針筋電図 ( needle EMG )
予備知識
解剖:主な筋の支配神経と髄節
三角筋 腋窩神経 C5,6
上腕二頭筋 筋皮神経 C5,6
上腕三頭筋 橈骨神経 C6,7,8
小指外転筋 尺骨神経 C8,Th1
第一背側骨間筋 尺骨神経 C8,Th1
短母指外転筋 正中神経 C8,Th1
大腿四頭筋 大腿神経 L2,3,4
前脛骨筋 深腓骨神経 L4,5
腓腹筋 脛骨神経 L5,S1
神経筋単位(neuro muscular unit:NMU)、運動単位(motor unit)
1個の前角細胞とその軸索、支配する筋線維群からなる機能的な単位
を NMU または運動単位と呼ぶ。
注意
当然のことながら、針を刺されるのであるから非常に痛い。検査の必要性を十分
説明し協力を得るのが絶対条件である。もちろん適応は選ぶこと。予め主治医の説
明がなされていないと「こんなはずでなかった」と検査医がたいそううらまれるこ
とになる。
目的
筋肉内に刺入した針電極により筋線維の膜電位の変化を記録し、神経筋単位(NMU)
の異常の有無を知る。具体的には、筋萎縮や脱力の原因が神経にあるのか筋肉にある
のか知ることや、障害の分布や部位診断(どの髄節かなど)に役立てる。
神経筋単位すなわち2次ニューロン以下の異常は知ることができるが、上位ニュー
ロンの異常については直接的には分からない。リクルートメントの様子から間接的に
上位ニューロンの異常を知ることはできる。つまり、ユニットの異常がないのにリク
ルートメントが不良であるなら、上位からの命令が届いていない、つまり上位運動ニ
ューロンの異常が疑われる。ただし、患者が十分力を入れようとしているという前提
であるが・・。(力をいれなければ、当然リクルートしない。)
対象
神経・筋を侵す種々の疾患
MND, cervical spondylosis, peripheral neuropathy,
polymiositis, muscular dystrophy etc.
方法
1.電極
針電極:通常は一芯同心型針電極を用いる。
最近単極針電極の使用も推進されてきている。
2.アンプの設定
フィルターは low-cut 2-50 Hz、high-cut 10kHz または off とする。
sweep は 10-20ms/div が見やすい。
gain は弱収縮では 200μV/div、強収縮では 0.5-1mV/div 位がよい。
(適宜変えればよい。)
3.記録
刺入電位、安静時、弱収縮、強収縮の4つをみる。
(1)針の刺入
筋肉を収縮させ筋腹を確かめる。
アルコール綿で皮膚を消毒し、針をいっきに刺す。(ためらいながら刺すと痛
みが大きい。)
針を刺した瞬間にその刺激によって一時的に電位が記録される。
:刺入電位(insertion potential)
筋炎などで筋膜の障害があると、刺入電位が異常に長く持続する。
刺入時あるいは針を動かしたときにに異常な電位が出ないか注意する。
:ミオトニー放電(myotonic discharge)
特有のオートバイをふかしたような音を1度聞いておくとよい。
(2)安静時の記録
正常なら、力を入れなければ当然何の電位も記録されない。
病的状態で、神経や筋の興奮性が異常に高まっていると、意志に関係ない自発放電
が記録される。
ミオトニー放電(myotonic discharge)
:筋緊張性ジストロフィー、先天性筋緊張症など。
線維自発電位(fibrillation);gain を上げて観察する。
陽性鋭波(positive sharpe wave)
線維束自発電位(fasciculation) など
:これらは神経の障害で筋線維の神経支配が絶たれたときに出やすく、
脱神経電位(denervation potential)ともいう。
群化放電(grouped discharge)
:不随意運動に伴って記録される。
(3)弱収縮
1.軽く力を入れさせ、unit を記録する。
針先を少し動かしただけでも波形は大きく変化するので、振幅が最大になる
ようにする。
適当な unit が分離できたら foot switch を押して記録する。
なかなか力が抜けないときは拮抗筋を収縮させるとよい。
少なくとも3つ以上の unit を記録に残してしておく。
2.正常ではきれいな3相となる。
概ね振幅は 0.4-1.0mV,duration は 4-15ms 位であるが、筋によって異なる。
例えば顔面筋は振幅が低く、持続も短い。また高齢になるはど持続時間は長く
なる。
5相以上は多相性(polyphasic)とする。
3.正常でも大きいもの、小さいものがいろいろと混じっている。
1−2個異常なユニットがあったからといって、すぐに異常と判定してはいけ
ない。全体の中でどの程度含まれるかよく検討すること。また高齢者は全体的
に long duration になるので注意。筋の部位、年齢によって 15ms位の unit
は容易に出てくる。
4.当科では一応次のような基準で判定している。
long duration :20ms を越えるようなら、どの筋、年齢でも「長い」と判
定する。
short duration:概ね3−4ms 以下。
high amplitude:3mV 以上。
low amplitude :0.2-0.3mV 以下。
全体としてどのような傾向かということも大切。
5.amplitude は針先の位置で変わり得るので単に low だからといって
myopathic とはいえない。
(4)強収縮
1.適当な unit が分離できたら,少しずつ力を入れてもらう。
2.まずその unit の発火頻度が増す。(rate cording)
次いで他の unit が参加してくる。(recruitment)
ついには干渉波形を形成する。(interferens pattern)
3.recruit してくる様子、interferens の程度をみる。
4.十分力を入れているのに干渉が不良のときは neuropathic な可能性がある。
myopathic のときは、すぐに干渉してしまう。
5.痛みなどで十分な力が入らないことがあるので注意。recruitment が悪いと
いって直ちに neuropathic とは言えない。(前述)
4.診断
以上の(1)〜(4)の所見を総合して判定する。
神経原性変化(neuropathic):下位運動ニューロンの障害
:high amplitude, long duration, polyphasic
recruitment 不良。
unit の脱落がみられ、full interferense pattern にならない。
高度なときは1個の unit の発火のみ。(single oscillation)
筋原性変化(myopathic)
:low amplitude, short duration, polyphasic
myopathic な場合でも poly が出るが、duration は原則とし
て長くない。
早期から recruit してくる。
強収縮時の全体的な amplitude が上がらない。
上位運動ニューロンの障害
:unit の異常はみられない。recruitment が障害される。
【検査の実際】
1.switch ON
gain は 200μV/div、sweep は 20ms/div(full scale 200ms)程度がよい。
2.患者の手にアースを巻き、針電極を接続する。入力箱に接続。
3.筋収縮させ、筋腹を確かめ、アルコール綿で拭く。
4.foot switch を踏みながら一気に針を刺す。
このとき刺入電位が記録される。switch を離すと画面に取り込んだ波形が表
示される。異常があったらハード・コピーを取る。
5.軽く筋収縮させ、針先が筋内のいい位置にあることを確かめる。
6.安静を命じ、自発放電の有無をみる。適宜記録する。
7.弱収縮させ、ユニットを分離する。針先を微妙に動かしながら、狙ったユニ
ットが最大振幅になるように調整する。画員は適宜調整する。foot switch
を踏みながら direct の波形を観察し、適当なところで switch を離し、表
示された画面が適当ならプリントする。全体の中で、異常なユニットがどの
ような頻度でみられるか十分注意しながら、いくつかのユニットを分離、記
録する。
8.強収縮させ recruit をみる。recruit の過程を観察するために、sweep は
500ms と長くし、gain は 500μV/div とし、適宜変える。