筋ジス研究の最近の進歩と治療

県立柏崎養護学校での講演メモ(2000/2/16)


A.筋ジストロフィー研究の進歩 

                         
1.原因遺伝子・原因蛋白質の解明

a.DMD/BMDの病因解明
   1987年、Kunkelらにより病因遺伝子が解明され、原因蛋白質はジストロフィンと命名された。ジ
  ストロフィン遺伝子はX染色体短腕(Xp21)にあり、79個のエクソンからなる巨大遺伝子である。
  ジストロフィンは、筋細胞だけでなく中枢神経系にも発現しており、その機能解明が進んでいる。
   ジストロフィン遺伝子変異には、欠失が60%、重複が10%、点変異などの微小変異が30%ある。
  PCR やサザンブロットという通常の方法での検出率は70%であり、直接シーケンス法での微小変異
  の検出が試みられている。


b.筋細胞膜蛋白質の解明
  ジストロフィンの研究とともに様々な構造蛋白質が解明された。

  (1)ジストロフィン結合蛋白質:ジストロフィンと筋形質膜を結合する蛋白質

    @ジストログリカン複合体(α、β):これの障害による筋ジスは知られていない。
      αージストログリカン:基底膜のラミニンと結合:3p21(遺伝子座)
      βージストログリカン:ジストロフィンと結合:3p21
    Aサルコグリカン複合体(α、β、γ、δ):この異常による筋ジスが解明された。
      サルコグリカノパチー(サルコグリカン異常症)として分類されている。
      αーサルコグリカン(旧称:アダリン):17q21
      βーサルコグリカン:4q12
      γーサルコグリカン:13q12
      δーサルコグリカン:5q33
     (ε-サルコグリカン:遺伝子座はまだ不明)
    Bシントロフィン複合体(α、β1、β2):これの障害による筋ジスは知られていない。
    Cジストロブレビン
       Dサルコスパン

  (2)インテグリン:ジストロフィン同様に基底膜と細胞骨格とをつなぐ蛋白質
      この欠損が原因の先天性筋ジストロフィー:インテグリンα7欠損症

  (3)ラミニン(メロシン):基底膜にある蛋白質
      この欠損が原因の先天性筋ジストロフィー:ラミニン2(メロシン)欠損症


c.基底膜と細胞骨格(アクチン)をつなぐ構造の解明

   基底膜(ラミニン2)−αDG・βDG−ジストロフィン−アクチン 
   基底膜(ラミニン2)−インテグリン−テーリン−ヴィンキュリン−アクチン 

  という2つの固定軸がある。ともに基底膜と細胞骨格成分であるアクチンを結合しており、筋細胞
  膜の安定性に重要である。この固定が失われると筋収縮に際して細胞膜が傷つく。


e.その他の蛋白質の異常による筋ジストロフィーの解明

   細胞質内のCa2+依存性中性プロテアーゼである calpain 3 の異常による筋ジスや、筋細胞膜にあ    
    る caveolin-3という蛋白質の異常による筋ジスが解明された。その他、dysferinfukutin などの
  原因蛋白質も明らかになり、その機能解明の研究が進んでいる。
   これらの様々な構成蛋白質が解明され、その異常による筋ジスが明らかとなり、新たな病型が確
  立されている。さらに、次項の肢帯型筋ジストロフィーのように、遺伝子異常の部位による再分類
  がなされている。

2.肢帯型筋ジストロフィーの再分類

  肢帯型筋ジストロフィー(Limb-girdle muscular dystrophy: LGMD)は、上肢帯、下肢帯優位の筋萎
 縮を示し、他の病型に分類されない筋ジスを広く包含し、病因的には均一な疾患単位でなく、種々雑多
 な疾患が含まれているが、遺伝形式・遺伝子座位の違いから細分化されるようになった。
  常染色体優性遺伝形式のものをLGMD1、常染色体劣性遺伝形式のものをLGMD2とし、遺伝子座位が明ら
 かになった順に、A、B、C、D を付けて分類している。現在までに明らかになっているのは次の通りで
 ある。

   遺伝形式        略称    遺伝子座位    原因蛋白

   常染色体優性遺伝    LGMD1A    5q31      myotilin
               LGMD1B    1q11-q21    不明
               LGMD1C    3p25      caveolin-3
               LGMD1D    7q       不明
               LGMD1E    6q23      不明

   常染色体劣性遺伝    LGMD2A    15q15.1     calpain 3
               LGMD2B    2p13      dysferlin
               LGMD2C    13q12      γ-sarcoglycan
               LGMD2D    17q21      α-sarcoglycan
               LGMD2E    4q12      β-sarcoglycan
               LGMD2F    5q31      δ-sarcoglycan
               LGMD2G    17q11-q12    telethonin
               LGMD2H    9q31-q34.1   不明

3.福山型筋ジストロフィー(FCMD)研究の進歩

  FCMDは、先天性筋ジストロフィーに脳奇形を伴い、常染色体劣性遺伝で、日本人に特異的に多く、海
 外の報告は少ない。子供の筋ジスとしては DMD次いで多く、DMDの 1/2〜1/3の頻度と考えられ、保因者
 は日本人の80〜90人にひとりと推計されている。
  第9番染色体長腕31領域に遺伝子座があり、その部位に異常な遺伝子(レトロトランスポゾン)の挿
 入がみられる。日本人のFCMDはひとりの祖先から由来し、日本人の隔離集団の中で、レトロトランスポ
 ゾン挿入福山型染色体が全国に広がったものである。また、レトロトランスポゾン挿入がみられない場
 合は、点変異による遺伝子異常がある。本来この遺伝子部位が作るべき蛋白質はフクチンと命名された
 が、基底膜に関係するものと推測されるが、その機能は解明されていない。

4.その他の筋ジスの遺伝子座の解明

a.メロシン欠損型先天性筋ジストロフィー(ラミニン2欠損症)

    常染色体劣性遺伝。第6番染色体長腕(6q22)に遺伝子座がある。
    福山型に類似するが、知能が保たれているのが異なる。

b.エメリー・ドレイフス型筋ジストロフィー

    X染色体劣性遺伝。原因蛋白質はエメリンと命名。X染色体長腕(Xq28)に遺伝子座。

c.顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー
    常染色体優性遺伝。第4番染色体長腕(4q35)に遺伝子座。

d.筋強直性ジストロフィー
    常染色体優性遺伝。第19番染色体長腕(19q13.3)に遺伝子座。
     MT-PK(myotonin protein kinase)
     CTGリピートの拡大:50〜3000repeat(正常:5〜35): repeatが多いほど重症化しやすい。

e.三好型遠位型筋ジストロフィー
    常染色体劣性遺伝。第2番染色体短腕(2p13)に遺伝子座。原因蛋白を dysferin と命名。
     LGMD2Bと同じ遺伝子異常による。

f.Rimmed vacuole 型遠位型ミオパチー(Nonaka型)
     常染色体劣性遺伝。第9番染色体に遺伝子座。

g.眼咽頭型筋ジストロフィー
    常染色体優性遺伝。第14番染色体長腕(14q11.2-q13)に遺伝子座。


 

B.筋ジストロフィー治療の進歩 

                        
A.対症療法の進歩

1.呼吸管理法の進歩

a.体外式人工呼吸(Chest respirater: CR)(陰圧式人工呼吸)

  胸部にコルセットをかぶせ、さらにポンチョを着せて空気漏れのないようにする。コルセット内の
 空気を吸い出し陰圧にし、胸郭を広げさせて吸気する。筋ジスの分野では盛んに使用されたが、装着
 の煩わしさ、換気効率の悪さから、NIPPVに移行するようになった。

b.鼻マスク式人工呼吸(Nasal intermittent positive pressure ventilation: NIPPV)

  気管切開がいらない陽圧式人工呼吸法として、最近普及してきている。ただし、マスクの煩わしさ、
 圧迫による皮膚潰瘍、胃に空気を飲み込んでしまう、口を開けると空気が漏れる、等の問題点があり
 工夫が必要。鼻マスクの他に、鼻と口を覆うマスク、鼻に入れるプラグ、マウスピースなどが工夫さ
 れている。これらをまとめて、非侵襲的陽圧人工呼吸 Noninvasive intermittent positive pressure 
 ventilation: NIPPV と表現することがある。ひとつのやり方に固執せず、いろいろ試すことが重要。
 カフマシーンとの併用で気管切開はもう不要だという研究者もいるが、長期の管理は難しいことも多
 い。特に風邪等で痰が多いようなときはまかないきれなくなることがある。


参考:NIPPV及びその変法について

 (1)インターフェイス
  @鼻:Nasal IPPV: NIPPV
       鼻マスク、鼻プラグ(ADAMサーキット)、
       鼻ピース、ミニマスク
       個人用型取り鼻マスク
  A口:Mouth IPPV: MIPPV
       マウスピース、リップシール
  B口鼻: Strapless oral nasal interface IPPV: SONI IPPV
       フルフェイスマスク

 (2)人工呼吸器
  @従量式:PLV-100、LP-10 他
       一回換気量はやや多めにする。気道内圧は13〜20cmH2O位が目安。
       酸素は通常不要。エアリークの補償はされない。
  A従圧式:BiPAP S/T、Companion 335  他
       吸気圧(IPAP)・呼気圧(EPAP)の差で呼吸が行われる。
       圧上限に限界(BiPAPで20cmH2O、Companion 335で35cmH2O)がある。
       長期となり胸郭のコンプライアンスが低下すると換気不足になる可能性がある。
       換気量(volume)の調整はできない。
       アラーム類が不備。動作音がややうるさい。

 (3)導入
  練習が必要。換気量・圧を少な目にして開始する。数分の使用から慣れさせる。
  BiPAPならEPAP 8程度から徐々に上げる。

 (4)問題点
  皮膚潰瘍、エアリーク、腹部膨満、エアリークによる結膜炎、上気道乾燥、鼻閉・鼻汁

 
c.気管切開による人工呼吸(Tracheostomy intermittent positive pressure ventilation: TIPPV)

  確実な人工呼吸管理を行う上では、気管切開が一番。痰の吸引も容易、鼻や口が解放されるなどの
 利点があるが、問題点としては、手術が必要であること、気管に直接気管カニューレを入れるので、
 清潔操作が必要なこと、定期的なカニューレ交換が必要なこと、気管カニューレの刺激で分泌物が多
 くなること、吸引が必要なこと、感染症を起こしやすい、長期になるとカフによる圧迫により気管壁
 に潰瘍が生じ、出血を起こすことがあること、発声・発語が困難となること、などがある。

 このような人工呼吸管理法の進歩により、筋ジスの延命効果は確実に得られている。
 

2.排痰補助装置(Mechanical In-Exsufflator: カフマシーン)の開発

  呼吸筋の力が低下し肺活量が低下すると、痰を排出するための有効な咳を作り出すことができない。
 これを解決するため、気道に陽圧をかけ(最大40cmH2O)、急速に(0.1秒)陰圧(-40cmH2O)に移行
 させることにより、人工的な咳を作り出す。これにより10L/secの呼気流速(健常人の咳は6〜10L/sec)
 が得られる。有用性は明らかだが、まだほとんど普及していない。

 

3.心不全管理法の進歩

  従来からの強心剤(ジギタリス製剤)の長期的治療効果は疑問視されているが、多施設共同研究によ
 り、ACE阻害剤の有効性が確認された。また、βブロッカーの心保護作用に注目して、筋ジスでの使用
 の試みが検討されている。

4.全身性病態の解明と対策

  DMDでは、血栓症・塞栓症が多く、特に突然死の原因として、肺梗塞が注目されている。この予防のた
 めの水分管理、抗凝固療法の研究が始まっている。

 

5.リハビリテーションの進歩

  訓練法の進歩、補装具・移動機器・介護機器の進歩があり、機能障害の進行抑制、生活拡大が勧めら
 れている。QOL尊重の考え方が、医療現場に普及しつつある。
 リハビリの基本姿勢として、家族・医療スタッフ・学校職員の連携ならびに積極的な取り組みが重要で
 ある。

6.外科的治療法の進歩

  筋短縮、関節変形、側弯等に対する外科的治療の有効性の検討が進んでいる。手術法の進歩だけでな
 く、麻酔法の進歩、出血対策、術中モニタリング法の進歩などによるところが大きい。

7.薬物療法の最近の話題

  これまで、ベスタチン、EST、ダントロレンなど種々の薬剤の臨床試験が行われてきたが、有効性の
 確認されたものはない。現在効果が確認されたものとしては、副腎皮質ホルモン(ステロイド剤)がある。
 病初期に服用することで、機能障害の進行を若干遅らせる効果があることが確認されている。ただし、病
 気そのものを治すわけではなく、長期的にみれば非服用群と変わりはない。ステロイド剤は副作用の多い
 薬剤であり、その服用方法が工夫されている。
  その他、β刺激剤を初め、種々の薬剤の試みが内外で勧められている。
  

B.根本的治療に向けての試み

1.筋芽細胞移植

  正常のジストロフィン遺伝子を持つ筋芽細胞をジストロフィンの欠損した病的骨格筋に移植し、細胞融
 合によってジストロフィンの発現を期待する方法。拒絶反応も問題となる。免疫反応を抑えたmdxマウス
 の実験で有効性が期待され、免疫抑制剤を併用したDMD児で臨床試験が行われたが、有効性は認められて
 いない。

2.遺伝子治療

  これまでに述べたように、Duchenne型筋ジストロフィー(DMD)での研究をきっかけとして、様々な筋
 細胞膜及び細胞内・細胞外の蛋白質の構造と役割が明らかにされ、それぞれの蛋白質の異常による筋ジス
 トロフィーが解明された。さらに、その元となる遺伝子異常が次々に明らかにされてきている。
  このように、筋ジストロフィーの根本原因は遺伝子(DNA)の異常にあり、根本治療は遺伝子治療にほ
 かならない。一番遺伝子研究が進んでいるDMDを中心に遺伝子治療の試みがなされているので、以下はDMD
 での遺伝子治療について記したい。
  さて、DMDでの遺伝子治療の最終目標は、全身の骨格筋、心筋におけるジストロフィンの永続的な発現
 による症状改善である。しかし、巨大な遺伝子であるジストロフィン遺伝子の細胞内導入は実際には難し
 い。前段階としては、遺伝子の一部だけでも導入して軽症化を期待したり、一時的な遺伝子発現で一時的
 効果しかなくても、反復治療することで症状改善を期待したりということが考えられる。マウスでの基礎
 的研究では、正常の20%のジストロフィンを発現させることができれば、臨床効果が期できるという。


3.遺伝子治療の具体的方法

a.遺伝子導入を行った筋芽細胞を注入する方法

  培養した自分の筋芽細胞にジストロフィン遺伝子を導入し、自家移植する方法。ウイルスベクターを用
 いて遺伝子を導入する。具体的には、レトロウイルスベクター、アデノウイルスベクターなどが用いられ
 ている。しかし、人体での有効性は確認されていない。

b.遺伝子を直接導入する方法

  アデノウイルスベクターによる遺伝子導入の研究が進んでいる。初期の研究では、組み込む遺伝子の大
 きさに限界があり、ミニ・ジストロフィンの導入に限られた。幼弱な mdxマウスでは有効であったが、成
 熟マウスでは免疫反応のため一時的効果のみであった。(わずかなウイルス蛋白が含まれるため)
  最近は、全長のジストロフィン遺伝子を組み込むことが可能なアデノウイルスベクターが開発された。
 また、ウイルス蛋白遺伝子を除くことも可能となった。mdxマウスでの効果が確認され、患者での臨床試験
 が検討されている。その他のウイルスベクターの研究も進んでいる。
  DMD以外でも、サルコグリカン異常症で遺伝子導入の実験が成功している。

c.ジストロフィン以外の遺伝子の利用

  ジストロフィンの代替として細胞内で機能するユートロフィンの発現を増強させる試みもある。ユート
 ロフィン遺伝子導入のmdxマウスでの有効性が確認されている。

d.遺伝子発現の制御

  ジストロフィン遺伝子のうち、異常のあるエクソンを人為的にスキップさせて、不十分ながらもジスト
 ロフィンを発現させようという試みがある。つまり重症のDuchenne型をBecker型にしようとするものであ
 る。アンチセンス・オリゴによるスキッピングがエクソン19については可能と報告されている。
  また、遺伝子変異(ナンセンス変異)により遺伝子発現がストップされるような場合、アミノグリコシ
 ド系抗生物質(ゲンタマイシン)が、遺伝子発現の停止を阻止する作用を示すことが明らかとなり、mdx
 マウスに使用したところ、ジストロフィンが発現することが確認された。このような遺伝子変異による例
 は DMDの15%程度あり、これらの患者には有効性が期待できるのではないかと推測されている。ただし、
 アミノグリコシド系抗生物質は、一般臨床に広く使用され、副作用も多いことが知られている。DMDの治療
 として長期使用するとなると、副作用の問題が解決されなければならない。

4.今後の展望

a.骨髄の中胚葉性幹細胞の利用

  骨髄の中には、筋細胞に分化しうる幼弱な幹細胞が存在する。この幹細胞を利用しようとする方法。
  (1)ジストロフィン遺伝子を導入した幹細胞を静脈から患者に戻す方法。
  (2)正常な幹細胞を骨髄移植により導入する方法。
  などが考えられる。マウスの実験で、有効性が期待されている。
  
b.遺伝子置換療法

  ジストロフィン遺伝子をそのまま導入するのではなく、遺伝子の変異を書き換えよう(正常遺伝子
  で置換する)という方法も考えられている。



 

C.最後に 

                                      
  残念ながら、現在の医学では、筋ジスという病気は直せません。しかし、病気であるがために、障害が
 あるがために二次的に受ける身体的・社会的不利、ハンディキャップは減らさなければなりません。たと
 え病気があるにしても、有意義な生活を送っていただくにはどうしたらよいか、常に考えながら、今後も
 努力していきたいと思います。そのためには、医療だけでなく、家族の力、社会の力が大切です。学校の
 先生方の協力も欠かせません。これからもご支援を宜しくお願い申し上げます。



参考書:

1.筋ジストロフィー研究連絡協議会(編):筋ジストロフィーはここまでわかった PART2
  医学書院, 1999.1.1発行
2.厚生省精神・神経研究委託費 神経・筋疾患の遺伝子診断システムの確立と遺伝子バンクの樹立に 
  関する研究班(編):神経・筋疾患遺伝子診断ハンドブック
  医学書院,1999.5.25発行