この招待状のごとく、特に便章とある時は平服、然らざ
       る時は礼服を着用すべし。これが回答は、場合によりて異るも、使者の持参せる時は、普
       通招待状の封筒に認めある自己の名前の中央傍に出席の場合は「敬陪」、欠席の場合は「敬
       謝」と認め、返送するを例とす。

   (二) 主人は、定刻三十分前に正定に出で、接待の用意をするものとす。客は、定刻ないし二、
       三分遅れる位に行くを普通とし、三十分も早く行くは礼にあらず。
   (三) 主人は、門前において客を迎え、まず「?来了」(「ようこそ」程の意)と云い控室に案内
       し、主賓には、正座の椅子を、「?請上坐」(どうぞおかけ下さいの意)と云ってすすめ、
       その他の客は先着順に坐らしむ。客は主人に対し、「今天承?賞飯吃謝謝」(本日は、御
       馳走に預り感謝に堪えずの意)と云い、主人は客に対し、「今天賞光謝謝」(ようこそ来ら
       れたり感謝すの意)と挨拶す。
   (四) 控室にて茶を注がれたる場合、必ず立って礼をするものとす。もし、給仕が茶を注ぎに来た
       る場合には、そのまま「謝謝」と云って会釈すべし。茶は、蓋のある茶碗を出されたる場合
       は、少し蓋をずらし、茶碗の蓋に右手の食指をあて、薬指と拇指は縁にあて、蓋をしたまま
       静かに飲む。もし、側に別に茶碗あらぱ、それに茶をしぽりて飲む。お替りを要する時は、
       蓋を取り置かば、お給仕が絶えず注意して注ぐものなり。
   (五) この場合、茶菓子として瓜子児(西瓜、南瓜の種)が出さる。これは、細くなり居る方を
      図の如く前歯にあつれば、うまく割る。割れたらば、実を舌につけて取りて食す。殼は床上
      に棄つるも差し支えなし。

   (六) 筵席の用意整いたるを待ちて主人は本席に案内す。
   (七) 主人は梅席と称し、席次を定む。卓は八仙卓と云い、八人を以て規準とし、主人に向合って
       主賓の席を設く。八仙卓は、総て宴会の標準にして、もし八人以上なる時は、八仙卓を二組
       または三組設くるものとす。
   (八) 卓上には、あらかじめ諸食器と共に左の十六種の料理
       備えあり。
       四乾菓(南瓜子、西瓜子、果肉、李仁)
       四水菓(生橘、葡萄、生梨、蘋菓)
       四蜜餞賤(糖鴉片、糖青梅、蜜豪、橘蜜餞)
       四冷葷(?梅?、皮蛋、油鶏、燻油)
       ただし、場合により、前記料理の中一部分のみ備えあることあり。
       着席するや、「蒸タオル」を以て、顔手を拭い終って、主人は起ちて、まず主賓より順序に酒
       を酌み、「請用酒」(どうぞお飲み下さいの意)と云い、来客に対して敬意を表す。この時
       客は起ちてこれを承け、「謝謝」と云いて礼す。注ぎ終らば主人は、「我先敬諸位乾一杯酒」
       (いざ乾杯せんの意)云って乾杯す。酒を飲む時に、氷砂糖を出すは、自家の酒を卑下す
       る意なれば、客はこれを使用せざるを礼とす。
   (九) 酒一巡したる頃、左記の料理を順次に卓上に運ぶ。
       前菜 四炒盆(芙蓉蟹、炒鶏片、榴魚丁、糖火腿)
       主菜 四大采(燕窩采、紅焼?魚、掛炉焼鴨、醋榴鯉魚)
       四海起(紅焼鮑魚、青荳蝦仁、蝦子海参、蛋皮魚捲)
       ニ點心(八宝飯、餃子)
       十錦鍋子
       ただし、料理の種類は場合により一様にあらず。
   (十) 主人は、まず主賓に「請用菜」と云って料理をすすめ、主賓は、所要の分量を小皿に移し、
       順次隣席に移し、最後に主人に廻すものなり。また、時によれば、主人が客に自分の箸を以
       て料理を取りてくるることあり、この時不快の色を顔に出さざるよう注意すべし。これは親
       密の意を表するものなればなり。
  (十一) 主人は、料理の替る毎に「請請」と云い、料理をすすむ。また、今天没有好酒、請各位多
       用幾杯(今日は、あまりよき酒なきも、乞う、十分杯を重ねられんことをの意)など云いて、
       盛に乾杯す。客は、これに対して「敬酒」と云って乾杯す。
  (十二) 客に挨拶するには、主菜の第三皿位の時においてし、答辞もこれに準ず。
  (十三) 最後に盃を伏せ、二、三の塩菜、醤菜と共に、御飯、次に主人は、菓物などをすすひ。終
       りて「タオル」を以て顔手などを拭い、檳榔子をかみて口臭を消し、口を浄め終宴となる。
       場合により、転席して談話に移るも、特別なる用事あらば、主人に「今天討擾、我還有點児
       事、先走一走」(本日用事あれば、一足先に失礼申すべしの意)といいて、退散するも差支
       なし。
  (十四) 食事中喫煙は慎しむべし。


       その四 夜会および遊会等の礼


   一、夜会(立食)において、餐卓既に備わる報を聞かぱ、徐にその室に至り、適宜に飲食し、
     これを終らば再び正室に復り、適宜に談話し、尊長の散帰するを待ちて辞し去るべし。これ
     らの会は、多数の人集合するを以て、喧閙の言動を慎しみ、ことに食席に就くときは、傍人
     と肩摩せざることに注意すべし。
   二、通常、立食場は、?菓陳列台、飲酒分与場、食器配与場および各人の随意使用し得べき数
     多くの食卓を設けあるものとす。故に今一例を示せば左の如し。
     食器配与場に至り、食器を受領し、?菓陳列場に至り、嗜好する食物を採り、飲酒分与場に
     至り酒の分与を受け、後食卓に就き、飲食するが如し。
   三、夜会、園遊会、その他立食の餐宴の際、久しく陳列台の附近に留まるは、他人の妨害とな
     るものなれば、?菓を取りたる後は、直にその位置を去るを可とす。また、饗宴には、普通
     全客員の半数に応ずる?菓を用意しあるものなるを以て、一時に多量を採ることなく、少量
     宛数回に採るを可とす。これらの会の本旨は、食するにあらずして、談話、舞踏遊戯、もし
     くは交際を主とするものなれば、能くその主旨を誤らざるように注意せんことを要す。



       その五 宮中陪宴の心得

  賜宴のため参内するときは、東車寄(馬車、自動車にて参内する者は、御車寄より入ること
  を得)に至り、階下にて帽を脱し、掛員に名刺を出し、席次を表示する札を受け、指示に従
  い溜所(勅任官以上は、西溜所、伯、子、男爵有位、華族は東一、二の間左廂)に至り、掛
  員の指示を待ち、賜宴場各自の席に至る。しかして、陛下出御勅語を賜わりたる後著席し
  (豊明殿以外の室にある者は、掛員の指示により)陛下入御の後退場するものとす。
   
   注意
   一、賜宴中は静粛にすべし。
   二、賜餐は、これを戴き帰ることを得るも、入御の後にあらざれば包むことを得ず。
   三、賜宴中席を離るることを得ず。

第十一節 賀儀葬祭

       第一款 賀  儀
    一、出産、結婚、寿賀などの慶事ありて、その披露を受け、または親戚、先輩、知人の進級、
      栄転せる時は、祝意を表する為に、遅くも一週間以内に、相当の服装にて訪問を為し、また
      は鄭重なる賀状を贈るを礼とす。
    二、祝宴に招かれたる際、特に注意すべきは、不吉の言行を慎むことなり。出征の時は、特に
      然りとす。この時にありては、打鮑、勝栗、昆布を以て肴と為すを例とす。
    三、元旦には、早く起き服装をととのえ、皇城を遥拝し、神仏および祖先に礼し、父母長上に
      賀詞を述ぶべし。
    四、新年の回礼は、三ヶ日内に行うべし。名刺を用いて賀正を表する場合には、恭しく名刺受
      に入れ、一礼して去るべし。為し得れば親しく面接して、賀詞を述ぶるを礼とす。ただし、
      懇意なる家の外は、座席に通るにはおよばず。遠隔の地にある親戚、恩師、先輩、知人には、
      賀状を差出すべし。
    五、国旗を掲ぐるには、竿頭の球に旗を接近せしめ、門に向いて左側に立つるべし。

       第二款 葬  祭
    一、親戚、知人などの家に不幸あるときは、速に訪問して弔詞を述ぶべし。格別親密ならざる
      間柄に在りては、玄関に弔意を述べ、喪主あるいは家族に面会を求めざるを可とす。遠隔の
      地にありて訃音に接したるときは、電報または書信を以て弔意を述ぶべし。
    二、会葬するには、なるべく出棺前にその宅に至り、氏名を通ずべし。葬列に加わるときは、
      謹慎を旨とし、傍視談笑するなどのことあるべからず。また式場にては、極めて静粛にして、
      式を終るまでは、みだりに席を離るべからず。式場の礼拝は第二節によるべし。
    三、会葬の往復の途次家を訪問するは、失礼とす。
    四、自家の喪中には、殊に家人の静粛を旨とし、物の取扱、戸障子の開閉などすべて鄭重にすべし。
      また、自家喪中にありては、額掛物など室内の装飾物を取外すを可とす。
    五、みだりに弔問の人を引止むべからず。しかして弔問客に対しては、失礼なきよう万事注意
      すべし。弔問者の氏名は、悉く記し置きて答礼の時の控となすべし。
    六、忌中携うるところの名刺は、その縁に黒枠を施すべし。訃報の葉書および状袋もまた同様とす。
    七、國家の大葬または國葬日などに際し、國旗を掲ぐる場合には、球を黒布にて包み、旗を下
      に下げ、球と旗との間に小幅の黒布を附すべし。球と旗との間に間隙を存するときは、半旗
      となり、凶弔を表するに用ゆるものなることに注意すべし。

第十二節 船車内および旅館などにおいて公衆に接するときの心得

    一、乗降車(船)の際は、長上を先にするを礼とするも、下級者はあらかじめ乗降の諸準備を
      整え置き、長上をして時間を空費せしむるが如きことあるべからず。また座席は一般に中央
      を下位とす。
    二、汽車、汽船、電車内などにおいては、諸規定を守るべきは勿論、殊に衆人に対して無礼な
      きようにすべし。決して、自己の便宜のみを計り、他人の迷惑を顧みざるが如きことあるべ
      からず。
      みだりに座席を広く占むるが如き荷物を、腰掛の上に置くが如き、婦人子供の前をも顧みず、
      みだりに喫煙するが如き、または飲食物の残滓を撒き散らすが如き、放歌するが如き、また
      は床上に啖唾を吐くが如き、あるいは隣客にことわらず勝手に窓を開閉するが如き、もしく
      は、寝台車にあらざる列車内において着換をなすが如き、他人に不快の感を起さしめざるよ
      う慎むべきなり。
    三、旅舎、温泉場などは、多数の人々が一日、もしくは数日を安静に保養すべき所なれば、隣
      客互に妨害せざるよう、また互に不快の感を与えざるよう注意せざるべからず。放歌高吟を
      なし、あるいは夜晩くまで談話をなし、隣客の静養を妨げるが如きは慎まざるべからず。
    四、諸種の人物混楽の際、公務上その他、人の身上に関することを談話するは、これを避くべ
      し。また甚だしく高声にて談笑し、為にその言動の粗野に亘るが如きは、大いに注意すべき
      ことなり。

第十三節 書翰の方式
       第一款 封  書

 用紙は、普通の場合においては、半切の巻紙または便箋を用ゆるも、鄭重を要する場合には、
 奉書の巻紙を用ゆるを可とす。その認め方に関し、注意すべき事左の如し。(便箋にありて
 は、適宣斟酌すべし)
     イ、用紙の裏に認めざるよう注意すべし。
     ロ、前後の余白は、二寸五分位とし、天地の余白は、天五分、地三分位を可とす。
     ハ、行と行との間は、更に小さく一行を書き入れ得べき程にするを可とす。
     二、文字の大きさは、半切一行におよそ十二三字を可とす。ただし、文章の長短により、多少
       の斟酌あるべし。
     ホ、末文と日附および署名との間、また日附および署名と宛名との問は、およそ本文一行程の
       間隔あるを可とす。
     へ、署名は、日附の下に低く行尾までに書し、宛名は、行頭より少しく下げて書すべし。
     卜、巻方は、表を内にして、奥より口の方へ巻くべし、ただし、折目は、宛名にかからぬよう
       注意すべし。
       封筒の認め方、その他に関し、注意すべきこと左の如し。
     イ、宿所および宛名は、楷書または行書にて明瞭に書くべし。郵便に出すときの宿所は、なる
       べく大きく書くべし。
     ロ、宿所を記するに、長きものは二行に分ちて書くも、妨げなけれども、町村名、字名、また
       は番地など各々連続せる名称を分書して、二行に跨らしむべからず。
     ハ、艦船部隊、官衛学校などを書き表すには、その所在地をも記入すべし。
     二、上官に対する宛名は、通常その官氏名を記入するを例とす。
     ホ、切手は、表面左上方に正しく貼付すべし。
     へ、切手を貼付するときは、封書の目方に注意し、不足税を払わしむるが如きことなき様にす
       べし。また謝礼訪問などの場合、名刺を封筒に入れ、開封にて送るとき、四字迄は記入し得
       るも、四字を超過する時は、封書(第一種郵便)と同一の取扱を為すことに注意すべし。
     卜、受信人の居所確知し難き場合に、某官衞または某者に、その人宛の書信の渡し方を乞う場
       合には、気付と書添うるを可とす。例えば、何大使館気付、または何誰殿気付などの如し。

       第二款 葉書
     イ、葉書は、略式に用ゆるものなり。裏面に本文を記載し、用事もなるべく簡単に記すべし。
       ただし、表面と逆書にならぬよう、また紙面に不足を生じ、あるいは多く余白を残すが如き
       ことなきよう、あらかじめ注意すべし。
     ロ、表面には、住所氏名のみを認むべし。ただし、絵葉書にありては、表面下方二分の一以下
       に線を画し、通信文を記すことを得。二分の一以上にわたり、通信文を記するときは、第一
       種郵便と同一の取扱を受くるものとす。
     ハ、表面の印章(切手)を汚損せざるよう注意すべし。

       第三款 文字の書き方

     イ、書翰文の字体は、行書平がなを用いて丁寧確実に記述すべし。特に平がなは、読み誤られ
       易きにより、明瞭に書くことに注意すべし。慣用の文字は、草書を用ゆるも、妨げなけれど
       も、無雑曖昧なる文字を書くべからず。
     ロ、墨色は、濃くすべく、墨継はなるべく語句の始めにおいてすべし。
     ハ、御の字、または先方の氏名および代名詞は、なるべく行末に記すべからず。
     二、自己の称呼および左に記せる文字は、なるべく行頭に記すべからず。行末に余地なき場合
       には、行末の左傍に書すべし。
       侯、故、処、趣、哉、間、条、付、由、旨、迄、等。
     ホ、物名ヽ熟字などは、なるべく行末より次の行頭に旦りて分書すべからず。
     へ、尊長に対する文中には、自己の称呼を他の文字よりも小さく、少し右方に寄せて書くべし。
     卜、行頭および行末の不揃にならざるよう注意すべし。

       第四款 日附および署名

     イ、日附は、年号、月日を明記するを正式とすれども、年号を略し、月日のみを記することあ
       り。また、急用などの時は、時刻を附記することあり。
     ロ、署名は、氏名を明記するを普通とすれども、家族、親友など、親しき間柄には、名のみを
       書し、ま仁卑幼に対しては、氏のみを書することあり。ただし、葉書、封筒には氏名を正し
       く記すべし。
       連署のときは、身分低きものを前にして高きものを後にすべし。
       尊長に対しては、自己の氏名または名の下に拝、あるいは再拝などの字を添うることあり。


       第五款 宛名および尊称

     イ、宛名および尊称は、長上ま仁は同輩に対して楷書または行書を用い、卑用に対しては、草
       書を用ゆるも妨なし。
     ロ、閣下は、爵位ある人、官職高き人(将官に対しては、閣下を使用す)に用い、殿は公用文、
       改まりたる場合、並びに弟妹その他一般の場合に用い、様は父母、兄姉、親族その他親しき
       人に用ゆるを普通とす。
     ハ、上官に対する宛名には、通常その官氏名を記するを可とす。ただし、本書の宛名には、親
       密の意を表するため、氏名(某大佐殿)(某少将閣下)の如く記することなどあり。
     二、連名の時は、身分高きものを前にし、低きものを後にすべし。
       備考
       書翰に関しては、海軍兵学校において出版せる作文参考書(書翰文)を参考すべし。

第十四節 雑

立礼における物品の授受は、軍装と和服とを問わず、海軍礼式によるものとす。

TOPページへ
戻 る