前の戯言で書いたウェブの進化形がSNSって事なのだろうか。
その割に私の興味を惹かないのは何故だろう…。
個人情報保護が叫ばれている現代と矛盾するから何だろうな。
後、名前が悪い。 ソーシャルというと、ソーシャルエンジニアリングを連想する。
冠につくソーシャルが胡散臭い。
ソーシャルエンジニアリングの意味は、Wikipediaとか用語辞典を参照してください。
さて、実体だがソーシャルネットワークサービスは、現在どういう機能を提供しているのだろうか?
ぱっと調べた感じだと、やっぱり個人が類似する趣味や考えを持った人間を探す、人間を集めるといった場を提供する物っぽい。
某国産サービスのサイトを覗くと「使い方」なるページが掲載されており、個人情報を安易に晒すなと警告が出ている。
まあそうだろう。 怖すぎる。 そして限界が、そこにある。 何にしろ暗いサービスだな、と思う。
笑えたのが、オンラインゲームの仲間を集めるSNSってのがあった所だ。 ゲーム内で集めろよ、と。
この一つを見てもオンラインゲームが腐っている証左だと思う。
あれのコミュニティは、利害を共有する集団になるから友人は形成されず、上司と部下(リーダとメンバー)が形成されてしまう。
で、本質は日本人だから村社会が形成されていき、精神を病む人間が生産される訳である。
ま、どうでもいい話だ。
こういうツール全体に言える事だが、ネットワーク上で単純に枠を定めただけのコミュニティ形成ツールは、概ね関係が壊れやすい。
機械が作った契機でも利用する側が正しく使えばコミュニティは形成される。
だが、機械を使おうとする意志は、裏を返せば緩衝材が欲しい現れとも言えるし、気軽で軽薄な気持ちで使う人が多いのではないか?
もう一歩踏み込めば「料金を払っているのだから、人を紹介してくれる筈」という事である。
要は、受け身で棚ぼた的な発想で利用するのである。 能動的、積極的に人を吸引しようとする訳じゃない。
「自分が好意を持てて興味を惹く人間が、こちらに不利益を一切生じさせず、逆に「与えてくれる」人間」を紹介してくれると思う訳だ。
こんな意識を持った人間が集まるSNS。 まともなコミュニティが形成されているとは思えない。
どうも腐臭を感じる。
注意事項を読めば読む程、オンラインゲームと同じ悪循環がある気がしてしまう。
よくよく考えれば、オンラインゲームも一種のSNSか。
ゲームという趣味を持った人間が集まるコミュニティ。
そうなると、同じ話になってくるんだな。
「枠」を提供しているだけ。 賭博場で入場料を徴収するシステムと同じってことだな。
賭博場において、一番利益を得るのは誰か? 普通に言われる通り、胴元が徴収する入場料が儲かる。
経営者が寝てても、資本家が遊んでいてもお金が転がってくる。
なるほどね。 金銭回収システムとして、良くできてるわ。 利権の巣窟。
マスコミが騒がないのは、利権の汁を吸っているのか、利権が集積した資本で縛られているのか?
本質が「賭博」であると認識しているから、社会の塵をわざわざ取り上げる必要を感じず興味をそそらないからなのか。
人を集める枠を定めて、枠に入る人間から金銭を徴収する。
結局、金銭を巻き上げる商売をするなら、それを立ち上げるのが一番儲かるって事か。
ネズミ講、会員業、国家、賭博、SNS、オンラインゲーム。
人を集める重力を作り、枠をかぶせて入場規制する。 使っている革袋が新しくなっただけなんだね。
袋を変えて過去から現在に至るまで類似商法が繰り返されてきた。
話を戻そう。
コミュニティ形成ツールは、花の蜜に群がる蜂達へ、蜂同士が相互に引き合う様に働きかける必要があるんだと思う。
相互に与え合う、公平に分かち合うように促す義務があるのだろう。
娯楽との境界線は、多分ここだ。
物作りを放棄して、入場料や手数料を財源とした産業が成長していく社会って健全なのだろうか…?
健全じゃないよな。 一方的に利益を奪うだけで社会に一切貢献しないのだから、俗に言う搾取が行われているとも言える。
それ以前に、それは生産活動じゃないから、等価交換の原則に反している。
巷に物は溢れている。 物の価格は低い。 なのに不況というのは、この構造が癌なんじゃないのか?
手数料や入場料商売が悪いとは言わない。
ただ、その量が許容量を超えているから、物の価格が低いのに不況が改善しないのではないのか?
俺の様な無学者がそう感じるって事は、みんなも薄々感づいてるって事か。 切ないね。
最終更新日:2009/09/29