何故、最近の小説は長編が多いのか?という話です。
以下の文章を読む場合は、無責任な人間が書いている事を認識してください。
さて…。
貴方は小説に何を求めていますか?
最近の出版物、漫画や小説を含む商業的な書籍が売れる要素は「ソリューション」いわゆる「答え」を入れる事がポイントと耳にした事があります。
例えば、●戸●寂●とか細●●●とかだそうです。
経営や啓蒙本で「答えは貴方が出して下さい。」という結論だったら、どう貴方は反応するでしょうか? きっと怒りますよね。
小説や漫画でもエピローグが有耶無耶だったり不明瞭だったりしたら、どう反応するでしょうか。
連載漫画の場合は、打ち切りを連想しそうです。
漫画は小説よりも中身が薄いから、どうでも良いですが。
脱線しますが、最近の回のバクマンで編集者が原作者に指導する台詞が印象深いです。
全くその通りだと思います。 ネットやファンの無責任な声に耳を貸す方が間違っている。 アマチュア(=無責任)なんだし。
便所の落書きに納得する意見があればエッセンスのみを抽出すれば良い。
美味しく有意義な意見を糧として創作活動の肥やしにすれば良い。
書いた方も望んでいない。
望んで書いている馬鹿など無視して良い。
意見を取り入れて失敗(打ち切り)した場合、意見を書いた人間が責任(賠償)を取るのか?という話です。
大分脱線してますね。
小説で読者任せな落ちだったら、どうでしょう?
作者の名前を記憶されて二度と買わないと思います。 少なくとも私はそうします。
興味を惹く素材で煽りながら意見(=答え)を提示しないのは、読者を釣り堀の魚とみている。 そう感じます。
…。 まだ脱線してますね。 本題に移ります。
最近の小説は長編が多いなぁと感じませんか? 私は、そう思います。
何故、長編が多くなるのか? 何故、長くなるのか? その理由が映像化を意識する点にあるのかな?と考える次第です。
文章で空気、雰囲気、風景を描写する傾向がある。 ここに映像化を意識していると感じます。
読者の想像力が低下しているから、細かく説明してあげないと不親切という親心なのかもしれません。
一般読者でなく商業流用時の配慮かもしれません。
映像化したときに原作から乖離した内容になる現状を考慮して、細かい点についても答えを提示しているだけかもしれません。
むしろ、文章で唯一無二な描写をすることで、コアな読者の馬鹿な指摘や苦情に配慮して、明確な答えを全ての場面に提示する対策なのかもしれません。
何にしろ余計なお世話ですよね。 まあ、原作者のエゴで箱庭世界は全て描ききらないと気が済まないだけかもしれません。
脱線しますが、この箱庭世界ってのは、オンラインゲームが顕著ですよね。
架空世界を創り、世に送り出す活動を生業とする人間は、媒体を問わず箱庭を創りたがるみたいですし。
オンラインゲームの場合、最初は世界創造から始まり、経済調整にヒステリーを起こし、接続するユーザが世界に干渉することを望む。
「僕の創った世界で、僕が驚くような事を(現実の金銭を貰ってるけど)やってみてよ。 人が生きている姿やコミュニティを(有料だけど)作って見せてよ。」
と望むようになる。 常識に照らして有り得ないけど、国内トップシェアのオンラインゲームは、そういう馬鹿な事を平然とやってます。
遠くない未来に吸収された部門は子会社化されるか、切り離されるでしょうね。 映像研究部門だけ美味しく吸収されて、他はバッサリと。
あれの次回作は失敗するでしょうね。 確実に。
我が子がオンラインゲームに興味を示したら、プレイしないように説得する。 その危険性を理解させるように努める。
この気持ちは、一度でもオンラインゲームに嵌った人間なら同じ気持ちだと思います。
話を戻しますが、長編化する小説を否定しません。 興味を惹く事件で核心と答えが明記してあれば。 ただ、読む気が失せるのも、又、事実。
最終更新日:2009/09/13