2001年7月7日:粟島温泉紀行


 粟島に温泉が出て、「漁火温泉・おと姫の湯」という村営の日帰り入浴施設が1999年11月1日にオープンしたとのニュースを聞いて以来、いつかは行かなければと思い続けて久しくなった。漁火温泉とはいいネーミングである。漁業と観光で暮らす島の生活を思い起こさせる。でも、おと姫の湯というのはどういう由来なんだろう。これは自分で確かめるしかない。粟島の島影を目にする度に、思いは募るばかりであった。しかし、海を渡るということは決心がいるものである。思い悩んだ末、梅雨の中休みの休日、意を決して粟島に渡ることにした。

 土曜日の朝、今日は仕事がオフなので家でゴロゴロしていたら、家内のご機嫌斜めで、どこかへ行って来たらと冷たい言葉。天気もいいようなので、温泉にでも行こうと決心。それならば、ということで、いざ粟島へ。10時の船に乗るべく岩船港に向け車を進めた。瀬波に行く時いつも通る道だが、今日は胸が高鳴る。海岸沿いの国道を快適にとばす。塩の湯温泉、西方の湯を過ぎ、荒川を渡ると岩船港はすぐである。港に着くとフェリーが停泊し、既に改札が始まっていた。車を駐車場に止め、乗船名簿に記入して切符を買う。2等で1830円であった。なお、観光客は車の乗り入れ禁止であり、車は港の駐車場に置いていかなければならない。

 船に乗り込むと、すでに船室は観光客でいっぱいであった。釣り客やキャンプ客も多いようだ。天気もいいことだし甲板の椅子席を確保した。慣れた人は備え付けのゴザでさっそく寝ころんでいる。時間通りに出航し、穏やかな旅かと思ったが、港外に出ると風が強く、うねりも高い。626トンという小さい船のせいもあって、かなりの揺れ方であった。雨後のためかはじめは海の色も褐色であったが、やがてきれいな群青色となる。天気も良く、行く手には粟島の島影がよく見える。右手には瀬波の温泉街から笹川流れへの海岸線が続く。うねりを乗り越えるたびに船が揺れる。中央部の揺れ方は比較的少ないが、船首に行くと上下動が激しく、ジェットコースターみたいなスリル感も味わえた。ただし、所かまわず嘔吐する人がいて困ってしまった。

 90分で粟島到着。意外に近いなあというのが実感。島の玄関口のはずなのに、切符売り場・案内所のある3階建ての建物(正式には、粟島総合開発センター)が目立つほかは何もない。船上から漁火温泉の茶色い建物がすぐに目に付く。何せ何もないのだから。船を降りると民宿の人たちが旗を持って出迎えに来ている。客たちはちりじりに消えていき、ほんのひとときの賑わいの後、私ともうひと組の中年夫婦だけが取り残されてしまった。

 振り返ると本土の山々がきれいに見渡せ、海の向こうという感じがしない。少し歩いてみるが、すぐ前に発電所、役場があるだけで、何もない。土産物店も役場の前に看板の字も薄れたひなびた店が1件あるのみ。役場の右手に茶色い壁のひときわ目立つ真新しい建物があるが、ここが目的の温泉である。とにかく他には何もないので、迷うこともない。

 行く当てもないし、ともかく温泉に入ろうと温泉に向かった。船を型どった看板がおもしろいが、港に面した側は実は裏で、反対側に玄関がある。建物をぐるりと回って玄関へ向かう。下足棚に靴を入れ、スリッパに履き替える。受付で料金を支払う。タオルなしで500円(小人200円)であるが、これは標準的であろう。

 館内は、右手に広いロビーがあり、テーブルや椅子、ソファがたくさん置いてあってくつろぐことができる。名産品の展示もある。休憩用の大広間もあって、寝転んでいる人たちがいた。冷凍スナックや飲み物の自販機はあるが、食堂はない。

 館内左手に浴室がある。脱衣場は籠の他、鍵付きのロッカーがある。本来コイン式だったようだが、無料で使えるようコイン投入口にテープが貼ってあった。掲示された温泉の効能書きで泉質を確かめる。ナトリウム・カルシウム-塩化物泉か。こんな小さな島だから、少し掘れば海水がしみ出てくるんじゃないかな。きっと海水と地下水が混ざったような泉質かなと期待せずに入室。浴室には大浴槽があるのみ。両脇に仕切付きの洗い場が3ヶ所ずつ。木製の湯桶と椅子が趣深い。大きなガラス窓から景色が見えるのだが、建築資材・廃材が積み上げられた小山が見えて興ざめである。その先に海の向こうの本州の山並みが遠望される。ここは夜に漁り火を見ながら入浴するのがいいのだろう。

 湯は無色透明無臭。やっぱりね、と思いながら飲んでみる。苦い!こんな苦い温泉は初めてではないだろうか。塩味もするのだが、とにかく苦いのである。湯上がりに成分表を再確認する。掲示によると、源泉名は、粟島の湯。泉質は、ナトリウム・カルシウム-塩化物泉。源泉温度は、32.7℃。主な成分は、Naイオン4570mg/kg、Caイオン3535mg/kg、Mgイオン573.2mg/kg、Kイオン39.3mg/kg、Srイオン28.3mg/kg、塩素イオン13690mg/kg、硫酸イオン1771mg/kg、炭酸水素イオン41.5mg/kg、臭素イオン37.2mg/kg、メタ珪酸20.3mg/kg、遊離二酸化炭素18.2mg/kgなどで、ガス性除く成分総計は24310mg/kgと成分豊富な高張性の湯である。ナトリウムイオン、カルシウムイオン、塩素イオンが非常に多いので、泉質名を規定するmval%では少なくなってしまうが、絶対量としてはマグネシウムイオン、硫酸イオンがかなり多いことがわかる。正苦味泉としての特徴が現れているんだろうなあと納得した。地下1500mから湧出とのことであり、化石海水由来の温泉だと想像するが、湯の透明さ、苦さは独特である。この点、特徴ある温泉であり、ここまではるばる海を渡ってきた甲斐があったとひとり喜んでいた。

 これで初期の目的達成。もとより観光する予定もなかったので帰りの心配である。次の船は、13時半の高速船で、その次は15時のフェリー、これが最終便となる。行く当てもないし、ここは高速船で帰ることにして、せっかくなので、切符売り場の2階にあるレストランで、名物のわっぱ煮を食べた。わっぱの中に焼けた石を入れて一気に沸騰させるのである。魚が丸ごと2匹入っていて、美味であった。焼けた石のため最後まで汁は熱々。舌先をやけどしてしまった。

 ふーふーいいながら食べ終わると、ちょうど時間となり、高速船に乗る。料金は、3690円とほぼ倍の値段。全て椅子席で、冷房の効いた船内は快適である。さすがに高速であり、島影がどんどん遠くなる。うねりもあるがものともせずにとばしていき、揺れもほとんどない。55分であっという間に岩船港に着いてしまった。値段分はあるなと納得した。快適さは全く違う。

 10時に岩船港を出て、14時25分に帰ってきてしまった。温泉だけ入って帰ってくるのは私ぐらいかな。どうせなら、一泊くらいすべきなんだろう。島を一周する遊覧船もあるし、レンタサイクルも用意されている。普通の人はやっぱりしっかり観光してこなきゃね。

 粟島の観光パンフレットがおもしろい。「なんにもないを、楽しむ島。」というのがキャッチフレーズ。インターネットじゃ、この島の空気は味わえない。とキャッチコピーは続く。まさにその通り。宿泊は民宿かキャンプ。素朴さを是非味わいましょう。