予備知識:
運動神経の経路は、脳から筋肉へ直接命令を伝える経路(延髄の錐体と呼ばれる部分を
通るので錐体路と呼ばれる。)の他に、運動が円滑に行えるよう、無意識のうちに筋肉の
緊張を調節する経路がある。これは、錐体路以外ということで錐体外路と呼ばれる。
錐体路が障害されれば、脳からの命令が筋肉に伝わらないので、麻痺が生じる。
錐体外路が障害されると、麻痺はなくても運動が円滑に行えなくなる。
運動神経の経路:錐体路
@大脳運動野→内包→大脳脚→延髄錐体(交叉)→脊髄側索→前角
A脊髄前角細胞→前根→末梢神経→神経筋接合部→筋
運動の調節系:錐体外路
基底核や小脳が筋緊張を調節したり運動が円滑に行えるよう調節している。
1.パーキンソン病 Parkinson disease
概念
@無動 akinesia、A筋固縮 rigidity、B振戦
tremor の3つの症状を持つ疾患を
パーキンソ ン症候群Parkinson syndrome(Parkinsonism)と総称する。
そのうち、
原因不明のもの→特発性パーキンソン症候群(パーキンソン病)として区別する。
明らかな原因のあるもの→症候性パーキンソン症候群
脳血管性、薬剤性、脳炎後、中毒性(Mn, CO)、脳腫瘍、
外傷、正常圧水頭症 など
他の変性疾患に伴う症状としてのもの→線条体黒質変性症、オリーブ橋小脳症、
Shy-Drager症候群、進行性核上性麻、その他
有病率
人口10万人あたり50〜80人、65歳以上では500人に1人。
神経内科が扱う難病の中で最多。
中年以降(通常50〜65歳)の発症、40歳未満は若年型として区別する。
片側の上肢あるいは下肢から発症し両側に広がる。
成因
中脳黒質のドパミン作動性ニューロンの変性脱落
→線条体でのドパミン低下 (遺伝的素因+加齢因子+環境要因による。)
黒質から基底核へのドーパミン作動性ニューロンの脱落
→相対的に基底核のアセチルコリン作動性ニューロンが活性化し、筋緊張・運動
調節が乱れる。
ドパミン作動性ニューロンは線条体でアセチルコリン作動性ニューロンに抑制的に働く。
線状体でのドパミンの減少は、アセチルコリン作動性ニューロンの機能亢進をきたす。
また線条体から淡蒼球(内節)へのGABA作動性ニューロンによる抑制性神経活動が乏
しくなり、淡蒼球の機能亢進を引き起こし、筋緊張が高まり、筋固縮が生じる。また、淡
蒼球からの抑制性ニューロンは、視床から大脳皮質への投射系を過度に抑制し、大脳
皮質からの下降性運動伝導路に機能低下を来たし、動作が緩慢となる。
(淡蒼球の破壊手術が治療として検討されている。)
進行すると青斑核などのノルエピネフリンニューロンやMynert核のアセチルコリン作動
性ニューロンの変性も伴う。
神経細胞の変性脱落の原因
環境因子:井戸水、農薬、殺虫剤、外因性毒素
外因性性毒素、内因性毒素:麻薬合成の副産物であるMPTPを使用した麻薬中毒
患者が、典型的なパーキンソン病を呈した。MPTPは、選択的に中脳黒質のドパ
ミン作動性ニューロンに取り込まれ、ミトコンドリアの機能障害を引き起こし、細
胞死に至らしめることが明らかにされた。このMPTPと似た物質が生体内にない
か検索したところ、TIQ、NMTIQという物質があることがわかり、パーキンソン病
の原因として、ドパミン作動性ニューロンに対する選択的毒素に関する研究が進
んでいる。
遺伝的背景:cytochrome P450、モノアミン酸化酵素B、ミトコンドリアDNAなどの遺伝
子変異の関連などが調べられ、遺伝的素因がパーキンソン病発症に関与する
可能性が推察されているが、結論は得られていない。
これらの諸要因により、フリーラジカルの発生、ミトコンドリアの機能異常、ATP産生障害、
興奮性アミノ酸、細胞内カルシウム異常など引き起こして、細胞死に至らしめると考えら
れる。
病理所見
主として中脳黒質や大脳基底核に神経細胞の変性が認められ、神経細胞の数の減少
と、残った神経細胞にレビー小体と呼ばれる異常な物質がみられる。
主要症状:(初期には左右差がある。)
1) 振戦(termor)
安静時振戦。精神的緊張で増強。一側上肢あるいは下肢より始まり、他側へ進展
する。
2)筋固縮、筋強剛(rigidity)
鉛管様、歯車様。対側肢に随意運動させると固縮が増強。
3)無動(akinesia)
動作緩慢、仮面様顔貌、小声、小字、小歩、すくみ足
4)姿勢反射障害:突進現象、加速歩行、前傾前屈姿勢
5)精神症状:うつ、幻視・せん妄、痴呆
6)自律神経症状:便秘、脂顔、起立性低血圧、排尿障害、発汗低下
重症度分類(Yahrの分類)
T:片側のみ
U:両側
V:姿勢反射障害あり
W:日常生活の多くに介助要する
X:寝たきり
鑑別を要する疾患
脳血管障害(脳血管性パーキンソニズム)
基底核や大脳白質の血管障害による。振戦はまれ。抗パーキンソン剤無効。
薬剤性パーキンソニズム
向精神病薬(セレネース、コントミン、ドグマチール)や消化器病薬(プリンペラン)、
降圧剤(レセルピン)などドパミン受容体遮断作用のある薬剤による。
類似した変性疾患
進行性核上性麻痺progressive supranuclear palsy: PSP
体幹を中心とする無動・筋固縮、垂直方向の眼球運動制限、首の過後屈、
仮性球麻痺、痴呆など呈する。
線条体黒質変性症siriate-nigral degeneraition: SND
黒質のほか線条体(被殻)の著しい萎縮・変性が特徴。無動・筋固縮あるが
振戦なし。錐体路症状、自律神経症状伴う。OPCAやShy-Drager症候群と
類似した病変を示し、これらをまとめ多系統萎縮症multisystem
atrophy: MSA
と呼ぶ。
大脳皮質基底核変性症corticobasal degeneration: CBD
大脳皮質症状(失行)と錐体外路症状(無動、筋固縮)を合併し、左右差が
ある。核上性眼球運動障害、ミオクローヌス、他人の手徴候など種々の神
経症状を合併。
び慢性レビー小体病diffuse Lewy body disease: DLBD
パーキンソン症状と痴呆を主症状とし、パーキンソン病同様の黒質、青斑
核の病変、アルツハイマー病同様の老人性変化のほか大脳皮質にLewy
小体がみられるのが特徴。
治療:1)薬物療法
ドーパミン補充療法:L-DOPA(ドパール、ドパストンなど)
ドーパ脱炭酸酵素阻害剤との合剤
(メネシット、マドパー、ネオドパストンなど)
ドーパミン受容体刺激剤:パーロデル、ペルマックス、ドミン
ドーパミン合成、放出促進剤:シンメトレル
抗コリン剤(アセチルコリン系抑制):アーテン、アキネトン、パーキンなど
ノルエピネフリン補充:ドプス
ドパミンの分解・代謝を阻害する薬
モノアミン酸化酵素B(MAO-B)阻害剤:セレギリン(デプレニール)、ラザベミド
カテコール-O-メチル基転移酵素(COMT)阻害剤:トルカポン、エンタカポン
2)手術療法
淡蒼球内節破壊(固縮・無動に有効)
視床腹中間核破壊(振戦に有効)
視床ガンマ線照射(振戦に有効)
脳深部電気刺激(部位により振戦、固縮・無動に有効)
ドーパミン産生細胞移植
3)運動療法
4)生活指導
積極的な生活ができるように。できることは自分でやる。
精神的支援。
5)その他
低蛋白食療法:朝・昼の蛋白質摂取を控えて夕にまとめて摂る。
高蛋白になると血液脳関門で血中の大型のアミノ酸とL-DOPAが競合し
L-DOPAの脳内移行が阻害される。
附)ドーパ製剤長期投与の問題点
・L-DOPAの効果現弱
・不随意運動:ジスキネジア、ジストニア
・精神症状:幻覚(幻視)
・日内変動:wearing-off現象
(薬効時間が短縮し、2〜4時間で急に効果が切れる。)
on-off現象
(服薬時間に関係なく症状が変動。)
・すくみ現象
若年性パーキンソン病
一般にパーキンソン病は40〜50歳代以降に発症し、40歳前に発症した例は、若年
性パーキンソン病として区別している。この中には、通常のパーキンソン病がたま
たま若くして発症した場合もあるが、遺伝性を示し、ジストニアを伴ったり、睡眠に
よって症状が改善したり、日内変動が強かったりと、特徴ある臨床症状を呈する一
群がある。この遺伝性の若年性パーキンソン病は、まれに常染色体優性遺伝の場
合もあるが、多くは常染色体劣性遺伝を示し、家系の連鎖解析によって遺伝子座
は第6染色体上にあるらしいと推測されている。
2.ハンチントン舞踏病 Huntington disease
特徴:
常染色体優性遺伝であり子供は1/2の確率で発症する。
4番染色体短腕に遺伝子座:CAGリピートの増大(DNA診断可能)
異常遺伝子によって産生される蛋白質をハンチンチン huntingtinと命名。
中年以降の発症なので子孫を残す。
線条体(尾状核)の萎縮が特徴的
線状体のアセチルコリン作動ニューロン、GABA作動性抑制ニューロン、
Substance P 作動性ニューロン、エンケファリン作動性ニューロン等が脱落。
症状:
不随意運動(舞踏様運動)、知能障害、人格障害
3.舞踏病症候群
小舞踏病(シデナム舞踏病)
小児発症 溶血性連鎖球菌感染後(リウマチ熱)
4.アテトーシス症候群
特発性アテトーシス :原因不明
症候性アテトーシス :脳性麻痺、血管障害、脳炎
5.ジストニー症候群
捻転ジストニー
筋緊張の異常亢進による異常姿勢、緩徐な不随意運動
→起立・歩行時の斜頚や体幹の捻転、手の巧緻運動に伴うこわばりなど。
筋緊張は姿勢、肢位などにより変動する。安静時には筋緊張低下。
痙性斜頚
頸部に現れた限局性ジストニー。安静臥位では目立たない。
座位・立位で頸筋の不随意収縮により首がねじれる。
6.肝レンズ核変性症(ウイルソン病 Wilson disease)
常染色体劣性遺伝。13番染色体に遺伝子座。
肝臓、脳、角膜に銅が沈着。肝臓の障害→肝硬変
レンズ核(被殻+淡蒼球)の変性→不随意運動、はばたき振戦、筋固縮
角膜辺縁の銅沈着→カイザーフライシャーKayser-Fleisher角膜輪
検査:血中セルロプラスミン低下、血性銅低下
治療:D-penicillamin(銅のキレート剤)
肝硬変に注意要する。
7.その他
Hallervorden-Spatz病
常染色体劣性遺伝。10歳前後み発症し下肢の筋固縮、全身のジストニーなどの
運動障害と痴呆が進行し、10〜20年の経過で死亡する。
淡蒼球、黒質に鉄を含む色素顆粒、偽石灰顆粒が沈着。神経軸索変性による
類球体などがみられる。
遺伝性進行性ジストニア(瀬川病)
L-DOPAが効く姿勢ジストニー、日内変動(夕方増悪し睡眠で改善する)
発症は10歳以下。優性遺伝だが女児に多い。14番染色体長腕に遺伝子座。
家族性chorea-acanthocytosis
舞踏病症状のほかに有棘赤血球を伴う。
Gilles de la Tourette症候群
小児期に発症し慢性に経過するチック、汚言症、反響語
Menkes病(kinky hair病)
X染色体劣性遺伝。男児のみに発症。腸管からの銅吸収障害。精神運動発達
遅滞を示す。色素の欠乏した縮れ毛が特徴。
血清銅、セルロプラスミンが低値。
Rett症候群
自閉、精神発達遅滞、両手をもみ合わせるような特異な常同運動が特徴。手指
ジストニー、振戦、呼吸異常など示す。
女児のみ。