村上さんのページ 感想編4

「ノルウェイの森」

「ノ ルウェイの森」の解釈は色々人によって違うと思います。まずはそのあたりから・・・。
 作品の中の時間軸の中で直子の心はキズキからワタナベくんへ、ワタナベくんの心は直子から緑に流れていった。直子はその流れに拒絶反応を示し、ワタナベくんはその流れの中自分を見失ってしまった。と自分は考えています。ちょっと大雑把な捉え方ですが、自分の基本認識は今のところこんな感じです。
 この後物語はどの様に続いたのでしょうか。自分はひそやかに”緑”がワタナベくんをこの激流の中から救い出してうまくいっていてくれてる、と希望的観測で眺めています。じゃぁなかったら哀しすぎるからね。自分は決して楽観的ではないけど悲観論者にはなりたくないんです。
 「直子は僕のことを愛してさえいなかった」という言葉は1回通しで読んでもう1度再読したときに初めて自分自身の中で意味を持ちだしました。自分自身の解釈が生まれたわけです。まだ人に話せるようなことではないので、このことについてはいずれまた機会があったらということで。【11】


の連休に、実に7年ぶりに『ノルウェイの森』を再読する事ができました。元々読むのは遅い方なのですが、1日で一気に読み終えてしまいました。読了後は興奮してしまい、明け方の4時まで寝つく事ができませんでした。本当に色々な思いが私の頭をめぐったのです。その思いにまかせて少々書き 綴ってみたいと思います。

 7年前と大きく違う事は、『ノルウェイの森』と言う小説を一歩引いてと言うか、俯瞰して見ていると言う所です。前にも書きましたが、初読の時は2年越しの恋を終わらせようと決心した時でしたので、小説が非常にリアルに感じられました。勿論、ワタナベ君の様に混沌とした状況ではないにしても、当人である私にとっては大変混乱していた時期でありました。ワタナベ君の姿に自分のある面を見いだし、直子にあの彼女のあの感じをダブらせる事ができました。それを身近な現実として捕らえる事ができたのです。ワタナベ君の切なさは、まさにその時の自分の切なさと同じなのでした。
 『ノルウェイの森』と言う小説は、7年と言う月日を越えてあの切なさを私に蘇らせました。ただ一つ異なる事は、その感情を冷静に見つめるもう一人の自分が確かに存在すると言う事です。あの頃の熱い思いと、それを見つめるもう一つの思い。これは私にとって、不思議であり、何だか愛しむべき 感覚でありました。【TAKA】


年ぶりに、「ノルウェイの森」再読しました。読み終わってから、すぐに一番新しい想いを書こうとしたのですが、何にも書くことができませんでした。本当に感動した時って、どうすることもできないんですよね。今、一晩経ったところです。4年前に読んだときには、恋愛中の一番楽しいときでした。で、今は、みなさんすでにご存じのように、失恋したばかり。コムさんのおっしゃったことが一番当ては まる状況にあるのでは?、と思いつつ読み始めたのでした。
 ずるいと思うのですが、今は、誰か独りを贔屓にすることができません。強いて言うなら、緑でしょうか。人は正反対のものに惹かれるとか、緑は、私の「こうありたい自分」のような存在です。これは、初めて読んだときも再読した今も変わりません。物語のはじめの方の「直子」は、ちょっぴり私に似ているところがある、僭越ですが、そう思います。ただ、私は、どんなことがあっても「自殺」だけはしないでしょう。そうすることができた直子は、私よりちょっぴり強くてほんのちょっぴり弱かったのだと思います。
 でも、今回は、レイコさんの存在が大きく胸に迫ってきました。レイコさんが、立ち直ることができたのなら、私だって立ち直れるかも知れない…、そんな気にさせる人ですね。4年前ならわからなかったけれど、今ならわかります。彼女がピアノを失ったときの哀しみが。【愛音】


はこの小説を、高校生のときに読んだ。何かの本で、「ノルウェイの森」について書いてある本で、「ライ麦畑」についても言及していて、興味を持ったからだ。(多くの若者がそうであるように)僕は「ライ麦畑」に強い影響を受けた。精神的にも肉体的にも傷つきながら、他者を必死に求めようとするコールフィールドにとても共感を覚えた。そして僕は、ノルウェイの森にもそういう読後感を期待していた。だけど、僕は、ワタナベ君にはまったく共感することはできなかった。なぜなら彼には、あの性格にもかかわらず、様々な人が訪れて、「あなたのことはよくわかる」を言ってくれるからだ。出だしからしていきなり何の面識もないドイツ人のスチュワーデスに理解されてしまうのだ。それは単なる嫉妬だったのかもかもしれない。そして事実そうだったのだろう。それにもかかわらず、辛いことがある度に、僕は何度もこの小説を読み返した。この本に対する愛憎半ばする気持ちの原因がわからないまま。
 最近、20歳になって、ほんの少しこの感情の源泉がわかった気がした。この本は、ある種の誠実さを保ったまま社会に出ようとする人々にとってのおとぎ話なんだと。その誠実さとは例えば、見知らぬ女の子二人と新宿の原っぱで、飲み会を始めて、片方の女の子の彼氏の浮気の話を聞いて、なるべく中立的な返答をすることであり、ハツミさんにキスギの死んだ原因についてきかれて、「交通事故です」と答えることだ。実際の世の中では、(僕の知ってる限りにおいては)そういう誠実さは求められていない。求められているのは、中谷彰宏さんや秋元康さんの言葉であったり、「ベル友」からの、形通りの慰めなのだ。 でも、この本の主な登場人物は、そういう誠実さを理解してくれる。僕はその点において、ワタナベ君に嫉妬していたのだ。
 この本が、人気投票で「世界の終りと‥」に比べて、1位にした人の人数が少ない(1/17現在約3:5)にもかかわらずほぼ同点なのは、きっと僕と同じ様な感情この本に関して抱いてるからだと思う。そして、その感情を何より増幅させているのは、この本の女性の登場人物が、村上春樹さんの他の小説に比べても群を抜いて魅力的だからだと思う。きっと誰もが、緑や直子からああいう風に頼られたいと思っただろう。だが、いつか誰かがあんな風に自分のことを理解してくれるだろうか。答えは、Noかもしれない。だけど「ノルウェイの森」は、でもひょっとしたら、と信じさせてくれる素敵なおとぎ話なのである。【小林】


がこの本を手にしたのは、大学1年の夏(3年近く前です)。その2カ月前に失恋をし、その2カ月後に友人を一人失いました。だから、この小説がテーマにしている(と私が思っている)「恋愛」だとか「生死」だとかがとてもリアルに感じられてならないんです。
一番印象に残っているのは、意外かも知れませんが、本文冒頭で「僕」が直子を訪れた場面です。どこまでも青い空、目が痛くなるような空、やさしく吹き抜ける風、隣にならんで歩く直子・・・私にとっての「ノルウェイの森」は、このシーンに凝縮されています。緑のダイナミックさよりは、直子のスタティックさの方が強く感じられるんです。直子と「僕」との間の関係に感じるもの、それは始まりも終りもない時間の流れであり、無限小から無限大までの哀しさであり、全てを含み且つ全てを含まない虚空です。(少しオーバーかな?)
「僕」が直子に抱いていた想いはどこまで行っても直子の想いと交わることはなかった・・・、彼女の死をもってそれを理解した時の彼の気持ちが、「直子は僕のことを愛してさえいなかった」という言葉に現れているような気がします。本当は愛する人に自分の存在事実を覚えていて欲しかったにも関わらず、結局愛してさえいない「僕」にその願い〜「私のことを忘れないでね」〜を託さざるを得なかった直子をとてもかわいそうに感じて、彼はその言葉を思い出すたびに哀しくなるのだと思います。
この冒頭のシーンを読むと、直子と「僕」との想いがかみあわないまま、静かにその状態が固定されてしまって(青い空に貼りついたまま)ただ直子の記憶が彼の中で静かに風化していくのを、永遠に見守るしかないような気がしてきて、とても切なくなってしまいます。確かに、緑は彼と同じ世界に残っています。けれども、自分が愛し、且つ愛されなかった人間から「忘れないで」と言われ、且つ忘れつつあるという状況を考えた時、本当に緑をとることが出来るんだろうかと思います。直子の記憶は、風化はしても消えることはないと思うんです。私は、小説が終った後でも結局彼は緑をとることが出来なかったと思うし、だからこそ、37になった今でも、「僕」はドイツの飛行機の中で直子のことを思い出してしまうのではないかと思います。
本当は、まだまだ書きたいことがたくさんあります。けれど、それを実際に言葉で表すにはあまりにも取り留めがなさ過ぎるので、とりあえず最近読み直して思ったことを書かせていただきました。
ちなみに、春樹の長編ではノルウェイの森が一番好きです。【野口】

「ダンス・ダンス・ダンス」

の小説は文句なく面白い。ハードボイルドの一級品と比べても見劣りはしないはずだ。
 「羊をめぐる冒険」の続編だけど、作品を取り巻く雰囲気はまるで違う。「ダンス」の方は、ポップな感じが強い。ロックバンドの羅列、ユキの存在、近代的なドルフィンホテルの印象、どれを取ってもそうだ。

 主人公の僕は深い喪失感から逃れて、また動き出そうと決心する。
 そして札幌で、きちんと資本投下されたドルフィンホテルと出会う訳だけどフロントの女の子、ユミヨシさんの描写はとても素敵だと思う。ホテルの精という表現はいい。
 僕が札幌で出会うもう一人の女の子、ユキの描写も素敵だ。「僕が15歳なら恋に落ちたのに」というフレーズが繰り返されるが、少年の頃に夢見る女の子そのものだ。もし現実に会えたとしても、その年頃の男の子はうまく相手出来ないだろうけど。
 この二人と、僕の前から姿を消したキキ、旧友の五反田君、アメ、それを取り巻く人たちを中心として話は進むが、どの人を取っても印象的だ。
 私は五反田君がなぜか心に残る。シェーキーズでの告白を読んでからは特に。私の中にもそういう傾向があるのだろうか。

 僕とユキとのハワイでの一時は心が和む。リラックスしたユキと僕が本当に羨ましい。「ダンス」に限っては、読んでいて飲みたくなるものはビールではなくてピナ・コラーダかな、やっぱり。

 今回約3年振りに再読したけど、改めてこの小説の良さを再確認出来た。
 もしこの小説未読の方がいたら、とても幸せな事ですよ。三部作を読んだらすぐ読んでみて下さい。通しで読むと、さらに幸せでしょう。【本間】


「国境の南、太陽の西」

の作品を初めて読んだ時、読後感が悪かった。原因はイズミとの再会シーンだろう。
 表情、つまり感情をなくすほど追いつめられた彼女の原因はたしかに僕だけにある訳ではないだろう。でも原因の一つとしては確実だ。
 一方、島本さんとの再会は劇的だ。街でふと見かけた不思議な出来事を除けば理想的な再会だろう。このあまりに対照的な再会シーンのギャップがたまらなく嫌だった。

 島本さんと僕との小学校時代のエピソードは素敵だ。僕にとって特別な女の子の存在、まるで「100%の女の子」を思わせる存在だ。
 これが高校時代のイズミとのエピソードになると、一転して普通の恋が語られる。普通の恋人たちの微笑ましいエピソード。従姉妹の存在さえなければ自然消滅したであろう普通の恋。
 だがイズミは徹底して傷つけられる。人は無意識の内にでも誰かを傷つけてしまう存在である、という事の象徴としてイズミを登場させたのだと思うが、それにしてもひどく悲しい出来事だ。「中国行きのスローボート」の中国人の女の子を思わせる存在だ。

 僕は全てを捨てて島本さんを取る決心をするが、結局叶わなかった。有紀子の存在により現実に僕を必要としている場所に戻るが、それでも無力感に襲われる。
 海に降る、魚にすら知られないひそやかな雨。海を僕の心としたら、まだ雨は降り続いている。雨の降らない穏やかな生活にはもう戻れないかもしれない。でもそれでも現実世界の責任を全うして生きていかなくてはならない。そう、今度こそはここに踏みとどまらなくてはいけないのだ。逃げ出すわけにはいかない。

 去年の秋、今年の秋と合計3回読んでみてこの小説はある種の総括的小説かもしれないと思った。今までの作品ではある一時期の小説だった。夏の間の物語だったり大学時代の物語だったり。
 この作品は僕のクロニクルだ。小学生から30代まで語られるスパンの長さは今まで見られなかった。そして今までの作品のイメージ的断片が随所に見られる。村上作品のターニングポイントとなる作品だろう。【本間】


「レキシントンの幽霊」

「氷男」

「氷 男」は誰なのだろう?
 「私」はあんなに「氷男」を愛し、愛されて子供までできたのになぜ孤独なのだろう? それは、、、氷男は彼女の中の孤独そのものだからではないのだろうか。彼女は自分の中の孤独を愛したように氷男を愛したのだ。氷男といても孤独は癒されない。それどころかますます孤独は深くなっていく。それが氷男を愛するということなのだ。誰かと新しい関係を作っていくというのではなく氷男を愛するということは、自分が孤独であるということを再確認する行為なのだ。
 氷男は南極に行くことによって、人間世界から氷男の世界にもどり孤独でなくなった。だからこそ一層「私」の孤独は深まったのだ。
 人間世界では氷男も孤独、「私」も孤独だった。だから愛し合っているという幻想を持つことができた。南極に来て「私」だけが別な種類の人間となってしまった今、「私」は氷男を愛するという幻想によって見えなくなっていた自分の孤独に本当に対峙しなくてはならなくなったのだ。
 少なくとも私にはそう思える。【もっちー】

「沈黙」

「沈 黙」を読んでる最中、私は胸が苦しくなった。遠い、遠い昔に鍵を掛けて胸に押し込んだモノがじわじわと溢れ出そうになったからだ。
 そう、小学5年の2学期だったか、東京から転校生がやってきたのだ。彼女は小柄だったが、誰もが認める可愛さを持っていた。クラスのみんな、私も含めて彼女と仲良くなろうと近寄り、いつも間にか彼女はクラスの女王様のような存在となっていった。
 特に私とは仲が良かった。いつでも、何をするにも一緒に行動するほどであった。しかし、私は他の友人とも遊びたいとの欲があり、少しの間、別の女の子のグループと遊んでたりした。
 それが、彼女の気を悪くしたらしい。
 彼女は、私を無視するように周りを取り巻く男女に指令をした。
 以後のことは、大沢さんの話とほぼ同じである。

〜僕という人間が存在しているということそのものを頭から無視しようとしていた・・・〜

 この時期は、大沢さんのように眠ることが出来なくなった。時計の針の音がやけにうるさく聞こえ、それ以上に自分の心臓のどきどきという音が頭の中を駆けめぐる。

 10日位したら彼女の指令がとけ、周りが無視をしなくなった。このころの救いは、何人かは完全には私を無視する事をしなかったことである。
 私の後は、別の女の子がターゲットとなり、それが終わると次の子と同じ繰り返しをした。今から考えると、そういった行動をとって、彼女は転校生と言う弱い存在から脱却しようと一生懸命だったのだろうか。

 大沢さんは、本当に怖いのは、青木のような人間ではなくそのような人間の言い分を無批判に受け入れて、そのまま信じてしまう連中だと言っている。
 私は・・・。他の子が無視されているとき、ためらいながらも一緒になって無視をしてしまったような気がする。そう、そうなんだ・・・。
 しかし、大沢さんの言うように、自分が何か間違ったことをしているんじゃないか、と考えていないのだろうか。よっぽどの間抜けな人間でないかぎりほんの少しでも考えていると思うのだが。考えてはいるのだが、自分がターゲットになるのが怖くて、青木のような人間の言いなりになってしまうのではないだろうか。

 いずれにせよ、青木のような人間の周りにいる連中はどこの社会にもいる。明日にも、自分がそういった連中の一員になるかもしれない。

 ・・・。ビールが飲みたくなりました。【サミ】

「緑色の獣」

み終わって「村上さんって昔女の人に酷い目にあったのかな」と単純にまず思った。まあ多かれ少なかれ男はみんなそうですけどね。逆もまた真なりなんだろうけど。
 自分に好意を寄せている者に対しての悪意は、相手がこちらに危害を加えないと分かっているからこそより一層悪質になるし、限度がなくなる、そういうケースは現実にもあるし、端から見ていても辛くなります。
 村上作品には「誰かを傷つけるつもりはなかったのに、結果的にそうなった」というシチュエーションがよく出てきますが、この短編は明確に傷つける意志があってそうしたという珍しいケースのような気がします。設定はゴシックホラー的だけど、そういう意味で印象に残る短編です。【本間】

めく光の中で見た
 漆黒の点

それは−
 突然湧き起こる感情
 不意に押し寄せた高波

  ごらん。
  この小さな醜い生き物を。
  ごらん。
  この哀れな獣を。
  見てごらん、ほら。
  …嘲笑う声が響いてる…
  確かにいるのね    獣をいたぶる「私」が、
   確かに、ここに、
   無条件の愛に包まれて傲慢な「私」が。

……しようと思えば、どんなに酷いことだってできるわ……

 ただ、そうしようと、思わないだけで。
 そうしたいと、思いたくないだけで。
 思うことさえも罪だと…
 一度解き放ってしまったらもう、
 止めることはできないと…
 どこかでそう、感じてる。

 だから、
 体の奥深い闇の中で蠢くものを
 見なかったことにする…。
 無視する
 そんなの、知らない。
  いたぶった事実さえ、忘れる…。
  真実を見ようとすら、しないで。

  身悶えして、
  彼が流すのは涙ならぬ涙。
  黙って眺めてるもうひとりの私は、
  酷い女?

 でも・・・
  まるで、
  −シャボンの泡のように、儚く−
  −透き通る硝子のように、脆く−
  この堅い殻の中に
  そんなあなたがいて、
  遠い瞳のビスクドールは
  見かけ倒しだなんてね。

 だれ?
 本当に、醜いのは。
 本当に、哀れなのは。
 だれ?

  私は、涙を、流せない…。【愛音】

「アンダーグラウンド」

は元々本を読むのが早くないのですが、この「アンダーグラウンド」は特に遅いように思います。本自体の表現は難しくないと思います…インタビューは普通の話言葉ですし、春樹さんの文章も…多分意識的に読みやすいようにお書きになっているように感じます。ですが、私は非常に読むのに苦労しています。
 それは何故か。それは、読んでいるとこの「アンダーグラウンド」に登場される方々の思いのようなものが、私の頭の中にどっと流れ込んでくるような感覚にとらわれるからなのです。色々な方々の生活や考え方、生き方なんかが非常にリアルに流れ込んできて、私の中でオーバーフローを起こしてしまうのです。リアルなのは…ドキュメンタリーなのだから当たり前なのですが…。本を読んで、このような感覚を味わったのははじめての経験です。一人の方のインタビューを読む度に、その方の人間としての色々な面の姿が私の頭の中にわっと湧き上がってくるのです。この方はこんな考えをしていてこんな職業で、生活があり家族がありそして人生があって、あの日、1995年3月20日があったのか。そんなことが私の頭の中をよぎり、そして私の心を締めつけるのです。それは、怒り、悲しみ、憤り、憐れみ…いえ、そのどの感情でもありません。言いようのない気持ちが私の頭に浮かび心に湧いてくるのです。
 と言ったわけで、買ってもう1ヶ月になると言うのに、まだ3分の1も読むことができていません。1日に5人の方のインタビューを読んだだけで私の胸はいっぱいになってしまいます。
 これは、どうしてなのでしょうか。そして、この本を読んで行くうちに、どのように気持ちが変わって行くのでしょうか。そんな事を考えながら、この「アンダーグラウンド」を読んでいます。【TAKA】


「辺境・近境」

々な所への旅行記を収録したもの。
 表紙がノモンハンの戦場跡での村上さんだし「ねじまき鳥」を読んだ人なら、やはりノモンハンへの旅行記が一番興味深いと思う。なかなか読み応えがある旅行記なのでこれはおすすめ。確かに「忘れない事」しか出来ない場合はある。他にも香川のうどん屋巡りとかアメリカ横断とかいろいろあるので、結構バラエティー豊かな構成になっている。【本間】

「辺境・近境 写真篇」 写真・松村映三

月に出た「辺境・近境」の写真篇。アメリカ、からす島、メキシコ、ノモンハン、神戸の写真が収録されている。カラー、モノクロの写真には多めのキャプションという感じで村上さんの文章が付いている。写真だけでもいいのだけど、文章をよく読んで改めて写真を見ると、また感じが違うので面白い。
 この中ではメキシコに行ってみたいなあ。【本間】



「約束された場所で」

 文藝春秋 (1998.11.30 初版発行)
春に連載していた「ポスト・アンダーグラウンド」を改名し、河合隼雄との対談を収録した一冊。
 「アンダーグラウンド」自体、村上ファンでも読んでいない人は結構多いような気がするが、決して風化させてはいけない事件だし、報道では取り上げない角度からの取材なので、読んでいて初めて知る事も多い。
 今回はオウム側にいた人へのインタビューなのだが、現実社会に馴染めずに出家するまでの様子は胸が痛い。親しい友達が出家すると言ったら、私に止められるだろうか。それともその方が本人にとっては幸せなのだろうか? とすると、オウムというシステムは一時期確かに有効なシステムだったのかも。だが行き着く先は敵を求めてのテロリズム。楽園が現実にはない事を認めるられない人もいるんだろうなあ。【本間】



「神の子どもたちはみな踊る」

 新潮社 (2000.2.25 初版発行)
神大震災の後の2月をテーマにした連作短編集。
 全編三人称。視点という意味では、個人の物語から、同時代に生きる複数の個人の物語へ移りつつあるのかもしれない。書き下ろされた最後の短編「蜂蜜パイ」の主人公のスタンスがこれからの村上作品を象徴しているようで面白い。なお、個人的好みからは「かえるくん、東京を救う」が良かった。自分にとっての「かえるくん」は、とか置き換えて考えるのもいいかもしれない。【本間】



「そうだ、村上さんに聞いてみよう」

 朝日新聞社 (2000.8.1 初版発行)
上朝日堂wwwに寄せられた、様々な質問をまとめたもの。ここに来る方なら一度は見たことあるだろうけど、あの総集編。
 一度は読んでいるはずなのに、こうしてまとめて読むとほとんど忘れているというのは、問題があるかも。しかし村上ファンといえども様々な人がいるんだなあ。【本間】



「月曜日は最悪だとみんなは言うけれど」

 中央公論新社 (2000.5.10 初版発行)
上代アメリカの作家について、アメリカの媒体に書かれた文章を、村上春樹が選んで翻訳した一冊。カーヴァーやオプライエンについての文章がやはり多い。
 作家本人が書いた文章もあるし、評論家や友人やインタビューアが書いた文章もあり、印象はそれぞれだが、トム・ジョーンズが自分で書いた文章が面白かった。作品集としては翻訳されていないようなので、それを待ちたい。【本間】



「またたび浴びたタマ」

 文藝春秋 (2000.8.31 初版発行)
ぜか村上春樹が書いた五十音から始まる回文集と、それにまつわるエッセイ。
 30分で読み終わった。回文好きにはいいかもしれないけど、こういう余技より本職の新刊が読みたい。【本間】



「翻訳夜話」

 文春新書 (2000.10.20 初版発行)
馴染みの二人が翻訳についてフォーラム形式で話し合った3回分と、それぞれがほとんどを訳しているカーヴァーとオースターの短編2編を、お互い翻訳し、それを並べてみるという趣向の一冊。
 フォーラムでは、それぞれの姿勢が分かって面白いが、村上さんって自分の好きな事に関してはよく喋るなと、ちょっと意外な感じがした。文章を読むときのリズム、目で見るリズムという部分には心から納得。いい小説は、このリズムがあるからすんなり読める。お互いの翻訳に関しては、物語そのものの本質に関してはそんなに変わらないと思う。フォーラムでもその事は触れられていたけど、物語の力というのはそういうものかも。【本間】



「Sydney!」

 文藝春秋 (2001.1.20 初版発行)
ドニーオリンピック期間中、ずっとシドニーにいた村上春樹の観戦記兼旅行記。
 主にアスリートを追いかけての、陸上競技についてのリポートが多いが、やはりそこは村上春樹。マラソンの有森裕子と犬伏孝行についての描写は視点が面白い。旅行記としては、コアラについての洞察とか、オーストラリアの歴史に関する事が、妙におかしい。球技は松坂が投げた野球を3試合見たようだけど、女子ソフトについて書かれているのも見たかった。オリンピックで私が一番面白いと思った種目だったから。【本間】



「村上ラヂオ」

 マガジンハウス (2001.6.8 初版発行)
「ア ンアン」に1年間連載されていたエッセイをまとめたもの。
 媒体が「アンアン」だけに、今まで1回くらいしか読んでなかったので、まとめて読めて嬉しい。分量的には200ページちょっとしかないので、いささか物足りなさはあるけど、村上さんの新しいエッセイを読めると思えば、それだけでいいな。【本間】



「ふわふわ」

 講談社文庫 (2001.12.15 文庫初版発行)
絵本として出された本の文庫化。その時は買わなかったので、初めて読んだ。年老いた大きな雌猫についての話だけど、ふわふわとした毛をさわりたくなる。比喩もシンプルだけど巧い。もちろん絵は安西水丸。【本間】



「海辺のカフカ 上下」

 新潮社 (2002.9.10 初版発行)
て、久しぶりの新作長編。ただそれだけで嬉しいけど、上下巻で量もたっぷりあって嬉しい。
 ここに来る人なら、ストーリーなどは知っているだろうから省略するが、視点の変化という文章上のテクニックが目に付くかな。同一章の中で行うのはどうかと思うけど、主人公が少年なので合っているかもしれない。それとモチーフからどうしても「世界の終り」を連想してしまう。森とか、図書館とか影とか。後は今まで日本のメーカーの商品名は出てこなかったけど、今回は多い。普通に話される言葉の多用も。もうちょっとしたら、再読してみよう。【本間】
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「バースデイ・ストーリーズ」

 中央公論新社 (2002.12.7 初版発行)
上春樹が編んだアンソロジー。書き下ろし短編「バースデイ・ガール」も収録されている。ちょっと初期短編っぽい、面白い話だった。アンソロジーとしては、面白い短編もあったのだけど、ここ10年ほどに発表されたものにしては、いささかオーソドックスかな。ずっと印象に残る、これという作品がないのが痛いかも。88 
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「少年カフカ」

 新潮社 (2003.6.10 初版発行)
「村 上朝日堂」に続いて、期間限定「海辺のカフカ」サイトに寄せられた読者からのメールに、村上さんが返事を書いたのをまとめたもの。雑誌風の体裁に、膨大な量のメールが載っているので、正直読むのに疲れた。面白いメールも中にはあるのだけれど、長いメールが多いからかな。私はメールしなかったので、メールしてみれば良かったなあ。知っている人が何人か載っていたし。87
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「サリンジャー戦記」

 文藝春秋 (2003.7.20 初版発行)
「キ ャッチャー・イン・ザ・ライ」を翻訳するにあたって、徹底的に作品や翻訳の仕方を二人で語ってみようという企画。訳者あとがきとして付く予定だった文章も収録。翻訳するという事は、ここまで深く作品を掘り下げて考えるものなのか、というのが第一かな。聞き手に関しては、確かに読書中、なんか落ち着かない気分だった。88
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「アフターダーク」

 講談社 (2004.9.7 初版発行)
家デビュー25周年記念書き下ろし作。とある場所での一夜を描いたストーリーだが、視点の移動もあって、なかなか入り組んでいる。今回は19歳の女の子が主人公なので、そのまっすぐさと潔癖さは、なかなか新鮮で良かった。ちょっとカフカ少年みたい。タイトルと内容も合っているし、未読の方はまずは読んでみて下さい。90 
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「地球のはぐれ方」

 文藝春秋 (2004.11.15 初版発行)
誌に連載されていた企画をまとめたもの。「東京するめクラブ」とは、ファンは知っているだろうけど、村上さんと吉本由美、都筑響一からなるクラブ。この3人で名古屋、熱海、ハワイなど、あちこち行って、変なところを探そうという企画。この前名古屋行ったばかりなので、タイムリーで良かったが、「マウンテン」は本当に変すぎる。清里も一時期は流行ったなあ。90 (増刷中)


「東京奇譚集」

 新潮社 (2005.9.18 初版発行)
望の新作短編集。
 5編が収録されているが、「回転木馬のデットヒート」と同じく、印象に残っている聞いた話という前置きで始まっている。トーンも少し似ていて、何だか懐かしくなった。「どこであれそれが見つかりそうな場所で」が、一番印象的だった。91
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「意味がなければスイングはない」

 文藝春秋 (2005.11.25 初版発行)
刊誌「ステレオサウンド」で連載されていた音楽についてのエッセイをまとめたもの。
 クラシック、ジャズ、ポップスとジャンルは様々だけど、あの文体と描写だと、つい聴きたくなってくる。取り上げられた人の内、スガシカオくらいしか聴いた事ないし、今度聴いてみようかな。89


「うさぎおいしーフランス人」

 文藝春秋 (2007.3.15 初版発行)
上さんの書き下ろし、なんだけどかるた形式のショートショート。タイトルからも分かる通り、村上ファンにはお馴染みの、そちら方向の新刊。ちょっと村上朝日堂を思い出した。89

「走ることについて語るときに僕の語ること」

 文藝春秋 (2007.10.15 初版発行)  前から「いつか出します」と言っていた走ることについての本。昔から今に至るまでの心境の変化や、走る事と小説の繋がりなど、真摯に書かれている。毎日どころか、週1くらいでしか泳いでいない私は「済みません」と謝りたくなるくらいのストイックさだ。そもそも物事に向き合う姿勢がまるで違うことを実感。それはさておいても、村上さんの文章をまとめて読めると、やはり嬉しい。90

「村上ソングズ」

 中央公論新社 (2007.12.10 初版発行)  様々な曲を村上さんが訳し、思い入れを語った本。それぞれの曲に和田誠がイラストを描いている。元歌を知っていると違うんだろうけど、ほとんどの曲を知らないのがネック。CD付きで発売し欲しかった。87

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