東京オペラ三昧

(2008年2月2日〜3日)


 この度思い立って東京遠征を行いオペラを鑑賞してきました。私としましては思い切った行動です。1995年に東京でのコンサートを聴いて以来、ゲルギエフファンを自認し、頭までゲルギエフヘアーになっている私ですが、一番大事なマリインスキーオペラは見たことがありませんでした。これまでも度々来日公演がありましたが、上京しなければならないこと、入場料が高額なこと、そして、公演日に休みが取れないこと、などがあって、見ることは叶いませんでした。今回の来日公演も、行けるはずはないとあきらめていました。私の音楽仲間は、全4公演行くとのことで、大変羨ましく思っていました。

 そんな折り、正月恒例のNHKニューイヤーオペラコンサートをテレビで見て、オペラの喜びを再認識し、特に「ダッタン人の踊りと合唱」は、バレエのすばらしさ、飯森さんと東フィルのダイナミックな演奏もあって、圧倒的迫力と感動を与えてくれました。それ以来「イーゴリ公」を生で見たいなあという思いが募りました。今年のマリインスキーオペラでは「イーゴリ公」をやることを思いだし、ネットで調べてみたら、2月2日の公演は日程的に行けないことはないことがわかりました。私は隔週で土曜が休みなのですが、2月2日は雑務がなければ休めそうです。チケットはまだ残っているようですし、安い席なら買えないこともないなあと、ネットでのチケット購入を試みては決心が付かずに止める、ということの繰り返し。優柔不断な私なのでした。

 このように悩んでいたとき、主催者のジャパンアーツの会員になると入会特典でモニターチケットが安く買えることがわかり、清水の舞台から飛び降りる思いで、ついに東京遠征を決めました。こうなると気持ちは大きくなり、同じ日の昼に公演する「ランスへの旅」も見ることにしました。1日2公演行うとはゲルギエフは大したものですが、私もゲルギエフにならって1日2公演に挑戦です。さらに、当初は夜行で帰ろうと思っていたのですが、日曜日に家にいると家内の機嫌が悪いので、どうせなら日曜日も楽しもうと話は大きくなり、新国立劇場の「サロメ」も見ることにしました。安い席は完売でしたが、どうにかB席を購入できました。JRの土日切符を買い、安いホテルを予約していよいよ作戦決行です。

 新潟9時前発の新幹線で上京。東京までノンストップの最速便で、あっというまに東京に到着。ゆっくりと乗り換えて、上野に11時前には着いてしまいました。11時15分の開場に間があるので上野公園をぶらついてみましたが、肌寒いので早々に引き上げて文化会館に入ると、ちょうど開場の時間となりました。当日受付で渡された例の割引チケットはB席で、4階席中央の最前列。上から急角度で見下ろす形にはなりますが、ステージやオケピットの見晴らしは良かったです。サンドイッチとコーヒーで昼食を取り公演に臨みました。

 ロッシーニの「ランスへの旅」といっても今回までは名前すら聞いたことがありませんでした。手持ちのオペラのガイドブックにも出ていません。実際に公演の機会も少ないのだそうですね。ランスで行われるフランス国王の戴冠式に行こうと集まったヨーロッパ各国の貴族たちが温泉地のホテル「金の百合亭」で繰り広げるドタバタ劇で、ストーリーがどうのという作品ではなく、歌を楽しむ作品なようです。14人のソリストが次から次へと歌声を披露し、最後は国別対抗歌合戦になってしまいます。

 オケピットはなく、1階席中央に花道が造られています。ステージ上はシンプルで、プールの監視台のような物があり、左手に隅にチェンバロが置かれ、後方にフランス国旗の幕が張られているのみです。

 開演となりましたが、ステージ上では掃除機で掃除が始まりました。その後出演者が1階席後方から現れて、花道を通ってステージに次々に上がって行きます。カラフルな衣装が美しく、冗談としか思えない電飾付きの派手なドレス姿もあってビックリです。オケの楽員の一部も客席から上がって行きました。最後にゲルギエフがマフラーに帽子をかぶり、コートを羽織って1階席から颯爽と登場して会場を沸かせました。フランス国旗が取り払われると、ステージ後方にオケが整列しており、演奏が始まりました。オケの皆さんも白いスーツ姿で決まっています。

 ロシア人によるイタリアオペラがどうなるのか気になりましたが、パリ・シャトレー座との共同制作とのことで、大変しゃれたステージであり、新鮮な喜びを感じさせてくれました。簡素なステージなのに馬が登場した必然性は感じませんでしたが。各出演者の見事な歌いぶりと演技で、あっという間に前半が終わりました。休憩時間に私と同様に新潟から来た音楽好きと出会って、ワインを飲みながらしばしの歓談。やっぱりオペラにはワインが似合います。

 後半も楽しみ満載。ハープの伴奏によるアリアはしっとりと感動的でした。14人の歌手による14重唱は何とも贅沢です。コミカルで飽きさせない演出で、あっという間に終演となってしまいました。確かにストーリーはとりとめもなく単調なのですが、各ソリストの歌声はお見事でした。「未来のネトレプコを探せ!」というのが宣伝文句でしたが、さすがにマリインスキー劇場は実力者揃い。歌声をたっぷりと楽しませてもらいました。演技に演奏に大活躍のフルートのお姉さんも、チャーミングで魅力的でした。ゲルギエフは終始マフラーに帽子姿。髪をかき上げながらのいつもの指揮ぶりとは違って、ダンディでかっこよかったです。1階席はステージとなり、2階席でも歌うという斬新な演出。そして華やかな衣装。柳原可奈子を彷彿させるフォルヴィル伯爵夫人役(ラリーサ・ユージナ)のダイナマイトボディにびっくりと、魅力満点なオペラでした。

 さて、マリンスキーのご一行はこれからNHKホールへ大移動となりますが、私も同様です。先ほど出会った音楽仲間と簡単にお茶をして別れ、神田のビジネスホテルにチェックイン。温泉大好き人間の私ですから、大浴場付きのホテルを検索してここにしました。神田駅から徒歩3分とアクセスは良く、周りに飲食店が多数あるのでお勧めです。週末割引とネットでためたポイントを使って、格安に宿泊できました。

 部屋に荷物を置いて山手線で原宿へ行き、徒歩でNHKホールへ。ちょうど17時15分の開場の時間でした。折り詰めの寿司を買って腹ごしらえし、ダブルヘッダー第2試合に臨みました。いよいよメインであるボロディンの「イーゴリ公」です。今度の客席はやはりB席ですが、2階席右側後方で、上に3階席がかぶっているので若干圧迫感がありますが、ステージやオケピットの見晴らしは良かったです。空席が若干目立ち、私の横には誰もいなくてゆったりできました。

 今回の上演は昨年末の北京公演で演じられた2007年ゲルギエフ改訂版とのことで、プロローグと4幕からなります。各出演者ともすばらしく、巨大なNHKホールに歌声が十二分に響いていました。イーゴリ公(セルゲイ・ムルザーエフ)、コンチャック汗(セルゲイ・アレクサーシキン)の力強い歌声は見事です。イーゴリ公の息子のウラジーミル役(エフゲニー・アキーモフ)は格好良くなかったですけど。合唱も大迫力。お馬さん2頭も出演されていました。第1幕最後の「ポロヴェッツ人の踊り(ダッタン人の踊り)」のバレエは圧巻。マリインスキーバレエのプリンシパルが出演とあって、期待に違わぬ熱演でした。オケも大爆発かと思いましたが、意外にも抑制のきいた演奏だったと思います。休憩時間に1階席へ降りて、オケピットを覗いてきました。結構広々しているんですね。ゲルギエフの指揮台、椅子を見て感激したりして、全くの田舎者ですね。

 前半に比して、後半は若干冗長な印象を感じました。イーゴリ公を待ちわびる妻(ラリーサ・ゴゴレフスカヤ)の切々たる歌声と農民たちの歌声は心に響きましたが、イーゴリ公の留守を預かるガリツキー公の悪行を長々とやった割に、イーゴリ公が帰還したところで唐突に終演となり、本来あるはずのフィナーレがカットされたのは拍子抜けに思いました。スタンダード版と大きく話の順番を入れ替え、従来のマリインスキー版とも異なります。パンフレットの内容とも大きく異なり、修正版の冊子が挟み込まれていました。ゲルギエフ版の真意はいかなるものなのかは分かりませんが、欲求不満が残り、ちょっと残念に感じました。とはいえ、本場物を楽しませていただきだき満足ではありました。ゲルギエフ版が悪いというより、もともとが未完のオペラで、決定稿がないというのがそもそもの原因なんでしょう。

 さすがに1日に2本のオペラの連チャンは疲れました。ゲルギエフやオケの皆さんも連チャンな訳ですけどね。 「ランスへの旅」で大活躍したフルートの姉さんもピットで頑張ってましたものねえ・・。満足気分で原宿駅に向かいました。私の頭の中ではポロヴェッツ人が踊り回っています。

 ホテル前の食堂で夜食を食べて部屋に戻り、ホテル地下の大浴場でゆったり過ごしました。サウナと大浴槽、掛け湯、水風呂のみですが、疲れをとるには必要十分です。このホテルは自販機の料金も安く、良心的です。ネット環境も整っていて、持参のパソコンをLAN端子につないだら、いとも簡単にネットにつながりました。

 翌朝、朝風呂を楽しんだ後遅めにチェックアウト。何と外に出ると雪が降り積もっていました。歩道は雪でぬかるみ、寒さが身にしみます。急ぎ足で神田駅に向かいました。午前中に行きたいところもあったのですが、この大雪では外を歩くのははばかられましたので、予定を変更。東京駅近くの地下を通って行ける大型書店でゆっくり過ごしました。時間を見計らって新宿へ。ここで昼食を摂ったのですが、ラーメンのまずかったことは大誤算。生ゆでの素麺みたいなラーメンでガックリ。

 暗い気分で京王新線で初台へ。さすがに公共交通機関の発達した東京。神田駅から新国立劇場までぬれないで着くことができるとは。車がないと生活できない田舎生活の身からすると、うらやましい限りです。隣のオペラシティーには来たことがありますが、新国立劇場は初めてです。13時15分の開場までには時間があったので、オペラシティで時間をつぶして戻るとすでに開場が始まっていました。ホワイエをうろついていたら、なんと音楽監督の若杉先生から「天気が悪いのにようこそ」と挨拶さててビックリしました。というのは嘘で、私の隣にいた人に挨拶したのでした。

 さて、昨日からのオペラ三昧の最終は、R.シュトラウスの「サロメ」です。7つのヴェールの踊りは有名ですが、どんな筋書きかは今回調べるまでは知らず、実演を楽しみにしていました。席は左側2階のバルコニー席。斜めにはなりますが、ステージやオケピットの見晴らしが良くて良かったです。開演30分前に入場したのですが、すでに東響の皆さんは音出しをしています。下まで降りてオケピットを覗くと東響定期でおなじみの楽員の方々がいて親近感が沸きます。さすがにオケピットは広くて、フルオーケストラがコンパクトに畳まれたように入っています。新潟県民会館じゃステージ上まではみ出しますもんねえ・・。

 場内が暗転して開演です。序曲なしでいきなり始まるこのオペラ。一気に楽劇の世界に引き込まれます。おどろおどろしい筋書きで、音楽も不気味です。明るくておしゃれな昨日の「ランスへの旅」とは大違い。ステージ中央にはヨハナーンが幽閉されている井戸があり、後方はヘロデの宮殿のようで、怪しげな雰囲気が漂っています。

 各出演者とも声が良く出ていて、演技もたいしたもの。ステージの隅にいる人もちゃんと演技しているんですね。細かなところまで気が配られているのには驚きました。ヘロデ王役のヴォルフガング・シュミット、ヨハナーン役のジョン・ヴェーグナーの力強い歌いぶりはすばらしく、小山由美さんのヘロディアス王妃も外人さんと遜色なく堂々としていました。はじめから最後まで歌いっぱなしで、踊りまで踊るサロメ役は大変ですが、ナターリャ・ウシャコワは見事に歌いきっていました。7つのヴェールの踊りはどういう演出かとオペラグラスを握りしめて期待しましたが、さすがに節度は守っており、隠すべきところは隠してましたなあ・・。踊りはもう一息というところでしょうか。ちょっと太めの体型ということもあって、官能的とは言い難いような印象でした。歌・容姿・踊り、すべてが完璧とはいかないのは仕方ないのでしょうね。あとヨハナーンの生首は良くできていました。全1幕で休憩なし。あっというまに終わってしまいました。

 今回ついに新国立劇場へのデビューを果たすことができました。新演出ではありませんでしたが、初日を見ることができて良かったと思います。完成度の高い舞台であり、トーマス・レスナーの指揮の下、東響の皆さんもすばらしい演奏でした。今日が初日なので各出演者とも緊張し、演技・演奏もこなれていなかったのかもしれませんが、初めて見る私には値段分は楽しめたと思います。

 外に出ると雪は止んでいました。逆コースで、初台−新宿−東京とたどって新幹線に乗り込み、座席でこの原稿を打っていると新潟には18時半過ぎに着いてしまいました。本当に近いですね。金と暇さえあれば東京遠征は刺激になります。新潟に引きこもっていると井の中の蛙。視野が狭くなってしまいます。これまでオーケストラコンサート中心の私でしたが、これを機会に、オペラ公演を見る機会を増やしていきたいと思います。とは言っても、新潟のような地方都市では年に1〜2回しかオペラの公演がありませんし、毎年決まった演目ばかり。毎度「フィガロ」や「魔笛」、「カルメン」ばかりじゃねえ・・。やっぱり東京に出るしかないですかねえ。せいぜい小遣いを貯めておきましょう。