茂木のおちかさん
茂木のおちかさんと云へば、長崎で誰知らぬ者は無い。おちかさんは六十餘りだらう、昔は藝者だとか、紅い鹿の子やかんざしをやると、喜んでポツンゝの三味線を引く、流行物は知らぬが、昔のならなんでもやる、茂木は長崎を二里はなれた漁村、そこから毎日のやうにやつて来る。いつか其の歸り途で狐にだまされて、翌朝まで三味線を弾いて居たそうだ、それから以来は長崎の町はづれに三味線をあづけといて、夕暮れの淋しい夜道をとぼゝと歸つて行く。
渡辺与平