脊髄小脳変性症
Spinocerebellar degeneration:SCD


脊髄小脳変性症とは、運動失調を主症状とし、小脳、脊髄に病変の主座をもつ原因不明の変性 疾患の総称である。遺伝性のものはDNAの検索が進み、遺伝子診断できるようになりつつある。 1.非遺伝性 オリーブ橋小脳萎縮症 olivo-ponto-cerebellar atrophy: OPCA    中年以降の発症。小脳性運動失調が主体であるが、経過とともに、パーキンソン症状、自    律神経症状が出現。小脳・橋の萎縮が特徴的。日本のSCDの中で最も多い病型である(35%)。    線条体黒質変性症、シャイ・ドレーガー症候群とそれぞれオーバーラップする部分があり、    これらの疾患をまとめて、多系統萎縮症(multisystem atrophy:MSA)と呼ぶ。 晩発性小脳皮質萎縮症 late cerebellar cortical atrophy: LCCA    中年以降の発症。小脳性運動失調主体で、パーキンソン症状や、自律神経症状は伴わない。    小脳萎縮はあるが、脳幹萎縮はない。 2.遺伝性 Menzel型遺伝性運動失調症    常染色体優性遺伝。小脳性運動失調の他、眼球運動障害、パーキンソン症状、自律神経症    状、錐体路症状、後索症状、筋萎縮など伴う。 Holmes型遺伝性運動失調症    常染色体優性遺伝。小脳性運動失調主体で、パ−キンソン症状や自律神経症状はない。小    脳萎縮はあるが、脳幹萎縮はない。 Friedreich運動失調症    常染色体劣性遺伝、第9番染色体長腕(9q13-q21.1)に遺伝子座。    (GAA repeat 増大:frataxin    若年発症。下肢優位の後索症状、腱反射消失。構音障害、知能障害、足変形、側弯、    Babinski徴候などを示し、色覚異常、心電図異常、内分泌異常など多彩な症状を示す。    低アルブミン血症、高脂血症を示す家系もある。 Machado-Joseph病(MJD)    常染色体優性遺伝、第14番染色体長腕(14q24.3-32.1)に遺伝子座。(CAG repeatの増大    小脳性運動失調、ジストニア、錐体路徴候、眼球運動障害、びっくりまなこ、筋萎縮など    を示す。アゾレス諸島出身のポルトガル系白人の遺伝病と考えられていたが、日本でも多    くの家系がある。日本の遺伝性運動失調症の中で最多 歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症       dentato-rubral-pallido-luysian atrophy: DRPLA    常染色体優性遺伝、第12番染色体短腕(12p13.31)に遺伝子座。(CAG repeatの増大    小脳性運動失調、舞踏・アテトーゼ様運動、痙攣、ミオクローヌス、知能低下などを示す。    同一家系でも異なる症状を呈することがある。若年発症はミオクローヌスてんかんを示し、    中年以降の発症者では小脳失調が著明で、ミオクローヌスやてんかんは少ない傾向がある。 遺伝性痙性対麻痺(家族性痙性対麻痺)    常染色体優性遺伝、劣性遺伝、X染色体劣性遺伝など様々。下肢優位の錐体路徴候、痙性    歩行を示す。痙性麻痺のみの純粋型と小脳失調、感覚障害、筋萎縮、眼振、網膜色素変性、    精神発達遅滞などの症状を合併する複合型がある。純粋型は常染色体優性遺伝、複合型は    劣性遺伝であることが多い。    3.外因による皮質性小脳萎縮症 アルコール性皮質性小脳萎縮症    慢性アルコール中毒で小脳虫部に限局した変性萎縮がみられる。下肢の運動失調書字障害    などを示す。 悪性腫瘍に関連した小脳変性症    卵巣癌、肺癌、子宮癌などの悪性腫瘍を有する患者で小脳変性を示すことがある。癌細胞    の直接的な侵襲ではない。免疫的機序が関係している。    癌の発見以前に小脳失調を示す場合もある。    この他にも悪性腫瘍に伴って、末梢神経障害、脳障害(辺縁脳炎)、筋炎、筋無力症候群    (Lumbert-Eaton症候群)など種々の神経症状を出すことがある。これらを総称して、    傍腫瘍症候群(paraneoplastic syndrome)と呼ぶ。 中毒性物質による小脳変性症    鉛、マンガン、有機水銀(水俣病)、薬剤(抗痙攣剤、抗癌剤等) 内分泌異常に伴う小脳変性症    甲状腺機能低下症など 4.その他 Shy-Drager症候群(SDS)    自律神経症状が主体。起立性低血圧、排尿障害、発汗障害、インポテンツなど。進行する    と小脳失調やパーキンソン症状が出現する。多系統萎縮症としてOPCAと関連。 線条体黒質変性症(SND)    パーキンソン症状で初発。後に小脳失調が出ることがある。多系統萎縮症としてOPCAと関連。 Marinesco-Sjogren症候群    常染色体劣性遺伝。白内障、小脳失調、知能低下 5.最近の話題   従来遺伝性運動失調症(Menzel型、Holmes型)と総括されていたものから、遺伝子異常の違い   から、いろいろな病型が分離、報告されている。   Spinocerebellar Ataxia Type 1 (SCA1)〜Type 8 (SCA8)     SCA1:第6番染色体(6p22-23)のCAGリピート増大     SCA2:第12番染色体(12q23-24.1)のCAGリピート増大     SCA3:第14番染色体(14q24.3-32.1)のCAGリピート増大(MJDにあたる)     SCA4:第16番染色体(16q)に遺伝子座がある     SCA5:第11番染色体に遺伝子座がある     SCA6:第19番染色体(19p13)のCAGリピート増大     SCA7:第3番染色体(3p)のCAGリピート増大     SCA8:第10番染色体に遺伝子座がある   DNAの中で、CAGのような3塩基配列の繰り返し(リピート)の増大が病因として考えられる   疾患が知られるようになり、triplet repeat disease と呼ばれている。リピートの数が多い   ほど発症年齢が若く、重症化しやすいことが知られており、また親から子へ伝わるときリピ   ート数が増え、重症化することが知られている。(表現促進現象anticipationと呼ぶ。)   これらのリピートの数を調べることで、発症年齢や重症度、臨床型、予後まで推定可能であ   る。リピート数の増加がどのようにして障害をもたらしているかについては、詳しくはわか   っていないが、異常な遺伝子によりポリグルタミンなどの細胞毒性を示す蛋白質が作られる   可能性が推測されている。 常染色体優性遺伝のSCDの相対頻度   日本人202家系の調査    @SCA3(MJD):43% ADRPLA:20% BSCA6:11% CSCA2:5% DSCA1:15%   白人177家系の調査    @SCA3(MJD):30% ASCA1:15% BSCA2:14% CSCA6:5% 参考.triplet repeatの増大を示す他の神経筋難病    Huntington病       中年以降の発症で、進行性の舞踏運動(chorea)、知能障害、人格障害を示す。       線条体(尾状核)の萎縮が特徴的。常染色体優性遺伝で、強い遺伝性を示す。       第4番染色体でのCAGリピート増大があり、これを調べることで遺伝子診断が       可能。    球脊髄性筋萎縮症(Kennedy-Alter-Sung症候群)       進行性の四肢筋萎縮、球麻痺、手指振戦、有痛性筋痙攣などの他、性腺機能       異常、女性化乳房などを示す。運動ニューロン疾患に広義に分類されるが、       上記のような特徴ある症状を示す。X染色体劣性遺伝で男子に発症し、X染       色体上のアンドロゲンレセプター遺伝子のCAGリピート増大があり、遺伝子       診断が可能。    筋強直性ジストロフィー       常染色体優性遺伝。顔面・四肢の筋萎縮の他、筋強直症(ミオトニア)を伴       い、知能障害、禿頭、白内障、心伝導異常、内分泌障害など多彩な症状を呈       する。第19番染色体でのCTGリピートの増大があり、遺伝子診断可能。


自律神経系の変性疾患


Shy-Drager症候群   自律神経症状、小脳症状、パーキンソン症状、運動ニューロン症状を示すが、自律神経症状   を中核とする。起立性低血圧、立ちくらみ、インポテンツ、性欲減退、無汗、排尿障害、便   秘等。   線条体黒質変性症(SND)、オリーブ橋小脳萎縮症(OPCA)とオーバーラップする面があり、   これらをまとめて多系統萎縮症(multisystem atrophy: MSA)と呼ぶ。 家族性自律神経異常症(Riley-Day症候群)   常染色体劣性遺伝。舌乳頭の低形成を伴う味覚障害、涙分泌減少、起立性低血圧、痛覚鈍麻、   嚥下困難等を特徴とする。嚥下障害のため誤嚥・肺炎を繰り返す。ユダヤ人家系が知られる。