AJAX AMSTERDAM
<アヤックスが輩出した優秀選手>
| PS | 名前 | 備考 |
|---|---|---|
| FW or MF |
ヨハン・クライフ Johan Cruyff |
エル・サルバトーレ、ヨハン・クライフ"スーパー・スター"この人なくしてアヤックス、いやサッカーは語れない。「空飛ぶオランダ人」と呼ばれ、トータルフットボールの具現者としてオレンジ軍団を率い、またその卓越した個人技も含め、世界を驚嘆させた。1974年のW杯こそ準優勝に終わったが欧州チャンピオンズカップ3連覇(1971、72、73もちろんアヤックスで)また1971、73、74と欧州最優秀選手を3回受賞、これはプラティニ、ファン・バステンと並び最多受賞となる。もちろん最初に3度受賞したのはクライフである。 |
| MF | ヨハン・ニースケンス Johan Neeskens |
オランダがクライフとともに誇るもう一人の「ヨハン」。闘志溢れるダイナミックなプレーで70年代のオランダを支えた中盤のダイナモ。アヤックスではキャプテンとしてチームを牽引し、代表でもクライフなき後エースとして君臨した。また浮き球に対しては天才的な感覚を示し、アクロバチックなシュートで数多くの貴重なゴールを叩き出した。FRANCE98オランダ代表コーチ。 |
| MF | フランク・ライカールト Frank Rijkaard |
ブラック・スワンと呼ばれ、その躍動感あふれるプレーと中盤の底でのアグレッシブなディフェンスはチームの士気を高めるだけでなく、観客へ大きな存在感をしめした。フリット、ファン・バステン、クーマンとともにBIG4と呼ばれオランダ代表に君臨、またフリット、ファン・バステンとはACミランの黄金時代を築いた。高い、強い、速い、巧い、さらには調子の波も少なく非の付けどころのないプレーヤーだったが、気性が少々荒く、彼のサッカー人生で唯一の汚点はワールドカップイタリア大会決勝トーナメント初戦での西ドイツ戦でフェラーに唾をはき退場になったことである。あのときライカールトが冷静でいたら優勝したのはオランダだったかもしれない。 しかし、ライカールトの生き様は素晴らしい。アヤックスでヨーロッパチャンピオンになって引退すると公言し、これを即実現、多くのファン惜しまれつつ引退。サッカーだけが人生ではないと言い下着デザイナーになったらしい。FRANCE98ではニースケンス、クーマンとともにオランダ代表のコーチとして白人、黒人の人種間の繋ぎ役として活躍。オランダの黒人達にとってライカールトはフリット以上にカリスマを持っているようだ。 アヤックス→R・サラゴサ→ACミラン→アヤックス 1962年9月30日生まれ 189cm 88kg 1990、1994ワールカップ出場 1988欧州選手権優勝 |
| FW | マルコ・ファン・バステン Marco Van Basten |
オランダ史上、いやヨーロッパ史上最高のストライカー。この表現に異議を唱える者はいない。ヨーロッパ最優秀選手3回受賞した史上2人目の選手。高さ、スピード、決定力、創造性、センス全てに優れ怪我をしなければあと数回バロンドールを手にしただろう。彼のプロサッカー人生はあのヨハン・クライフとの交代出場で始まった。クライフが自らファン・バステンを交代選手に指名したのである。素晴らしいストライカーは汚いファールを数多く受ける。しかしそれをかわし、受けても跳ね返し、怪我をしない強い肉体が必要だ。ファン・バステンに欠けていたのはその一点だけだった。晩年、といっても一般サッカー選手の全盛期と言われる年代に何度も手術を繰り返しつらい時期を過ごした。オランダ人の中では珍しく、冷静沈着であり勝利に対する執念、ワールドカップへの想いは強かった。94年のアメリカ大会へは怪我が完治していなかったがサッカー人生が終わってもいいから出場したいと言っていた。しかし所属ずるACミランから「もしアメリカ大会に出場するなら解雇だ」と宣告され度重なる怪我にもかかわらずすっと待ち続けてくれたクラブに対する恩義、礼儀か最後のワールドカップ出場の機会をあきらめた。この後ファンバステンの勇姿を見ることはなかった。オランダのアヤックスで133試合、127得点、ミランで147試合、90得点を挙げた。 アヤックス→ACミラン 1964年10月31日生まれ オランダ、ユトレヒト出身 188cm 80kg 1990ワールドカップ出場 1988欧州選手権優勝 |
| FW | デニス・ベルカンプ Dennis Bergkamp |
“Dennis”という名はベルカンプの父がイングランドの名選手デニス・ローのファンだったためつけられた。ただ、オランダでは最初に申請したDenisというスペルが女性の名前に似すぎていたため受理されず、“n”を一文字増やし登録したという。 ベルカンプの怖さはそのスピードと強さ、そしてシュートの正確さにある。屈強で力強いプレーを見せたかと思えば柔軟で柔らかいボールタッチもする。敵ディフェンダーにとっては非常にやりにくい選手ではないだろうか?またストライカーなのだがパスセンス、視野の広さも突出しておりこの能力がアシストの数にも現れている。 FRANCE98終了後、ベルカンプはこうコメントしている、「4年後は優勝できる」。ということは日本でその勇姿を見ることも夢ではないようだ。 アヤックス→インテル→アーセナル 1969年5月10日生まれ 185cm 80kg 1994、1998ワールドカップ出場 |
この下は工事中です
