運動神経伝導速度
motor nerve conduction velocity : MCV

 方法

   末梢神経を近位、遠位の2点で刺激し、それぞれから得られるM波の潜時の
   差と2点間の距離から伝導速度を計算する。これは最大伝導速度である。

     近位部刺激の潜時: Lp
     遠位部刺激の潜時: Ld
     2点間の距離  : D   とすると、

        MCV = D / (Lp-Ld)

 注意点
   1)記録電極は筋腹に(-)、腱の付着部に(+)を置く。:velly-tendon 法
    刺激電極は(-)を遠位(筋に近い方)、(+)を近位におく。
     ※マイナスで刺激しマイナスで記録する!この基本原理を忘れないこと。
   2)刺激電極、記録電極間にアースをおく。
   3)刺激は最も弱い刺激でM波が最大になる点を探し、最大M波が得られる刺激強度
    より少し強めて行う。(最大上刺激:これにより全ての神経線維が興奮している
    と考える。):ここがポイント。
   (刺激強度を上げるにつれ、M波が大きくなり、さらに上げるとこれ以上M波が
    大きくならない強度に達する。これより少し大きな刺激を用いる。)
     ※刺激が強いと current spread のため他の神経を興奮させたり、見かけ上の潜時
      の短縮をきたすことがあるので、波形の変化に注意する。患者の苦痛もあり、む
      やみに強い刺激を用いれば良いというものではない。最大M波が得られる強度の
      1.2〜1.5倍程度が適当である。
   4)潜時はM波の立ち上がりで測る。
    M波はいろいろな伝導速度成分の総和を示す。
    立ち上がりから得られる神経伝導速度は最大伝導速度である。(遅い速度成分は
    分からない)
   5)近位、遠位各刺激におけるM波の形が相同であることを確かめる。:これが大事。
   (厳密には近位点刺激のM波の振幅が若干低くなる。: temporal dispersion や
    phase cancellation によるが、正常ではほとんど問題とならない。波形が大き
    く異なるようなら病的である。: conduction block ; 後述)
      伝導速度の計算は、M波の立ち上がりを形成するユニットが近位・遠位で同じと
    いう仮定であるので、高度な末梢神経障害があって、近位・遠位間でM波の変形
    が強いときには、伝導速度の数字自体は意味がないことに注意。
   6)M波の振幅、持続時間(temporal dispersion の有無)、遠位潜時(distal latency)
    にも注意する。
    振幅は peak to peak とする。
    通常M波は negative-positive 2相性になる。
    M波が2相性にならないときは記録電極の位置が悪いので、付け直す。
    2点刺激が困難なとき(顔面神経、副神経、横隔神経など)は、潜時と距離を記
    載しておく。
   7)M波の潜時には、刺激点から神経筋接合部までの神経伝導時間と神経筋接合部で
    の伝達時間、さらに筋が興奮するまでの時間が含まれることに注意する。
   8)2点間の距離はメジャーで測るが、メジャーの当て方で距離の誤差を生み、その
    ため伝速の数メートルの違いは容易に生じうることに注意。
   9)伝導速度は2つの刺激点間の値であり、同じ神経でもそれより近位部、遠位部の
    異常は分からない。
    遠位部の異常(手根管症候群など):遠位潜時を参考にする。
    近位部の異常:H波、F波、SEPなどを用いる。
   10)温度により伝導速度が変化することに注意。
    29-38 ℃の範囲では皮膚温が1℃低下すると伝導速度は 1-2 m/s 低下する。
    検査肢の保温に注意し、少なくとも検査室の室温は一定に保つことが必要である。

 測定の実際

   尺骨神経を例にとると
    1.準備
      記録電極:通常の皿電極(銀あるいは銀塩化銀電極)
      刺激電極:刺激用の専用双極電極(フェルト・チップを生食か水で湿らせて
           おく。)
      アース電極:マジック・テープで巻けるようになっている。
        生食か水で湿らせておく。部位によっては銅板の電極を使う。
      それぞれの電極を筋電計の入力ボックスに接続する。
      一般的な器械では、マイナスが黒、プラスが赤、アースが緑となっている。
    2.switch ON
      筋電計の電源を入れる。
    3.アンプの設定
      フィルターはできるだけかけない方がよいが、通常 10-10kHz 位にする。
      gain はまず2mV/div 位にし、波形を見ながら適宜変える。
      刺激の duration は 0.1-0.3ms とする。
    4.記録部位、刺激部位をアルコール綿でよく拭いておく。
    5.小指を外転させ小指外転筋の筋腹を確かめる。
    6.筋腹に(-)、小指基部(腱の付着部)に(+)の皿電極を付け、テープで固定す
      る。電極のりを付けるが、付けすぎてはみ出さないように注意する。
    7.アースを手首に巻く。アースは水で濡らしておくが、びちょびちょに濡らし
      過ぎないこと。皿電極をアースとして使用しても良い。
    8.刺激電極を手首部尺側に当て、刺激を少しずつ上げる。
      刺激電極の(-)極が遠位になるようにする。
      電極のフエルトは水で湿らせておくが、濡らしすぎないこと。
      入力スイッチが ON になっているのを確認すること。
    9.M波が出てきたら場所を少しずつずらしながら最も振幅の大きくなる部位を
      選び、刺激をさらに上げる。
    10.M波が最大に達したらさらに少し刺激を上げ、M波を記録する。
     (最大上刺激)
      M波が陰−陽の2相性にならずに、はじめに陽性成分が出るときは、(-)電極
      の位置が適当でない(motor point にない)と考えられるので電極位置をず
      らす。
    11.刺激の(-)極の位置にペンで印をつける。
    12.近位部(肘関節部)でも同様にM波を記録する。
      トレースを次に移動するのを忘れぬこと。
    13.各M波の潜時を測る。(立ち上がりで測る。)
    14.近位、遠位刺激部間の距離をメジャーで測り(刺激電極(-)の中心から中心と
      する)、潜時差から伝導速度を計算する。
      メジャーの当て方で距離の誤差を生むので注意すること。
    15.結果をプリント・アウトする。
    16.肘管症候群が疑われるときは肘管の近位、遠位で刺激を行い、それぞれの波
      形、潜時を比較する。

   正中神経:短母指外転筋より記録する。
     (母指を外転させ、筋腹を十分確かめること。
        内側すぎると尺骨神経成分を拾いやすい。)
        刺激は手首および肘窩部で行う。

   脛骨神経:母趾外転筋より記録する。
      刺激は内顆後上方及び膝窩部で行う。

   腓骨神経:短趾伸筋より記録する。
      刺激は下腿下部前面及び腓骨頭前部で行う。この部位での障害が疑われ
      るときは腓骨頭を中心としてその近位部、遠位部を電気刺激して調べる。
      経験的に他の神経に比べて、やや刺激強度を上げる必要がある。

 結果の解釈

   1.一般に節性脱髄を主体とする変化では、M波の振幅の低下に比べて伝導速度の
     遅延が著明である。一方軸索変性を主体とする変化では、伝導速度の低下は少
     ないが、M波の振幅の低下が著しい。運動ニューロン疾患では伝導速度は低下
     しないと言われるが、実際は若干の低下をみることも多い。
       2.entrapment neuropathy での所見
     手根管症候群、Guyon 管症候群、足根管症候群などでは、伝導速度は正常でも
     遠位潜時が延長する。(SCVの方が sensitive である。)
     肘管症候群では 肘管の遠位で刺激したときは異常ないが、近位で刺激すると
     波形が歪み、潜時が遅延する。
    (entrapment の部位で conduction delay, conduction block がおこる。)
     現在は inching technic で調べるのが一般的。
   3.近位のM波が遠位に比べて振幅の低下や波形の歪みが大きいときは、その2点
     間に伝導ブロック(conduction block)があると予想される。
   4.近位、遠位ともにM波の振幅が低いときは軸索の障害が疑われる。
   5.通常の伝導速度はあくまでも最大伝導速度のみしか知り得ない。
     伝導速度が正常といっても神経障害がないとは言えない。
     遅い神経(小径有髄神経や無髄神経)のみの障害では神経伝導速度は正常とな
     りうる。
    (より遅い神経の伝導速度を測る試みも行われている。:神経伝導速度分布 DCV)

 伝導ブロック(conduction block) の検査について

   GBS、CIDP、Lewis-Sumner synd などで conduction block の有無を知りた
   いときは、MCVの手技にならって四肢の各神経で調べる。通常の近位・遠位だけ
   でなく、腋窩やErb 点刺激を加えるとよい。
   ただし、腋窩やErb 点刺激のとき、目的とする神経以外も刺激することも多いので、
   刺激電極の位置、圧迫の仕方など工夫するがうまくいかないこともある。また神経
   が深部にあるため、最大上刺激が困難なことがあるので(特に病的状態では)判定
   には注意する。

   conduction block の基準

     コンセンサスは得られていないが、最近の報告では、
     近位−遠位間で 振幅(あるいは面積値)の20%以上の低下。
     ただし、M波持続時間の延長は15%以内。などの基準がある。
     ※temporal dispersion があると見かけ上の conduction block として観察さ
      れるので注意が必要。
      temporal dispersion だけでは説明のつかない高度な振幅低下があるときの
      み block ありと判定する。
     ※下肢では神経の距離が長く、正常でも20%程度の振幅の変化が起き得るので
      注意が必要。上肢の基準を当てはめるのは危険と考える。
      また、刺激が十分なされてないと当然M波は小さくなり、判断を誤るもとに
      なる。特に病的状態で刺激閾値が高いときが問題である。
     ※これらの点を踏まえて、当科では、50%以上の振幅の低下があるときは明ら
      かな block があると判定している。しかし、それ以下のときは波形を慎重に
      比較検討したり、inching で部位を確認したりして判定する。
      刺激が十分なされているか常に考えること。
      特に、腋窩やErb 点刺激のときは block の判定は慎重にすること。

   インチング法(inching study)

     1)肘管症候群、手根管症候群などで障害部位を特定したいとき、block の位置を特定
      したいときなどに施行する。
     2)手首や肘などでは、神経の走行に沿ってペンでラインを引き、1cm刻みに目盛りを
      振り、各点で刺激を行って、各刺激点毎の潜時、振幅を測り、大きく変化する部位
      を見つける。
     3)ある神経の conduction block の位置を特定したい時は、まず神経の走行上に5cm
      刻みくらいの目盛りを振り、大ざっぱに位置をしらべ、その後細かくみるとよい。
      ただし、前腕部や下腿部などで神経が軟部組織の深部を走行するようなときは十分
      な刺激がなされないことがあるので、注意する必要がある。上腕や大腿で細かくみ
      ることはまず不可能である。
     4)同様な手技を用いて、感覚神経でも検査可能である。entrapment neuropathy では、
      感覚神経の異常の方がより敏感である。
      手指からの逆行性記録のときは、上記のように刺激部位をいろいろ変えて各潜時や
      波形の変化に注目する。
      手指刺激による順行性記録のときは、記録電極をずらして記録すればよい。

 正常値

   (藤原哲司:筋電図マニュアルより)
           MCV (mean±2SD)  distal latency   amplitude 
    尺骨神経   60 (50-69) m/s   2.6 (2.1-3.2) ms  15.5 (9.1-21.9) mV
    脛骨神経   48 (41-55) m/s   5.4 (4.2-6.5) ms  13.2 (5.0-21.9) mV

   (新潟大中検)
           MCV (mean±SD)
    尺骨神経   57.8±3.6 m/s
    正中神経   58.9±4.0 m/s
    脛骨神経   48.4±3.2 m/s

    ※年齢により正常値は異なるので注意
     乳幼児や老人は遅い!
    ※おおむね、上肢 50 m/s、下肢 40 m/s を正常下限と考えてよい。

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