東京交響楽団第90回新潟定期演奏会
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2015年6月7日(日) 17:00  新潟市民芸術文化会館 コンサートホール
 
指揮:ジョナサン・ノット
コンサートマスター:大谷康子
 


R.シュトラウス:メタモルフォーゼン(変容)〜23の独奏弦楽器のための習作

(休憩20分)

ブルックナー:交響曲第7番 ホ長調 (ノヴァーク版)
 
 
 5月17日からわずか3週間で再び東響定期です。前回は前音楽監督のスダーン、今日は現音楽監督のノットです。今日の演目で注目されるのはブル7です。
 東響のブル7といえば、スダーンとの名演がCD発売されていて有名ですが、私は買っていませんので聴いていません。新潟では2007年9月の第43回新潟定期で大友さんの指揮で演奏されています。ノットがどのような演奏を聴かせてくれるのか期待が高まりました。

 東区プラザホールから再びりゅーとぴあに戻りましたが、時間が少しありましたので、県民会館の情報ラウンジで音楽雑誌を読んで時間調整しました。県民会館では郷ひろみのコンサートがあり、オバサマ方で賑わっていました。

 開演時間が迫り、ホールに入場。いつもの客の入りでしょうか。最初はメタモルフォーゼンです。拍手の中東響が誇る弦楽陣が入場。最後に大谷さんが出てきて一段と大きな拍手が贈られました。
 曲の副題が示しますように、弦楽器23人による演奏です。左からヴァイオリン10人、チェロ5人、ヴィオラ5人が並び、正面後方にコントラバス3人が並びました。

 美しい弦楽アンサンブルに、美しいメロディ。さすが東響の音は良いなあと感心しながら、ゆっくりとうねりながら流れていく音楽に身を委ねているうちに、意識は遠のき、癒しのひとときを堪能しました。切々と胸に迫る音楽に再び我に帰り、フィナーレを迎えました。
 23人の奏者のそれぞれが独奏者となり、それぞれの音楽を奏で、互いに連動・調和しながら全体としてひとつの音楽を創っていくこの曲は、東響定期でもなければ聴く機会はないものと思います。正直言えば、30分にも及ぶこの曲は冗長に感じないでもありませんでしたが、貴重な体験でした。

 後半はメインのブル7です。ステージいっぱいの大編成のオケは壮観です。いわゆる16型という編成でしょうか。ヴァイリンは左右に分かれる対向配置で、コントラバスとチェロが左、ヴィオラが右でした。
 繊細な弦のトレモロの「ブルックナー開始」から、美しいメロディがひとしきり流れ、やがて金管が湧き上がるように音を奏で、「おお!ブルックナーだあ〜」と胸が高鳴りながら、最初は演奏に引き込まれました。

 第1楽章、第2楽章と、思いっきりゆっくりとした演奏で、演奏者の緊張感が途切れないかと心配するほどでしたが、実際に緊張感が途切れたのは私の方であり、オケはノットの指示に応え、清廉な音楽を奏で続けていました。
 その後も大編成でありながらも音が飽和することなく、透明感あるサウンドを醸し出し、フィナーレに至るまで、ゆったりとした音楽が続きました。

 東響の皆さんは弦も管も頑張っていて、美しい音を聴かせてくれました。でも、興奮のフィナーレというわけにはいきませんでした。私の精神状態が悪かったため、感動の閾値が高まっていたのかも知れません。きれいなんだけど、盛り上がりを感じませんでした。正直言って、いつ終わるんだろうなどという不純な気持ちも感じました。

 精神的高揚感を感じるのがオケの醍醐味なんですが、白けた気分でフィナーレを迎えてしまいました。フライング拍手で後味の悪いエンディングになりましたし、私個人としましては、感動よりも疲労感だけが残って、気持ち良く帰路に着くということにはなりませんでした。

 でも、ホールは拍手でいっぱいでしたし、皆さん満足しておられましたので、素晴らしい演奏だったことは間違いありません。私の個人的な感性の問題なのでしょう。
 
 と、LP時代から親しんでいる朝比奈隆の聖フローリアンのブル7を聴きながら書いています。こちらはハース版ですけれど良い演奏ですね。技術的には、このときの大阪フィルより今の東響の方がずっとうまいはずです。こういう胸に迫る演奏を聴きたいなあ・・。

   
(客席:2階C*−*、S席:定期会員 \6100)