知の道5:涅槃寂静


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博士 前回までで,諸行無常諸法無我時間的因果関係空間的相互作用を説明したわけじゃが.
ヒヨコ君 そうですね.
博士 実はこの諸行無常と諸法無我は仏教の教えの中では三法印(さんぽういん)と呼ばれているものに含まれておる.
ヒヨコ君 三法印...ではなくですか?
博士 そうじゃ.即ち諸行無常諸法無我と,もうひとつ重要な世界観(法則)があるということじゃ.
ヒヨコ君 なんですかそれは(ワクワク).
博士 涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)というものじゃ.
ヒヨコ君 ねはんじゃくじょー?
博士 例えば前回の例でバケツにインクを落とした場合の話じゃが,あれは最終的にはどのようになるのであったかな?
ヒヨコ君 ええと,水とインクが混ざり合って最終的には水全体が均一に薄いインクの色になります.
博士 その後は?
ヒヨコ君 その後はずーっと均一に薄いインクの色のままです.
博士 その通り.それが涅槃寂静じゃ.
ヒヨコ君 といわれても...
博士 例えば振り子を揺らしてそのままほうっておくとどうなる.
ヒヨコ君 最終的には止まりますね.
博士 その後は?
ヒヨコ君 その後はずーっと止まったまんまです.
博士 その通り.それが涅槃寂静じゃ.
ヒヨコ君 なんか禅問答みたいでよく分かりません.
博士 要は前回までの法則(諸行無常と諸法無我)が成り立つ世界ではすべての物事は最終的には安定した状態になるということじゃ.その安定するまでの時間に関しては数秒で安定するものもあれば数億年かかるようなものもあるがな.
ヒヨコ君 博士,おかしいです
博士 何がじゃ.
ヒヨコ君 確かにバケツの水とインクや振り子の場合のような物理的なものはそうなるでしょうが,人間は違うような気がします.
博士 どこが?
ヒヨコ君 年をくっても暴れまわっている人もいるし,余計にこだわりが増えて頑固になる人がよくいます.
博士 でも最終的に寿命が来てしまったら静かになるじゃろ.
ヒヨコ君 怖いことをいいますね.
博士 どんなに暴れまくってブイブイいわせても,そのブイブイが永遠に続きはせず,最終的に寿命がきてしまうじゃろ.
ヒヨコ君 ブイブイって...まあ確かにそうですけどね.ちなみに寿命が来ないとその安定状態にはなれないんですか?
博士 ま,いろんなものに悩まされず,平穏な悟りの状態をさして涅槃(ねはん)というようじゃが,人間なかなか生きている間にそんな境地にはなれるもんじゃあない.
ヒヨコ君 僕はそんなつまらん状態より,楽しいことや悲しいことや分けわからんことにぶつかって悩んで,それを乗り越えていくほうがおもしろくっていいです.
博士 わしもヒヨコ君の人生相談をやってるわけじゃないから,君がどう生きようが知ったことじゃあないわい.
ヒヨコ君 博士はどうなんですか?
博士 わしは...わしはやはりブイブイが続くほうがええのぉ
ヒヨコ君 何か口調がただのおっさんになっていますが.
博士 あぁ.つい,な.でも「諸行無常」,「諸法無我」という法則を理解することによってなんとなく「ほっ」としたりはせんか?
ヒヨコ君 確かにちょっと肩の力がぬけたりしますね.
博士 まぁそれでちょっとは「寂静」に近づいたということじゃ.
ヒヨコ君 完全な「寂静」には程遠いですけれどね.
博士 まぁその程度でいいんじゃないか.やはり生きている限りエネルギーをもっているわけじゃから完全な「寂静」は無理じゃよ.
ヒヨコ君 で,ブイブイですか.
博士 そういうことじゃ.ではこの辺できりあげて飲みにいこうか,ヒヨコ君!!
ヒヨコ君 えー,今回はやけに簡単ですね.
博士 いや話が終わるわけではない.飲み屋で続きをやろうということじゃ.
ヒヨコ君 (どんな博士じゃ,この人は...)まぁ博士がいいというんならお付き合いしますが.
博士 じゃあ行こう行こう.
ヒヨコ君 はぁ...
博士 いやー着いた着いた.まずは生ちゅーでいこうか.
ヒヨコ君 いいですねぇ.
博士 グビグビッ プハーッ んんーったまらんねぇ.
ヒヨコ君 この最初の一口がいいんですよねぇ.
博士 まったくじゃ.ところでさっきの「寂静」の話じゃがなぁ.
ヒヨコ君 はい.
博士 やはり「寂静」よりも「山あり谷あり」の方がよいか?
ヒヨコ君 へい.
博士 なんでじゃ?感情の起伏もなく平穏に過ごせる方が楽ではないか.
ヒヨコ君 んー,なーんかそれじゃあ物足りません.やっぱり笑ったり怒ったり泣いたりしてるほうが楽しいです.
博士 それもそうなんじゃよなぁ.
ヒヨコ君 要は生活自体を「寂静」にする必要なんかなくて,法則を知ることによって,なにか困ったことや問題が起こったときに冷静でいられればそれでいいんじゃぁないですか?
博士 それが「寂静」と.
ヒヨコ君 はい.
博士 ヒヨコ君,酔ってないか?
ヒヨコ君 まだ大丈夫ですよ.
博士 なんかわしより冴えとるではないか.
ヒヨコ君 そうですか?エヘヘ.
博士 わしが逆に教えられるとは...きっとヒヨコ君は酔ってるに違いない.
ヒヨコ君 酔ってませんって
博士 酔ってるやつに限ってそう言うのじゃ.
ヒヨコ君 じゃぁまぁそういうことにしておきましょうか.
博士 (くそーっ!!酔っ払いに諭されてるわしっていったい...)
ヒヨコ君 それより博士.いくら法則をいっぱい知って,その分悟りに近づいても限界があるんじゃあありませんか?
博士 今日のヒヨコ君はするどいのう.もう酒に誘うのはやーめたっと.
ヒヨコ君 いやそうじゃなくって.
博士 うむ,確かに寿命があるように到達できるレベルにも限界があるようじゃ.
ヒヨコ君 なんか悲しいですね.
博士 それもまた諸行無常なのじゃよ.
ヒヨコ君 なんかがっくり.
博士 でもそれであきらめてしまうのはまだ早いというものじゃ.
ヒヨコ君 そうですか?
博士 まだこの「知の道」は始まったばかりなのじゃからな.
ヒヨコ君 なんか少年漫画のノリになってきましたね.
博士 まだまだ学ばねばならないことは多いのじゃ.
ヒヨコ君 そうでしたね.なんか元気が出てきました.
博士 そうじゃろう.今日は酔いがまわってきたのでこのくらいにしておくが,次回のテーマは「色即是空」じゃ.
ヒヨコ君 それって怪しい信仰じみてきてませんか.
博士 ばかもの!この知の道ではすべて科学の観点でとらえるのじゃ.
ヒヨコ君 はーい.
博士 ではまた自戒,じゃなくて次回.

第五話 完
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