あしか堂探偵団のページ


 このページはあしか堂のYURIKOさんが中心となって、村上作品に出てくる小説や映画を解説していこうという企画です。本当労作ですね。私もこれを見てゆっくり読んだり見ていこうと思っています。

INDEX

   
企画されたYURIKOさんの探偵団。作品リストもあります。
   
「カンガルー日和」
   
「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」
   
「羊をめぐる冒険」


「カンガルー日和」(文庫版)

P.25「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」より引用

 彼らの頭の中は少年時代のD.H.ロレンスの貯金箱のように空っぽだった。

D.H.ロレンス(Lawrence, David Herbert)

【生没年】 1885.9.11-1930.3.2
【略 歴】  イギリスの小説家。ノッティンガムシャー生まれ。
       炭坑夫の父と中流階級出身の母との間に生まれ、苦学して
      ノッティンガム大学で免状を得て、教師となったが、在学中
      に小説『白孔雀, (1991)』を出版して文筆生活に入る。旧師
      の妻と恋愛してドイツに逃れ、のち、帰国・結婚するが、第
      1次世界大戦中ドイツのスパイ嫌疑を受け、『虹, (1915)』
      は発禁された。戦後は、ヨーロッパ・アメリカなどに滞在、
      ニース近郊のヴァンスで病気療養中に没。
【代表作】 『チャタレイ夫人の恋人, (1928)』
      『息子たちと恋人たち, (1920)』
P.102「バート・バカラックはお好き?」より引用

 彼女はフランソワーズ・サガンのファンで、僕にサガンの話をしてくれた。彼女は『ブラームスはお好き?』が気に入っていた。僕もサガンは嫌いではない。少なくともみんなが言うほど退屈だとは思わない。

フランソワーズ・サガン(Sagan,Francoise 本名:クワレ Quoirez,Francoise)

【生没年】 1935.6.21-
【略 歴】 フランスの作家・劇作家。ドルドーニュ地方カルジャック
     生まれ。
      ソルボンヌ大学を中退して、18歳の時『悲しみよこんに
     ちは (1954)』で文壇デビュー、天才作家ラディゲの再来と
     騒がれ、世界各国で大きな反響を呼び起こす。フランス伝統
     の恋愛心理小説の流れを汲む作品を次々と発表し、フランス
     で最も読者の多い作家の一人として活躍。60年以降は、戯
     曲も多く手がけるようになり、バレエ台本やシャンソンの作
     詞にも活躍している。
【代表作】 『悲しみよこんにちは (1954)』
      『一年ののち (1957)』
      『ブラームスはお好き (1959)』
      『すばらしい雲 (1961)』
P.125「駄目になった王国」より引用

 小説ではバルザックとかモーパッサンといったフランスものが好きだ。大江健三郎なんかも時々読む。

バルザック (Balzac, Honore de)

【生没年】 1799.5.20-1850.8.18
【略 歴】  フランスの小説家。トゥール生まれ。
      ソルボンヌ大学で法律学を修めながら公証人事務所で実習
      していたが、20歳の時、家族の反対を押し切って、文学で
      身を立てることを決意する。約10年間の修行・模索時代を
      経て、出世作『Les chouans, (1829)』を発表。パリで没。
【代表作】 『人間喜劇(16巻), (1842-46)』
      『ゴリオ爺さん, (1834)』
      『従妹ベット, (1846)』
      『谷間の百合, (1835)』

モーパッサン(Maupassant, Henri Rene Albert Guy de)

【生没年】 1850.8.5-93.7.6
【略 歴】  フランスの小説家。ノルマンディー生まれ。
       フランス自然主義の代表的作家の一人。
      ルアンの高等学校在学中、フローベールの弟子となり指導
      を受ける。普仏戦争に参加後パリに出て、海軍省・文部省に
      勤務、見聞を積む。ゾラの主宰した戦争を題材とする短編集
      『メダンの夕べ, (1880)』の中の1編として、自分の体験を
      織り込んだ『脂肪の塊』発表して一躍文名を高めた。現代で
      は、短編小説形式の完成者として知られている。
       文学的活動の最中に、突然神経病の発作に襲われ、脳病院で狂死。
【代表作】 『女の一生, (1883)』
      『ベラミ, (1885)』
      『ピエールとジャン, (1888)』
      『死の如く強し, (1889)』
      『短編集・メゾン・テリエ, (1881)』

大江健三郎

【生没年】 1935.1.31-
【略 歴】  小説家。愛媛県喜多郡大瀬村生まれ。
       昭和29年東京大学入学。昭和32年、「東大新聞」の5月祭賞で
      小説『奇妙な仕事』入選。その後、『死者の奢り』などを文芸雑
      誌に発表して注目を集める。昭和33年、『飼育』により芥川賞受
      賞。平成7年、ノーベル文学賞受賞。その他、新潮社文学賞、野
      間文芸賞など受賞。
【代表作】 『短編 飼育, (昭和33)』
      『長編小説 個人的な体験, (昭和39)』
      『評論 ヒロシマ・ノート, (昭和40)』
P.158「チーズケーキのような形をした僕の貧乏」より引用

 そういうのってコミニュケーションの分断というか分裂というか、すごくジャン=リュック・ゴダール風だ。

ジャン=リュック・ゴダール

 フランス・ヌーベルバーグの天才監督。トリュフォー、ルイ・マルと並んで 60年代フランス映画を引っ張りました。彼らは、「カイエ・ド・シネマ」と ういう映画雑誌に投稿することによって世に出てきた人たち。この雑誌と「シ ネマ・テイク」が彼の映画の学校。
 助監督経験を得ないでいきなり映画を撮りはじめたのは、当時としては、か なりセンセーショナル。処女作『勝手にしやがれ』、初期代表作『気狂いピエ ロ』。
 村上さんがここで書いている<コミニュケーションの分断というか分裂とい うか>は、『気狂いピエロ』におけるアンナ・カリーナとベルモンドの恋の逃 避行中の会話を指していると思います。
 ゴダールの話になると、きりがなくなります。村上さんや私たちは、ゴダー ルの映画を見たとき、正直言ってかなわないな、と思いました。それほど、衝 撃的な登場でした。
 村上さん、前にも書きましたが、『羊をめぐる冒険』でも、さりげなく <・・・『アルファビル』(ゴダールの唯一の愛と脱出をテーマにしたSF映 画)みたいな風景・・・>と地の文にはめ込んでいます。
P.164「スパゲティーの年に」より引用

 それから僕のまわりの何もかもが氷の柱に変わっていった。まるでJ・G・バラードのサイエンス・フィクションの場面のように。

J・G・バラード

 イギリスのSF作家。幻想的な作風でイギリスSFのニューウエイブを築き ました。クリスタル、水晶に代表される結晶世界(ズバリ、この題名の小説が あります)を表現した。鉱物の輝きに魅入られた作家。

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